200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第2章

第五二話 決行

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 全幅一八メートル、全長二九五メートルの巨船が大河に浮かぶ。
 全通飛行甲板。島型艦橋なんてない。ただの平板な甲板。
 この甲板を作るための材料確保が最大の懸案だったのだが、ヒトの製材業者が全面協力してくれた。
「オンダリを空から襲うんだって?」
 彫りの深い顔立ちに深い皺を刻んだ男が片倉に問うた。
「そうなの。
 ヒトを襲うんじゃない、と警告するため」
「儂は幼い頃、フルギア人だったんだ。
 森で親とはぐれ、何日も一人でさまよったけど、運良く異教徒の養い親に拾われた。
 森の中で、フルギアの子供狩りに出くわしたんだ。
 必死で走り、どうにか逃げ切ったけれど、もしもあのとき捕らえられていたら、白魔族の食卓の上に載ったんだ。
 もう何十年も前だが、いまでも鮮明に覚えているよ。あの時の恐怖をね。
 甲板を作るための木材は、儂が用意しよう。商売は抜きだが、これでどうだ?」
 男は片倉に古びた電卓を叩いて、数字を見せた。
「助かります。
 ありがとう」

 タグボートの増援や、荷運びの馬車など、あるいは作業員として、有形無形の多くの支援があり、ヒトが乾坤一擲の反撃のために建造している〝空母〟が完成しつつある。

 川下から川上へ、北から南に向かって穏やかな風が吹いている。
 ヒトが造り出した喫水の浅い巨大船は、川の真ん中に碇を降ろして浮かんでいる。
 積荷は、エアトラクターAT‐802が一機のみ。
 パイロットは、アネリア。後席には誰も乗らない。燃料は半載。軽荷重状態だ。
 AT‐802が全力でプロペラを回し、サビーナとセルゲイによって車輪止めが外される。
 船首先端で膝立ちしているトクタルが、赤い旗を振り下ろす。
 AT‐802が前進を始め、短時間で加速し、甲板の先端のだいぶ手前で離艦した。

 アネリアが初の発艦に成功した瞬間だ。ちーちゃんやマーニが手を叩いて喜び、チュールは感動のあまり泣いている。
 ケンちゃんがワン太郎と飛行機を追って走り出す。

 陸上に石組みと木材で土留めをし、土を盛って〝空母〟の実寸大模型を造った。
 この疑似空母において連日、発艦訓練が行われている。
 場所は、我々の畑の川沿いだ。

 明日、出撃する。
 気付けば、ノイリンの総力が結集されていた。白魔族に対する知識が皆無の住民も多いのだが、「ヒトの子供を食う」と聞けば誰もが例外なく嫌悪を示す。

 当然だ。

 四角い島のような船がゆっくりと動き出す。気温と水温の差から、川面にはわずかだが水蒸気が漂っている。パージ(艀)とパージは、H鋼製の桁でつながれている。まるで、六隻が一隻であるかのように……。

 この作戦において、俺とデュランダルの任務は、装軌装甲車による元世界のトゥール付近への侵攻だ。
 完全な陽動であり、フルギア帝国側の出方を見る威力偵察でもある。同時に陸側から〝空母〟の発艦を護衛する目的もある。フルギア帝国軍の妨害を阻止するためだ。
 使用車輌は、シミター、セイバー、BMD‐1、BTR‐Dの四輌。
 ロワール川に沿って、三〇〇キロの陸路を進み、フルギア帝国支配地に一〇〇キロほど踏み込む。
 
 ロワール川とアリエ川の合流部まで、実走行距離で二〇〇キロ強。
 ここより下流がフルギア帝国の支配地となる。
 だから、陸路で西進したことはない。ロワール川を下る場合、フルギア帝国軍は監視はするが干渉はしない。ロワール川右岸の陸路を進む場合、フルギア帝国軍の斥候がしつこく追跡してくる。
 今回はロワール川左岸の陸路を進む。この経路を進んだことはない。明らかな挑発行為だからだ。
 ノイリンの挑発に乗るか乗らぬか、フルギア帝国軍の出方を見たい。特に東征王アプリエスの動きを知りたい。

