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第2章

第五一話 作戦立案

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 オンダリは、元世界の地図に重ねると、ビスケー湾沿岸のラ・ロシェルの二〇キロ沖合にある。寒冷化により、水の多くが陸地に封じられていることから、海岸線が後退しているのだ。
 もちろん、二〇〇万年後の現在は、ラ・ロシェルの痕跡はまったく残っていない。
 そして、オンダリは白魔族が支配する北辺に位置する。
 以北はヒトが支配する地域、すなわちフルギア帝国領だ。
 ノイリンとオンダリ間は、四五〇キロ。ショート・スカイバン双発輸送機の航続距離は標準で一一〇〇キロ。エア・トラクターAT‐802軽攻撃機兼農業機は、通常の燃料搭載量で一二五〇キロ。
 空荷ならば辛うじて往復できるが、最大荷重では無理だ。
 攻撃をするならば、どうしても中継基地が必要になる。
 サビーナたちは、フロートを取り付けて、ロワール川中流域、元世界の地図に重ねると、オルレアンからトゥールにかけてのどこかに着水し、ここで燃料補給と爆弾装着を行って、オンダリを目指す作戦を立案していた。
 スカイバンは機内に増加タンクを積んで、航続距離を伸ばす。
 俺たちもそのに異議はなかった。
 というよりも、異議の唱えようがなかった。
 臨時の水上機基地は、ロワール川の中州を利用するつもりだ。

 だが、サビーナによると、AT‐802にフロートを取り付けると、フロートと主翼のハードポイント(爆弾架)が干渉して、二五〇キロ爆弾四発の懸吊は不可能になるという。
 一機あたり爆弾五〇〇キロ搭載となり、攻撃力が半減してしまう。
 スカイバンも爆装する、臨時水上基地を起点に反復攻撃を仕掛ける、などの案も出たが全機無事帰還が鉄則の作戦であることから、代替案は危険が増すことは確実なので、これらの案には強い反対がある。

 片倉は章一を失って以来、自室に閉じこもることが多かった。食事もほとんどとっていない。水さえ十分に飲んでいない。
 この世界では、片倉と同じ経験をした母親はたくさんいる。
 ベルタもその一人だ。
 だからといって、片倉の悲しみが軽くなるわけではないし、即効性のある慰めの言葉があるわけでもない。

 ショウくんは、収穫祭を楽しみにしていた。だが、収穫祭はアムル人の侵攻によって、中止してしまった。
 俺はそれが心に引っかかっていた。
 我々のグループがオンダリ爆撃に注力していくと、必然的に子供たちは寂しい思いをする。
 親がいる子も、親がいない子も、大人たちが日々の生活のための生産に加えて、オンダリ爆撃という大仕事をなすために、睡眠と食事の時間を削って働いている。
 そして、子供たちとのふれ合いも減っている。子供たちは、食事を与えれば育つわけではない。

 俺は、由加に「収穫祭の代わりに、学園祭みたいな行事をしないか?」と問うた。
 彼女は「何言っているの。この忙しい時に……」と咄嗟に答えたが、すぐに「でも、健太は喜びそう」と賛成に転じた。
 ケンちゃんは、我々のグループには同じくらいの年齢の子供が少ない。ちーちゃんとマーニがお姉ちゃんとして、一緒に遊ぶことが多いが、必然的に室内での一人遊びが多くなる。

 屋台の数は一〇。焼きそば風、唐揚げ棒、棒に付けた水飴、お汁粉、揚げパン、菓子パン、クレープ、フライドポテト、コロッケ、フルーツ缶が原料のジュース。
 ゲームコーナーは五つ。ダーツ、輪投げ、ミニボーリング、飴のつかみ取り、じゃんけん大会。

 当初、大人たちは乗り気でなかったし、ごくごく内輪の行事のつもりだった。
 だが、子供たちが学校で話し、翌日にはノイリン中の子供が知っていた。
 そして、翌々日には近隣のヒトの村、精霊族や鬼神族の住地でも話題になっていた。

