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第2章
第五〇話 爆撃計画
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フルギア人は、ノイリンの〝虎の尾〟を踏んだ。
二八人の犠牲者は、異教徒にも蛮族にも、世代を重ねた人々にも、新参者にも、万遍なく存在した。
このことは、出自は異なっても、ノイリンにおいてヒトは混交して生活していることを表している。
団結とは違うが、ある意味、団結よりも重要かもしれない。
そして、フルギア人は、自分たちが設置した川の下流への通行を妨げる関所から、上流への遡上が一切できなくなる。
ノイリンは関所より川上に、一切のフルギア船が遡上することを禁じたのだ。
フルギア船は、徹底的に追い払う。抵抗すれば、容赦なく撃沈し、捕虜には過酷な尋問=拷問が課せられた。
ノイリンのフルギアに対する圧力は、日増しに高まり、ついには関所に駐屯していたフルギア皇帝の血縁者まで捕虜となった。
皇帝家姻戚にある軍人の嫡男。体格のいい一八歳の若者だ。
俺がその若者の顔を見たときには、すでに原形をとどめていなかった。
フルギア兵の間では、「ノイリンに捕まると、悪魔の薬を使って何でもしゃべらされ、最後は狂い死にさせられる」と噂になっているらしい。
兵士や下級将校にはそういったことはしないが、高級将校、幕僚、司令官クラスには容赦しなかった。
この若者は捕虜になった際、身分を偽るためだったのだろう、歩兵兵士の軍服を着ていた。
だが、フルギアの被支配地区から強制動員された農民兵が、「こいつは皇帝の一族だ」と叫び、我々に教えた。
彼の顔の傷は、強制動員された農民兵がやった。フルギア人に対する恨みと、ノイリンに対する媚が入り交じった動機によるもののようだ。
だが、この若者から何かを聞くことはできない。そんな状態ではない。声を発することは無理だろう。
顎が砕けている。
俺は、フルギア帝国中枢の動静を探りたかった。
この若者を治療し、回復させ、尋問する価値はあると考えている。
能美に相談したが、彼女から、フルギア支配層に対する一切の治療を拒否された。
能美は断固たる口調で言った。
「私はイヤ。私は医者を辞めたの。だから、誰でも治療するわけじゃない」
フルギア人には、社会階級による強い差別意識があり、階層下位者は支配階層に隷属するもの、との考えがあるらしい。
結果、フルギア人女性捕虜数名がこの皇帝の甥を殺した。
女性捕虜は最下級の女中たちだそうで、宮廷内部のことをよく知っているようだ。
彼女たちは、食べ物を得るために、支配層から性的虐待を絶えず受けてきたらしい。その恨みで殺したそうだ。
そして、俺はフルギア皇帝とその一族、および皇帝側近たちの人間関係をある程度、彼女たちから聞き出すことに成功する。
だが、完全なワイドショーネタだった。
戦略的な価値のない情報だ。
皇帝は、最側近の近衛隊長の細君を寵愛しているそうだ。
皇帝の正妃(皇后)は、近衛隊長とセフレ関係らしい。
皇帝の正妃は実の息子と、性的関係にあるらしい。
皇帝の側近である近衛隊長の細君は、皇帝の実妹らしい。
脳が情報を整理できない!
王朝が近親相姦と無縁でないことは、よく知られたことだが、フルギア帝国も例外ではないようだ。
それと、彼女たちからはもっと重要な情報を得ていた。
フルギア帝国の中枢、皇宮をどれだけ破壊したとしても、民衆に害がないならば、フルギア人一般市民は無関心だそうだ。
皇帝一族は、フルギア人民衆から嫌われているわけではなく、皇帝の神格化が度を過ぎていて、現実とあまりにも隔絶していることから関心がないそうだ。
対して、フルギア帝国の被支配民族は、機会があれば反抗する。また、その機会を常々狙っているらしい。フルギア帝国皇帝はもちろん、フルギア人全般を憎んでいる。
しかし、フルギア人民衆は、そういった支配下にある他民族の感情・心情を斟酌していない。無関心なのだ。
俺は、オンダリ爆撃の前に、訓練を兼ねてフルギア帝国皇宮の爆撃を考え始めている。そこに、対空ミサイルはないだろうし……。
ノイリンの中央集会場兼評議会議場は、紛糾の極みにあった。この施設は、完成したばかりだ。議場には、ノイリン居住者ならば誰でも入れる。ヒトだけでなく、精霊族や鬼神族も。
「フルギア帝国討つべし」の大合唱と、同時に「即時、白魔族駆除」が叫ばれていた。
だが、ノイリンはそのための手段を欠いていた。
我々を除いて……。
いくつかのグループが接触してきた。我々の策動を探知しているのだ。
単なる探り入れから、積極的で具体的な協力申し出まで、言質は異なるのだが、基本は応援してくれている。
一番ありがたいことは、航空機の機体整備経験者や、ガスタービンエンジンを扱ったことのある技術者の助力だった。
今回の作戦とは無関係だが、Mi‐8ヘリコプターのエンジン再稼働や、ヘリコプターや固定翼機の操縦経験者なども意外と多くいた。
それと、いいこともある。今回のことを縁に少人数の新参者グループが、我々との連携や合流を望んで近付いてきたことだ。
誰でも受け入れるわけではないが、協力は受け入れるし、助力はありがたいし、多数グループの緩やかな連合体である我々は、融通無碍なところがあり、グループ内グループとしての参加を拒みはしなかった。
船舶用蒸気タービンの設計者が加わり、Mi‐8が搭載するターボシャフト・エンジンのオーバーホールやレストアの目処が立ちつつある。
これは、心強かった。
フルギアの女性捕虜たちは、解放されてはいないが、比較的自由な行動を許されている。
基本、彼女たちはフルギア人ではなく、フルギア帝国の被支配民族で、生口〈せいこう、捕虜・奴隷の意〉として皇帝に献上された人々だ。
最下級の女中として働いていたが、文字の読み書きなど一定の教養を有している。出自は、各民族の高位者の子女らしい。
女中としての給金や食料支給はなく、性的サービスの褒美として食べ残しを下げ渡されていたそうだ。
だからなのか、彼女たちは積極的に情報提供してくれている。
しかし、俺は彼女たちが何を知っているのかを知らないし、彼女たちは俺が何を知りたいのかを知らない。
通訳を介するので、質問が伝わらないこともある。
それと、彼女たちが聞いてもらいたいことと、俺が話してもらいたいことの違いもある。
会話の成立が難しい。
それでも、少しずつ、基礎的な情報を得ることができた。
フルギアの被支配民族は、白魔族のことは何も知らない。
毎年、子供を供出させられるが、その子供たちは奴隷にされると考えていたらしい。
彼女たちが皇宮の最下級女中となって数年後、供出させられた子供たちが〝食われた〟ことを知ったそうだ。
フルギアの強さの源泉は、白魔族の支援であり、白魔族の支援を得るために征服した民族から子供を奪っていることを知り、絶望の気持ちに陥ったそうだ。
現フルギア帝国は、周辺民族からセレウコス朝と呼ばれている。
帝都はクラシフォン。皇帝の名はカンビュセス。
帝都はロワール川の下流にあり、ビスケー湾海岸線から数十キロ内陸にある。海岸からの正確な距離はわからないが、五〇キロ内外のようだ。
俺は、元時代のナント付近が帝都ではないかと推測している。
正妃の名はカッサンダネで、父親の正妃であったようだ。カンビュセスの母親がカッサンダネなのか、は不明。
ただ、親子ほどの年齢差はある。
二人の妹のうち、アトッサは側室で、家臣に嫁いだロクサーナとは男女の関係にある。
弟のスメルディスの所在は不明だが、捕虜となった女中たちが知らないだけらしい。行方不明ではない。
外征は、もっぱらスメルディスの役目だが、ノイリンを含む異教徒征服の任はアプリエスという将軍があたっている。
アプリエスは、皇帝家の姻戚である。我々の捕虜となり、女中たちに殺された一八歳の若者は、このアプリエスの嫡子である可能性が高い。
ノイリン正面の敵は、アプリエスだ。
アプリエスは、部下から〝東征王〟と呼ばれている。
スメルディスと並ぶ、フルギア帝国を支える大将軍だという。
フルギア人の人口ははっきりしない。精霊族の情報では五万だが、被支配民族は含まれていないようだ。支配地域から算出すると、三〇万から四〇万はいる。
フルギア帝国は征服した土地の人々に対して、同化政策を強いることがある。
フルギア人を五万と見積もってはいけないと思う。シンパや同化された人々を含めて、二〇万か二五万人ではないか?