 ノイリンの〝空母〟は、三~五ノットのゆっくりとした速度で川を下っていく。時速五~一〇キロほど。それ以上だと、分解してしまうのだ。
 アリエ川合流部まで、三〇時間。さらに一〇〇キロ下るのに、一二~一五時間を要する。

 ノイリンの巨船が川を下り始めたことは、ヒト、精霊族、鬼神族の注目を集めている。
 東征王アプリエスが放っておくとも考えられない。
 これから何が起きるのか。それは、誰にもわからない。
 この巨船を三〇〇キロも移動させることは、非常な困難をともなう。もし、フルギア帝国軍が本気で阻止しようと、戦いを挑めば、その意思は達成されるだろう。
 こんな脆弱な船は、簡単に航行を止められる。だが、過去、東征王アプリエス麾下の部隊がノイリン船を足止めしようとしたことはない。
 東征王は、ノイリンとの全面的な対立を望んでいないように感じる。

 俺たち四輌は〝空母機動部隊〟と同時に出発したが、装軌車であることから遅滞なく前進でき、かつてこの地に布陣した黒魔族の大軍の名残を見ることもなく、日没直後にアリエ川との合流部に達していた。
 初めての試みだが、イギリス製装甲車輌伝統の浮航スクリーンを使用した渡河の準備を始める。
 浮航スクリーンは、車体上部全体を防水キャンバスで囲い、浸水しないようにして浮航させる装備だ。
 BMD‐1とBTR‐Dは、そのまま水上走行できるが、シミターとセイバーは渡河に準備がかかる。
 それに複数回の訓練はしているが、夜間は危険だ。
 翌朝まで、ここに留まることにした。

 俺たちの現在地の地形は、ほぼ平坦、丈が一~一・五メートルほどのイネ科の植物が生い茂っている。
 家はない。完全な原野だ。
 精霊族の住地はもっと南。鬼神族はもっと西だ。本来は精霊族の土地だ。かつては農地であったが、度重なる黒魔族の侵攻により戦場となり、五〇年以上前に放棄され、現在では彼らの住居は一切ない。

 翌早朝、シミターとセイバーの車体に浮航スクリーンを展張し、ゆっくりと川面に入る。
そして、止まっているのか、進んでいるのか、わからぬほどの速度で対岸に向かう。その後方をBMD‐1とBTR‐Dが続く。
 対岸はフルギア帝国領であり、フルギアの農民や早起きの行商人たちが、俺たちの奇妙な〝船団〟を見物している。

 対岸にはBMD‐1とBTR‐Dが先行して上陸し、拠点を確保。後続を待つ。

 浮航スクリーンは便利な装備ではあるが、使いたいとは思わない。
 面倒くさい。
 BMD‐1とBTR‐Dに比べたら、水陸両用ではない。単に水に浮く程度の機能だ。

 浮航スクリーンの収納に手間取っていると、二騎の武者がやって来た。
 一人は豪華な金属製胸甲を着けた若い女性、もう一人は壮年も後半に入った白髪が目立つ簡素な革鎧を着けた騎士。若い女性の副官を務める下級士官か?