 この祭りには、ルールがある。
 楽しめるのは、一五歳以下の子供だけ。一五歳以下の子供には、木製のメダルが一〇個与えられ、一〇の屋台と五のゲームをメダルがなくなるまで楽しめる。
 一五歳から一八歳までは、ごく少額だが一〇個のメダルを買う。
 屋台の〝店主〟は成人男性が担当。成人女性は、子供たちのフォローに徹する。

 子供たちに〝お祭り〟の計画を話した四日後には、精霊族と鬼神族から個別に「我々の子供たちも参加できるのか」と問い合わせがあり、ダメとも言えず了承してしまう。
 さらに、ノイリン近隣のヒトの小村から「馬車で子供たちを送る。開会時間と閉会時間の厳守を望む」と連絡が入る。

 一週間たたずに、大事〈おおごと〉になってしまった。
 どれだけの食べ物を用意したらいいのか、皆目見当がつかない。
 急遽、蒸かしたジャガイモ、各種串焼き、サカナの甘露煮、スープなどを追加する。
 協力を申し出てくれるグループもあり、さらにはヒト、精霊族、鬼神族の食べ物屋が出店したいと申し込んできた。
 彼らは、当然だが有料での営業だ。
 本来の趣旨には合わないが、彼らの出店はありがたかった。

 発表から一〇日後、〝お祭り〟を決行した。もう待ってはいられなかった。
 このままでは、ヴィレ、シェプニノ、カンガブルあたりまで噂が広がりそうなのだ。
 それに、子供たちが待てない。

 当初の予定では、三棟ある木材とレンガ製格納庫の最も小さい一棟で行う予定だった。
  しかし、最も大きい二棟を使うことになり、一棟は当初目的通りの子供のため、もう一棟は出店業者向けに当てられた。

 どれだけのヒトが訪れたのだろうか。一〇〇〇人以上だったのかもしれない。
 とにかく、大変な賑わいだった。混乱はなく、喧嘩などの争いごともなかった。
 急遽、警備担当を設けた効果だったと思う。
 我々が用意した食べ物だけでは足りなかった。
 出店業者がいなければ、開催予定四時間の半分で食材がつきてしまうところだった。
 彼らには、大いに助けてもらった。

 ケンちゃんは、久々にママを独占して上機嫌だった。
 ちーちゃんとマーニは途中から、イサイアスのジュース屋さんを手伝っていた。
 ジュース屋さんごっこは、猛烈に楽しかったらしい。

 事件は〝お祭り〟のあとで起きた。
 出店業者が撤収し、火の始末の確認を終え、格納庫の扉を施錠した。
 厳冬期の直前で、屋外は非常に寒い。
 宴のあとの静寂は、もの悲しい。
 その悲しさの中で、片倉は格納庫の外壁に寄りかかっていた。
 泣いていたわけではない。ただ、ショウくんを思い出していた。

 片倉の危険を探知する感覚は、極めて鈍っていた。
 すぐ近くにヒトがいることに気付かない。ドラキュロであれば、彼女は死んでいた。
 だが、幸運にもヒトだった。しかも、彼女に危害を加える意思は、微塵もなかった。
「誰!」
 片倉は拳銃を抜いた。
「ごめんなさい。
 今夜、ここで寝ていい?」
 闇の中から現れたのは、一〇歳に満たない二人の女の子だった。
 片倉は、二人が〝お祭り〟に来ていたことを覚えていた。粗末な衣服の子だったので、心配になり覚えていたのだ。
「ここで何をしているの?
 こんなに暗くなったら、お家に帰れないでしょ?」
「お家、ないの。
 今日、ここでご飯が食べられるって聞いて、歩いてきたの」
 もう一人の子が「ぜ~んぶ美味しかったぁ~」と言った。
 片倉が目を凝らすと、闇の中からかなり多くの小さな人影が現れた。
「みんな、お家がないの?」
 片倉の問いに男の子が「うん!」と元気に返事する。

 へとへとの男たちは、さらなる仕事にかり出された。
 風呂の用意だ。
 子供は全部で一八人。最年長は一二歳、最年少は六歳。
 子供たちはグループではなく、別々に食べ物を求めてやって来たのだ。
 そして、帰る場所のない彼らは、今夜一晩、極寒の中で身体を寄せ合って野営するつもりだったらしい。