帝都クラシフォン中心部の人口が五万ではないのか?
どちらにしても、人口差では圧倒的に我々が不利だ。
能美や納田が不穏な案を出した。
天然痘を帝都に侵入させる案。
俺と斉木が大反対し、俺と斉木の気色ばんだ顔色を見て、デュランダルやウルリカが尋常でない作戦であることを察し、怯えた。
捕虜を天然痘に感染させて、帝都に送り返す。
それだけで、数千か数万が死ぬ。
ショウくんの死は、フルギア人に対する我々が自ら課した箍を破壊してしまった。
俺はフルギア人下級将校の捕虜を四人選び、敵司令官アプリエスへの使者とした。
用向きは、アプリエスの嫡子の遺体返還だ。
クラウスが関所の近くまで四人を運び、小船に乗せて解放した。
この四人が役目を果たすか否かは、まったく不明だ。
我々の捕虜となったフルギア人は、最初は勇ましかったが、数日で怯えきった眼差しを向けるようになる。
この四人も怯えていた。逃げてしまう可能性もある。
クラウスの高速砲艇は、全体的なデザインが第二次世界大戦期のドイツ海軍高速魚雷艇であるSボートによく似ている。全長三〇メートル弱、全幅五メートル弱、満載排水量は六〇トンに達しない。Sボートの縮小版といった感じだ。
魚雷は搭載していないが、艇首に四八口径四七ミリ砲と六〇口径の連装二〇ミリ砲を背負い式に装備。艇尾に連装一二・七ミリ機関銃を搭載する。
四基のガソリンエンジンで、三三ノットを発揮する。
クラウス以外にもノイリン住民で高速砲艇を開発したグループがある。
こちらも木造艇で、全長二〇メートル弱、全幅五メートル弱、満載排水量は四〇トン未満。単装二〇ミリ機関砲×一、単装一二・七ミリ機関砲×二を装備。
二艇あり、運用を始めたばかりだ。第二次世界大戦初期のイタリア海軍魚雷艇によく似ていて、同艇同様〝MASボート〟と呼ばれている。こちらは三六ノットも出る。
彼らは重量物を艀とタグボートで運ぶ河川運送の仕事をしており、クラウスとは持ちつ持たれつの関係になりつつあった。
ノイリンの武装した高速艇のことは、ロワール川とアリエ川流域一帯に知れ渡り、精霊族や鬼神族も関心を示している。
この一帯は、黒魔族、白魔族、ヒトの盗賊、精霊族の盗賊、鬼神族の盗賊、その他、無法者が跋扈する世界なのだ。
こういった警備艇の需要は、潜在的に高かった。
従来、武装集団に襲われた商船は、戦うことなく積荷を渡していた。攻め手がよほどの無勢でない限り、戦っても勝ち目がないからだ。
それに、商習慣上、盗賊に奪われた品の損害は荷主が負担する。だから、商船側に戦う益はない。
盗賊は商船の抵抗を恐れて、船は奪わない。
それをノイリンの水運事業者たちが壊し始めていた。
高速武装艇を護衛に付けて、輸送船を守ろうとしたのだ。
陸上輸送でも同じことが起きていた。大佐グループは、種族にかかわらず、荷主から警護の仕事を請け負い始めている。
実際、装輪装甲車一輌が随伴していれば、盗賊は襲ってこない。
いままでも護衛はいたが、ウマに乗った銃兵数人程度で強力ではなかった。
盗賊だってソロバンをはじく。危険を冒してまで、荷を奪いたくはない。野生の捕食獣同様、あえて襲いにくい獲物は狙わない。
その大佐グループだが、車輌工場に四輪駆動の五五口径三七ミリ砲と同軸機関銃を搭載する二人用砲塔装備の軽装甲車を打診している。
スコーピオン軽戦車に似たデザインの砲塔を載せた、四輪装甲車を検討しているようだが、開発は簡単ではなさそうだ。
居館の食堂で、全体会議が開かれた。全体会議とはいっても、人数が多すぎて全員が参加できなくなっている。
我々のグループは、三〇〇人を超えようとしている。
ノイリンの人口は、一時滞在者も含めれば五〇〇〇人を超えている。フルギアを除くヒトの街としては、規模が大きい。それに、住人は精霊族や鬼神族も拒まないので、多種族混住の街になりつつある。
全体会議の議題は一つ。白魔族の街オンダリとフルギアの帝都クラシフォンの爆撃についてだ。
この攻撃計画をノイリンの評議会に諮るべきか否か、それが議題だ。
最初に、クラシフォン爆撃が否決された。
大多数の意見は、「報復は連鎖を生む」と「ヒト同士が争うべきではない」が大勢だった。
それと、オンダリを爆撃すれば、その時点でフルギア皇帝は震え上がる、との意見が圧倒的だった。
それと、「オンダリ爆撃はノイリンの将来に関わる重大事」であるとの意見が、多くの出席者から示された。
それは、オンダリ爆撃をノイリン評議会に議題として提示すべきであることの意思表示でもあった。
俺は、奇襲攻撃を指向していたが、俺の意見への賛同は皆無だ。
東征王アプリエスは、ノイリンの要求に従い、商船一隻で、主マストのてっぺんに巨大な白旗を掲げて帆走してきた。
指揮官は、アプリエスの腹心ドネザル。高齢の男だ。
ノイリン側の代表は、俺だった。厄介な仕事は、俺に振り分けられてしまう。
ドネザル一行を煉瓦造りの中央集会場に案内する。
アプリエスの嫡子は、一行の到着に合わせて中央集会場に安置している。
遺体にとってはいい環境だが、足の裏から脳天に冷気が突き抜ける、と感じるほどの寒さだ。
ドネザルは高齢だが眼光鋭い男で、対峙すると得も言えぬ圧迫感がある。
彼が従える兵も同様で、理知的で同時に凶暴な雰囲気を醸し出している。
ドネザルが俺に問うた。
「貴殿が、噂に聞くノイリン王ハンダ殿か?」
俺が答える。
「ノイリンに王はいません。
ですが、アプリエス東征王陛下のご嫡子のご遺体引き渡しに関しては、私が全責任を負っています」
「我が帝国では、王は敬称に過ぎん。
我が主アプリエスは〝閣下〟でよい。冠に〝東征王〟を付けるなら呼び捨てでよい。
改めて問いたい。
王子はノイリン兵に殺されたのではないのか?」
「いいえ。
貴国が支配する国の民が殺しました。
我々は何もしていない」
「ノイリンは、妖の薬と魔導によって、精強な将軍であっても意のままに操り、狂い死にさせるという。
それは真実〈まこと〉か?」
「必要があれば、尋問の手段として、薬を使います。
結果、死に至る捕虜もいるでしょう。
しかし、そのようなことは、一般兵士や下級将校には行っていません。
尋問に答えない指揮官クラスに限られます」
双方の通訳は正しく伝えているようだ。
通訳補佐でついてきたカロロが緊張している。この男は、好奇心の塊だ。
ヴァリオも緊張している。
「ご嫡子様にも薬を使ったのか?」
「いいえ、我々が捕虜とした直後に暴行されたようです。
すでに、尋問できる状態ではありませんでした」
「ノイリンの治療師は、死者を蘇らせる術を使うと聞く」
「我々の医師は、ご嫡子の治療を拒否しました。
治療すれば、時間はかかるでしょうが、完治したでしょう。
ですが、貴国が送り込んだ魍魎族によって、医師に近しい子供が殺されたのです。
仇の子を助ける謂われはない……」
ドネザルが初めて感情を見せた。
「だから!
