不老ふしあわせ

くま邦彦

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第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)

タギツヒメ

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 しかし、その大軍も全滅させられたとなると、今度は族長のスサノオも軍をワニ一族に向かわせなければならなくなる。
 クマノクスビは、アキトモの話を早くスサノオに知らせなければと思った。アキトモはタカトモを一緒に連れていってほしいと願い出た。タカトモを人質として差し出したのだ。
 これが一族の長として取るべき誠意なのだ。クマノクスビは何としてもこの期待に応えなければならない。
 淡海を越えると山道となる。ここからは簡単に飛騨に攻め込まれないために、わざと荒れた道のままにしてある。クマノクスビはこの山道が馬の走りやすい道に整備されたときが、ヒダカ一族に平和が訪れたときなのだと思いつつ馬を走らせた。
 スサノオは日高三国の十八代族長で、クマノクスビの義父である。齢は五十、今年が族長最後の年になる。クマノクスビは彼と会うのは一年ぶりである。
 五年前、クマノクスビの木の国での活躍を耳にし、娘のタギツヒメの婿になってくれと、直々木の国までやってきた。このとき、クマノクスビもスサノオの評判は聞いていたので、自分の秘密を打ち明け丁重に婿入りを断った。
 しかし、スサノオは引き下がらなかった。今度はタギツヒメも一緒に連れてきて、日高三国だけではなく、倭全体の統一まで考えていることを熱く語った。 
 ところが、クマノクスビの心を動かしたのは、残念ながらスサノオの熱意ではなかった。
 タギツヒメを一目見た時、「水仙の香りか」と思わず声に出したと思い慌てて口を押えた。タギツヒメを見ると何の変化もない。クマノクスビは心の声だったかと安心した。
 しかし、この時一瞬麗媛の顔がよぎった。タギツヒメの目や口元は、明らかに麗媛のそれとは違う。しかし、水仙の香りが麗媛を思い出させたのだ。
梔子くちなしです」
 タギツヒメの言葉にクマノクスビは動揺した。心の声だと思っていたが聞こえていたのだ。
 慌てたクマノクスビは「儂はあなたを妻に迎えることはできない。族長に話したが、私は」
「聞いています、あなたの秘密は。歳をお取りにならないとか。それが私を妻にできない理由ですか」
「儂はこれまでに、二人の妻を持ちました。最初の妻は自分だけが老いていくことに悲観して、自害しました。二人目の妻は、一族の掟を破ったことで一緒に生活できませんでした。儂は共に一生を終えることができないのです」
「あなたが老いることがないということは、私はあなたの死を見なくてもよいということでしょう。また、ヒダカ一族にはあなたと結婚してはいけないという掟はございません」
 クマノクスビは、気丈夫なタギツヒメに返す言葉はなかった。その場で、クマノクスビの方からタギツヒメに妻になってくれと願い出た。
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