 女性は好奇心を隠す素振りを見せず、四輌に近付いてきた。シミターの車体前部を触り、横に回り込んで、転輪の数を指さしで数えている。
 女性は一〇歳代の後半に見える。
 俺が女性を見ると、副官が会釈した。敵意を感じない。
 女性がユリアナに声をかけた。
 フルギア人の言葉だ。男の目線だが、かなりの美形だ。実際、若い連中がチラチラ見ている。
 ユリアナが珠月を呼んだ。
「ミヅキ、言葉わかる?」
 女性が珠月を見る。三人の会話が始まる。
「貴公らはノイリン人か?」
 二人が頷く。
「これは、戦に用いるクルマか?」
「黒魔族との戦争では、活躍したよ」
「貴公はノイリンの騎士か?」
「う~ん。私は銃とかの修理とか販売をしている。ユリアナは酒造の仕事……」
「ノイリンは、種から燃料を作る魔術を用いると聞くが、本当か?」
「魔術じゃないよ。技術。種から油を絞って、精製して燃料を作っている」
「貴公は銃を売っていると言ったが、その銃はどこからもたらされるのだ?」
「ノイリンでも作っているけど……」
「ノイリンの銃を見たいのだが……」
 ユリアナが右腰のホルスターからハンドエジェクトの拳銃を抜き、弾を外してから渡した。
「六連発よ」
 女性は、やや呆然としている。
「如何ほどか?」
「これは、売り物じゃない」
「そうか……」
 かなり残念そうだ。
 女性が砲塔を見る。
「あれは砲か?
 ずいぶんと細い砲だな」
「ラーデン砲。口径は三〇ミリ。発射速度は毎分八〇発」
 珠月が腕時計を見せ、秒針が一回動くよりも早く次弾を発射すると説明している。
 俺たちのシミターとセイバーは、砲塔の旋回、砲身の俯仰はハンドル操作による手動だ。砲に安定装置はなく、停止した状態でなければ発射しても命中しない。
 また、ラーデン砲の発射速度の低さから、由加やベルタの評価は低い。
 一二・七ミリのNSV重機関銃と二〇ミリのラインメタルRh202のデッドコピーにどうにか成功の兆しがあり、ラーデン砲の量産化計画は存在しない。
 そして、箱形弾倉を使うラハティ砲(VKT機関砲)は量産している。
 だが、由加はエリコンKDE三五ミリ機関砲、ベルタはボフォースL/70機関砲を希望している。
 この二人の要求は底なしだ。
 女性は、珠月の説明に一瞬だが目をむいた。
「私は……」
 副官が女性の左肩に手を置く。大きな手だ。
「私の名は、クラーラ」
「私は珠月、彼女はユリアナ」

 デュランダルが「乗車!」と命令を発する。一斉に乗車を始める。
 フルギア人の女性と副官が、クルマから離れる。
 珠月とユリアナが、砲塔上からクラーラに手を振る。
 クラーラはその意味を解したのか、同じ動作をする。

 その日の夕刻、アリエ川合流部から一〇〇キロ西進して、発艦予定地に到着する。
 フルギア帝国軍は、小隊規模の騎馬兵で追跡してくるが、妨害しようとはしない。
 そして、翌日、俺たち四輌は一個中隊規模の騎兵と歩兵の混成部隊に包囲されていた。
 ここは、フルギア帝国領内なのだ。

 装輪・装軌車輌の砲塔は、紆余曲折があったのだが、クフラックから持ち帰ったFV721フォックス四輪装甲車の砲塔をモデルに、二人用砲塔が新造されるようになっていた。
 BMD‐1とBTR‐Dもこの砲塔を搭載していて、軽装甲車として運用している。主砲は、Rh202の試作品を使っている。砲塔の旋回・俯仰は電動で、手動でも操作可能。この機構は、BMD‐1から拝借していた。
 改造後のBMD‐1とBTR‐Dの運用実績は、シミターとセイバーよりも良好と評価されている。シミターとセイバーは、砲塔の駆動が手動であることが最大の問題だ。

 ノイリンの〝空母機動部隊〟は、夜間航行を避け、出航から四日後に投錨地に着いた。
 遠目に見る限り、壊れてはいない。飛行機三機も積まれている。
 川岸にフルギア兵が〝空母〟の見物で集まっている。
 確かに、威容であり、異様でもある。

 俺が乗車する砲塔付きBTR‐Dは、最も川上側を警備している。
 そこに徒歩で指揮官らしきフルギア軍人がやって来た。見事な装飾の長剣を佩用している。
 俺はこの頃、片言だがフルギア人の言葉を覚えていた。
「あれは何なんだ?」
 フルギア軍人の質問に、俺は双眼鏡を渡して答えた。
 フルギアには、望遠鏡はない。だが、フルギア人はそういう道具があることは知っている。
「何を積んでいるんだ?」
「飛行機、空を飛ぶ機械だ。
 まもなく発艦する」
 先頭のショート・スカイバンはプロペラを回し、発艦の準備を終えている。
 エンジンの横で消火器を構えていた整備員が下がり、車輪止めが外された。
 あれに由加が乗っている。
 スカイバンが滑走を始め、機首上げせずによろよろと飛んでいく。
 やがて増速し、ゆっくりと上昇していく。
 俺は心底ホッとしていた。

 エアトラクターAT‐802の発艦に移る。翼下のハードポイントに二五〇爆弾が下がっている。
 スカイバンよりも危険度が高い。
 プロペラが回り、滑走していく。
 発艦に成功。
 三機目は、五分遅れで発艦。
 全機発艦に成功だ。

