フォギーシティ

淺木 朝咲

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最終章 輪廻と霧の街

解放者

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 大昔、奴隷は偉大な人間によって、自由を得たらしい。
 大昔、偉大な人間はエゴに突き動かされ、奴隷を解放したらしい。
 そして、人々は偉大な人間をこう呼んだ。
 「解放者」と。



「さっむ……」
 ユーイオにとってこの霧がびゅうびゅう流れる街はとても冷たく、突き放されているような感覚がした。
「ユーイオ、あまり目立たないでね」
「目立つつもりはいつもないんだよ」
 リーエイに小突かれ、ユーイオは小さな声で反論した。
 僕だけだろうか。どうしてか、周囲を流れる霧は僕の肌を刺すように僕を横切っていく。それが、僕にはとても不気味だった。
「ユーイオ、平気か?」
「ヴァクター」
 ヴァクターは何ともないのか、いつもより少しだけ顔を顰めている僕にそう話しかけてきた。
「ヴァクターは?」
「僕はなんとも」
「んー………」
 言おうか悩んでいると、刺さるような痛みが和らいだ。ヴァクターの方を見ると、目が合った。「礼はいいから集中しろ」と目で訴えられ、仕方なく前を見ることにした。
「機関室を抑えろ! それさえ出来ればこの街のシステムはこっちのものだ!」
「「「「!?」」」」
 四人全員がいきなり響いてきた声に驚いた。声のする方を見ると、霧が流れてくるその先だった。四人に言葉など要らず、自然と全員が同じ方向へ歩き始めた。
「お前は僕の一歩後ろを歩け」
 ヴァクターはそう言ってユーイオの手を引き、自分の体で隠すようにユーイオを歩かせた。どうしてかはわからなかった。だが、ヴァクターには何故かとてつもなく嫌な予感がしていたのだ。
「この先、だよね?」
「ああ」
「………」
 声の方へ近付くにつれて何やら騒ぎが起きているらしいことはわかった。だが、肝心の様子が濃霧のせいでわからない。
「俺と……ヴァクターで行こうか」
「ああ」
「じゃあ俺はユーイオとこの角で待機しておく」
 三人が僕を騒ぎのもとへ近付けさせないようにしているのはわかったが、本当にそれがどうしてかはわからない。僕だけがわからないのは、この霧が僕に痛みを与えてきたことと何か関係あるのだろうか。
「──忌々しい最上層者を降ろせ!!」
「うおおおぉぉぉぉ!!」
「…………何これ」
「わかんない」
 リーエイとヴァクターが見たのは、豪華な屋敷と塔が燃やされ、様々な異形や人間がデモらしいことを起こしている場面だった。そして、どうやら彼らを指揮する人が居たらしい。
「…………ん、誰だ」
「あー………って」
「……どういうこと?」
 指揮官に当たるだろう人が二人に気付いて声をかけてきた。二人はその人の姿を見て、目を丸くした。
「? の敵対者か味方がだけでも答えてくれるか?」
「えっとぉ……それよりこの状況は………」
「あぁ? 見たらわかるだろ、暴動クーデターさ。皆この街の最上層者のやり方に腹立って仕方ないのなんのってうるさいから、私が色々仕立ててまとめて、今こんな感じ」
 中性的な身体と声の人は、夜空のような濃紺の髪と金色の目を持っていた。
「……霧の街、であってる?」
「逆にそう呼ばないならなんて名前か私は知らんな」
 ヴァクターが不安を隠しきれないまま訊くと、その人は「なんだこいつ」と言わんばかりの顔と声で答えた。
「ちなみにお名前は──」
「はぁ? これだけのことをしてる私の名前を知らない? 君たちどこから来たわけ? 最下層の安寧を保つゲレクシス家当主の私を知らないなんて」
「「ゲレクシス!?」」
「そう、その反応からしてやっぱり聞いたことはあるようだな? 私の、の名を知らんとは言わせんぞ」
 ──どうなっている。容姿も声もユーイオとそっくり、というか同じで名前が少し違うなんて、偶然にしては出来すぎている! それに今、ジュイオは「ゲレクシス家が最下層の安寧を保っている」ことがわかる一言をはっきりと言い放ったではないか。
「あぁごめんなさい、ただ俺の知り合いにあなたの双子の子かと間違うほどに名前も顔も声もそっくりな人がいるのでつい……」
「? ふぅん、私に双子なんて居ないけど」
 リーエイの咄嗟の見苦しい誤魔化しはジュイオの大雑把な性格によってスルーされた。
「私は最下層に悪い待遇を強いる最上層の支配人をぶちのめしに来たのさ」