狂った魍魎族を使うことに反対したのだ!」
その言葉は俺に対してではなく、彼の部下に向けられていた。
ドネザルが言う。
「失礼した。
ノイリン王……。
ご嫡子様の亡骸を我が主の元に返したい。
お許しいただけるか?」
「そのつもりです」
「感謝いたす」
ドネザルの重臣らしき豪華な革鎧を着た壮年の将が言った。
「このようなみすぼらしい館にご嫡子様を留め置いていてはいけません」
ドネザルがじろりと彼の臣をにらむ。
中央集会場はノイリンでは最大級の建物だが、フルギア帝国の宮殿や神殿と比べれば小屋みたいなものだ。
こういった反応は、精霊族や鬼神族にも見られる。
誰かのスマホが鳴った。
俺が、スマホの持ち主をチラッと見ると、彼女は会釈し、少し離れて通話を始める。
ドネザルの一行がざわつく。
ドネザルが尋ねる。声音に嘲笑が混じる。
「あの小女は小板と話をしているのか?」
「あれはスマホという機械で、遠話ができます。黒魔族の遠話に似た機能です。
ノイリン域内では、誰とでも遠話ができます。
域外では、別な遠話機があります」
「……」
ドネザルが動揺の顔色を見せる。
「精霊族や鬼神族も使うのか?」
カロロがスマホをドネザルに渡す。
「精霊族や鬼神族も、欲しがります。
ですが、高価な機械なので……」
精霊族や鬼神族は、ノイリンでWiFiが使えるようになって以来、我々に一目も二目も置くようになった。
偶然鳴ったスマホが、ドネザル一行のノイリンに対する見方を変えようとしている。
ドネザルが尋ねる。
「その〝スマホ〟なるものは、魔法・魔術の類いではないのか?」
「いいえ、ヒトが知恵を絞って作った機械です」
「機械?
使徒様は多くの機械を我らにお下げ渡しくださるが、遠話の機械など聞いたことがない」
「白魔族は使うだけで、作れませんからね。
それに使い方を教えないと、永遠に使えない……」
「ノイリン王は使徒様を侮っているのか?」
ドネザル配下の何人かが、剣の柄に手を置く。
「白魔族は厄介です。
たぶん、黒魔族よりも……。
侮ってはいませんが、恐れてもいません」
「使徒様は神の使い。
使徒様を恐れぬなど、神を恐れぬことと同じ。
いずれ、ノイリンには神の怒りが及ぶであろう」
「そうならないよう、日々努力しています。
どうでしょう。
ノイリンを案内しましょうか?」
臣下が口を挟んだ。
「このみすぼらしい街を見て何になましょう」
ドネザル一行の何人かがわずかに声を出して笑った。
ドネザルが儀礼的に窘める。
「その心遣いは無用」
「そうおっしゃらずに、ノイリン軍とノイリンの農場だけでも見てください」
ドネザルと彼の部下数人は、ノイリンの〝軍〟に興味を持ったようだ。
アプリエス嫡子の遺体は、ドネザルが用意した棺に納められ、屈強なフルギア兵に担がれて港まで運ばれた。
そして、彼らの船に乗せられる。
特段の宗教的行事はなく、この港までの行進が葬列のようなものだった。
これで、遺体の返還は終わった。
ノイリン軍は存在しない。
だから、でっち上げた。
装輪装甲車を持っているグループに声がけして、片っ端からかき集め、それを並べて乗員を各車輌の前に立たせただけだ。
軍服はないから、着衣はバラバラ。それも決して上等じゃない。
みすぼらしい。
そのみすぼらしい作業着姿の一団が、ベルタの号令で「ドネザル将軍閣下に対し、カシラ~ミギ」で動いた。バラバラだった。
ドネザルはどう思ったか不明だが、彼の部下からは失笑が漏れた。
ノイリンの軍事力は、俺の望んだとおりに侮られたようだ。
ノイリンに一輌しかない大型バスに、ドネザル一行を乗せ、北の農場、俺たちの農場に向かう。
広大な農地を、二輌のトラクターが耕していく。
それもウマやウシが牽く鋤では、到底及ばない速度で、はるか遠方まで。
金沢たちは、この日のためにベルトルドたちの二輌目のトラクターを修理したのだ。
広大な麦畑で、二輌のトラクターがすれ違う。実に絵になる光景だ。
食料の生産能力は、国力に直結する。
トラクターの威力を、ドネザルたちは呆然と見ていた。
斉木がドネザルにジャガイモを見せ、ライマが用意したポテトグラタンを振る舞う。
アンティの酒も出した。
ドネザルは明らかに動揺しているし、彼の部下は押し黙っている。
ドネザルが言った。
「ノイリン王。
この光景、感銘を受けました。
今日見たことは、我が主に必ず伝えましょう」
食料の生産力から推し量ったノイリンは、強大な国家として認識されたはずだ。
ドネザルに見せたものが、講和の道を開くのか、それとも早期の全面戦争に結びつくのか、その吉凶の判断は現段階ではできない。
それでも、俺は何かが動くように感じた。
アプリエス嫡子の遺体を返還した翌日、中央評議会議場は、沈黙が支配していた。
由加が作戦を説明している。
「ロワール川の下流に臨時の中継基地を設置し、ここを起点に白魔族の中核都市の一つであるオンダリを爆撃します。
作戦に投入する航空機は、固定翼機三機です。
二機が爆撃、一機は作戦全体を支援します。
爆弾の総重量は二トン。
これは、第二次世界大戦における米英独の双発中型爆撃機の搭載量に匹敵します。
オンダリは一万頭に達する白魔族の巣と推測していますので、二トンの爆弾では限定的な損害しか与えられません。
ですが、私たちの牙が、白魔族の喉に届くことを示せます。
戦術的には無意味でしょうが、戦略的には大きな意味を持つものと思います」
俺は金沢の話を思い出していた。
彼によれば、一九四二年四月一八日、アメリカ陸軍航空隊のドーリットル中佐が指揮する双発爆撃機ノースアメリカンB‐25ミッチェル一六機が日本本土を初空襲したそうだ。
この爆撃作戦による損害は軽微で、作戦投入機一六機のすべてが全損となった。一五機は中国大陸に不時着し、一機はソ連領に不時着。その機の乗員八が日本軍の捕虜となり、乗員はソ連に抑留された。戦死者は一。
このアメリカ陸軍の双発爆撃機は、アメリカ海軍の航空母艦ホーネットから発艦している。
着艦装置のない双発爆撃機が航空母艦に帰還できるわけはなく、中華民国の支配地域に不時着するという作戦だった。
特攻隊ではないが、決死隊であることは事実。
我々の作戦は、決死行ではない。後方支援、作戦支援、とも無理はしていない。
しかし、危険はある。
俺の気がそがれている間に、議論が進んでいた。
議長が問う。由加は、将軍と呼ばれたり、大尉と呼ばれたり、その時々で異なる。
このときは将軍だった。
「ジェネラル・ジョージマ。
この作戦が成功する確率は?」
「一〇〇パーセントと言いたいですが、八〇パーセント内外かと思います。
天候やその他の不可避の条件もありますから……」
「危険はあるのでしょ」
「作戦行動ですから、危険は伴います」
「貴重な飛行機を三機も投入する価値はあるのですか?