 空母の役目は終わった。
 すぐさま解体が始まる。
 飛行甲板となっていた木板が外され、元の材木に戻されていく。
 六隻をつなげていたH鋼のボルトが外され、川下のパージ(艀)から切り離されていく。
 この〝空母〟を組み立てるのに一カ月を要したが、解体は一時間はかからなかった。
 その解体をフルギア軍人が不思議そうに見ている。
「なぜ壊す?」
「あのデカ物のままでは、川を遡れないからね」
「機械鳥を飛ばすためだけに巨船を作ったのか?」
「そうだ」
「あの機械鳥はどこに行くんだ?」
「西だ」
「……」

 その間にも航空隊から無線が入る。
 俺が頼んでいた事柄を、由加が報告してくれる。
「地上は草原が多い。森林は高地の中心部だけで、高地の周辺は密度の低い高木がまばらにあるだけ。
 斉木先生が言う、寒冷化による乾燥が進んでいるのかも?
 でも大小の河川は多いし、湖沼もたくさんある」
 飛行は順調なようだ。

「ノイリン人。
 次は戦場で見〈まみ〉えよう」
 去り際、フルギア軍人の声かけに俺は答えなかった。ヒトとヒトは争うべきではない。そんな余裕はヒトにはない。

 シミターとセイバーに浮航スクリーンを展張し、対岸に渡る準備を進める。
 対岸にはすでにBMD‐1が渡っており、上陸地点を確保している。
 浮航スクリーンの展張は比較的早いのだが、しまうのに時間がかかる。浮航システムとしては、かなり面倒くさい。
 四輌とも対岸に渡り、三〇〇キロ陸走してノイリンを目指す。
 帰着は航空隊の帰還後だ。

 発艦からオンダリまで、順調ならば四〇分程度で上空に達する。
 スカイバンが先行し、上空からオンダリを観察。爆撃適地を探る。

 スカイバンがオンダリ上空に達すると、対空砲の出迎えがあると考えていたが、そんなものはまったくなかった。
 対空ミサイルどころか、高射砲や高射機関砲の発射もない。
 防空戦闘機のスクランブルもない。
 上空から見たオンダリには、そもそも飛行場がなかった。ヘリポートもない。
 地上にはヒトに似た動物がいるが、ごく一部がスカイバンに気付いて空を見上げているだけだ。
 白魔族の街は、ヒトの街によく似ていた。ヒトを真似たのだろうか?
 石造りの家、街の中心に宮殿か行政庁舎のような大型建造物、富裕層は海の近くに居住区があり、内陸側には狭い路地と無計画な街並みが広がるスラムらしき一角がある。
 街の中心にそびえる高層の建造物は、どことなく東京都庁に似ている。出来損ないのバビロンの塔みたいな形。宗教施設の可能性さえ、感じさせる。
 富裕層の街区とスラムでは、建物の規模と密度が異なる。山の手と下町といった差ではない、明らかな貧富の差だ。
 富裕層の街区にも明確なランクがある。松竹梅といった三段階で、四段階目の貧困層の街区と三段階目とでは、表現できぬほどの差がある。一段階目から三段階目までは、家の大きさや敷地の広さといった差なのだが、四段階目は上空から見ても生活苦が見て取れる。
 由加は「目標、海岸線の居住区」と二機のAT‐802に伝える。
 二機のAT‐802は地上の街区に向けて緩降下していく。
 先頭機が二五〇キロ爆弾四発をほぼ同時に投下。
 激しい爆発がほぼ同時に四回。
 一区画が消滅した。
 後続機は別の目標を爆撃。爆弾の投下が同時ではなく、各弾に若干のディレイがかかり、広範囲に着弾。
 数区画を破壊し、火災も派生する。
 それでもまったく反撃がない。