 結局、この一八人を保護した。
 また、子供が増えてしまった。

 数日後、新たに保護した一八人から、フルギアの所業を聞くことができた。
 この世界では親を失った幼い子供は、ほぼ確実に生き残ることはできない。
 親が自ら手を下して、殺すこともある。
 また、親が子を遺棄することもある。遠方に連れて行って置き去りにしたり、子供を置いたまま移動したり。
 こういった子は、衰弱して死を待つ以外にない。運がよければドラキュロに食われて、苦しまずに生命を終える。
 どうも、フルギアはこういった子供たちを狩っているらしい。
 親を失った子を捕らえて、白魔族に渡しているようだ。
 フルギアは奴隷制社会だ。
 幼い子供を捕らえて、奴隷として売り買いをする。
 だが、幼い子供を捕らえる理由のほとんどは、白魔族への供物として使っていると推測している。
 子供たちの親の多くは、比較的新参だったらしい。古くても、子供たちで三代目か四代目か?
 小集団では、生き残りが難しいのだ。集団が小さいと親を失った子供を、他の成人が養育することができない。食料の生産能力が不足しているからだ。
 親が死ねば、耕作地を奪われ、子は放逐される。
 それらの子をフルギアが狩る。
 この現実に腹が立つ。

 片倉は八歳の女の子から、フルギア人の子供狩りの話を聞き、憤慨した。
 彼女が最初に見つけた二人の女の子はどちらも八歳で、フルギアの子供狩りに逃げ惑った経験がある。
 フルギアの子供狩りは執拗で、二人は飲まず食わずで、三日間、森の中の土洞に隠れていたそうだ。昨夏の経験らしい。
 一八人のうち、六人が複数回、フルギアの子供狩りに遭遇していた。
 子供狩りは、フルギア人だけでなく、フルギアの被支配民族もするらしい。それがフルギアに強制されたものか、我欲のための行動かはわからない。
 捕らえられると、一人ずつ小さな檻に入れられるそうだ。

 爆弾搭載量の減少問題は、解決していない。総搭載量一トンで決行するか、二トンに固執するか、作戦を中止するか、三択に陥っている。

 片倉は、一八人の子供たちから食べ物を探す苦労を聞いていた。子供たちの口調は泣いたり、怖がったり、感情を吐露するといったものではなく、淡々としたものだ。
 それだけにリアルで、心穏やかにいられるもではなかったらしい。
 片倉の報告は、その裏返しのように感情が前面に出ていた。

 作戦は行き詰まっている。
 夜の食堂は、陰鬱な雰囲気に沈んでいた。陰鬱の理由は、白魔族への打撃が小さければヒトは侮られてしまうからだ。
 ヒトの牙が白魔族の喉に届くことを示せても、その牙に威力がないと思われれば、マイナスの効果になる。
 サビーナが「二トン落とせないなら、やめたほうがいい」と発言。
 イサイアスが「やらないより、やったほうがいいに決まっている!」と憤慨し、中央平原出身者の多くが賛成する。
 だが、作戦に参加するのは、サビーナたちなのだ。
 飛行機の操縦ができない中央平原出身者たちは、勢い発言が遠慮がちになっている。

