7 / 8
こうして回る ver.オリバー
しおりを挟む
結婚を急がせたのは、両親だ。
オリバーが結婚してくれないと、後を継がせることができない。継いでくれないと隠居できない。まどろっこしいことはいいから、とにかく結婚しろと言う。
無茶苦茶だ。
そもそも、そんなに急がないといけないほどオリバーは焦っていない。
さすがにもう少し時間が欲しい。
彼女を知ることから始めないと。
そう思って向かったのは、ライラー伯爵のもと。つまり、財務大臣の執務室だった。
「殿下?ようこそ?」
『ようこそ』にまで疑問をくっつけるとは何事だ。
「聞きたいことがあってな」
アリーチェの人となりを聞こうとしてきたのだが、
「アリーチェは、婚約のことをどう言っていた?」
口を開けば、突然の婚約のことを彼女がどう思っているかの心配だった。
「はあ……。特に何も。承知したと言っておりました」
……本当にそんな、任務のような受け答えだったのだろうか。
「嬉しいとか、目を輝かせたとか、感動のあまり涙を……とか、ないのか」
「ありませんね」
ライラー伯爵は、すぐさま答えた。うちの娘に限ってそれはないと思っているような受け答えだ。
王太子と結婚するのだから、驚きすぎて失神してもおかしくないと言うのに、彼女は何も反応が無かったようだ。
胸がむかむかする。
「ちょっと仮眠室を貸してくれ」
「はあ、まあ、私が寝ているところで良ければどうぞ」
彼の背後にある仕切りを開けると、こじんまりしているが、居心地の良さそうな空間が広がっていた。ライラー伯爵は、趣味は悪くなさそうだ。
しかも、彼はオリバーにほぼ気を遣わない人間だった。
王太子がここで寝ているとなったら、「お茶を準備させる」だの「必要なものはないか」だのと聞いてくる人間ばかりだと言うのに、「は?何かいるんだったら自分で言ってくださいよ」とでも言いそうだ。
……これに似た言葉で丁寧さを上乗せして言われたこともある。
ここが、オリバーとアリーチェの逢瀬の場になった。※一方的に
アリーチェは、良く父親を訪ねて、この執務室にやってきていた。
王城は、新しい美味しい食べ物があふれていて、いくらいても飽きないと毎回、どこからか、菓子を貰ってきていた。どうやらそれがめあてのようで、菓子を持ってライラー伯爵のもとでしゃべって、飽きたら帰るということをしていた。
仮眠室で、彼女の声を聞くたびに、彼女に惹かれていった。
率直な意見は気持ちがいいし、的を射ている。けれど、こちらを不快にさせない柔らかな言い回しで、交渉術を身につけているのではないかと思わせるほど。
一度だけでは……などと言い訳していたが、何度彼女の声を聞いても、オリバーは彼女にどんどん惹かれていく。彼女ではダメだとは思わない。彼女でなければだめだと思ってしまう。
直接言葉を交わしたいけれど、今更、ずっとここに居て、話を聞いていたとばらして出て行くのか。
今日はたまたまここにいたのだと装えればいいが、もしもバレてしまったら。
ずっと盗み聞きを続けていた。これは気持ちが悪がられてしまうかもしれない。
では、執務室以外の場で会ってみてから捕まえればいいと思った。
「婚約披露しないのに、エスコートはやめておきなさい」
舞踏会に誘おうと思ったら、母から忠告を受けた。
今まで交流の無かった令嬢を、突然エスコートをするべきではないと言うのだ。
知らされていない貴族は怒るし、知っていても眉を顰めるだろうと。
「もうすぐ結婚するのだから、いいでしょう。好きな食べ物など聞いていてね。一緒にここで暮らすのが楽しみだわ」
彼女をエスコートすることは、結婚後までは無理そうだ。
オリバーは、母を見ながら、ふと気が付いたことを言っておく。
「母上、こそこそと、国外旅行を計画をするのはやめてください」
隠居して最初に、世界旅行に行きたいなどと、両陛下が言い出して、旅行の準備を進めている。
そのせいで、隣国から訪問者がくるだの、こっちがあっちに輿入れするなど噂になっているのだ。
「あら、少しくらいいいじゃない。遠出だもの、少しずつ準備したいわ」
オリバーはため息を吐いて、窓から外を眺めた。
もうすぐだ。もうすぐ、彼女と夫婦になれる。
結婚までは、デートもエスコートも我慢させられるが、ここだけ我慢をすれば、後は彼女は永遠に自分の物なのだ。
だからこそ、今は、ライラー伯爵の執務室の仮眠室で、アリーチェがやってくるのを待つだけ。
「殿下……さすがに居つきすぎです」
野良猫のような物言いをされてしまった。
「会いたいんだ」
「……(会っていませんが)」
「彼女は素晴らしい。愛らしい顔立ちに、叡智溢れる才能、朗らかな性格に、涼やかな声。全てが完璧で、早く結婚したい」
「そうですか……?」
ライラー伯爵は、いぶかしげな顔をする。
しかし、身内だからこその謙遜だろう。アリーチェを可愛くないと言う人間がいるはずはない。
「結婚をもっと早めたいが、無理だろうな」