 三機は大きく旋回して、東に進路を変えた。二~三時間でノイリンに帰着する。

 爆撃成功と帰投に移った時、ノイリンでは歓声が沸き起こった。俺たちの各車でも歓声が沸き起こった。
 だが、これからだ。
 白魔族とは、これからが本当の戦いになる。

 三機はノイリンが発射する電波を頼りに、飛行を続け、無事に帰還した。

 ロワール川の川面で分解した六隻のパージ(艀)は、タグボートに引かれて、遡上を開始。
 俺たち四輌は、ロワール川右岸を東に向かった。

 オンダリ爆撃の成果は、一切見えなかった。白魔族の動向は不明。八発の二五〇キロ爆弾で何かが変わるとは思えないが、魍魎族を使ったノイリン襲撃の報復にはなったはずだ。
 だが、何もわからない。
 それが、不気味であった。

 フルギア帝国には変化があった。
 アリエ川とロワール川の合流部のやや下流にアシュカナンという村があるが、この村を拡張するように大規模な街の建設が始まっている。
 アシュカナンの支配者は、東征王アプリエス。
 アプリエスはこの地に赴任して以来、野戦陣地に設営したテントで生活しており、恒久的な建造物は建てたことがなかった。
 しかし、突然、アシュカナンに巨大な街を建設し始める。
 また、噂ではフルギアの帝都クラシフォンにおいて、皇帝一族の誰かが粛正されたらしい。
 この粛正とアシュカナンの建設に関連があるのか、それはわからない。
 だが、変化であることは間違いない。

 俺たちは、滑走路をノイリン内郭の外に移すことに決定した。ロワール川沿いの未開墾農地に長さ二〇〇〇メートルの恒久的滑走路を建設する。
 格納庫も建設する。
 ノイリン内郭では航空機の運用に手狭なのだ。
 飛行場の近くに船着き場も造った。まだ、小さな船しか接岸できないが、徐々に拡大する予定だ。クラウスの船は、この船着き場を拠点に活動する計画になっている。

 早朝はまだ寒い。チュールが早朝の歩哨任務から戻ってきた。
 見覚えのあるアーミー風ジャケットを着ている。
 マーニがそのオリーブドラブのジャケットを指さし「兄様、それどうしたの?」と問い、チュールが「ミヅキ姉様にもらったんだ」と答えた。
 ジャケットの内側に着ていたダウンのチョッキを左手で触り、「これはキンゴ兄様がくれた!」と。
 マーニが口を尖らす。
「ずるい~」
 それを見て、由加が笑っている。
 チュールが着ているジャケットは、俺が珠月と出会った際、彼女が手に持っていた。彼女がどこかで拾ったものだった。
 彼女の持ち物は極端に少なく、急速に寒さが増している状況にあるのに、真夏のような服装だった。
 俺は、あのときのことを思い出していた。思い出したくない時期のことなので、すぐに頭から払った。

 そんな平和で、いつもの朝から、その日は始まった。
 俺たちの小さな船着き場に、大型のフルギア軍船が近付いてくる。
 メインマストに大きな白旗を掲げている。アプリエス嫡子の遺体変換時の取り決めと同じ。
 カッターが降ろされ、それに一〇人ほどが乗り込んで、船着き場に近付いている。
 俺は、今日は軽トラで船着き場に向かっている。助手席には由加が座っている。

 カッターが船着き場に接岸する直前、俺と由加が軽トラから降りた。
 斉木がエノク軽装甲機動車で、すでに到着していた。少し遅れて、片倉もダンプでやって来た。荷台には、若い連中が乗っている。
 俺は一瞬、ドキッとした。片倉が若い連中を煽ったのかと……。
 だが、違った。
 彼らは、単なる好奇心で集まってきたのだ。片倉は、保育園児を引率する保母さんみたいな立場だった。
 片倉が「近付かないように~!」と叫んでいる。近付きすぎると、威嚇になるからだ。

 カッターから上陸したのは、ドネザルだった。そして、アリエ川左岸で出会った若い女性も一緒だ。
 若い女性は胸甲は着けていないが、長剣を佩用している。彼女の他に護衛兵が八人。

 ドネザルが俺を見る。
「ハンダ殿、久しゅうござる」
「ドネザル閣下もお変わりなく……」
 俺とドネザルは、手首と手首をつかむフルギア風の握手をする。
 俺は焦りまくっていた。
 護衛兵は、ウマを上陸させなかった。
 ということは、彼らの移動には、ノイリン側が乗り物を用意しなければならない。
 一〇人だ。
 どうする!
 まさか、ダンプの荷台に乗せるわけにはいかない。
 由加がスマホでウルリカに連絡し、彼女はXA‐180装甲兵員輸送車でやって来た。
 この車輌ならば、完全武装の兵員を一六名も乗せられる。快適とは言いがたいが、一〇人をまとめて輸送できる。
 XA‐180の到着まで、少しの時間がある。