「ぶ、ぶちのめ……」
「最上層者の名前は?」
「あー………アイツなんて名前だったっけ、滅多に人前に出ないからな。確か…………宮嶋なんとか?」
 その瞬間二人はまた顔を見合わせた。確か最上層者の名前は円で、苗字は宮嶋だったのではないか。
 ただ、それにしてもだ。現場を注意深く見ていたリーエイは気付く。
「最下層の人にしては服装が随分綺麗だね」
「私が支給してるのもあるな。……中層民も何人か混ざってる」
「えっ」
「驚くほどのことじゃない。ここの住人みんな最上層者を嫌ってる。アイツのことを嫌いって言えないのはアイツに従ってる警察共ぐらいだろうな」
 私の知ったことじゃないな、とジュイオは吐き捨てるように言った。
「ジュイオはこの街に絶望したことは?」
「何回でも。生まれもだし制度にもな」
 ゲレクシスは世界に不要だとされる運命にありながら最下層の人々を統治、支えてきたのだとジュイオは言う。
「勿論必要ない種族の私らが必要とされるには何かしら特別なものが必要だった」
「異能だね?」
「知ってるのか」
 リーエイが言うと、ジュイオは驚いていた。
「まぁね」
「なら話は早い。私は家の中でもかなり特殊な異能を持って生まれてる。……そもそもどうしてゲレクシスだけがこんな力を持って産まれてくるのかは謎だけど」
 それにしてもよく話すな、とヴァクターは思っていた。正直、自分たちの何を見てそこまで話す気になったのかがわからないからだ。
「家の大抵の人は何かを分け与えたり、守ることに特化した力を持ってくる。でも私は違う。私は言ったことがなんでも現実になるんだ」
「え?」
 驚いた。ユーイオとジュイオ、外見はほぼ同じで声も変わらない二人が持って生まれた力は全く違うのだ。
解放者リベラトリス
「ん、アダミークか」
 ジュイオを解放者と呼んだその人は、質素な服装をした好青年だった。
「えぇと……ご友人ですか?」
「まぁそんなとこ。どうした?」
 ジュイオが適当にリーエイとヴァクターのことを誤魔化す。だが、アダミークはジュイオのことをかなり信頼しているのか、二人に会釈だけしてジュイオになにか報告し始めた。
「最上層者の姿が見えないのですが」
「何だって?」
 アダミークによると、何人か屋敷の最上階まで上ったらしいが誰一人としてそこに残っている人は居なかったのだと言う。隠し扉のようなものを確認はしていないし、屋敷の構造上そんなものは出来やしないとさえ建築家に言われている。それなのに、何故居ないのかがわからないのだと、アダミークは詳細に報告した。
「……それさぁ、なんかジュイオみたいに変な力持ってたりしない?」
「最上層者ですか? ……僕にはわかりかねます。ですが、各層の統治者は大抵なにか人間離れした特徴があるのは事実です。解放者リベラトリスも例外じゃないので」
「ああ。………実際に見せてやる。「最上層者よ、その姿を現し、降伏を誓え」」
 言ったことが現実になる力──ジュイオはそれを使った。するとどうだろう、最上層者が屋敷の目の前に現れ、屈辱を浮かべた表情で跪いているではないか。
反逆者ファレター……」
 民衆はジュイオを解放者リベラトリスと呼び、最上層者だけが反逆者ファレターと呼んだ。民衆が誰を信じ、誰のために力を振るうのかは誰がどう見てもわかった。もう、この街に最上層者という存在は必要ないのだ。
「上に行けば行くほど地位が高い? ………思い上がりも甚だしい。泥沼のような場所でも懸命に生きて咲く我々の方が、よっぽど生を全うし輝いているに違いないだろうが」
 ジュイオは最上層者の頭を乱雑に掴み上げる。ジュイオの言葉にひれ伏すことしか出来ない彼は、そのことにさえ抗えない。
「「お前は必要ない」」
 散れ、とジュイオが言うと、その存在は消えた。リーエイたちも何を見ていたのかわからなくなるほどに、その力は不可逆的だった。
「…………」
 物陰から自分と変わらない姿をした人を見ていたユーイオは、その力の凄まじさに初めから気付いていた。自分のそれよりも、さらに強大で現実にさえものを突き通すジュイオのそれに、畏怖さえ覚えていた。
「──個人的にはそこの二人も気になるんだけど」
「「!」」
 何事も無かったようにジュイオは物陰の方を指した。いつからかはわからないが、ユーイオたちの存在はジュイオにバレバレだったのだ。
「……………君はどういう存在?」
「──ああ、持った力以外の何から何まで似てるな?」