この作戦に」
「あると思います。
ヒトは彼らの食料でも、狩猟の獲物でもないことを教えることができます」
「それは大事なことだとは思うのですが、この一回の爆撃で、あの動物がそれを理解するようには思わないのですが……」
「半田が白魔族の捕虜を長期にわたって尋問しています。
白魔族の考え方、物事のとらえ方は半田が一番詳しいと思います」
由加が俺に話を振った!
俺は焦った。
議長が言った。
「傍聴席にジョージマ大尉のご夫君ハンダ殿がいます。
本会議の慣例を崩しますが、急遽、ハンダ殿に問いたいと思います。
ハンダ殿、参考人席へ」
中央評議会議場、と呼んではいるが大して大きい建物ではない。
俺は、数十秒後には、参考人席に立っていた。
議長が促す。
「ハンダ殿、貴方が知る限りで結構です。白魔族とはどういう動物ですか?」
俺は、ごく基本的なことから話すことにした。
「白魔族は、我々と同じヒト科の動物です。
ですが、ホモ・サピエンスからはかなりの遠縁と判断しています。
ゴリラやチンパンジーもヒト科動物ですが、白魔族はオランウータンとゴリラの分岐の間くらいで、我々とは別種になったものと推測しています」
俺は、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンの画像を大型タブレットに表示し、それを掲げて議員たちに示した。
その後、タブレットは回覧された。
「つまり、オランウータンよりもヒトに近く、ゴリラよりは遠い動物です。
黒魔族はもっとヒトに近い動物です。白魔族とヒトの姿が似ているのは、単なる偶然です。
こういった例は、他の動物でも見られます。珍しいことではありません」
「それで、彼らは何を考えているのです?」
「それは、正直わかりません。
ですが、あの動物は論理的に思考し、それに沿って行動します。
ヒトのように後悔や憐憫の念もあるようです。同族に対する愛情のようなものもあります。
私は黒魔族とも接触しましたが、黒魔族はイヌのような動物です。
ヒトとも一定の気持ちを共有できます。
しかし、白魔族とは無理です。
会話は成立しますが、それだけです。トカゲほども、感じ合うものはありません。
単なる情報交換です」
「その状況、あるいは感覚がよくわかりませんが……」
「無機的なんです。
機械と話しているような……。
白魔族が与える情報は理解できますが、何というか、損得しかないような……。
私も表現に困るのです」
「今回の作戦についてはどう思いますか?」
「私は、基本的に賛成です。
白魔族は、論理的な思考をする生物です。損得にも賢い……。
ヒトを襲えば損をすると教えれば、食人をやめる可能性はあります」
「白魔族にとって、食人は絶対に必要なことではないと?」
「はい。
ヒトも同じですね。
必ずパンを食べなければならない、わけではない……。
白魔族は肉食です。雑食のヒトとはその点が異なります。
ですが、ウシやニワトリの肉はよく食べます。
ブタは好みません。サカナは一切口にしません。
シカやウサギなど野生の動物の肉も食べます。シカ肉は好きなようです。
二個体だけなので、統計としてではありません。個体差はあるでしょうが、二個体に関してはそういった傾向が見られます。
ですから、白魔族の生存において、食人は絶対に必要な条件ではありません」
「では、どうして食人をするのですか?」
俺は、サビーナたちがもたらした情報をどう伝えるか逡巡した。
「白魔族は、我々の祖先が石器を使っていた時代から、ヒトを捕獲して食べていたようです。
おそらく、他の野生動物よりも捕えやすかったのでしょう」
俺はこれから先を話すべきか考えた。
だが、議長が先手を打ってきた。
「ハンダ殿、白魔族のヒトへの所行は誰もが知っています。
貴方が知っていることは、隠さぬように。
ヒトの命運がかかっています。
知らなかった、では済まされないのです」
「白魔族の社会には、階級があります。霊長類の社会には通常階級がありますが、それの発展型、あるいは細分化型です。
五階級あります。この階級は血族によって固定化されたものではなく、個体の能力によってどうにでもなるもののようです。
ある意味、実力本位制です。
ここでは、仮にA階級からE階級までとします。
捕虜のうち一個体は、D階級です。
この個体は、人肉を食べたことがありません。
もう一個体はC階級で、褒章授与の際の宴席で、人肉が供され、それを食べたそうです。
通常、人肉が食べられるのは、AとBの階級だけのようです。
こういう言い方はしたくありませんが、人肉はご馳走のようです」
議場がざわつくが、議長はそれを制止しない。
俺は続けた。
「人肉食は、白魔族の上級階層にだけ与えられる特権のようなものです。
ですが、昔からそうなのではなく、太古には誰もが食べたようです。
ヒトの捕獲が難しくなり、他の動物を食べるようになったと推測しています。
実際、C階級の個体の感想は『特別美味いとは思わなかった』でした」
俺は、感想のすべてを伝えなかった。その個体は、「肉は軟らかく、香りはいいが、歯ごたえに乏しく、特別美味いとは思わなかった。調理の仕方が悪いのかもしれない」と言った。
それを聞いた瞬間、俺はこの個体を殺したいと思った。
この議場で、俺と同じ感情に走る議員が数人いれば、無定見にオンダリ爆撃の方針が決定されてしまう。
そういう議論の誘導は嫌いだ。
「ハンダ殿、白魔族は、農業、漁業、牧畜などは営んでいるのですか?」
「サカナは食べないので、漁業はありません。肉食なので、農耕も一切ありません。
動物は、数十万頭規模でトナカイを、ウサギも相当数を飼育しています。トリはマガモを飼っているようです。
ペットの概念がないので、存在しないと思います。
肉は焼いて食うことが多いようですが、生食もします。それと、新鮮な血を飲むようです。
どちらにしても、現在の白魔族は、ヒトを食う絶対的な理由はありません」
「では、なぜ……」
「家畜の飼育のために飼料が必要なんです。トナカイの多くは放牧ですが、一部で穀物飼料が必要なのです。
それをヒトから入手しています。
そのヒトとはフルギア人で、白魔族を神の使徒と崇めるフルギア人に他地域に住むヒトが作った機械を与えることで、雑穀類を貢がせているようです。
そのついでに、ヒトの子供も供物として捧げさせているのではないかと……」
「ヒトが作った機械はどこから入手していますか?
