不老ふしあわせ

くま邦彦

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第三章 和二一族( 太康十年・西暦二八九年)

銀の鏡

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 大きな岩に上がると、上は平らになっていて中央に六角の石柱が立っていた。
 アキトモは石柱の周りに銀の鏡、鉄でできた三足、五穀の入った鼎五つ、薪を手際よく並べた。そして石柱の上に三足と銀の鏡を設置した。銀の鏡は普通の鏡ではなく、凹型をした大きな器で中に水を張る。光の帯がこの器に注ぐと底で折れ曲がり水が沸き立つような変化を見せるという。
 アキトモは火をおこしながら、ワニ一族の言い伝えを話し始めた。
「この石柱は、ワニ一族が探し求めてきた六つ目の石柱になります。おそらく、これが最後の石柱でしょう」
 ワニ一族は石柱で作られる秘薬で守られてきた。この石柱が壊れると、もう秘薬は作れなくなる。ワニ一族はそれまでに、秘薬に頼らなくても一族を存続させられる力を持たなくてはならない。クマノクスビは大きな責任を背負うことになる。
 空は雲一つなく、星がいつも以上に輝いている。天頂に六角星がきた。中国では五角星と呼ばれているが、確かによく見ると六つの星が輪を作っている。ちょうど六角の石柱のように。
 その輪から、光の帯が銀の器に落ちてきた。器に張った水の中央辺りが泡立ち始めた。確かに沸き立つように見えるが、湯気は立たない。沸騰しているわけではないようだ。
 この間、アキトモは目を閉じ手を合わせて祖先に礼を述べるという。決まった呪文があるわけではない。ただ、この恵に対して感謝の意を伝えればよいという。クマノクスビも言われた通り、目を閉じ、手を合わせてこれまでの感謝の気持ちを念じた。
 四半刻余り、二人はその場で手を合わせていると、ぷちんと綱が切れたような音がした。クマノクスビは目を開けると光の帯は消えていた。
 アキトモは銀の器の水を、五つの鼎に分けそれぞれを焦がさぬように、一刻をかけゆっくりと炊き上げた。五穀はそれぞれ、豆、稗、粟、麦、米で、黄緑、白、紫、黄、赤の色をしている。これを館に持ち帰って丸め、十日間日陰で乾かすと丸薬ができる。
 一度にそれぞれ十個ずつの丸薬を作るが、不思議なことに、丸薬は何年経っても腐ることはないという。アキトモもそうだが、クマノクスビもこれらの丸薬を使うことがないことを祈るだけだった。
 クマノクスビはこの儀式を見ていて、自分が飲んだ「不老不死の秘薬」もこのようにして作られたのではないかと思った。丸薬の色は違うが、同じような大きさである。そういえば、「不老不死の秘薬」をどのようにして手に入れたのか、徐福に尋ねたことがなかった。なぜこのような大切なことを聞かないでいたのか。おそらく、運命は変えられないと思っていたからではないか。
 しかし、ワニ一族の丸薬は、使用した者の寿命を縮めるということを聞いた今、徐福、呂強そしてクマノクスビにとって必要になる丸薬のような気がするのだった。
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