「そうですね。それに向けて予算も動かしましたので、公共事業のこともあるので諦めてください」
娘の結婚式と公共事業を並べるところが、ライラー伯爵の不思議なところだ。
「彼女の美しさをより引き出す演出もしたい。ああ、しかし、彼女の美しさを知らしめてしまうのも惜しいような気がするな」
「美しさなど、無いものを引き出すのには予算がかかるので、ご理解ください。予算内で動いてください。追加予算はありません」
アリーチェの父親だったよな?と確認したくなった。
しかし、王太子の結婚は一大事業だ。華やかになればなるほど経済が動くのも事実。オリバーが言うまでもなく、充分盛大なものが予定されているのだ。
オリバーは、結婚を指折り数えて待ち望んでいた。
――相手に知られていないとも知らずに。
オリバーが結婚してくれないと、後を継がせることができない。継いでくれないと隠居できない。まどろっこしいことはいいから、とにかく結婚しろと言う。
無茶苦茶だ。
そもそも、そんなに急がないといけないほどオリバーは焦っていない。
さすがにもう少し時間が欲しい。
彼女を知ることから始めないと。
そう思って向かったのは、ライラー伯爵のもと。つまり、財務大臣の執務室だった。
「殿下?ようこそ?」
『ようこそ』にまで疑問をくっつけるとは何事だ。
「聞きたいことがあってな」
アリーチェの人となりを聞こうとしてきたのだが、
「アリーチェは、婚約のことをどう言っていた?」
口を開けば、突然の婚約のことを彼女がどう思っているかの心配だった。
「はあ……。特に何も。承知したと言っておりました」
……本当にそんな、任務のような受け答えだったのだろうか。
「嬉しいとか、目を輝かせたとか、感動のあまり涙を……とか、ないのか」
「ありませんね」
ライラー伯爵は、すぐさま答えた。うちの娘に限ってそれはないと思っているような受け答えだ。
王太子と結婚するのだから、驚きすぎて失神してもおかしくないと言うのに、彼女は何も反応が無かったようだ。
胸がむかむかする。
「ちょっと仮眠室を貸してくれ」
「はあ、まあ、私が寝ているところで良ければどうぞ」
彼の背後にある仕切りを開けると、こじんまりしているが、居心地の良さそうな空間が広がっていた。ライラー伯爵は、趣味は悪くなさそうだ。
しかも、彼はオリバーにほぼ気を遣わない人間だった。
王太子がここで寝ているとなったら、「お茶を準備させる」だの「必要なものはないか」だのと聞いてくる人間ばかりだと言うのに、「は?何かいるんだったら自分で言ってくださいよ」とでも言いそうだ。
……これに似た言葉で丁寧さを上乗せして言われたこともある。
ここが、オリバーとアリーチェの逢瀬の場になった。※一方的に
アリーチェは、良く父親を訪ねて、この執務室にやってきていた。
王城は、新しい美味しい食べ物があふれていて、いくらいても飽きないと毎回、どこからか、菓子を貰ってきていた。どうやらそれがめあてのようで、菓子を持ってライラー伯爵のもとでしゃべって、飽きたら帰るということをしていた。
仮眠室で、彼女の声を聞くたびに、彼女に惹かれていった。
率直な意見は気持ちがいいし、的を射ている。けれど、こちらを不快にさせない柔らかな言い回しで、交渉術を身につけているのではないかと思わせるほど。
一度だけでは……などと言い訳していたが、何度彼女の声を聞いても、オリバーは彼女にどんどん惹かれていく。彼女ではダメだとは思わない。彼女でなければだめだと思ってしまう。
直接言葉を交わしたいけれど、今更、ずっとここに居て、話を聞いていたとばらして出て行くのか。
今日はたまたまここにいたのだと装えればいいが、もしもバレてしまったら。
ずっと盗み聞きを続けていた。これは気持ちが悪がられてしまうかもしれない。
では、執務室以外の場で会ってみてから捕まえればいいと思った。
「婚約披露しないのに、エスコートはやめておきなさい」
舞踏会に誘おうと思ったら、母から忠告を受けた。
今まで交流の無かった令嬢を、突然エスコートをするべきではないと言うのだ。
知らされていない貴族は怒るし、知っていても眉を顰めるだろうと。
「もうすぐ結婚するのだから、いいでしょう。好きな食べ物など聞いていてね。一緒にここで暮らすのが楽しみだわ」
彼女をエスコートすることは、結婚後までは無理そうだ。
オリバーは、母を見ながら、ふと気が付いたことを言っておく。
「母上、こそこそと、国外旅行を計画をするのはやめてください」
隠居して最初に、世界旅行に行きたいなどと、両陛下が言い出して、旅行の準備を進めている。
そのせいで、隣国から訪問者がくるだの、こっちがあっちに輿入れするなど噂になっているのだ。
「あら、少しくらいいいじゃない。遠出だもの、少しずつ準備したいわ」
オリバーはため息を吐いて、窓から外を眺めた。
もうすぐだ。もうすぐ、彼女と夫婦になれる。
結婚までは、デートもエスコートも我慢させられるが、ここだけ我慢をすれば、後は彼女は永遠に自分の物なのだ。
