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きみと私
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佐々木と過ごす毎日は想像よりずっと穏やかで、慎ましくても幸せだと思えた。気が付けば年は明けていて、予定日は10日後に迫っていた。
「う、めっちゃ痛い…おなかが、いたい。」
陣痛なのだろうか、何かしらの途轍もない痛みが美紀を襲う。
「大丈夫?じゃないよね。救急車呼ぶ?」
「え、でもまだ予定日より大分早いよ。」
「美紀が心配なの、流産とかこわいし。」
「分かった。痛っ…呼んでほしい。」
美紀は朦朧とした意識で救急車に乗っていた。生年月日と名前、今日食べたものなどを聞かれたが、呂律がうまく回らなかった。同時に、もうすぐ産まれてくると思った。昔から虚弱体質だが、ちゃんと産めるのだろうか。
「もうすぐ病院に着きますからね。」
救急隊員の男の優しい声が遠くで聞こえた。口を動かすが、返事はできない。佐々木は一緒に乗ってくれてるだろうか?
プツン、と意識が途切れた。
気が付くとそこは病院で、確実に生命が産まれてくる痛みが続いていた。ああもう、辛い。こんなに痛いなんて聞いてない!美紀はボロボロ涙をこぼしながら呻いた。助産師が私を懸命に励ましているが、もうそれも聞こえないくらい極限だった。18年間の生理痛をすべて足したみたいな痛み。もう無理、もう死ぬ。死んでしまう、たすけて。また気絶しそうになるのを必死に堪えて、私は暴飲暴食の後みたいに踏ん張った。
「おぎゃああああ!」
70デシベルくらいの産声が聞こえた。自分がちゃんと育てられるのか、不安で仕方がない。佐々木はこの子を愛してくれるかな、あいしてくれなかったらどうしよう。私みたいな子になってしまう。美紀には親が居なかった、産まれてすぐ施設に追いやられたから。可哀想な子供だった。
〇
佐々木は救急車に付き添っていなかった。正確には、付き添えなかった。タイミング悪く、付き合っている男に呼び出されてしまったのだ。だから救急車を見送ってすぐ、組の事務所へと向かっていた。彼女の未来が潰えたのは、その途中の横断歩道でのことだった。
青信号を完全に無視して突っ込んできた黒いワゴン車に、彼女の四肢は滅茶苦茶にされた。佐々木透の短い走馬灯には、幼いころに亡くした美紀そっくりの母と、山田美紀の顔しか映らなかった。そんな彼女の最期の祈りは、『美紀ちゃんの子供にしてください』という至極気持ちの悪いものだったが、神様は美しい者を絶対的に愛していた。要するに、佐々木に車を差し向けたヤクザのお兄さんたちを呪い、彼女の気持ち悪い願いを叶えてやることにしたのだった。
退院後、美紀が佐々木に会うことはなかった。救急車で運ばれたあとにスーパーへ行く道の途中で、車にはねられて死んだと彼女には伝えられた。これは半分以上嘘だったが、そんなことを美紀が知れる手段はどこにもなかった。彼女は佐々木の死を認められずにいたが、その墓石の前まで来てからやっと涙を流した。
「どうして…ねぇ、どうして?」
その言葉に墓石が返事をすることはなかったが、美紀が抱いている赤子にはしっかりと届いていた。
まだ、キスとかそれ以上のことしてないじゃん、この子のパパになりたいって言ってたじゃん、結婚、するって約束もしたじゃん。そんな風に思ったところで、佐々木透は帰ってこない。実際は、最速で帰って来たのだが。
美紀は自分で産んだ赤子に「透」と名付けた。そうすることでしか、一人きりで子供育てなんてできないと思った。幸い、透はとても大人しい子で、夜泣きもほとんどしなかったから、美紀が育児ノイローゼになることはなかった。もうすぐ三歳を迎えるためか、最近は長い言葉も喋れるようになった。
「ねぇ、ママ」
「なぁに?透」
「ぼくね」
「うん」
「ぼくはママの、胎盤になりたいな」
ほらね?やっぱりこの子は透でしょう。
「う、めっちゃ痛い…おなかが、いたい。」
陣痛なのだろうか、何かしらの途轍もない痛みが美紀を襲う。
「大丈夫?じゃないよね。救急車呼ぶ?」
「え、でもまだ予定日より大分早いよ。」
「美紀が心配なの、流産とかこわいし。」
「分かった。痛っ…呼んでほしい。」
美紀は朦朧とした意識で救急車に乗っていた。生年月日と名前、今日食べたものなどを聞かれたが、呂律がうまく回らなかった。同時に、もうすぐ産まれてくると思った。昔から虚弱体質だが、ちゃんと産めるのだろうか。
「もうすぐ病院に着きますからね。」
救急隊員の男の優しい声が遠くで聞こえた。口を動かすが、返事はできない。佐々木は一緒に乗ってくれてるだろうか?