 ユーイオの目の前に、ジュイオが笑みを浮かべながら立つ。鏡合わせのような状況に、民衆も、リーエイたちも何も言えずに見守ることを自然と選択していた。
「僕はユーイオ。ゲレクシスの末裔で、最上層者を倒そうとしてるところだったんだけど……」
「そう。私はジュイオ。ゲレクシス家四十四代目当主をさせてもらってる。末裔………ということは、では、もうゲレクシスは滅んだも同然だな?」
「そちらの?」
 ユーイオが驚いてオウム返しする。
「ん? ああ、全く同じ役割の人が二人も三人もホイホイ存在しちゃダメだろ、どうせそこの少年といる方はこちらのアダミークのような者だろ?」
 年齢も大して変わらないはずのジュイオは、すらすらと四人が疑問に思っていたことを話していく。いつの間にかアダミークともう一人の人が民衆を速やかに帰していたらしく、辺りは静けさを取り戻していた。
「簡単に言えばここはお前らにとって異世界さ」
「え」
「パラレル、と言った方がいいのかもしれないが、まあ、そんなもんと思ってくれ。私はお前の数多くある可能性のひとつに過ぎない。お前もまた、私の可能性のひとつと言えよう」
「難しい話はあまり……」
 街の真の統治者としてのユーイオ、それがジュイオらしい。こんなに偉そうにしたくはない、と思ってしまうのは、僕が優しいリーエイたちに育てられたからだろうか。それとも、純粋に何かを治める家柄に生まれながら、そういう家庭で育てられていないからだろうか。
「僕たちここから帰れる?」
「さぁ──ただ、こうやって迷い込むことは全くない話でもない」
 ジュイオが言うには、何故かこの世界に迷い込む異世界人がかなり多いのだ。
「おそらくこのせかいがもう長くないからだろうが……お前らの街には?」
「見たことも聞いたこともない、けど今回初めてこうやって干渉を受けてる……」
 何十回何百回と繰り返した世界で、初めての出来事だった。
「じゃあ、お前の働きが強く影響を及ぼしてる証拠だ」
「僕?」
「ああ。私たちは名前は違えど同じ存在で、同じ人物で、同じ役割を持ってるんだ。だから、お前もいずれ私みたいに最上層者を討ち滅ぼし何らかの方法で人々を自由に導くんだろ?」
「………そのつもり、それが正しいかは置いといて」
 不安げにユーイオが言うと、「正しいさ」とジュイオは笑って返す。
「不要な人なんてこの世に居ない。だからこんな街が存在するのはおかしい。だろ? ……帰り道案内するから着いてきな」
「………そうだね。本当に君は、僕と同一の存在なんだね」
 過去に自分が言ったこととジュイオの言動が一致することに、ユーイオはその事実を噛み締めた。
「多分ここの細路地通ったら帰れるさ。ここはここの街の禁足地だからな」
「え? これ?」
 何の変哲もない住宅と住宅の間の細路地。これが帰り道だなんて有り得ない。
「私を信じろ、ユーイオ。お前は私なんだから、私が嘘を吐いてるかどうかなんてわかりきったことだろ?」
「……………そうだけど、そうなんだよ………僕が最初に行けば済む話でしょ」
 そう言ってユーイオは三人の制止も聞かずに細路地を突っ走って行った。やがてユーイオの姿は消え、元からここに居なかったようにも感じた。
「……お前らも行きな、ここはお前らの世界テリトリーじゃないんだから」
「……そうだね、行くよ」
 そう言って、リーエイがヴァクターの手を引いて走る。ヴァクターがリールの手を固く握っていたせいで、リールも二人に釣られて足を動かす。
「お前ら……後で覚えてろ………っ」
 そう言って消えたリールを見送って、ジュイオはアダミークに笑顔を向けた。
「ははっ、別の私は随分と臆病だったね?」
「──そうですね、どんな力を持って何を経験したのかはあなたではないのでわかりかねますが」
「あの子は条件付きで記憶を持って何回でも転生できる力を持っていたな。絶望した上で自死しないと記憶を引き継げないらしいけど。何回そうやって繰り返してきたんだか」
「つくづくあなたやあなたと同一に当たる方々の持つ力は桁外れですね。……得るものと失うもののバランスが」
 アダミークは少し困惑したような、呆れたような声で言った。本当にな、とジュイオも似たような声色で答えた。
「──さて、あの解放者リベラトリスがそう讃えられるのはいつ頃になるのか……アダミーク、賭けでもしようか」
「僕は遠慮しておきます」
 あと数年もすれば終わる街に、正しき統治者とその従者の笑い声だけが響いた。
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