二人だけのユートピア

倫理ぜろ

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人生終了のお知らせ

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「もし、わたしがきみの胎盤になれたら、きっとそれは素晴らしいことだね。」
佐々木透は色素が薄く、殆ど黄金比の顔を持つ美少女だ。黙ってさえいれば。
「私は子供を産まないよ。」
山田美紀は垢抜けないお下げを揺すって透の意見を真っ向から否定した。
「ふふ、産むよ。そしてわたしはきみの…」
「胎盤になりたい意味が分からない。」
その通りだ。「来世は胎盤」なんて望む人間はこの世に滅多にいないし、居たとしてそれを望む理由がこれっぽちも理解できない。
「美紀ちゃんが好きだから、だよ。」
好きだから胎盤になりたいんだ、と言うのは最早セクハラを通り越して法律に触れていそうな暴論だ。
「私はヘテロだから、気持ちには応えられない。」
「知ってる、だからはやく妊娠してよ。」
「気持ち悪、もう私に話しかけないで!」
もう、の後に〈二度と〉を付けないところに彼女の善性が滲み出ていた。
美紀は空っぽの鞄を佐々木に投げつけて、そそくさと家に逃げ帰った。



 山田美紀は帰宅すると、まず制服からジャージに着替える。次に、スプレータイプの化粧水を顔にかける。馴染ませようとコットンで抑えていると、ピンポーン♪とチャイムが鳴った。
美紀がインターホンに目を遣ると、金髪のストーカー、もとい佐々木徹がそこにいた。何度か頭髪検査に引っ掛かっているそれは、どうやら生まれつきの色らしい。
『はぁ…何しに来たの。』
画面越しに深くため息をつく。
『カバン返しに来たの、入れてよー!』
相変わらずハイテンションな佐々木は、飼い主に懐きすぎている犬のようでどこか憎めない。が、山田美紀はどちらかというと猫派であった。
『そこ置いといて。バイバイ。』
美紀は氷のように冷たく言い捨てるとインターホンを切った。鞄なんか本当にどうでもよかった。
佐々木透は、彼女のストーカーだ。半年前から美紀を気に入り、独特な愛情を囁きまくっている。警察に行くほどではないが、とにかく気味が悪い。佐々木が正真正銘のレズビアンだろうと、美紀は立派なヘテロセクシャルだった。彼女は恋人に相談したが、笑い話で済まされた。「だって女の子でしょ、ふざけてるだけだよ」って。誰がどの角度から見ても、佐々木の本気は明白なのに。

 ところで、今はもっと重要で深刻な問題がある。前回彼氏としてから、美紀には生理が来ていない。もしかして、もしかしたら、何故か佐々木が待望していた妊娠をしているかもしれない。彼女はそのことを恋人に伝えたいのに、「妊娠したかも」とLINEに送ったきり一切の連絡がとれなくなった。まさか、逃げられたのだろうか?
生中出しという極上の快楽を得たきり、そのリスクから全力で逃げ切る雄は当たり前のようにこの世界に存在する。美紀のようなぼんやりした女が彼氏に逃げられるのは、決してあり得ない話ではなかった。そんな思案に至った彼女は、妊娠検査薬を片手にぶるぶる震えた。何と可哀想な女だろう。もし佐々木がここに居たなら「だいじょうぶだよ」と優しい声で繰り返し、美紀の震えが確実に止まるまで抱きしめ続けただろう。だけど佐々木は今ここにいない、他でもない彼女が追い返したのだから当然だ。こわい、これを使うのが怖い。美紀の思考回路はショート寸前だった。

 トイレに入って、チープな検査薬をつかった。本当にこんなもので妊娠の是非が分かるのだろうか、疑いたくなるほど頼りない軽さだった。机の上に水平に置くと、陽性のところに線が浮かび上がってきた。やっぱりか、美紀は何となく結果が分かっていた。首が折れそうなほど天を仰ぐ。琉人は逃げた、両親はいない、祖父母にも迷惑はかけられない。
彼女は仕方なく、ほんとうに仕方なく、佐々木に電話を掛けた。
プルル…
「もしもし美紀ちゃん?」
佐々木は変態なのでワンコールで出た。
「あのね、佐々木」
「どうしたの?妊娠でもした?」
「…した。彼氏は逃げた。」
「え、まじ」
冗談のつもりで投げた問いはあろうことか肯定され、佐々木は突然邪魔者がいなくなったという僥倖に見舞われた。
「まじだよ。」
「彼氏の住所、わかる?」
「分かるけど…」
「じゃあわたしのスマホに送って」
「え」
「いいから、送って」
やることはたった一つだった。美紀を傷つけた男を、美紀の処女膜を傷つけた男をその綺麗な手で始末するだけ。
「はい、送ったよ」
「ありがとう、美紀ちゃんは私が助けるからね。ぜったいにわたしが助けるから。」
佐々木はなるべく穏やかな声でそう告げると、ぶつりと電話を切った。今からあの変に髪が長いヒトガタの猿を合法的に殺められるぞ、と胸は早鐘を打っていた。
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