少なくとも、この近隣一帯のヒトは白魔族と商ってはいませんよ!」
議長の声音がきつい。
「北の伯爵です。
北の伯爵が白魔族と取引していました。
白魔族も北の伯爵が作る兵器で武装しています。
代価は小麦で、その出所はフルギア人でしょう。
また、兵器や機械の使い方を伝授したのも、北の伯爵です。
北の伯爵は、八〇〇年以上前からいたようです。北の伯爵の名は特定の個人を指すものではなく、一団か一族、あるいは家系を指すのだと思います」
「ハンダ殿、ジェネラル・ジョージマによれば、貴方は今回の作戦に賛成だと。なぜですか?」
「白魔族はヒトを侮っています。
捕虜に接していてそれがよくわかります。
もし、オンダリ市内に八発の爆弾が落ちれば、さらに侮って攻撃を仕掛けてくるか、一気にヒトに対して怯えるか、そのどちらかでしょう。
ですが、現状は危険です。
フルギアが何をしでかすか、まったく予測がつきません。
現状での最善の策は、オンダリを爆撃し、白魔族を脅し、フルギアに手出しを控えさせることです」
議長が問う。
「ハンダ殿の意見に反対の方は!」
誰も何も発言しない。
「それでは、オンダリ爆撃作戦を承認します」
二八人の犠牲者は、異教徒にも蛮族にも、世代を重ねた人々にも、新参者にも、万遍なく存在した。
このことは、出自は異なっても、ノイリンにおいてヒトは混交して生活していることを表している。
団結とは違うが、ある意味、団結よりも重要かもしれない。
そして、フルギア人は、自分たちが設置した川の下流への通行を妨げる関所から、上流への遡上が一切できなくなる。
ノイリンは関所より川上に、一切のフルギア船が遡上することを禁じたのだ。
フルギア船は、徹底的に追い払う。抵抗すれば、容赦なく撃沈し、捕虜には過酷な尋問=拷問が課せられた。
ノイリンのフルギアに対する圧力は、日増しに高まり、ついには関所に駐屯していたフルギア皇帝の血縁者まで捕虜となった。
皇帝家姻戚にある軍人の嫡男。体格のいい一八歳の若者だ。
俺がその若者の顔を見たときには、すでに原形をとどめていなかった。
フルギア兵の間では、「ノイリンに捕まると、悪魔の薬を使って何でもしゃべらされ、最後は狂い死にさせられる」と噂になっているらしい。
兵士や下級将校にはそういったことはしないが、高級将校、幕僚、司令官クラスには容赦しなかった。
この若者は捕虜になった際、身分を偽るためだったのだろう、歩兵兵士の軍服を着ていた。
だが、フルギアの被支配地区から強制動員された農民兵が、「こいつは皇帝の一族だ」と叫び、我々に教えた。
彼の顔の傷は、強制動員された農民兵がやった。フルギア人に対する恨みと、ノイリンに対する媚が入り交じった動機によるもののようだ。
だが、この若者から何かを聞くことはできない。そんな状態ではない。声を発することは無理だろう。
顎が砕けている。
俺は、フルギア帝国中枢の動静を探りたかった。
この若者を治療し、回復させ、尋問する価値はあると考えている。
能美に相談したが、彼女から、フルギア支配層に対する一切の治療を拒否された。
能美は断固たる口調で言った。
「私はイヤ。私は医者を辞めたの。だから、誰でも治療するわけじゃない」
フルギア人には、社会階級による強い差別意識があり、階層下位者は支配階層に隷属するもの、との考えがあるらしい。
結果、フルギア人女性捕虜数名がこの皇帝の甥を殺した。
女性捕虜は最下級の女中たちだそうで、宮廷内部のことをよく知っているようだ。
彼女たちは、食べ物を得るために、支配層から性的虐待を絶えず受けてきたらしい。その恨みで殺したそうだ。
そして、俺はフルギア皇帝とその一族、および皇帝側近たちの人間関係をある程度、彼女たちから聞き出すことに成功する。
だが、完全なワイドショーネタだった。
戦略的な価値のない情報だ。
皇帝は、最側近の近衛隊長の細君を寵愛しているそうだ。
皇帝の正妃(皇后)は、近衛隊長とセフレ関係らしい。
皇帝の正妃は実の息子と、性的関係にあるらしい。
皇帝の側近である近衛隊長の細君は、皇帝の実妹らしい。
脳が情報を整理できない!
王朝が近親相姦と無縁でないことは、よく知られたことだが、フルギア帝国も例外ではないようだ。
それと、彼女たちからはもっと重要な情報を得ていた。
フルギア帝国の中枢、皇宮をどれだけ破壊したとしても、民衆に害がないならば、フルギア人一般市民は無関心だそうだ。
皇帝一族は、フルギア人民衆から嫌われているわけではなく、皇帝の神格化が度を過ぎていて、現実とあまりにも隔絶していることから関心がないそうだ。
対して、フルギア帝国の被支配民族は、機会があれば反抗する。また、その機会を常々狙っているらしい。フルギア帝国皇帝はもちろん、フルギア人全般を憎んでいる。
しかし、フルギア人民衆は、そういった支配下にある他民族の感情・心情を斟酌していない。無関心なのだ。
俺は、オンダリ爆撃の前に、訓練を兼ねてフルギア帝国皇宮の爆撃を考え始めている。そこに、対空ミサイルはないだろうし……。
ノイリンの中央集会場兼評議会議場は、紛糾の極みにあった。この施設は、完成したばかりだ。議場には、ノイリン居住者ならば誰でも入れる。ヒトだけでなく、精霊族や鬼神族も。
「フルギア帝国討つべし」の大合唱と、同時に「即時、白魔族駆除」が叫ばれていた。
だが、ノイリンはそのための手段を欠いていた。
我々を除いて……。
いくつかのグループが接触してきた。我々の策動を探知しているのだ。
単なる探り入れから、積極的で具体的な協力申し出まで、言質は異なるのだが、基本は応援してくれている。
一番ありがたいことは、航空機の機体整備経験者や、ガスタービンエンジンを扱ったことのある技術者の助力だった。
今回の作戦とは無関係だが、Mi‐8ヘリコプターのエンジン再稼働や、ヘリコプターや固定翼機の操縦経験者なども意外と多くいた。
それと、いいこともある。今回のことを縁に少人数の新参者グループが、我々との連携や合流を望んで近付いてきたことだ。
誰でも受け入れるわけではないが、協力は受け入れるし、助力はありがたいし、多数グループの緩やかな連合体である我々は、融通無碍なところがあり、グループ内グループとしての参加を拒みはしなかった。
船舶用蒸気タービンの設計者が加わり、Mi‐8が搭載するターボシャフト・エンジンのオーバーホールやレストアの目処が立ちつつある。
これは、心強かった。
フルギアの女性捕虜たちは、解放されてはいないが、比較的自由な行動を許されている。
基本、彼女たちはフルギア人ではなく、フルギア帝国の被支配民族で、生口〈せいこう、捕虜・奴隷の意〉として皇帝に献上された人々だ。
最下級の女中として働いていたが、文字の読み書きなど一定の教養を有している。出自は、各民族の高位者の子女らしい。
女中としての給金や食料支給はなく、性的サービスの褒美として食べ残しを下げ渡されていたそうだ。
だからなのか、彼女たちは積極的に情報提供してくれている。
しかし、俺は彼女たちが何を知っているのかを知らないし、彼女たちは俺が何を知りたいのかを知らない。
通訳を介するので、質問が伝わらないこともある。
それと、彼女たちが聞いてもらいたいことと、俺が話してもらいたいことの違いもある。
会話の成立が難しい。
それでも、少しずつ、基礎的な情報を得ることができた。
フルギアの被支配民族は、白魔族のことは何も知らない。
毎年、子供を供出させられるが、その子供たちは奴隷にされると考えていたらしい。
彼女たちが皇宮の最下級女中となって数年後、供出させられた子供たちが〝食われた〟ことを知ったそうだ。
フルギアの強さの源泉は、白魔族の支援であり、白魔族の支援を得るために征服した民族から子供を奪っていることを知り、絶望の気持ちに陥ったそうだ。
現フルギア帝国は、周辺民族からセレウコス朝と呼ばれている。
帝都はクラシフォン。皇帝の名はカンビュセス。
帝都はロワール川の下流にあり、ビスケー湾海岸線から数十キロ内陸にある。海岸からの正確な距離はわからないが、五〇キロ内外のようだ。
俺は、元時代のナント付近が帝都ではないかと推測している。
正妃の名はカッサンダネで、父親の正妃であったようだ。カンビュセスの母親がカッサンダネなのか、は不明。
ただ、親子ほどの年齢差はある。
二人の妹のうち、アトッサは側室で、家臣に嫁いだロクサーナとは男女の関係にある。
弟のスメルディスの所在は不明だが、捕虜となった女中たちが知らないだけらしい。行方不明ではない。
外征は、もっぱらスメルディスの役目だが、ノイリンを含む異教徒征服の任はアプリエスという将軍があたっている。
アプリエスは、皇帝家の姻戚である。我々の捕虜となり、女中たちに殺された一八歳の若者は、このアプリエスの嫡子である可能性が高い。
ノイリン正面の敵は、アプリエスだ。
アプリエスは、部下から〝東征王〟と呼ばれている。
スメルディスと並ぶ、フルギア帝国を支える大将軍だという。
フルギア人の人口ははっきりしない。精霊族の情報では五万だが、被支配民族は含まれていないようだ。支配地域から算出すると、三〇万から四〇万はいる。
フルギア帝国は征服した土地の人々に対して、同化政策を強いることがある。
フルギア人を五万と見積もってはいけないと思う。シンパや同化された人々を含めて、二〇万か二五万人ではないか?