だからこそ、今は、ライラー伯爵の執務室の仮眠室で、アリーチェがやってくるのを待つだけ。
「殿下……さすがに居つきすぎです」
野良猫のような物言いをされてしまった。
「会いたいんだ」
「……(会っていませんが)」
「彼女は素晴らしい。愛らしい顔立ちに、叡智溢れる才能、朗らかな性格に、涼やかな声。全てが完璧で、早く結婚したい」
「そうですか……?」
ライラー伯爵は、いぶかしげな顔をする。
しかし、身内だからこその謙遜だろう。アリーチェを可愛くないと言う人間がいるはずはない。
「結婚をもっと早めたいが、無理だろうな」
「そうですね。それに向けて予算も動かしましたので、公共事業のこともあるので諦めてください」
娘の結婚式と公共事業を並べるところが、ライラー伯爵の不思議なところだ。
「彼女の美しさをより引き出す演出もしたい。ああ、しかし、彼女の美しさを知らしめてしまうのも惜しいような気がするな」
「美しさなど、無いものを引き出すのには予算がかかるので、ご理解ください。予算内で動いてください。追加予算はありません」
アリーチェの父親だったよな?と確認したくなった。
しかし、王太子の結婚は一大事業だ。華やかになればなるほど経済が動くのも事実。オリバーが言うまでもなく、充分盛大なものが予定されているのだ。
オリバーは、結婚を指折り数えて待ち望んでいた。
――相手に知られていないとも知らずに。
377
あなたにおすすめの小説
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました
鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と
王女殿下の騎士 の話
短いので、サクッと読んでもらえると思います。
読みやすいように、3話に分けました。
毎日1回、予約投稿します。
帰ってきた兄の結婚、そして私、の話
鳴哉
恋愛
侯爵家の養女である妹 と
侯爵家の跡継ぎの兄 の話
短いのでサクッと読んでいただけると思います。
読みやすいように、5話に分けました。
毎日2回、予約投稿します。
公爵令嬢ローズは悪役か?
瑞多美音
恋愛
「婚約を解消してくれ。貴方もわかっているだろう?」
公爵令嬢のローズは皇太子であるテオドール殿下に婚約解消を申し込まれた。
隣に令嬢をくっつけていなければそれなりの対応をしただろう。しかし、馬鹿にされて黙っているローズではない。目には目を歯には歯を。
「うちの影、優秀でしてよ?」
転ばぬ先の杖……ならぬ影。
婚約解消と貴族と平民と……どこでどう繋がっているかなんて誰にもわからないという話。
独自設定を含みます。
うちに待望の子供が産まれた…けど
satomi
恋愛
セント・ルミヌア王国のウェーリキン侯爵家に双子で生まれたアリサとカリナ。アリサは黒髪。黒髪が『不幸の象徴』とされているセント・ルミヌア王国では疎まれることとなる。対してカリナは金髪。家でも愛されて育つ。二人が4才になったときカリナはアリサを自分の侍女とすることに決めた(一方的に)それから、両親も家での事をすべてアリサ任せにした。
デビュタントで、カリナが皇太子に見られなかったことに腹を立てて、アリサを勘当。隣国へと国外追放した。
あなたでなくても
月樹《つき》
恋愛
ストラルド侯爵家の三男フェラルドとアリストラ公爵家の跡取り娘ローズマリーの婚約は王命によるものだ。
王命に逆らう事は許されない。例え他に真実の愛を育む人がいたとしても…。
【完結】あなたに嫌われている
なか
恋愛
子爵令嬢だった私に反対を押し切って
結婚しようと言ってくれた日も
一緒に過ごした日も私は忘れない
辛かった日々も………きっと………
あなたと過ごした2年間の四季をめぐりながら
エド、会いに行くね
待っていて
殿下をくださいな、お姉さま~欲しがり過ぎた妹に、姉が最後に贈ったのは死の呪いだった~
和泉鷹央
恋愛
忌み子と呼ばれ、幼い頃から実家のなかに閉じ込められたいた少女――コンラッド伯爵の長女オリビア。
彼女は生まれながらにして、ある呪いを受け継いだ魔女だった。
本当ならば死ぬまで屋敷から出ることを許されないオリビアだったが、欲深い国王はその呪いを利用して更に国を豊かにしようと考え、第四王子との婚約を命じる。
この頃からだ。
姉のオリビアに婚約者が出来た頃から、妹のサンドラの様子がおかしくなった。
あれが欲しい、これが欲しいとわがままを言い出したのだ。
それまではとても物わかりのよい子だったのに。
半年後――。
オリビアと婚約者、王太子ジョシュアの結婚式が間近に迫ったある日。
サンドラは呆れたことに、王太子が欲しいと言い出した。
オリビアの我慢はとうとう限界に達してしまい……
最後はハッピーエンドです。
別の投稿サイトでも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる