桜の喪失を救うために

雪鳴月彦

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一抹の不安

一抹の不安

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 春であれば、もっと壮観であったかもしれない。しかし、残念ながら今は夏休みが終わり、徐々に秋が訪れようとしている季節だ。

 ピーク時には多くの花見客や散歩をする人々で賑わうこの遊歩道も、今は閑散としていてほとんど人の姿は見当たらなかった。

 地元では有名な桜並木として知られる場所で、記憶では八十本くらいの桜の木が道の左右に等間隔で並んでいる。

 その遊歩道の片側は比較的大きな川になっており、川遊びや釣りをしている人をよく見かけることがある。現に今も、三人くらいの男が釣りをしているのが目視できた。

「んで、こんな場所に来て話すことってのは、昨日の件についてなんだろ?」

 家を出てから約二十分。

 自転車などは使っていないためここまでずっと歩いてきた訳だが、その道中桜は『カレーを食べる時に醤油をかける人がいたけどあれは何のためなのか』とか、『ウーパールーパーは土の中にいてもおかしくない姿だと思う』など、この上なくどうでも良い雑談ばかりをへらへらと話すだけで、本来の目的である話題は切り出す様子を見せなかった。

「うん、まぁね」

 返答にまごつくかと思いきや、意外とあっさりと首肯して桜はこちらを振り返った。

「どうするつもりか、決めたのか?」

 慎重に、しかし平静を装いながら俺は問う。

 近くにベンチでもあれば座りながら少しは落ち着いて話もできるのだが、生憎この近辺でそんな物を見かけた記憶がない。

 仕方なしに、道端へ寄り桜の幹に背中を預けた。それを追うように、悪魔少女も側に近づく。

 そして、ゆっくりと顔を上げ葉桜をその瞳に映した。

「ねぇ、雄治。この木に咲く花って、凄く綺麗なんでしょ?」

「は? あ、ああ。まぁ、綺麗だよ。日本の象徴みたいな花だし、たぶんたんぽぽと同じくらい知名度のある有名な花だぜ」

 いきなり何を話し出したのかと訝しく思いつつも、とりあえず思いついたことを答えておく。

「桜の花……。今お世話になってる家に、ここの木に花が咲いてる写真があってね、それを見たときにあたしちょっとだけ嬉しくなったんだ」

 揺れる枝葉の間から降り注ぐ木漏れ日に、スッと桜は目を細める。

「あたしと同じ名前の木がこの世界にはあるんだって、そのとき初めて知ったから」

「……ひょっとして、お前が桜って名前にしたのは――」

「そ。そのときに見た写真がきっかけ。呼び方も一緒だから違和感もないし、ここにいる間はこの名前でいこうって思ったの」

 つまりその写真を見たという瞬間が、今の名前を周囲の記憶に定着させる引き金になったわけか。

 おそらくそれまでの間もサクラという呼び名で定着させていたのだろうから、耳で聞くぶんには大した差異はないが。

「だからここは、この世界にいる今のあたしに名前をくれた大切な場所。写真を見てから一度一人で来たんだけど、ほとんど変わってないね。花が咲くのは別の季節だっけ?」

 そこで、桜は上に向けていた首を俺の方に戻す。

「桜が咲くのは春だ。これから秋になるから、半年は先になるな」

「半年かぁ……。じゃあ、本物を自分の目で見ることはできないかもしれないわけか」

 がっかりしたように肩を落とす桜の顔が、僅かに歪む。

「見れないって……」
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