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透と美紀
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佐々木が美紀の元恋人をこの世から抹消したのは、その晩のことだった。お互い初対面だった佐々木と琉人は、挨拶も躱さず、世間話もしなかった。
彼女は琉人にゆっくりと包丁を突きたてて、「美紀ちゃんの神聖なところを傷つけやがって、しね、しね」という風に泣いていたが、その言葉たちが琉人の耳に届くことは無かった。琉人の死体は当然のように怖いお兄さんたちに引き取られた。佐々木透は齢18にしてヤクザの女だった。そうなった経緯は話すと長いので割愛するが、佐々木にはカタギじゃない大男までもを虜に出来る魅力があった。それは声や振る舞いにも溢れていたが、特筆すべきはフランス人形のような麗しい容姿であった。同級生も若頭も、佐々木の前では平等に雄と化した。
〇
あれから数日経って、美紀を捨てた男は行方不明になった。その男は物理的に捨てられていたのだが、美紀はそれを知る由もなかった。だから警察が来たときも、別れたので何も知りませんと言っていた。
佐々木はいつも通り美紀にだる絡みしていたが、妊娠のことは決して口にしなかった。
「ねぇ、佐々木」
「なに、美紀ちゃん」
この子産もうと思うんだ、その言葉は喉元から出ていかなかった。
「もうすぐ卒業だね。」
「ふふ、卒業してもわたしは美紀ちゃんの隣にいるけどね?」
「またそんなこと言って」
「わたし本気だよ、美紀ちゃんのためだけに働こうと思ってる。」
佐々木は、いつもと違って目が笑っていなかった。
「私が、ママになっても?」
「え!!」
佐々木は琥珀がかった茶色い瞳をこれでもかというほど見開いた。
「なに、産まないと思ってたの?」
「いや、だって…」
珍しく口籠る佐々木を見て、美紀は「ほんとは知ってるよ」と言ってやりたくなった。佐々木が琉人に“何か”したことを知っている。佐々木が道徳的に良くないことをしたと知っているが、それは誰がどう考えても美紀の為にした悪事だと分かるから何も言わなかった。
「この子に罪はないから産むよ。両親の遺してくれた家と財産があるから数年は持つよ。」
佐々木はどこか悔しそうな、泣きそうな顔をしていた。
「胎盤になりたいんじゃなかったの?」
「今はそれよりパパになりたい、その子の」
美紀は思いがけない言葉に泣いてしまった。「パパ」には、その軽快な響きから想像できないほどの責任が伴う。
「優しいね、透」
「はじめて…名前よんでくれた」
そうだ、確かに初めて彼女のことを透と呼んだ。
〇
一週間後、彼女たちは高校を卒業してすぐ一緒に暮らし始めた。美紀が一人で住む家に、佐々木が引っ越す形をとった。
「ほんとに、いいの?」
引越しの時の佐々木はまるで別人のようにしおらしかった。いつもの自信に満ちあふれた表情は消え失せ、眉尻は不安げに下がっていた。
「いいに決まってるでしょ!」
「でもさ、美紀ちゃんが結婚とか」
「男はもう信じられないよ。」
男はもう信じられない、それは紛れもない本心だった。琉人という一人の人間のせいで、美紀には全ての男がヤリ逃げをする不誠実な生き物に見えた。
「そっか」
その言葉を聞いた佐々木はガッツポーズを掲げ、心底嬉しそうに笑った。
「私、最初は佐々木のこと嫌いだったよ。ストーカーみたいだったし、言うことキモかったし。」
「知ってる、美紀のこと諦めかけててそういう発言してた。印象に残りたかったから。」
そういうことだったのか、と美紀は納得した。
「意外と賢いよね、佐々木は。」
「ありがとう。」
「話戻すけど、今は佐々木のこと好きだよ。一途だし、頼りになるから。」
美紀が照れながらそう言うと、佐々木は勢いよく彼女に飛びついて抱き締めた。
「ちょ、苦しいから離して!!」
「美紀大好き。会った時から大好き。」
そんなことはとうに知っている。けれど、美紀のはLOVEの好きではないのだ。
「知ってるよ。」
「いつか、キスとかそれ以上のことしようね。」
「それは無理。」
「無理じゃなくなるまで待つよ。」