 もう一つ、問題が顕在化している。
 小火器が足りない。
 新たに合流してくるグループは、総じて武器と弾薬の不足に苦しんでいる。
 ドラキュロから身を守るライフルが、決定的に不足している。
 大佐グループでさえ、一人に一挺ない。大佐グループの主要携帯火器は、M1カービンだった。二一世紀になって生産されていたタイプで、ピストルグリップ付きの樹脂製の銃床を備えている。銃身がオリジナルよりも三〇ミリほど長い。
 この世界において、この銃の選択は悪くない。弾丸威力は低いが、拳銃弾よりはるかに強力。連射が可能なので、三〇発弾倉を使えば対ドラキュロ戦では有効だ。
 だが、彼らは保有弾数が少なかったらしく、かなり前に撃ちつくしている。弾薬の補給もない。
 現在の彼らの個人携帯火器は、四四口径のレバーアクションライフルだ。
 酔ったシャンタルが「一〇〇挺あるM1カービンに弾があればね」と嘆き、それに珠月が反応した。
「M1カービンで、カラシの弾(カラシニコフ弾=七・六二×三九ミリ弾)は使えないの?
 使えないとしたら、銃身が短いから?」
 金沢が答える。
「検討したことはないけど、M1カービンのオリジナルの銃身は四五八ミリ、SKSカービンは五二一ミリだから、かなり短いね。
 でも、シャンタルさんたちのM1カービンの銃身は四九〇ミリある。それでも、SKSカービンよりは短い。でも、AK‐47の四一五ミリよりはだいぶ長い」
「Mini30の銃身は四七〇ミリだよ。それよりも長いから、何とかなるんじゃ?」
「弾丸威力が違う。カービン弾は一一九〇ジュールだけど、カラシニコフ弾は二〇七三ジュールもある。
 M1カービンのレシーバーが持たないんじゃないかな?」
「でも、検討してみる価値はあるんじゃない?
 銃身だって、十分な長さがあるでしょ」
「そうだけどね。
 でも、無理に改造して事故が起きるより、新造したほうがいいよ」
 この二人の会話をチェスラクは、ジッと聞き入っていた。

 一人少し離れて座っていた片倉が、ポツリと言う。
「川の中州は砂地でしょ。
 下流も同じなの?」
 クラウスが答える。
「あぁ、かなり下流までこことかわらないよ」
「ならば、中州をブルドーザーで整地して、滑走路を造ったら?」
 サビーナが答える。
「砂地じゃ固められないから、離陸は無理」
 金沢が言う。
「有孔鉄板を敷けばいいと思うけど、そんなものはないから、木板で代用したら?
 滑走路に板を敷き詰める……」
「名案かもね」
「三機を飛ばしたら、その木板は回収して建材になるでしょ」
「板は集められる?」
 片倉が答える。
「難しいかな。相変わらず材木の値が高騰しているし……。ヒトの製材業者が売り込みに来ているけど、精霊族ほどは高くないけどね。
 木がダメなら他の方法を考えればいいと思う。
 例えば、整地した砂の上にセメントと砂を混ぜたものを粉のまま薄く蒔いて、さらにその上から水を撒くの。
 簡易のコンクリート舗装になる」
 金沢が反対する。
「コンクリが固まるまで、時間がかかるから、無理ですよ。
 それよりも、有孔鉄板の代わりになるものとして、金属の網はどうです?」
 サビーナが「どんな?」と尋ねる。
「鬼神族の館の柵に使っているやつですよ。
 あれなら目が細かいし、上手く地面に固定できたら、飛行機は沈まないんじゃないかな?」
 片倉がサビーナに尋ねる。
「滑走路ってどのくらいの長さが必要?」
「着陸に八〇〇メートル、離陸に三〇〇メートル、幅二〇メートル」
 ウルリカが反対する。
「財政的に、それだけの金網の購入は無理かと……」
 片倉が「飛行機は船で運んで、中州から離陸させたら」と問う。
 クラウスがサビーナに問う。
「幅二〇メートル、長さ二五〇メートルあれば離陸できますか?」
「少し危険だけど……」
「ノイリンには、全長二〇メートル、幅八メートルの重量物運搬用パージ(艀)が六隻あります。
 これを浮体にして、浮橋を作ってはどうでしょう」
 金沢がまたも反対。
「浮橋を組み立てている時間も、浮橋に飛行機を載せる時間もありませんよ」
 全員が何でも反対する金沢にいらつきを感じ始めていた。
 その空気を相馬が察した。
「では、そのパージ六隻をつなげて、空母を造ったらどう?
 幅二〇メートル、全長二五〇メートルの空母を造るんです」
 俺は、現実的とは思えない相馬の案に乗った。単にこの場の空気を変えるために。
「賛成だ。
 無動力の空母を造ろう」
 だが、今度は金吾が反対する。
「空母は風上に向かって最大船速で走り、合成風力を利用して発艦させるんです。
 無動力じゃ、合成風力なんて無理でしょ」
 すると、今度は片倉が発言。
「それならば、全長を伸ばせばいい。艀を一列三隻、二列に並べて、その上に平らな甲板を造ればいいでしょ。
 三〇〇メートル必要ならば、三〇〇メートルの巨大船にすればいいだけ」
 全員が片倉の意見に賛成しようとしている。
 だが、全長三〇〇メートルの船は、二〇万トン級タンカーに匹敵する。戦艦大和よりも長いのだ。
 そんな巨船で内陸の川を下るなど、考えることさえバカバカしい。
 金沢が、俺の心を見透かしたように言った。
「巨大船ではありますが、喫水が浅いので下るだけなら簡単ですよ。軽いし。
 戻るときは、分解すればいいんだし」

