結婚が決まったそうです

ざっく

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うららかな昼下がり

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ある、うららかな昼下がり。

美しいドレスに身を包んだ麗しい貴婦人たちが集まり、美味しいお菓子とかぐわしい紅茶に舌を楽しませながら語り合う。
その名も、井戸端会議。いや、婦女子だけのお茶会だ。
アリーチェは話半分に聞き流しながら、この陰口大会が終わった後のことに思いをはせていた。
いくつか手紙が届いていたから、その返事をしなければならない。あと、孤児院に寄付するための品物も選択しなければ。あの孤児院は、現金を渡しても、なかなか子供に使われていないように見えるので、洋服や学用品がいいだろう。院長については別の調査を……。
彼女たちの話は半分だけでも聞いているつもりでいたが、がっつり思考にしずんでいて、全く聞いていなかった。
だから、呼びかけてもらって良かった。うっかり聞き逃すところだった。
「そうそう。アリーチェ様、ご結婚がお決まりになったのですって?」
隣に座る伯爵令嬢、ソフィアが体を傾けるようにして言ってきた。
「……まあ。お耳が早いのですわね」
にっこりと微笑んでは紅茶にゆっくりと口をつける。
目を上げると、詳しく聞きたいというように、全員がこちらに注目していた。
しかし、その視線を感じながらも、アリーチェは、にこにこ笑うばかり。
焦れた様子のソフィアがにっこりと笑う。その笑顔に含みを感じ、嫌な予感がした。
「隣国へと嫁がれるとか」
アリーチェも伯爵令嬢だ。伯爵家はいくつかあるものの、同じ年の伯爵令嬢はアリーチェ・ライラーとソフィア・イランダーのみ。
家格も財産もよく似ており、そんな二家は表面上仲良くしつつ、どうにかお互いがお互いを出し抜きたいと思っている。
ソフィアは、アリーチェが他国に嫁ぐと聞いて嬉しくて嬉しくて、こんな場でその話題を出したのだろう。
「ふふ。まだ正式発表はしていないもので、ここではお伝え出来ないのですわ。申し訳ありません」
首を傾げて微笑んで見せると、つまらないと言いたげに口を突き出す。
そういうところが、はしたないと周りから言われている原因なのだが、ソフィアに改める様子は見られない。
その拗ねたような態度が、一部男性に受けているのも改めないことの一因だろう。
それでも、アリーチェが否定しなかったことでソフィアの顔には満面の笑みが浮かぶ。
「まあ。残念だわ。いつ教えてくださるの?」
「それは、父が決められることですわ」
財務大臣をしているライラー伯爵の名前を出せば、それ以上は追及して来ない。
アリーチェは、優雅にお菓子を口に運んだ。
心の中は、父への罵詈雑言で溢れながらも、表面にちらりとも見せない姿は、貴族の鑑だ。



陰口大会が終わり、アリーチェは淑女にあるまじき速さで廊下を歩いていた。
愛する父へ、手作りのクッキーを持参して王城まで会いに来たのだ。
コココンッ。
ドアを連打して、返事を待たずに入室した。
「もう少し外面を良くしてから来てくれないか」
「ああ、早く会いたくて、急ぎすぎてしまいましたわ」
うふふ。と可愛く笑いながら、アリーチェはドアを閉める。
アリーチェの父であるライラー伯爵は、財務大臣で、いつも大量の書類に囲まれている。
アリーチェが入ってきたとき、ちょうど、父の補佐であるトトが、書類をかかえて、書類の山をさらに増やしているところだった。
執務机の前に、ささやかな応接セットがあって、そこにアリーチェは優雅に腰を掛ける。
「お父様」
にこにこと入ってきたときから変わらない表情の娘が、ちょっと怖いなと思いながら、伯爵は返事をする。
「なんだ」

「私、結婚がきまったのですか」

不気味なほど朗らかで、優しげな声だ。
「……言ってなかったか?」
「聞いてませんね」
「聞いたことを、お前が覚えてない可能性は……」
「結婚の話を?」
「うん……いや、すまなかった」
どうにか誤魔化せないかと思ってみたが、だめだった。
大体、アリーチェがこの崩れない笑顔を作っている時が無茶苦茶怒っている時だ。温厚な伯爵は、さっさと娘と対峙するのを諦めた。
謝られると、アリーチェはわざとらしい笑顔を消して、小さくため息を吐いた。
「まあ、いつか分かる話なのだからいいのですけど。他人から聞く話ではないですわね」
伯爵が伝え忘れていたことで、他人から聞かされたのだろう。
そもそも伝え忘れることがあり得ない話だが、アリーチェはなんだか何でも知っているような雰囲気を醸し出すのだ。だから仕方ないではないかと思っていたら、それが顔に出ていたのか、娘に睨まれて、伯爵はもう一度謝る。
気を取り直したように、アリーチェは顔を上げて聞いてくる。
「で、お相手はどなたです?」
「決まっているだろう?」
「隣国の第二王子でしょうか?」
「違う」
「アランダ国の王太子様でしょうか?」
「違う。どうしてその方が出てくる」
あまり交流のない国名を言ったからか、伯爵が眉を顰める。
「結婚の申し込みを受けたので、ごり押ししてきたかと」
「聞いてないぞ」
たまたま彼が訪国していたときに、たまたま夜会で会って、ちょうどいいから口説かれた程度、わざわざ報告していたらきりがない。もしかして、あの口説き文句は本気だったのかと頭をよぎっただけだ。
アリーチェは、あごに手を当てて、少し考える。
「では……」
言いかける言葉を遮って、伯爵はうなるように口にする。
「お前の結婚する相手と言ったら決まっているだろう!婚約者なんだから」
思っても見ないことを言われて、アリーチェの思考は止まる。
「え……」
「え?」
娘の反応が思ったものと全く違って、伯爵も止まる。
「ええと、どなた……ですか?」
「え?知っているよな?王太子のオリバー殿下だよ?」
さすがにこれは教えていると、伯爵は若干慌てる。
多くの貴族は知っているはずだ。アリーチェが戸惑っているのを聞かれてはいないかと、挙動不審になってしまっている。
アリーチェは、伯爵の慌てぶりに首を傾げながら、ぽつりとつぶやいた。


「婚約はなくなったのかと思っておりました」

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