帝都クラシフォン中心部の人口が五万ではないのか?
どちらにしても、人口差では圧倒的に我々が不利だ。
能美や納田が不穏な案を出した。
天然痘を帝都に侵入させる案。
俺と斉木が大反対し、俺と斉木の気色ばんだ顔色を見て、デュランダルやウルリカが尋常でない作戦であることを察し、怯えた。
捕虜を天然痘に感染させて、帝都に送り返す。
それだけで、数千か数万が死ぬ。
ショウくんの死は、フルギア人に対する我々が自ら課した箍を破壊してしまった。
俺はフルギア人下級将校の捕虜を四人選び、敵司令官アプリエスへの使者とした。
用向きは、アプリエスの嫡子の遺体返還だ。
クラウスが関所の近くまで四人を運び、小船に乗せて解放した。
この四人が役目を果たすか否かは、まったく不明だ。
我々の捕虜となったフルギア人は、最初は勇ましかったが、数日で怯えきった眼差しを向けるようになる。
この四人も怯えていた。逃げてしまう可能性もある。
クラウスの高速砲艇は、全体的なデザインが第二次世界大戦期のドイツ海軍高速魚雷艇であるSボートによく似ている。全長三〇メートル弱、全幅五メートル弱、満載排水量は六〇トンに達しない。Sボートの縮小版といった感じだ。
魚雷は搭載していないが、艇首に四八口径四七ミリ砲と六〇口径の連装二〇ミリ砲を背負い式に装備。艇尾に連装一二・七ミリ機関銃を搭載する。
四基のガソリンエンジンで、三三ノットを発揮する。
クラウス以外にもノイリン住民で高速砲艇を開発したグループがある。
こちらも木造艇で、全長二〇メートル弱、全幅五メートル弱、満載排水量は四〇トン未満。単装二〇ミリ機関砲×一、単装一二・七ミリ機関砲×二を装備。
二艇あり、運用を始めたばかりだ。第二次世界大戦初期のイタリア海軍魚雷艇によく似ていて、同艇同様〝MASボート〟と呼ばれている。こちらは三六ノットも出る。
彼らは重量物を艀とタグボートで運ぶ河川運送の仕事をしており、クラウスとは持ちつ持たれつの関係になりつつあった。
ノイリンの武装した高速艇のことは、ロワール川とアリエ川流域一帯に知れ渡り、精霊族や鬼神族も関心を示している。
この一帯は、黒魔族、白魔族、ヒトの盗賊、精霊族の盗賊、鬼神族の盗賊、その他、無法者が跋扈する世界なのだ。
こういった警備艇の需要は、潜在的に高かった。
従来、武装集団に襲われた商船は、戦うことなく積荷を渡していた。攻め手がよほどの無勢でない限り、戦っても勝ち目がないからだ。
それに、商習慣上、盗賊に奪われた品の損害は荷主が負担する。だから、商船側に戦う益はない。
盗賊は商船の抵抗を恐れて、船は奪わない。
それをノイリンの水運事業者たちが壊し始めていた。
高速武装艇を護衛に付けて、輸送船を守ろうとしたのだ。
陸上輸送でも同じことが起きていた。大佐グループは、種族にかかわらず、荷主から警護の仕事を請け負い始めている。
実際、装輪装甲車一輌が随伴していれば、盗賊は襲ってこない。
いままでも護衛はいたが、ウマに乗った銃兵数人程度で強力ではなかった。
盗賊だってソロバンをはじく。危険を冒してまで、荷を奪いたくはない。野生の捕食獣同様、あえて襲いにくい獲物は狙わない。
その大佐グループだが、車輌工場に四輪駆動の五五口径三七ミリ砲と同軸機関銃を搭載する二人用砲塔装備の軽装甲車を打診している。
スコーピオン軽戦車に似たデザインの砲塔を載せた、四輪装甲車を検討しているようだが、開発は簡単ではなさそうだ。
居館の食堂で、全体会議が開かれた。全体会議とはいっても、人数が多すぎて全員が参加できなくなっている。
我々のグループは、三〇〇人を超えようとしている。
ノイリンの人口は、一時滞在者も含めれば五〇〇〇人を超えている。フルギアを除くヒトの街としては、規模が大きい。それに、住人は精霊族や鬼神族も拒まないので、多種族混住の街になりつつある。
全体会議の議題は一つ。白魔族の街オンダリとフルギアの帝都クラシフォンの爆撃についてだ。
この攻撃計画をノイリンの評議会に諮るべきか否か、それが議題だ。
最初に、クラシフォン爆撃が否決された。
大多数の意見は、「報復は連鎖を生む」と「ヒト同士が争うべきではない」が大勢だった。
それと、オンダリを爆撃すれば、その時点でフルギア皇帝は震え上がる、との意見が圧倒的だった。
それと、「オンダリ爆撃はノイリンの将来に関わる重大事」であるとの意見が、多くの出席者から示された。
それは、オンダリ爆撃をノイリン評議会に議題として提示すべきであることの意思表示でもあった。
俺は、奇襲攻撃を指向していたが、俺の意見への賛同は皆無だ。
東征王アプリエスは、ノイリンの要求に従い、商船一隻で、主マストのてっぺんに巨大な白旗を掲げて帆走してきた。
指揮官は、アプリエスの腹心ドネザル。高齢の男だ。
ノイリン側の代表は、俺だった。厄介な仕事は、俺に振り分けられてしまう。
ドネザル一行を煉瓦造りの中央集会場に案内する。
アプリエスの嫡子は、一行の到着に合わせて中央集会場に安置している。
遺体にとってはいい環境だが、足の裏から脳天に冷気が突き抜ける、と感じるほどの寒さだ。
ドネザルは高齢だが眼光鋭い男で、対峙すると得も言えぬ圧迫感がある。
彼が従える兵も同様で、理知的で同時に凶暴な雰囲気を醸し出している。
ドネザルが俺に問うた。
「貴殿が、噂に聞くノイリン王ハンダ殿か?」
俺が答える。
「ノイリンに王はいません。
ですが、アプリエス東征王陛下のご嫡子のご遺体引き渡しに関しては、私が全責任を負っています」
「我が帝国では、王は敬称に過ぎん。
我が主アプリエスは〝閣下〟でよい。冠に〝東征王〟を付けるなら呼び捨てでよい。
改めて問いたい。
王子はノイリン兵に殺されたのではないのか?」
「いいえ。
貴国が支配する国の民が殺しました。
我々は何もしていない」
「ノイリンは、妖の薬と魔導によって、精強な将軍であっても意のままに操り、狂い死にさせるという。
それは真実〈まこと〉か?」
「必要があれば、尋問の手段として、薬を使います。
結果、死に至る捕虜もいるでしょう。
しかし、そのようなことは、一般兵士や下級将校には行っていません。
尋問に答えない指揮官クラスに限られます」
双方の通訳は正しく伝えているようだ。
通訳補佐でついてきたカロロが緊張している。この男は、好奇心の塊だ。
ヴァリオも緊張している。
「ご嫡子様にも薬を使ったのか?」
「いいえ、我々が捕虜とした直後に暴行されたようです。
すでに、尋問できる状態ではありませんでした」
「ノイリンの治療師は、死者を蘇らせる術を使うと聞く」
「我々の医師は、ご嫡子の治療を拒否しました。
治療すれば、時間はかかるでしょうが、完治したでしょう。
ですが、貴国が送り込んだ魍魎族によって、医師に近しい子供が殺されたのです。
仇の子を助ける謂われはない……」
ドネザルが初めて感情を見せた。
「だから!