 その通りだ。
 それで間違いない。
 二〇〇万年前のロワール川はどういった川かは知らないが、二〇〇万年後の姿は所々に中州や浅瀬があるが、全体としては水深が深く水量が豊富だ。

 作戦決行は、天候が安定する冬の終わり、春の先駆けの頃と決まった。

 ノイリンの最高意思決定会議は、数々の変遷はあったが〝中央評議会〟と呼ぶように決まった。
 まだ政府のような行政機関はないが、民主的な意思の決定はできるようになっている。ゴミや下水の処理、域内の治安維持など、本来ならば行政機関を作り、対処すべき事柄は山ほどある。
 我々三〇〇人強のグループには、ヴァリオを中心に村役場程度だが行政機関を設けている。

 中央評議会において、由加がオンダリ爆撃作戦を説明している。
 この議場には、必ずフルギアの密偵がいる。傍聴席には必ずいるだろうし、議員の中にもいる可能性がある。
 だから、作戦を公表すれば、必ずフルギアに知られる。
 しかし、オンダリ爆撃はノイリンの将来を左右する。
 その能力があるからといって、独断専行するわけにはいかない。
 それに、他のグループにも支援を頼みたい。

「本作戦における最大の問題は、投入可能な航空機の航続距離の短さにあります。
 ノイリンからオンダリまで、四五〇キロ。往復で九〇〇キロですが、作戦機の航続距離は一〇〇〇キロほどしかありません。
 爆装した状態では、往復するだけでやっとです。
 もし、対空兵器で反撃された場合、その回避に燃料を使えば、帰還が難しくなります。
 当初は中継基地を設営しようと考えましたが、その工事に時間がかかり、敵の反撃を受ける可能性が高く、この計画は放棄しました。
 そして、現在は大型の船舶、正確には無動力の航空母艦を造り、作戦機を搭載して川を下ります。
 オンダリに十分に近付き、発艦、爆撃を決行します」
 議長が問う。
「ジョージマ参考人、この作戦の成否は?」
「失敗は許されません。
 白の魔族に、ヒトの牙が届くことを教えなければなりません。
 あの動物にヒトは餌ではないことを教える必要があります。
 この作戦は二度はできません」
「支援は必要ですか?」
「はい。
 重量物運搬用のパージ(艀)が必要です。鋼鉄製同型六隻」
 この時点で、艀を持つグループとは、クラウスが話を付けていた。
 彼らは、協力を快諾してくれた。このグループも保護者を失った幼い子供多数を保護しており、グループの性格は我々に似ている。

 チェスラクは、金沢が反対したM1カービンの七・六二×三九ミリ弾仕様化に成功した。
 シャンタルのグループから三挺を買い入れ、構造を詳しく調べ、相馬に強度設計を依頼し、三種の試作を行い、そのうち最も良好な作動を示した改造方法を採用した。
 M1カービンのガス圧作動は、ショートストロークピストンとロータリーボルトによる閉鎖機構の組み合わせだ。
 ロータリーボルトは、比較的高強度に設計することができ、ロッキングラグが銃身後端の延長部分で固定されることから、機関部の強度がティルトボルトほど必要とされない。アルミや強化プラスチックを使う銃もあるくらいだ。
 珠月愛用のMini30は、ロングストロークピストンとロータリーボルトの組み合わせだ。
 チェスラクは、珠月からMini30を借り受け、詳細に調査し、M1カービンの改造点を分析した。
 相馬の強度設計は完璧であった。
 また、チェスラクの改造は、薬室、弾倉装着部、マズルブレーキ、その他数カ所に限られ、少ない改造で最大の効果を発揮できていた。
 最大の改造点は、弾薬長の違いで、カービン弾は全長四一・九一ミリ、七・六二ミリカラシニコフ弾は五六ミリで一四。〇九ミリ長い。
 そのため、弾倉装着部と薬室は大きな改造を必要とした。
 ロッキングラグは、M1ガーランドのイタリア版であるベレッタBM59を参考にし、部品点数は二個であった。
 全自動での射撃はできないが、半自動小銃としての完成度は非常に高い。
 SKSカービンとほぼ同じ性能がある。
 チェスラクはシャンタルから一〇〇挺全量を買い受け、代金として改造後の四〇挺を返却した。
 彼は一〇挺を彼のグループに残し、五〇挺をグループ内グループに優先的に売却する。
 これで、我々の小銃充足率は一気に高まった。
 さらに、銃身を四九〇ミリとした新銃の製造を開始。どうにか、AK‐47の不足を補うことができる。