「突然の訪問、失礼いたした」
 ドネザルが挨拶する。
「今回の御用向きは?」
 俺が問う。
「相互の誤解を解き、よき通商を求めておりまする。
 我が主、東征王アプリエスの命で訪れました」
「誤解?」
「はい。
 アプリエス様が開きましたアシュカナンは、ノイリンはもとより他のヒトの街村と争うつもりはありません。
 よき通商を望んでおります」
 まぁ、いろいろとあったが、それを誤解と言い切ってしまうとは、アプリエスは政治家だ。もちろん、ドネザルもだ。
「どのような通商を?」
「燃料と武器」
「端的ですね」
「はい、ノイリン王」
「これから、寒冷化します。
 武器よりも食料でしょう?」
「寒冷化?」
「年々、寒くなっています。
 あと数年で、穀物は育たなくなります。
 それが何年か続きます」
 斉木が我慢しきれなくなった。
「私は斉木。
 畑を耕しています」
 ドネザルは少し動揺したが、彼の部下は違った。
「農民ごときが、何の用だ!」
「これ」
 ドネザルが穏やかに静止する。
 俺はフォローの必要を感じた。
「斉木先生は、農業の専門家で、我々が〝種から燃料を作る種族〟と呼ばれる理由を作った人物です。
 斉木先生はノイリンで尊敬を集めています。精霊族にも支持者が多い……」
「サイキ殿……。
 寒くなるのですか?」
「精霊族によれば、七〇年に一度の非常に寒い時期となります。
 それに備えて、食糧を増産しなければなりません。
 少しでも多くの畑を耕し、わずかでも多くの食料を得るのです」
「サイキ殿。
 我が主、アプリエスは飢饉がやって来るとの予言を信じています。
 その飢饉を乗り切るためには、ノイリンの知古が必要だと……」

 立ち話はここで終わった。
 XA‐180が到着した。

 この頃、東方蛮族の勇、トゥーラーンの使節が来訪していた。使節は評議会議事堂付属の賓館に逗留している。
 アシュカナンの使節のための適当な宿は、ノイリンにはなかった。
 片倉の発案で、ノイリン最北、☆の出っ張りの一番北に建設中の新しい居館に連れて行った。
 まだ左右両翼の建物は建設途中だが、中央は完成している。金吾と珠月を初めとして、数組が転居を終えている。
 だが、まだまだ空き室も多い。ベッドなどは少し搬入してあり、一〇人分ならば何とかなる。
 食堂にはテーブルと椅子があり、食事も作れる。
 XA‐180の車内は、沈黙が支配している。警護兵はXA‐180の速度に驚いている。農道は未舗装だが、よく整備されている。六輪駆動車でなくても快適に走行できる。
 若い女性は、車体側面の小さな窓から外を見ようと頻繁に動いている。その落ち着きのない姿をドネザルが咎めた。
「姫様、落ち着きください」
「この荷車は凄いぞ、お爺様」
「小職は、姫様の祖父ではございません!」
「冷たいことは言うな!」
 この会話が車内の暗鬱な沈黙を中和していく。