プツン、と意識が途切れた。
気が付くとそこは病院で、確実に生命が産まれてくる痛みが続いていた。ああもう、辛い。こんなに痛いなんて聞いてない!美紀はボロボロ涙をこぼしながら呻いた。助産師が私を懸命に励ましているが、もうそれも聞こえないくらい極限だった。18年間の生理痛をすべて足したみたいな痛み。もう無理、もう死ぬ。死んでしまう、たすけて。また気絶しそうになるのを必死に堪えて、私は暴飲暴食の後みたいに踏ん張った。
「おぎゃああああ!」
70デシベルくらいの産声が聞こえた。自分がちゃんと育てられるのか、不安で仕方がない。佐々木はこの子を愛してくれるかな、あいしてくれなかったらどうしよう。私みたいな子になってしまう。美紀には親が居なかった、産まれてすぐ施設に追いやられたから。可哀想な子供だった。
〇
佐々木は救急車に付き添っていなかった。正確には、付き添えなかった。タイミング悪く、付き合っている男に呼び出されてしまったのだ。だから救急車を見送ってすぐ、組の事務所へと向かっていた。彼女の未来が潰えたのは、その途中の横断歩道でのことだった。
青信号を完全に無視して突っ込んできた黒いワゴン車に、彼女の四肢は滅茶苦茶にされた。佐々木透の短い走馬灯には、幼いころに亡くした美紀そっくりの母と、山田美紀の顔しか映らなかった。そんな彼女の最期の祈りは、『美紀ちゃんの子供にしてください』という至極気持ちの悪いものだったが、神様は美しい者を絶対的に愛していた。要するに、佐々木に車を差し向けたヤクザのお兄さんたちを呪い、彼女の気持ち悪い願いを叶えてやることにしたのだった。
退院後、美紀が佐々木に会うことはなかった。救急車で運ばれたあとにスーパーへ行く道の途中で、車にはねられて死んだと彼女には伝えられた。これは半分以上嘘だったが、そんなことを美紀が知れる手段はどこにもなかった。彼女は佐々木の死を認められずにいたが、その墓石の前まで来てからやっと涙を流した。
「どうして…ねぇ、どうして?」
その言葉に墓石が返事をすることはなかったが、美紀が抱いている赤子にはしっかりと届いていた。
まだ、キスとかそれ以上のことしてないじゃん、この子のパパになりたいって言ってたじゃん、結婚、するって約束もしたじゃん。そんな風に思ったところで、佐々木透は帰ってこない。実際は、最速で帰って来たのだが。
美紀は自分で産んだ赤子に「透」と名付けた。そうすることでしか、一人きりで子供育てなんてできないと思った。幸い、透はとても大人しい子で、夜泣きもほとんどしなかったから、美紀が育児ノイローゼになることはなかった。もうすぐ三歳を迎えるためか、最近は長い言葉も喋れるようになった。
「ねぇ、ママ」
「なぁに?透」
「ぼくね」
「うん」
「ぼくはママの、胎盤になりたいな」
ほらね?やっぱりこの子は透でしょう。
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