 春が近付いている。
 春になれば、黒魔族の南下が始まるだろう。
 その前に、白魔族の有力拠点であるオンダリを爆撃する。
 黒と白の魔族。そのどちらとも戦わなくてはならない。
 そして、ドラキュロ。
 その大軍に抗う術を考えなければならない。

 六隻を連結した巨大な艀の護衛が問題になった。
 すでに、オンダリ爆撃作戦は、フルギアに知られている。
 だが、キラードたち亡命フルギア商人からの情報では、フルギア皇帝は白魔族にオンダリ爆撃作戦を伝えていないらしい。
 どうも〝爆撃〟の意味を理解できず、どう伝えるかを逡巡しているようだ。意味不明の説明をすれば、白魔族の怒りを買いかねない。
 中途半端な警告を伝えるよりも、沈黙したほうが有利と判断しているようだ。
 それに、フルギア皇帝は「神の使徒に抗うなど、滑稽」と言っているらしい。
 それは、それで、俺たちは助かる。

 六隻のパージを連結し、全幅一八メートル、全長二九五メートルの巨大艀は着々と完成に近付いている。
 ここは川。こんな巨船を隠す場所なんてない。
 精霊族や鬼神族は、ヒトが巨大な船を使って、白魔族を攻めることを噂している。
 だが、噂の大半は的を射ていない。巨船にヒトの大軍が乗り、川を下り、海に出て、海岸からオンダリに攻め入るとか。
 巨船で川を下りながらフルギアの要地を攻略しつつ海に達し、海岸線に沿って陸路オンダリに侵攻するとか。
 数多のにわか〝軍事評論家〟たちが、いろいろな作戦を立ててくれている。
 これが偽装工作になっていて、作戦の実相を隠している。

 問題も発生していた。
 巨船の建造開始後、盛んにドラゴンが偵察飛行するようになった。
 払暁か日没間際が多く、夜間戦闘機はおろか、サーチライトさえない我々は、対処の方法がなかった。
 ベルタが「作戦発起時には、上空の直掩が必要になる」と言ったが、その通りになりそうな気配だ。
 どうも、白魔族はヒトを侮っているが、黒魔族は違うらしい。ヒトの戦力をそれなりに評価している。

 ベルタから「上空直掩機にヘリコプターを使おう」との意見が出た。
 Mi‐8を飛行可能な状態まで修理しようと、彼女は主張している。
 そのためには、例の場所からMi‐8を回収する必要がある。
 協力者は多く、ガスタービンや機械技術者も多々おり、回転翼と固定翼の操縦経験者も少なくない。元世界での旅客機の機体整備士もいる。
 だが、Mi‐8のテールブームとテールローターの修理に自信があるという人物は名乗り出ていない。
 テールブームの尾部側半分程度がちぎれてないのだから、どうしようもない。
 テールブーム自体は取り外しができる。交換できれば、簡単に修理できる。

