1 / 42
序 そして道が重なるとき
しおりを挟む
『勇者』が通る時はいつも、往来の人々は皆、両手を地につけて平伏する。
理由を知る者はいない。
『勇者』だけが知っている。
そのようにしろと、『勇者』本人が命じたからだ。
ある者は言う。
人々を見下して喜んでいるのだと。
ある者は言う。
何者にも知られぬ理由があるのだと。
それ故に。
それ故に。シオンは両手を地面に付ける。
地面に額を擦り付ける。
まるでカエルのような姿だ。
と、シオンは思う。
じくじくと、左肩の傷跡がうずいていた。
それでいい。
と、シオンは思う。
自分はカエルに過ぎないのだから、と思う。
『勇者』に選ばれた少年――。
ルークは、シオンの親友だった。
同じ年、同じ村で産まれた。
学ぶ時も、遊ぶ時も、いつも一緒だった。
同じ日に、初めて剣を持った。
同じ女性に恋をして、二人揃って失恋をした。
冒険者を志して都に旅立ったのも、同じ日だった。
二人一緒に、冒険者となる儀式を受けた。
ルークは『勇者』の【天名】を与えられた。
冒険者を護る神は彼を祝福した。
シオンは『戦士』の【天名】を与えられた。
平凡な冒険者が一人生まれた。それだけだった。
その日その時。
一つだった二人の道が、二つに分かたれた。
ルークは、『勇者』と言う名の龍として空へと上った。
シオンは、自分が井戸の底のカエルに過ぎない事を思い知った。
カエルはいつしか、遥か空を飛ぶ龍の姿を眺める事しか出来なくなって。
龍はいつしか、ひれ伏すモノ達を見下す事すらしなくなって。
ルークは悠々と往来を歩き征く。
まだ幼さを残す青い瞳には何者も映らない。
ただ風に、金色の髪が揺れていた。
威風堂々としたその姿は、まるで龍のようだった。
だから、シオンは両手を地面に付ける。
地面に額を擦り付ける。
まるでカエルのようなその姿。
それを見せつけるように。
往来の中央に。
『勇者』の前を塞ぐように。
ルークの視線に収まるように。
「『勇者』様に。お願いがあります」
這いつくばったまま、シオンは言った。
左肩の傷が、どくどくと脈打っていた。
『勇者』がシオンに付けた傷だった。
居並ぶ人々のざわめきが響いていた。
シオンの目に映るのは石畳。
日差しに浮かぶ『勇者』の影。
『勇者』の影が近づく程に、傷跡が強く疼く。
「ボクと戦ってください」
『勇者』の目に映るのは、地面に伏した黒い染み。
それが人である事を認識するまで、『勇者』はしばしの時間を必要とした。
さざなみのような雑音が鬱陶しかった。
天から光を射し込む太陽が、平伏す影を余計に黒く見せていた。
「決闘を願います。決闘にボクが勝ったら。親友を返して下さい」
ルークはシオンの親友だった。
シオンはルークの親友だった。
今もそれは変わらない。
だから『勇者』は理解ができない。
親友の言葉を理解できない。
「……シオン? どうして」
シオンは地面に平伏したまま。
彼に見えるのは石畳。
地面に映る影法師。
反響する声と音。
肌に感じる空気の流れ。
肩口の傷跡の痛み。
いつまでも、消えない痛み。
その全てを理解できた。
親友の位置を、動きを、手に取るように理解できた。
「……ルーク……」
そしてシオンは確信した。
「『勇者』様。決闘はもう、始まっています」
これは、平凡な少年が『勇者』を救う物語だと。
理由を知る者はいない。
『勇者』だけが知っている。
そのようにしろと、『勇者』本人が命じたからだ。
ある者は言う。
人々を見下して喜んでいるのだと。
ある者は言う。
何者にも知られぬ理由があるのだと。
それ故に。
それ故に。シオンは両手を地面に付ける。
地面に額を擦り付ける。
まるでカエルのような姿だ。
と、シオンは思う。
じくじくと、左肩の傷跡がうずいていた。
それでいい。
と、シオンは思う。
自分はカエルに過ぎないのだから、と思う。
『勇者』に選ばれた少年――。
ルークは、シオンの親友だった。
同じ年、同じ村で産まれた。
学ぶ時も、遊ぶ時も、いつも一緒だった。
同じ日に、初めて剣を持った。
同じ女性に恋をして、二人揃って失恋をした。
冒険者を志して都に旅立ったのも、同じ日だった。
二人一緒に、冒険者となる儀式を受けた。
ルークは『勇者』の【天名】を与えられた。
冒険者を護る神は彼を祝福した。
シオンは『戦士』の【天名】を与えられた。
平凡な冒険者が一人生まれた。それだけだった。
その日その時。
一つだった二人の道が、二つに分かたれた。
ルークは、『勇者』と言う名の龍として空へと上った。
シオンは、自分が井戸の底のカエルに過ぎない事を思い知った。
カエルはいつしか、遥か空を飛ぶ龍の姿を眺める事しか出来なくなって。
龍はいつしか、ひれ伏すモノ達を見下す事すらしなくなって。
ルークは悠々と往来を歩き征く。
まだ幼さを残す青い瞳には何者も映らない。
ただ風に、金色の髪が揺れていた。
威風堂々としたその姿は、まるで龍のようだった。
だから、シオンは両手を地面に付ける。
地面に額を擦り付ける。
まるでカエルのようなその姿。
それを見せつけるように。
往来の中央に。
『勇者』の前を塞ぐように。
ルークの視線に収まるように。
「『勇者』様に。お願いがあります」
這いつくばったまま、シオンは言った。
左肩の傷が、どくどくと脈打っていた。
『勇者』がシオンに付けた傷だった。
居並ぶ人々のざわめきが響いていた。
シオンの目に映るのは石畳。
日差しに浮かぶ『勇者』の影。
『勇者』の影が近づく程に、傷跡が強く疼く。
「ボクと戦ってください」
『勇者』の目に映るのは、地面に伏した黒い染み。
それが人である事を認識するまで、『勇者』はしばしの時間を必要とした。
さざなみのような雑音が鬱陶しかった。
天から光を射し込む太陽が、平伏す影を余計に黒く見せていた。
「決闘を願います。決闘にボクが勝ったら。親友を返して下さい」
ルークはシオンの親友だった。
シオンはルークの親友だった。
今もそれは変わらない。
だから『勇者』は理解ができない。
親友の言葉を理解できない。
「……シオン? どうして」
シオンは地面に平伏したまま。
彼に見えるのは石畳。
地面に映る影法師。
反響する声と音。
肌に感じる空気の流れ。
肩口の傷跡の痛み。
いつまでも、消えない痛み。
その全てを理解できた。
親友の位置を、動きを、手に取るように理解できた。
「……ルーク……」
そしてシオンは確信した。
「『勇者』様。決闘はもう、始まっています」
これは、平凡な少年が『勇者』を救う物語だと。
0
あなたにおすすめの小説
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる