不老ふしあわせ

くま邦彦

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第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)

出会いと別れ

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 手当てが早かったため、男は次の日には意識が戻った。片言の鮮卑の言葉で、男は沃沮よくそ人でここからはるか東に住む一族だという。名前はハンといい、鮮卑や晋の間を渡り歩いて生活をしているという。やはり戦いを恐れて、宇文部に逃れてきたという。
 ところが運悪く、挹婁ゆうろうの連中に見つかり襲われたのである。挹婁一族も普段なら、こんな遠くにまでやってこないのだが、ここ数年寒さが厳しく生活が苦しくなってきたため、あちこちで略奪を繰り返しているという。
 アキトモが東の果てにある新天地を目指して旅をしていると言うと、ハンは自分も一緒に連れて行ってほしいと頼み込んだ。アキトモにとっても、これから先は全く未知の世界である。すぐに話はまとまった。
 ハンの話によると、挹婁だけでなく、扶余、高句麗、晋といった国々が互いに勢力争いを繰り返し、南下するのは危険だという。
 ハンは故郷の話もした。沃沮のさらに東は大海となっていて水は塩辛いという。アキトモたちの故郷のコオルウミは川の水と同じで、飲むことができるが、この大海の水はそうではない。飲むと、増々喉が渇き、いずれ死んでしまう危険なものだという。
 では、魚は住んでいないのかと聞くと、そんな塩辛い水の中でも、たくさんの魚がおり、沃沮の民はそれらを獲るのが得意なのだと、ハンは嬉しそうに話した。 
 さらにアキトモは、ハンの次の話に興味がわいた。
「大海の東には大きな島があって、そこにはヒダカ一族が住んでいます。沃沮の言葉は通じません。一度、漁師が嵐でその島まで流されてしまいましたが、手当を受け、水と食べ物を積んで送り返してくれたという話を聞きました」
 アキトモは、その島こそ目的の地だと確信した。
「我々の目的地は、多分その島に間違いない。早くその島に行きたいものだ」
「それなら、アキトモ様、沃沮の民の舟を手に入れるべきです。我々の舟は漁に使うものですが、大海の荒波にもまれても、びくともしない丈夫な舟です。これで島に渡れます」
 春になり、出発の日が近づくとアキトモはある決断をした。
「三日後、東に向けて出発しようと思う。そこで皆に相談だが」
 そう言って全員の顔を見渡すと、皆待ちかねていたように目を輝かせていた。
「新天地を発見出来たら、コオルウミに残した一族を迎えに行かなければならない。これまでの経過を思い出してくれ。一族全員が旅をするとなると、数千人の移動となる。今度は子供や老人もいる。少しでも安全に旅を続けようとすると、この野営地は中継場所として残しておいた方がいいと思う」
「そうだ。それはいい考えだ」何人もの声が上がった。
「そこでだ。その時に備え、この野営地を守るため二家族に、ここに残ってもらいたい」
 それまで騒いでいた声が、びたっと止まった。
 ここまで、一行は誰一人欠けることなくたどり着けた。ボルテの助けもあった。天候にも恵まれた。しかし、すべて運が良かったのだ。
 数千人の移動では、途中で犠牲者がでるのは間違いない。
 残る家族も、残す家族もつらい決断をしなければ先にいけない。
 アキトモが残る家族の名前を発表しようとしたとき、
「私が残りましょう」
 声を上げたのはヨシズミだった。この男は、武術にかけてはワニ一族で一、二を争う腕前である。狩りの腕も問題ない。
「私も残りましょう」
 トモスケが続いた。この野営地の設計から、建物を建てるためにすべての段取りを立てた男だ。この男なら、建物が傷んだら修理はお手の物だ。
 アキトモが残ってほしいと考えていた二人が、その意をくみ取って、自ら名乗りを上げたのである。仲間から拍手が沸き起こった。
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