 金沢がテールブーム回収にあたって、手垢まみれの案を提示した。
 最近、夜の食堂は、居酒屋から会議室に変わっている。大人たちは意図して食堂に集まってくる。
 この夜も多くのメンバーが集まっていた。
「例のMi‐8だけど、テールブームを根元から切断したらどうだろう。
 それならば、回収は容易になると思う」
 珠月が「チェーンソーでぶった切るの?」と少し茶化した。
 金沢が同意する。
「電動カッターで切断するのが一番いいと思う。溶断機は重すぎるので、おそらく回収できなくなる……」
 珠月が反論する。
「完全な状態で機体が残っているのだから、すべてを回収すべきよ。
 そうすれば、故障しても交換部品があるから、修理は簡単でしょ」
 珠月の意見に金沢が反論する。
「でも、あそこはドラキュロの密度が高い。長時間の作業なんて無理だよ。
 機体全体の回収なんて、どう考えても不可能だ」
 いつも同じ問答になる。
 誰かが部分回収を主張し、誰かがそれに反対する。今回は部分回収を金沢が主張し、珠月が反対した。
 だが、数日前、金吾が部分回収を称え、金沢が全体回収で反論している。
 誰もが揺れていた。

 スパルタカスは、ハンニバル・バルカに作業の仲介をすることは同意している。
 だが、彼からは交換条件が出されていた。仲介手数料を金貨か燃料で払うと伝えたが、彼の要求はFV4333ストーマー装軌装甲車四輌の〝正当な価格〟での一括購入だった。
 この車輌をどうしても売りたいらしい。
 金沢にFV4333の使い道を尋ねてみたが、「戦闘以外では、使えませんよ」との答えだった。
 ただ、車格の割に一二・五トンと軽く、最高時速は八〇キロに達するそうだ。
 確かに現状では、戦闘車輌の必要性は低いが、近い将来はどうだろう。フルギアとの全面衝突だって考えられる。
 実は、金吾と珠月はFV4333の購入に賛成している。万一、ノイリンにドラキュロが雪崩れ込んできたならば、装甲車輌は一輌でも多く必要になる、と。
 俺はクラウスに「二輌ずつ買わないか?」と持ちかけている。だが、色よい返事はなかった。クラウスは逆に、サラディン改の完全譲渡を申し込んできた。
 グループ全体ではなく、俺たちグループの単独購入ならば、全体会議に諮る必要はない。
 俺、由加、金吾、珠月、千早、健太、そしてチュールとマーニ。
 この八人で購入するならば、誰にも相談する必要はない。
 だが、四輌は多すぎる。
 俺が自腹覚悟をしている割には、北方低層平原以来の仲間からは、金沢以外に明確な反対はなかった。
 金沢は明確に「使い道がない」と反対したが、斉木と能美は最悪の事態を考えての移動手段として賛成。デュランダルを中心に、中央平原出身者も賛成。能美や納田など、医療グループも賛成。
 由加とベルタは、車格が小さいと若干渋った。この二人は、こと兵器に関しては無い物ねだりが限度を超えている。
 由加は陸自の60式装甲車を希望し、ベルタはイギリス製トロージャン装甲車なら、と言った。どちらも、軽合金ではなく鋼製車体の全装軌装甲車だ。アメリカ製M113は、車体が軽合金なので、ノーサンキューなのだそうだ。
 イアンは「装軌車は燃料消費が多い」と反対したが、ウィルは「装軌車のほうが行動の自由度が高いし、ストーマーは水陸両用だから融通が利く」と賛成した。
 彼は「ストーマーは人員と物資の輸送に徹し、新規開発の五〇人乗り軽装甲トレーラーを牽引して、二〇〇人が確実に移動できる体制を築くべきだ」と主張した。
 このことは、我々グループが長らく、見て見ぬ振りをしていた問題だ。ドラキュロに侵入され、一年・二年と居座られたら、例え堅固なトーチカに立て籠もろうとも飢えと渇きで死ぬことになる。
 確実に移動するための手段は持つべきだ。
 ウィルの主張は正論で、最終的には反対はなくなった。

 我々がFV4333ストーマー装甲車の購入を受諾する旨、スパルタカスに伝えると、引き渡し場所を指定してきた。
 ノイリンから北東方向に一七〇キロの地点だ。航空偵察で引き渡し場所の状況を確認したが、黒魔族の領域に近い。北二〇キロには、黒魔族の拠点がある。
 簡単に行ける場所ではない。

 中型汎用ヘリコプターは、簡単には手に入りそうにない。
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