それ、来世まで待つことになるかもね。
彼女は琉人にゆっくりと包丁を突きたてて、「美紀ちゃんの神聖なところを傷つけやがって、しね、しね」という風に泣いていたが、その言葉たちが琉人の耳に届くことは無かった。琉人の死体は当然のように怖いお兄さんたちに引き取られた。佐々木透は齢18にしてヤクザの女だった。そうなった経緯は話すと長いので割愛するが、佐々木にはカタギじゃない大男までもを虜に出来る魅力があった。それは声や振る舞いにも溢れていたが、特筆すべきはフランス人形のような麗しい容姿であった。同級生も若頭も、佐々木の前では平等に雄と化した。
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あれから数日経って、美紀を捨てた男は行方不明になった。その男は物理的に捨てられていたのだが、美紀はそれを知る由もなかった。だから警察が来たときも、別れたので何も知りませんと言っていた。
佐々木はいつも通り美紀にだる絡みしていたが、妊娠のことは決して口にしなかった。
「ねぇ、佐々木」
「なに、美紀ちゃん」
この子産もうと思うんだ、その言葉は喉元から出ていかなかった。
「もうすぐ卒業だね。」
「ふふ、卒業してもわたしは美紀ちゃんの隣にいるけどね?」
「またそんなこと言って」
「わたし本気だよ、美紀ちゃんのためだけに働こうと思ってる。」
佐々木は、いつもと違って目が笑っていなかった。
「私が、ママになっても?」
「え!!」
佐々木は琥珀がかった茶色い瞳をこれでもかというほど見開いた。
「なに、産まないと思ってたの?」
「いや、だって…」
珍しく口籠る佐々木を見て、美紀は「ほんとは知ってるよ」と言ってやりたくなった。佐々木が琉人に“何か”したことを知っている。佐々木が道徳的に良くないことをしたと知っているが、それは誰がどう考えても美紀の為にした悪事だと分かるから何も言わなかった。
「この子に罪はないから産むよ。両親の遺してくれた家と財産があるから数年は持つよ。」
佐々木はどこか悔しそうな、泣きそうな顔をしていた。
「胎盤になりたいんじゃなかったの?」
「今はそれよりパパになりたい、その子の」
美紀は思いがけない言葉に泣いてしまった。「パパ」には、その軽快な響きから想像できないほどの責任が伴う。
「優しいね、透」
「はじめて…名前よんでくれた」
そうだ、確かに初めて彼女のことを透と呼んだ。
〇
一週間後、彼女たちは高校を卒業してすぐ一緒に暮らし始めた。美紀が一人で住む家に、佐々木が引っ越す形をとった。
「ほんとに、いいの?」
引越しの時の佐々木はまるで別人のようにしおらしかった。いつもの自信に満ちあふれた表情は消え失せ、眉尻は不安げに下がっていた。
「いいに決まってるでしょ!」
「でもさ、美紀ちゃんが結婚とか」
「男はもう信じられないよ。」
男はもう信じられない、それは紛れもない本心だった。琉人という一人の人間のせいで、美紀には全ての男がヤリ逃げをする不誠実な生き物に見えた。
「そっか」
その言葉を聞いた佐々木はガッツポーズを掲げ、心底嬉しそうに笑った。
「私、最初は佐々木のこと嫌いだったよ。ストーカーみたいだったし、言うことキモかったし。」
「知ってる、美紀のこと諦めかけててそういう発言してた。印象に残りたかったから。」
そういうことだったのか、と美紀は納得した。
「意外と賢いよね、佐々木は。」
「ありがとう。」
「話戻すけど、今は佐々木のこと好きだよ。一途だし、頼りになるから。」
美紀が照れながらそう言うと、佐々木は勢いよく彼女に飛びついて抱き締めた。
「ちょ、苦しいから離して!!」
「美紀大好き。会った時から大好き。」
そんなことはとうに知っている。けれど、美紀のはLOVEの好きではないのだ。
「知ってるよ。」
「いつか、キスとかそれ以上のことしようね。」
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「無理じゃなくなるまで待つよ。」
それ、来世まで待つことになるかもね。
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