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24 宰相視点

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 ――ダンッ!


「くそっ!」


 私は自室の執務机に拳を叩き付けた。叩き付けた拳に痛みが走るがそんなことも気にならないほど私は苛立っている。


「どうして何もかも上手くいかないんだ!」


 今までは上手く立ち回ってこれたのに、ここ数年はやることなすこと全てが思いどおりにならない。マリアンヌ第一皇女を皇帝に、息子のユリウスを皇配にするために宰相としての職務を全うしながら皇帝と皇后の信頼を得てきた。だが私は水面下で皇帝と皇后を排除するべく動いてきたのだ。
 私の悲願は己の血を引く子をこの国の皇帝にすること。そして私はこの国を裏から操るのだ。本音を言えば私ほどこの国の頂点である皇帝に相応しい者はいない。だが皇族の証である黄金の瞳が無ければ皇帝になることは叶わない。だから私は孫の代で悲願を達成させるためにバスピア侯爵家と手を組んだのだ。
 バスピア侯爵家は武の家門だ。
 二十年程前までの戦争ではバスピア侯爵自身が将軍として前線に立っていた。バスピア侯爵はその時の栄光がいまだに忘れられないようで、今の国内重視の政策を受け入れられないのだ。
 だから私はバスピア侯爵に声をかけた。あそこには年頃の娘が一人いたのでその娘を皇妃にして私の息子との子を生む。そしてその子が皇帝の座に就く。バスピア侯爵には戦争こそが今の帝国がさらに発展するために必要だと言ってやれば簡単に私の誘いに乗ってきた。所詮は戦うことしか考えていない馬鹿だ。だがそれでいいと思っていた。バスピア侯爵もその娘もあまり頭がよくないがだからこそ扱いやすいと。

 しかし今となっては邪魔でしかなかった。

 バスピア侯爵家の娘なら皇妃になるのに家柄は十分だ。それに今や老害でしかないがバスピア侯爵は将軍としての実績もある。私の計画通り無事に侯爵の娘を皇妃にし、男児も生まれた。
 しかし皇后の生家であるウラヌス公爵家も公爵家に連なるメイト伯爵家の娘を皇妃にと召しあげてきたのだ。私は第一皇妃となった侯爵の娘になんとかしてもう一人子を儲けるように指示した。第二皇妃となったメイト伯爵家の娘には皇后と同じように子ができないようにすればいいと考えていたが、その娘はあっという間に懐妊してしまった。ただ幸いなことに同じ頃に第一皇妃も懐妊し、第二皇妃よりも早く出産したのだ。
 生まれたのは女児であったが第二皇妃が生んだのも女児だった。さらに第二皇妃はその後体調が回復せず流行り病にかかってあっさりと死んでくれたのだ。一人子どもが生まれてしまったがそれくらいなら後からどうにでもなると考え直し、ようやく自分に運が回ってきたと思った。

 だが第二皇妃が生んだ女児、アンゼリーヌ皇女は皇后の庇護下に入ってしまい、中々手を出すことができなかった。

 そしてあの日だ。
 アンゼリーヌ皇女の十歳の誕生日。

 何度思い返してもあの日から何もかもが上手く行かないと感じるようになった。

 まさかあの気弱で争い事が苦手なアンゼリーヌ皇女が皇帝の後を継ぐことを望むなど全く予想していなかった。おそらく臣籍降下するか他国へ嫁ぐかどちらかしかないだろうと思っていたので、アンゼリーヌ皇女に手出しができなくてもそこまで焦ってはいなかった。
 だが私の予想を裏切りアンゼリーヌ皇女は皇帝の後を継ぐと宣言してしまった。これはまずいと思った。マリアンヌ皇女とアンゼリーヌ皇女では勝負にならない。なぜならアンゼリーヌ皇女は両陛下から可愛がられていて非常に優秀だ。家庭教師が絶賛しているのを何度も聞いたことがある。それに比べマリアンヌ皇女は見た目は華やかで美しいもののそれだけ。母親に似たのか頭も悪い。それなのになぜか自分は優秀であると勘違いしている。とても扱いにくいのだがマリアンヌ皇女を皇帝にさせなければ私の悲願は叶わない。唯一の男児であったハリストン皇子は我関せずを貫き、十歳の時に勝手に臣籍降下を選びこちらに全く利にならない侯爵家の令嬢と婚約してしまった。だから使える駒はマリアンヌ皇女しかいないのだ。

 しかし状況は悪くなる一方で私が皇后の専属にと紹介したやぶ医者と、私が潜り込ませた皇后の専属侍女も皇后に毒を盛ったとして捕まってしまった。
 やぶ医者の方は余計なことをしゃべる前に処分することができたが、侍女の方は処分できなかった。だが侍女本人が知っていることはほとんど無かったため私の関与が疑われることはなかった。ただやはり医者を紹介した手前、皇帝と皇后からの信頼を著しく損なってしまった。
 しかし十年以上気づかれることがなかったのにどうして気づかれてしまったのかは分からない。

 そしてその後すぐに皇后の懐妊。

 信頼を失っている状態で動くのは危険だと判断し動くことができなかった。結果皇后は男女の双子を生んでしまう。そう双子だ。一人ならまだしも二人を消すのは簡単なことではない。
 だがここまできて諦めることはできない私は次にアンゼリーヌ皇女の侍女を消し、その後釜に私の息のかかった侍女を潜り込ませようとした。歳のいった侍女一人だ。タイミングよくデルシャ国から手に入れた毒があったのでそれを試してみるのにちょうどいい。
 しかしいくら毒を摂取させても全く効果が現れない。もしかしたらこれは本当は毒ではないのかと疑い、私の屋敷の使用人に試しに使ったら効果が現れた。まぁその使用人は死んでしまったが仕方がない。ただ毒は本物でもあの侍女に効かないのでは意味がないではないか。だが他の方法を使えば私にまでたどり着いてしまう恐れもゼロではない。私はアンゼリーヌ皇女の侍女を消すのを諦めるしかなかった。

 その後は双子に狙いを定めて毒を盛ってみるも、幼子の勘の良さなのか毒が入っているものには全く口を開かず、家庭教師や専属侍女もいつの間にか決まっており入り込む余地がなかった。

 それに加えて日に日にアンゼリーヌ皇女の評価は上がりマリアンヌ皇女の評価は下がっていく。これはもうアンゼリーヌ皇女と双子の庇護者である皇帝と皇后を消さなければならない状況まで追い込まれていた。

 ただでさえ今は城にいる私の手の者が次々と捕まってしまい、使える手駒がいなくなっていた。だがこのままでは私にたどり着くのも時間の問題だ。それまでに皇帝と皇后を始末してしまわなければ私の身が危ない。その二人さえいなくなればあとはなんとかなるはずだ。しかしデルシャ国からの毒を使っていては間に合わない。即効性のある毒を使わなければ…


 この時の私は想像以上に追い詰められており思考が正常ではなかった。
 城中の手駒が全て捕まってもなお自分が無事でいたのはあえて泳がされていたからにすぎない。それにアンゼリーヌ皇女の従者など取るに足らないと気にかけておらず、まさか解毒魔法が使えるなどという考えはには思い至らなかった。
 いつもの私なら冷静に考えればそれらの可能性に簡単にたどり着けたというのに…

 私の破滅はもうすぐそこまで迫っていた。
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