不老ふしあわせ

くま邦彦

文字の大きさ
52 / 80
第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)

国替え

しおりを挟む
 クマノクスビは、スサノオにワニ一族がなぜ淡海国にやってきたか、その訳を説明した。
 会ったばかりのワニ一族だが、侵略者とは思えない気持ちが溢れる説明だった。スサノオは笑いながら
「お前は、ワニ一族を淡海の国に居させてやりたいのだな。しかし、タカシレウクの国王としての立場もある。それをどのようにして解決するつもりだ」
 スサノオは、クマノクスビの見る目は確かだと信じている。彼がワニ一族は信頼できるというなら、そうなのだろう。
 しかし、スサノオは族長としての命令をすぐに出そうとはしなかった。難題であるだけに、クマノクスビの手腕を見てみたいという思いが強くあった。
 クマノクスビは、タカトモの話を聞いた時からある考えを持っていた。それをどのようにスサノオに伝えるかだけを考えていた。静寂の時が流れた。
義父上ちちうえ
 クマノクスビはスサノオを族長と呼ばず、あえてそう呼んだ。そして、頭を深々と下げると、
「出雲国と淡海国の国替えをお許しください」
 淡海国は日高三国の中でも、有数の米の産地である。しかし、出雲国は朝鮮半島との交易が盛んで、米だけでなくあらゆる作物も豊富に手に入り、大陸からの最新の武器や調度品を手に入れることができる日高三国随一の国である。
 これは、スサノオが一から作り上げてきた成果に他ならない。それを引き継いで、わずか五年のマノクスビが手放していいものではない。それも、ワニ一族という他国からの侵入者のためにである。
 しかし、スサノオはクマノクスビの決心を聞いても顔色一つ変えずに、笑顔のまま聞いていた。
「お前の決心は分かった。タカシレウクを別の部屋に待たせている。今から引き合わせるから、お前の口からその提案をしてみなさい」
 スサノオの前に、クマノクスビとタカシレウクが対座した。
 タカシレウクは齢四十、淡海国を任されて十五年になるが、争いもなく何不自由なく過ごしてきた彼に、国王としての才覚はない。取り巻きの重臣も彼の機嫌を取るばかりで、国民の生活は決して豊かではなかった。
 クマノクズビが国替えの提案をすると、二つ返事で了承した。
 スサノオは、すぐに残りの三十八国の王たちを飛騨に呼び出した。その王たちを前にして、まず、今回の事件について説明した。そしてその結果、出雲国と淡海国の国替えの話に入ると、国王たちから驚きの声が上がった。
 さらに、クマノクスビから淡海国の一部をワニ一族に分け与えると発表されると、どよめきに変わった。
 出雲国周辺の王たちはタカシレウクの評判を知っているので、明らかに不満顔である。淡海国周辺の王たちは厄介者がいなくなって、せいせいした様子である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

対米戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
大本営から特命を受けてサイパン島に視察に訪れた柏原総一郎大尉は、絶体絶命の危機に過去に移動する。 そして21世紀からタイムリーㇷ゚して過去の世界にやって来た、柳生義正と結城薫出会う。 3人は協力して悲惨な負け方をした太平洋戦争に勝つために様々な施策を試みる。 小説家になろうで、先行配信中!

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

処理中です...