異世界の無法者<アウトロー> 神との賭け・反英雄の救済

さめ

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9章 人間と神竜そして竜闘祭

9.5 移動中に知識を教えた話

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 雲よりも低いとはいえ、人間には手の届かないはるか上空を進み、僅かに地表に影を落としながら、神緑の森を超えてレグナは自らの故郷を目指していた。

「思ったよりもゆっくり進むんですね」

「俺達に気を使っているのだろうな」

 レグナは気を使っているのか、電車に乗るよりも楽な緩急で速度を上げていて、速度も上げ過ぎないようにしているようだ。
 比較する方法が無いが、ガルムとルルが走る速度よりやや遅く感じる。

 外から翼が羽ばたく音が聞こえてくるが、僅かな上下の揺れ以外は感じない。
 サラーのおかげで取り付けられた荷馬車は水平を保ち続けていて、思ったよりも快適な空間になっている。

「でもちょっと寒いです。何でです?」

 考慮していなかったのだが、やはり高度が上がっている分寒さを感じる。
 サラーは理由が分からず、冷蔵庫に隙間でもあるのでは? と外側を確認している。
 考えてみれば、教育を受けていないとこんな些細なことも分からない、という事なのだろう。
 
 「それはな、空気は上空ほど気圧が低くなる。空気は上昇すると、その圧力は周りの気圧よりも高いから膨張する。この空気と周りの大気との間に熱交換がない場合、空気の温度は下がる。逆に空気が下降するときは、空気の圧力が周りよりも小さくなるため圧縮される。その結果、空気の温度は上がるんだが・・・」

 ・・・頼むから、無表情で何を言っているか分からない、という顔をオリービアもサラーもしないでくれ。
 工場でバイトしていた時、空いた時間で短期の家庭教師やった時のような説明をしてしまった。
 それなりに分かりやすくしたつもりだが、全く伝わっていないところを見ると、義務教育って結構凄かったんだろうな。

「ルシファー様、前から聞きたかったのですが、そういった知識ってどこで手に入れたのですか?」

「今のお兄ちゃんの説明、正直分からなかったです。でも、なんとなく本当な感じを受けるです」

「・・・そうだな。故郷には義務教育と、高等教育があってな。そこで子供のころから一定の知識を学ぶ事ができるんだ」

「凄いです!」

 サラーは目を輝かせて、四つん這いですり寄ってくる。

「お兄ちゃんの故郷へ行ってみたいです!」

「それは・・・無理だろうな」

「何でです!?」

「・・・行き方が、分からないってところか」

 的を得ない回答をされたサラーは、難しい顔をして次に発する言葉を探している。

「サラーちゃん。ルシファー様にも、聞かれたくない事もあるんですよ」

「分かったです」

 オリービアは相変わらず、俺に気を使っているようだが。
 こいつは俺の生い立ちをある程度知っているからか、俺がどこから来たのか、何があったのかなど、多くを聞かずにいてくれる。
 こいつが最初に仲間になったのは、本当に運が良かったのだろうな。

「へっくしょん! です!」

 です! はいらないと思うのだが、サラーがくしゃみをしている。
 子供に冷えは辛いのだろうな。俺も暖房も付けられず震えながら過ごしていたから、この辛さは分かるつもりだ。

 あの父は風をひいて熱が出た時、”これで体温が上がったから、もう寒くないな”と大笑いしていた。
 ・・・自分のせいだが、嫌なことを思い出したもんだ。

 この子には、同じ思いをさせる事は無いだろう。

 ゲネシキネシス<創造力>を発動し、扇風機の頭の部分だけのものを、リトグラフを素材として簡単な構造で創造する。
 それを壁にサイコキネシス<念動力>で固定した後、パイロキネシス<発火力>で羽部分を過熱する。
 充分温まったのを確認し、サイコキネシス<念動力>を更に発動し芯を中心に回転運動を加える。
 ゆっくりと回転を始めた羽は、程よい温風を荷馬車内に送り始めた。

