最強勇者を倒すため。ボクは邪剣に手を染める

はりせんぼん

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第1話 『進む道なき』シオン その5

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 ぬるりと流れる血をシオンは感じた。
 足は痺れたように動かなくなっていた。
 心臓が脈打つたびに、頭に痛みが走っていた。

「しかしこいつ、冒険者になって半年だろ。『四連剣士』も形無しだな」
「だからさ。そんな事ぁ有り得ないんだって。俺だって四連撃に届くのに五年かかったんだ」
「ならば何か、我々の知らないズルをしているのだろう」

 話しをしながらも、サライはシオンの剣を蹴り飛ばす。
 続いてマジクが盾の上からシオンを踏みつける。
 最後に、ボルカが完全に動けなくなったシオンの首に刃を立てた。

「魔物だけが特別使える何かがあるのかな?」
「知らんね。まあ、最初っから本気だったら負ける訳ねえし」
「実力出す前に殺されかけちゃ意味無いだろう」

 細剣の刃がゆっくりと首筋に沈んでいくのを、シオンは呆然と感じていた。
 いけない。
 今、自分は危険な状況にいる。
 心のどこかが悲鳴を上げるが、朦朧とした頭はよく回ってくれない。

「まあ。それもこれも、これで終わりだ」

 冷たい金属の感触が、首の血管に触れた。
 その時だった。

「はいはい、そこまでよー」

 やけに明るい声が刃を止めた。

「アンタらさぁ。ここ、どこだか分かってる? それとも、肩の間についてるのは帽子置きかな?」

 明るい女性の声だった。
 子供のように甲高い。いや、まったく子供の声に聞こえた。

「お前こそ何だ? 俺達を……」
「モグラでしょ? モグラの共食いなら穴ん中でやってくんないかなぁ」

 サライの言葉を、少女の声が遮った。
 その言葉に、サライ達の間に剣呑な空気が漂い始める。

 モグラとは、冒険者に対する蔑称だ。
 穴に潜る迷惑者、くらいの意味だ。
 とは言え、冒険者の社会的地位はそれなりに高く、冒険者はその呼び方を当然嫌う。
 だから、その蔑称を使う人間は限られていた。

「……このアマ。カラスかよ!」

 カラス。賞金稼ぎ。
 賞金稼ぎの生業として、死体に群がり財貨を得る。その姿を指してそう呼ばれる。
 魔物を狩るのが冒険者なら、賞金稼ぎは人間を狩る。
 狩る対象は主に犯罪者だが、賞金さえかかっていればどんな人間も獲物にする。

 ダンジョンの法に従う冒険者の中には、地上の法を軽んじる傾向がある。
 結果、犯罪者を狩る賞金稼ぎは、冒険者を狩る事も多い。

 官憲の手先として冒険者を狩るカラス。
 それが賞金稼ぎと言う職業の一般的な認識だ。

「そうよ。犯罪者を捕まえるのがお仕事の人。で、脳ミソの足りないモグラに一応説明しておくけど、そこの門からこっちは街の中なわけ。で、街の中で刃物振り回す奴をこう言うのよ。犯罪者ってね」

 足音が近づいてくる。
 軽く柔らかい足音だった。
 相当に身体は小さく、靴は履いていないらしい。

「我々の問題だ。カラスが関わる事ではない」
「だからさー。モグラ同士で殺し合うのはいいのよ別に。だけど、やるなら穴ぐらの中でやれって話。わかる? わかんないか。モグラだもんねー。人間の言葉わかんないよねー。ごめんねー無理言ってさー」

 ケタケタ笑うその姿が、ようやくシオンの視界に入った。
 茶色の短い髪に大きい丸い耳。子供のような背丈の少女。背中で揺れる長い尻尾。指の長い裸足の足。
 森小人だ。
 南方の大森林に棲む、樹上生活をする小人族。
 腰には彼女の武器なのだろう。三叉に別れた鉄棒が一対挿してある。

「テメエ。ガキだと思って優しくしてりゃつけあがりやがって。お前も一緒に片付けてやってもいいんだぜ!」

 上から睨みつけるサライは、ほとんど彼女の背を覆うほど。背丈も、身体の厚さも圧倒的に違う。
 そうでなくても男女の差がある。

 さらに、冒険者とそうでない者との間には、断絶と言っていい程の差がある。
 【術技】が与える技術や身体能力、そして魔力や神秘の力は、一つ一つが通常の手段で学ぶには、何年、何十年という月日を必要とするものだ。
 そんな【術技】を冒険者は幾つも習得している。
 冒険者は、冒険者となった瞬間に人を超えた肉体を持つ歴戦の戦士と等しい存在となる。
 経験を積み、さらに強力となった者は、常人とは異なる存在だと言ってもいい。
 魔物を狩って強くなる魔物。そういった存在だ。

「怖いなら、今すぐおうちに帰りな。お嬢ちゃん」

 だから、見下ろすサライの顔には嘲りしか浮かばない。
 小さな子供と大人以上の力の差がそこにあるのだから、それは当然なのかもしれない。

「やーん。こわーい」

 少女は棒読み口調でそう言って。
 瞬間、その姿が消えた。

「……っと」

 消えたのではない。
 倒れたシオンには見えていた。
 少女は瞬間的に仰向けに倒れ込んでいた。
 倒れながら少女は、サライの足元に滑り込む。

「ほい。まずは一本」

 裸足の足が、サライの脚を掴んだ。
 それと殆ど同時に、蛇のような速さで小柄な身体が脚に巻き付いた。
 巻き付いた身体が、今度は捻りを加えて横に転がる。
 少女の腕は、両手でサライの足首を抱えていた。

「……くっ、そ。何だって……」

 サライの反応は遅くは無かった。
 掴まれた右足から捻り倒されるのを感じた瞬間、左足一本で身体を支え……。

「……あ……」

 ぶちり、と何かが切れる音がした。

「ちょっと、こんな簡単に切れちゃうの? 鍛え方が足りないんじゃなーい?」

 激痛に呻くサライ。折れた足を抱えて、地面に倒れ伏す。
 対照的に、少女は胸を張って立ち上がる。

 手には三叉の鉄棒。それが、サイと云う異国の武器である事を、その時シオンは知らなかった。
 強靭な冒険者の足首を、容易く折った技。それが、賞金稼ぎの持つ冒険者殺しの技術である事を、その時シオンは知らなかった。

「ま。モグラ如き、ラフィの敵じゃあないけどね。とーぜんとーぜん」

 賞金稼ぎの森小人。
 『天に掲げる手』ラフィ。
 この出会いが、彼に進む道を示す事になる事を、その時シオンは知らなかった。
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