狂った魍魎族を使うことに反対したのだ!」
その言葉は俺に対してではなく、彼の部下に向けられていた。
ドネザルが言う。
「失礼した。
ノイリン王……。
ご嫡子様の亡骸を我が主の元に返したい。
お許しいただけるか?」
「そのつもりです」
「感謝いたす」
ドネザルの重臣らしき豪華な革鎧を着た壮年の将が言った。
「このようなみすぼらしい館にご嫡子様を留め置いていてはいけません」
ドネザルがじろりと彼の臣をにらむ。
中央集会場はノイリンでは最大級の建物だが、フルギア帝国の宮殿や神殿と比べれば小屋みたいなものだ。
こういった反応は、精霊族や鬼神族にも見られる。
誰かのスマホが鳴った。
俺が、スマホの持ち主をチラッと見ると、彼女は会釈し、少し離れて通話を始める。
ドネザルの一行がざわつく。
ドネザルが尋ねる。声音に嘲笑が混じる。
「あの小女は小板と話をしているのか?」
「あれはスマホという機械で、遠話ができます。黒魔族の遠話に似た機能です。
ノイリン域内では、誰とでも遠話ができます。
域外では、別な遠話機があります」
「……」
ドネザルが動揺の顔色を見せる。
「精霊族や鬼神族も使うのか?」
カロロがスマホをドネザルに渡す。
「精霊族や鬼神族も、欲しがります。
ですが、高価な機械なので……」
精霊族や鬼神族は、ノイリンでWiFiが使えるようになって以来、我々に一目も二目も置くようになった。
偶然鳴ったスマホが、ドネザル一行のノイリンに対する見方を変えようとしている。
ドネザルが尋ねる。
「その〝スマホ〟なるものは、魔法・魔術の類いではないのか?」
「いいえ、ヒトが知恵を絞って作った機械です」
「機械?
使徒様は多くの機械を我らにお下げ渡しくださるが、遠話の機械など聞いたことがない」
「白魔族は使うだけで、作れませんからね。
それに使い方を教えないと、永遠に使えない……」
「ノイリン王は使徒様を侮っているのか?」
ドネザル配下の何人かが、剣の柄に手を置く。
「白魔族は厄介です。
たぶん、黒魔族よりも……。
侮ってはいませんが、恐れてもいません」
「使徒様は神の使い。
使徒様を恐れぬなど、神を恐れぬことと同じ。
いずれ、ノイリンには神の怒りが及ぶであろう」
「そうならないよう、日々努力しています。
どうでしょう。
ノイリンを案内しましょうか?」
臣下が口を挟んだ。
「このみすぼらしい街を見て何になましょう」
ドネザル一行の何人かがわずかに声を出して笑った。
ドネザルが儀礼的に窘める。
「その心遣いは無用」
「そうおっしゃらずに、ノイリン軍とノイリンの農場だけでも見てください」
ドネザルと彼の部下数人は、ノイリンの〝軍〟に興味を持ったようだ。
アプリエス嫡子の遺体は、ドネザルが用意した棺に納められ、屈強なフルギア兵に担がれて港まで運ばれた。
そして、彼らの船に乗せられる。
特段の宗教的行事はなく、この港までの行進が葬列のようなものだった。
これで、遺体の返還は終わった。
ノイリン軍は存在しない。
だから、でっち上げた。
装輪装甲車を持っているグループに声がけして、片っ端からかき集め、それを並べて乗員を各車輌の前に立たせただけだ。
軍服はないから、着衣はバラバラ。それも決して上等じゃない。
みすぼらしい。
そのみすぼらしい作業着姿の一団が、ベルタの号令で「ドネザル将軍閣下に対し、カシラ~ミギ」で動いた。バラバラだった。
ドネザルはどう思ったか不明だが、彼の部下からは失笑が漏れた。
ノイリンの軍事力は、俺の望んだとおりに侮られたようだ。
ノイリンに一輌しかない大型バスに、ドネザル一行を乗せ、北の農場、俺たちの農場に向かう。
広大な農地を、二輌のトラクターが耕していく。
それもウマやウシが牽く鋤では、到底及ばない速度で、はるか遠方まで。
金沢たちは、この日のためにベルトルドたちの二輌目のトラクターを修理したのだ。
広大な麦畑で、二輌のトラクターがすれ違う。実に絵になる光景だ。
食料の生産能力は、国力に直結する。
トラクターの威力を、ドネザルたちは呆然と見ていた。
斉木がドネザルにジャガイモを見せ、ライマが用意したポテトグラタンを振る舞う。
アンティの酒も出した。
ドネザルは明らかに動揺しているし、彼の部下は押し黙っている。
ドネザルが言った。
「ノイリン王。
この光景、感銘を受けました。
今日見たことは、我が主に必ず伝えましょう」
食料の生産力から推し量ったノイリンは、強大な国家として認識されたはずだ。
ドネザルに見せたものが、講和の道を開くのか、それとも早期の全面戦争に結びつくのか、その吉凶の判断は現段階ではできない。
それでも、俺は何かが動くように感じた。
アプリエス嫡子の遺体を返還した翌日、中央評議会議場は、沈黙が支配していた。
由加が作戦を説明している。
「ロワール川の下流に臨時の中継基地を設置し、ここを起点に白魔族の中核都市の一つであるオンダリを爆撃します。
作戦に投入する航空機は、固定翼機三機です。
二機が爆撃、一機は作戦全体を支援します。
爆弾の総重量は二トン。
これは、第二次世界大戦における米英独の双発中型爆撃機の搭載量に匹敵します。
オンダリは一万頭に達する白魔族の巣と推測していますので、二トンの爆弾では限定的な損害しか与えられません。
ですが、私たちの牙が、白魔族の喉に届くことを示せます。
戦術的には無意味でしょうが、戦略的には大きな意味を持つものと思います」
俺は金沢の話を思い出していた。
彼によれば、一九四二年四月一八日、アメリカ陸軍航空隊のドーリットル中佐が指揮する双発爆撃機ノースアメリカンB‐25ミッチェル一六機が日本本土を初空襲したそうだ。
この爆撃作戦による損害は軽微で、作戦投入機一六機のすべてが全損となった。一五機は中国大陸に不時着し、一機はソ連領に不時着。その機の乗員八が日本軍の捕虜となり、乗員はソ連に抑留された。戦死者は一。
このアメリカ陸軍の双発爆撃機は、アメリカ海軍の航空母艦ホーネットから発艦している。
着艦装置のない双発爆撃機が航空母艦に帰還できるわけはなく、中華民国の支配地域に不時着するという作戦だった。
特攻隊ではないが、決死隊であることは事実。
我々の作戦は、決死行ではない。後方支援、作戦支援、とも無理はしていない。
しかし、危険はある。
俺の気がそがれている間に、議論が進んでいた。
議長が問う。由加は、将軍と呼ばれたり、大尉と呼ばれたり、その時々で異なる。
このときは将軍だった。
「ジェネラル・ジョージマ。
この作戦が成功する確率は?」
「一〇〇パーセントと言いたいですが、八〇パーセント内外かと思います。
天候やその他の不可避の条件もありますから……」
「危険はあるのでしょ」
「作戦行動ですから、危険は伴います」
「貴重な飛行機を三機も投入する価値はあるのですか?
この作戦に」
「あると思います。
ヒトは彼らの食料でも、狩猟の獲物でもないことを教えることができます」
「それは大事なことだとは思うのですが、この一回の爆撃で、あの動物がそれを理解するようには思わないのですが……」
「半田が白魔族の捕虜を長期にわたって尋問しています。
白魔族の考え方、物事のとらえ方は半田が一番詳しいと思います」
由加が俺に話を振った!
俺は焦った。
議長が言った。
「傍聴席にジョージマ大尉のご夫君ハンダ殿がいます。
本会議の慣例を崩しますが、急遽、ハンダ殿に問いたいと思います。
ハンダ殿、参考人席へ」
中央評議会議場、と呼んではいるが大して大きい建物ではない。
俺は、数十秒後には、参考人席に立っていた。
議長が促す。
「ハンダ殿、貴方が知る限りで結構です。白魔族とはどういう動物ですか?」
俺は、ごく基本的なことから話すことにした。
「白魔族は、我々と同じヒト科の動物です。
ですが、ホモ・サピエンスからはかなりの遠縁と判断しています。
ゴリラやチンパンジーもヒト科動物ですが、白魔族はオランウータンとゴリラの分岐の間くらいで、我々とは別種になったものと推測しています」
俺は、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンの画像を大型タブレットに表示し、それを掲げて議員たちに示した。
その後、タブレットは回覧された。
「つまり、オランウータンよりもヒトに近く、ゴリラよりは遠い動物です。
黒魔族はもっとヒトに近い動物です。白魔族とヒトの姿が似ているのは、単なる偶然です。
こういった例は、他の動物でも見られます。珍しいことではありません」
「それで、彼らは何を考えているのです?」
「それは、正直わかりません。
ですが、あの動物は論理的に思考し、それに沿って行動します。
ヒトのように後悔や憐憫の念もあるようです。同族に対する愛情のようなものもあります。
私は黒魔族とも接触しましたが、黒魔族はイヌのような動物です。
ヒトとも一定の気持ちを共有できます。
しかし、白魔族とは無理です。
会話は成立しますが、それだけです。トカゲほども、感じ合うものはありません。
単なる情報交換です」
「その状況、あるいは感覚がよくわかりませんが……」
「無機的なんです。
機械と話しているような……。
白魔族が与える情報は理解できますが、何というか、損得しかないような……。
私も表現に困るのです」
「今回の作戦についてはどう思いますか?」
「私は、基本的に賛成です。
白魔族は、論理的な思考をする生物です。損得にも賢い……。
ヒトを襲えば損をすると教えれば、食人をやめる可能性はあります」
「白魔族にとって、食人は絶対に必要なことではないと?」
「はい。
ヒトも同じですね。
必ずパンを食べなければならない、わけではない……。
白魔族は肉食です。雑食のヒトとはその点が異なります。
ですが、ウシやニワトリの肉はよく食べます。
ブタは好みません。サカナは一切口にしません。
シカやウサギなど野生の動物の肉も食べます。シカ肉は好きなようです。
二個体だけなので、統計としてではありません。個体差はあるでしょうが、二個体に関してはそういった傾向が見られます。
ですから、白魔族の生存において、食人は絶対に必要な条件ではありません」
「では、どうして食人をするのですか?」
俺は、サビーナたちがもたらした情報をどう伝えるか逡巡した。
「白魔族は、我々の祖先が石器を使っていた時代から、ヒトを捕獲して食べていたようです。
おそらく、他の野生動物よりも捕えやすかったのでしょう」
俺はこれから先を話すべきか考えた。
だが、議長が先手を打ってきた。
「ハンダ殿、白魔族のヒトへの所行は誰もが知っています。
貴方が知っていることは、隠さぬように。
ヒトの命運がかかっています。
知らなかった、では済まされないのです」
「白魔族の社会には、階級があります。霊長類の社会には通常階級がありますが、それの発展型、あるいは細分化型です。
五階級あります。この階級は血族によって固定化されたものではなく、個体の能力によってどうにでもなるもののようです。
ある意味、実力本位制です。
ここでは、仮にA階級からE階級までとします。
捕虜のうち一個体は、D階級です。
この個体は、人肉を食べたことがありません。
もう一個体はC階級で、褒章授与の際の宴席で、人肉が供され、それを食べたそうです。
通常、人肉が食べられるのは、AとBの階級だけのようです。
こういう言い方はしたくありませんが、人肉はご馳走のようです」
議場がざわつくが、議長はそれを制止しない。
俺は続けた。
「人肉食は、白魔族の上級階層にだけ与えられる特権のようなものです。
ですが、昔からそうなのではなく、太古には誰もが食べたようです。
ヒトの捕獲が難しくなり、他の動物を食べるようになったと推測しています。
実際、C階級の個体の感想は『特別美味いとは思わなかった』でした」
俺は、感想のすべてを伝えなかった。その個体は、「肉は軟らかく、香りはいいが、歯ごたえに乏しく、特別美味いとは思わなかった。調理の仕方が悪いのかもしれない」と言った。
それを聞いた瞬間、俺はこの個体を殺したいと思った。
この議場で、俺と同じ感情に走る議員が数人いれば、無定見にオンダリ爆撃の方針が決定されてしまう。
そういう議論の誘導は嫌いだ。
「ハンダ殿、白魔族は、農業、漁業、牧畜などは営んでいるのですか?」
「サカナは食べないので、漁業はありません。肉食なので、農耕も一切ありません。
動物は、数十万頭規模でトナカイを、ウサギも相当数を飼育しています。トリはマガモを飼っているようです。
ペットの概念がないので、存在しないと思います。
肉は焼いて食うことが多いようですが、生食もします。それと、新鮮な血を飲むようです。
どちらにしても、現在の白魔族は、ヒトを食う絶対的な理由はありません」
「では、なぜ……」
「家畜の飼育のために飼料が必要なんです。トナカイの多くは放牧ですが、一部で穀物飼料が必要なのです。
それをヒトから入手しています。
そのヒトとはフルギア人で、白魔族を神の使徒と崇めるフルギア人に他地域に住むヒトが作った機械を与えることで、雑穀類を貢がせているようです。
そのついでに、ヒトの子供も供物として捧げさせているのではないかと……」
「ヒトが作った機械はどこから入手していますか?
少なくとも、この近隣一帯のヒトは白魔族と商ってはいませんよ!」
議長の声音がきつい。
「北の伯爵です。
北の伯爵が白魔族と取引していました。
白魔族も北の伯爵が作る兵器で武装しています。
代価は小麦で、その出所はフルギア人でしょう。
また、兵器や機械の使い方を伝授したのも、北の伯爵です。
北の伯爵は、八〇〇年以上前からいたようです。北の伯爵の名は特定の個人を指すものではなく、一団か一族、あるいは家系を指すのだと思います」
「ハンダ殿、ジェネラル・ジョージマによれば、貴方は今回の作戦に賛成だと。なぜですか?」
「白魔族はヒトを侮っています。
捕虜に接していてそれがよくわかります。
もし、オンダリ市内に八発の爆弾が落ちれば、さらに侮って攻撃を仕掛けてくるか、一気にヒトに対して怯えるか、そのどちらかでしょう。
ですが、現状は危険です。
フルギアが何をしでかすか、まったく予測がつきません。
現状での最善の策は、オンダリを爆撃し、白魔族を脅し、フルギアに手出しを控えさせることです」
議長が問う。
「ハンダ殿の意見に反対の方は!」
誰も何も発言しない。
「それでは、オンダリ爆撃作戦を承認します」
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