 俺は、ドネザルからアシュカナンとクフラックの情勢を聞いていた。
「精霊の巫女が〝恐ろしき冬〟の到来を予言しましたが、アプリエス様はそれを信じました。
 フルギア人も本来は精霊の信徒でした。使徒様は神の使いかもしれませんが、天変地異を予言していただいたことはありません。
 ですから、厄災の到来は精霊の言霊を聞くしかないのです。
 精霊の巫女だけではありません。
 精霊族も寒い冬の到来を予言し、鬼神族は密かに燃料の備蓄を始めました。
 鬼神族は『次の冬は暖かい』と言っていますが、夏のない年が近付いていることを知っているようです。
 そして、先ほど、サイキ殿も寒くなると……」
「寒冷化は事実のようです。
 我々も寒冷化に備えています。
 精霊族によれば、すでに寒くなり始めています。
 数年間、穀物がまったく実らない年があります。そのときに備えて、食料を備蓄しなければなりません」
「アプリエス様もそのように申しており、寒さに備えてアシュカナンの建設を始めたのです。
 アプリエス様は、クラシフォンにも過酷な冬がやって来ることを伝えようとしています。
 しかし、皇帝陛下がアプリエス様の言葉に耳を傾けていただけるとはとても思えないのです。
 皇帝陛下には、精霊信仰はありませんから……」
「寒冷化と精霊信仰は無関係でしょう?」
「使徒様は『寒くなる』とは一言も……」
「白魔族は寒冷化を知らないのでは?
 黒魔族は知っているようですが……」
「東の魔族も知っている?」
「えぇ、知っているようです」
「知らないのは、我々だけか……」
 ドネザルは、ショックを受けているように見える。
「皇帝陛下は信じないでしょう。使徒様の知らせがないことが、起きるはずはないので……。
 小職は、アプリエス様が皇帝陛下に謁見することは反対です。
 もし、アプリエス様がクラシフォンに出向き、皇帝陛下に謁見して、冬の話をしたら、間違いなく拘束されるでしょう」
「なぜ……」
「信仰を揺るがせるからです。
 使徒信仰は……、危ういのです。
 使徒様にすがっているのは、皇帝陛下だけなのです。皇帝陛下は、使徒様の命とのことで、ノイリンに対する一切の干渉を禁じました。
 突然のことで、一切の理由はわかりません。アプリエス様があれほど、『ノイリンとは講和を』と説いていたにもかかわらず、アシュカナンに一切の連絡をせず、ノイリンに不埒を働いた上にです。
 たくさんのヒトが犠牲になったと聞き及んでいます。フルギアの民の一人として、申し訳けないことです。
 フルギアの信仰についてですが、民衆は精霊信仰を捨ててはいません。完全に、あるいは部分的に……」
 クラーラは、話に割り込まない。ジッと聞いているだけだ。
 白魔族はフルギア皇帝に命じた、ノイリンに対する処置は、おそらくオンダリ爆撃と関係がある。

 珠月が戻ってきた。クラーラが珠月に話しかけ、二人は新しい居館を出て行った。
「姫様は……、もしアプリエス様に何かあれば、姫様は……」
「クラーラさんにも災いが……」
「妹姫様ともども……。皇帝陛下は慈悲をくださらないでしょう」
「ドネザルさんは、どうされるのですか?」
「私は、将にすぎません。
 何をどうするとか……は……」

 俺は、ドネザル一行に居住区内を案内した。我々の居住区だけだが、車輌工場や銃器工場、酒蔵と旧飛行場も。
 農業トラクターが三輌製造中で、ドネザルが「金貨何枚か?」としつこく尋ねる。
 銃への関心は強く、やはり値段を問うた。酒蔵では酒の試飲があり、護衛兵一人に一本の焼酎が土産として手渡されると、兵たちは大喜びだった。
 旧飛行場には、Mi‐8とピッツスペシャル二機が残されていて、彼らは初めて航空機を間近で見たフルギア人となった。

 夕食は、新居館で我々が用意した。パンとスープ、そしてコロッケとポテトグラタン、シカ肉のシチューやイノシシ肉の串焼きもある。そして、茹でた野菜サラダ。
 我々にしては豪華な食事だが、フルギア人にはどうだろうか?
 夜遅くまで会話が弾み、クラーラとノイリンの若者たちは夜が更けてもまだ話したりないようだった。

 俺は、皇帝はともかく、一般のフルギア人との友好は必須だと考えるようになっていた。
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地球温暖化が進んだ近未来のお話しです。世界は食糧難に陥っていますが、日本はどうにか食糧の確保に成功しています。しかし、その裏で、食糧マフィアが暗躍。誰もが食費の高騰に悩み、危機に陥っています。 そんな世界で自給自足で乗り越えようとした男性がいました。彼は農地を作るため、祖先が残した管理されていない荒れた山に戻ります。そして、異世界への通路を発見するのです。異常気象の元世界ではなく、気候が安定した異世界での農業に活路を見出そうとしますが、異世界は理不尽な封建制社会でした。

蒼穹の裏方

Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し 未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

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