遠い空のデネブ

雪鳴月彦

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第二章:懊悩の足枷

懊悩の足枷 3

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 プロとして活躍するには、やっぱり執筆の速度は必要なスキルなのだろうか。

 ――そういう部分で言うと、やっぱり九条先輩はすごいよな。

 結果を出した妃夏に、速筆という武器を持つ九条先輩。どちらも、ハイレベルな存在だ。

 チラリと横目で九条先輩の姿を探せば、いつも座っている窓際の席ではなく、廊下側の席で真剣な表情を浮かべながら、静かにキーボードを叩いていた。

「先輩たちはみんな、すごいですね。常に何かしら行動をしてたり色々と先のことを見据えていたり。わたしなんて、せっかくここに入部したのに大して何もできてませんよ」

 俺の意識が九条先輩へ逸れかけている間にも、泉は困ったように眉を下げながら会話を続けてくる。

「え? 何もって、普段から詩書いてるじゃないか。この間も、新しい詩集買ったって、嬉しそうにしてたの見たけど……」

「それは、遊びと言うか単なる趣味で書いてるだけですし、詩集も買いましたけど、好きな作家の新作が買えたからちょっとテンション上がっちゃって。それだけです」

「いや、充分行動できてると思うけどな……」

 好きなことを好きだからと続けられるのは、簡単なようでそうでもない。

 自分ではいくら本気で好きと思っていても、案外すぐに飽きて別の娯楽なんかにシフトしてしまう人間の方が、世の中には圧倒的に多いものだ。

 そんな中で、ずっと好きを追い続けている泉は間違いなく、平均以上に創作を楽しめている人間だと断言できる。

「そうでしょうか? わたしが書いているのは小説じゃなくて詩ですし、先輩たちが一作創り上げる労力に比べたら、全然大したことない文字数ですよ? しかも毎日書いてるわけでもないのに、自慢できる部分もないと思います」

「うーん……ちょっと卑屈だなぁ」

「卑屈、ですか?」

 俺の言葉に、泉は意外だと言いたげな顔をした。

 掛けた眼鏡の奥できょとんとした表情を見せる後輩に、俺は苦笑交じりに頷きを返す。

「そりゃそうだろ。前にいくつか泉の書いた詩読ませてもらったけど、どれも良い作品ばかりだったぞ。俺は詩に関してはど素人だけど、そんな俺でも情景や心情がスッと思い浮かべられたし、言葉選びやそれらを使った表現がうまい印象があったかな。あれで大したことないは、謙遜にも程があるぞ。絶対に」

「それは……ふふ、お褒めの言葉ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

 半眼になって告げる俺に、泉はにっこりと笑みを浮かべる表情へ変えると、ゆっくりと首を傾げる仕草を返してきた。

「でも、やっぱりわたし自身としては今の自分がすごいなんて思えません。まだまだ勉強不足で、経験不足で、例え一冊だけであろうと本を出したいっていう夢を追う人間としては、覚悟みたいなものも足りてないなって感じてます」

「覚悟って……泉、お前意外と自分に厳しいタイプだったんだな。見た目は小動物みたいなのに」

「小動物? 先輩、わたしのことそんな風に見てたんですか?」

 身長は大体百五十センチくらいで、若干痩せ型の体形。小柄以外の何者でもないと思うが、本人はそんな自己評価をしていなかったのか、傾げたままの首を更にかたむけた。
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