「温かいです!」

「こんなものを創ってくださるなんて!」

 2人とも喜んでくれているようだが。

「電気があると便利なんだがな」

「電気ってなんです?」

「雷で光ってるやつだが」

「あれは電気なんです?」

 暇つぶしになるかもと思い、学校で習った知識をサラーに教えてやることにした。

「電気って言うのは電子という目に見えないものが・・・」
「それが力になって物が動くです?」

「電気は磁力と関係があって」
「磁石なんて、不思議な物があるなんて知らなかったです」

「電気は電池で生み出すことも、蓄電することも出来て」
「2つの異なる金属の間で、電子が移動するです?」

 本当にサラーは物覚えも早いし、理解する力も持っている。
 俺の話を信じて聞いているというのもあるかもしれないが、こちらが説明する前に得た知識を使って先に質問してくるくらいだ。
 応用も出来ていて、そこから考える力も持っているという事。

「つまり電気を流すと、磁力が発生してくっつけたり離したりできるということです?」

「そういう事だな」

 もうほぼ教えることも無くなってきた。あまりにも頭がいいので、思わず褒める変わりに頭を撫でてしまう。

「です~!」

 嬉しそうにしているところ悪いが、語尾が鳴き声みたいになって来てるぞ。

「今ここに、私は必要ですかね!?」

 ほぼ放置していたからか、オリービアがむくれているのか、すねているのか。
 とりあえず機嫌が悪くなっている。

「旦那さん!」

 外からレグナの声が聞こえ、その声に反応して外に出る。
 2人には中で待つように伝え、蛇腹の扉を最小限の範囲で開けて外に出る。

「何だ?」

「もうすぐ渓谷が見えてくるんだけど、その手前で降りた方がいいかな?」

「何でだ?」

「渓谷を超えた先の荒地に入ると何があるかわからないから、手前で休憩とご飯でもと思って。人間は、毎日ご飯を食べないといけないんでしょ?」

 とすると、少なくとも神竜族は毎日食事を必要としていないのかな。

「なるほど、じゃあ降りてもらおうか」

「了解!」

 サイコキネシス<念動力>で創った斥力の壁を、体のまわりに展開して風を防ぐ。
 その状態だと風圧を感じないので、地上にいるようにレグナの背中を歩くことが出来た。
 そのまま歩いて首まで行き、跨る形で座ってみる。

 鹿のような角を手綱代わりにして、小説に出てくるような竜に乗る勇者の真似事をしてみる。
 うん、正直やってみたかっただけなんだが。

「旦那さんはいろんか事が出来るんだね」

「ん? どういうことだ?」

「また神域の力を使ってるんでしょ?」

「まあ、そうだが」

「頼もしいな~」

 こいつもしかして、まだ竜闘祭で手伝ってもらえると思っているのだろうか。
 だけどここで否定すると、長くなりそうだから止めておこう。

 しばらくすると、レグナの言う通り、渓谷とその先の荒地が見えてくる。
 渓谷はシディムの谷にあった断崖よりも深く見え、確かに飛ばなければ超えられないと感じさせるものだった。

 レグナは降下を開始し、続いていた神緑の森と渓谷の境を目指す。



 レグナは足で掴んでいた荷馬車を地面にゆっくりと降ろした後、その直ぐ横に移動して自らも地面に降りた。

 サイコキネシス<念動力>を発動して背中の荷馬車へ飛んで行き、蛇腹の扉を開けて2人に休憩することを告げる。
 サラーをおんぶして地面に降りると、オリービアが不満そうに後ろに飛び降りてきた。

 それを確認した後、サイコキネシス<念動力>でレグナの背中から荷馬車を外し、ゆっくりと地面に下ろす。

「空も飛べたんだ」

「そうだな」

「旦那さんが冷たい・・・」

 こちらも竜に拗ねられると思っていなかったが。

「お前ら大丈夫か?」

 ガルムとルルが中々出てこないので、そとから荷馬車を開けてみる。

「主、着いたのか?」

 外が見えないからか、状況が分からず出て来れなかったようだ。
 ガルムは起きているが、ルルは惰眠をむさぼっている。

 面倒に思ってしまったので、ルルに触れずにいるとガルムも触れずに外に出てきた。

 ガルムに、休憩をしてから神竜族の住処に向かうと説明すると、ガルムはレグナに話しかけ、一緒に獲物を獲ってはどうかと提案している。

「あ、おいらはお肉食べないから」

「は!?」

 自然と口から声が漏れてしまう。
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