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十三:雫と紡
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雫は、自分の家に向かって歩いていた。
学校から出た後も、花梨はみっともない顔のまま歩きたくないと言い募ったのでカラオケボックスに行って、二人でとりあえず何かを吹っ切るために、歌い続けてきた。
制服姿のままでもあったし、会話もなく歌い続けてどこか互いに居心地悪さも感じていた。だから二時間ほど歌って、じゃあ帰ろうかとお互いに気まずいまま、別れた。
「ありがと、……ごめん」
「また、明日ね」
極力、普通の挨拶を交わした。
なんだか触れるには、少しだけ複雑な思いが互いにあったような気がしたから。
雫は、花梨と別れた後もぼんやりと恋について考えていた。
(……恋は、やっぱり、甘くない)
それでも求めてしまうのは、何故だろう。
自分にはないものを求めているのか。それならばどうしてすぐに割り切れないのか、奇妙なまでに気持ちに振り回されてしまうのか。
自分自身のことなのに、まるで自由が利かないのはどうしてなのか。
答えが、どうして見つけられないのか。
(……わかんない……)
そんな中、コンビニから出てきた紡の姿に、思わず足を止める。
小さく漏れ出た声に、気が付かれるはずもないのに紡が振り向いた。
「あれ、雫ちゃん」
「紡くん……あ、えっと。バイト、の、帰り?」
「うん。オレここのコンビニでバイトしてっから。雫ちゃんこんな時間に珍しいね、制服だし。……花梨とどっか行った?」
「えっ」
「だってバイトとかしてないって言ってたし、部活はもうこの時期オレらないしさ。委員会だってこんな遅くならないだろ? そんなに驚かなくてもいいと思う」
「そ、そうだね……」
紡の言う通りだと雫は思ったが、曖昧に笑って俯いた。
普段なら、驚くことでもない。
雫と花梨が友達だ、と紹介されているのだから彼女たちが連れだって放課後に出かけることは、なんら不自然ではないのだから。
特に、花梨の彼氏という立場である紡からそう言われることは自然だったはずだ。
それでも、雫はあの泣いていた花梨の、苦しいまでに紡に恋して髪を振り乱す姿が目に焼き付いて離れない。
そんなにまで狂わせてしまった人の口から、彼女の名前が出たことについ動揺してしまった。
どうして動揺したのか、よくわからないけれど。
花梨を狂わせたからなのか。
それは、紡のせいじゃないと雫も思うけれど。
あんな彼女を放っておいているからなのか。
花梨が告げてきた不満が、雫の中の紡という人物を形成し始めてしまっているのか。
「そんなびっくりしなくてもいいじゃん。オレだって花梨が最近ちょっとおかしいってことくらい知ってるよ……付き合ってるんだしね」
「あ、……えっと、ごめん」
「謝んなくていーよ。それよりどっち方面行くの。なんなら送るけど」
「あ……あの、わたし、あっちで」
「ああ、じゃあ同じ方向だ。オレもそっち方向でバス乗るから」
「そ、なんだ……」
普段、一緒に話すようになったとはいえ雫としては今、少しばかり複雑だった。
花梨のことは勿論彼女の中で気にかかる部分となってしまっていたし、花梨を通じて知り合った紡とは二人になったことがない。
紬とは同じクラスということもあって、何度も話をしたけれど。顔はそっくりなのに、まるで雰囲気が違う紡に、彼女はどう対応して良いのかわからなくてぎゅっと鞄の紐を握りしめた。
「……紬と仲良くできてる? アイツ、ちょっと言葉が足りないからさー」
「う、うん。紬くんは優しいし、ちょっとぶっきらぼうなだけだから」
「そっか! ありがと」
「……紡くん、は、いつもニコニコ、してる……ね?」
「え? あー、そーかも」
へら、と笑う紡の笑顔は、見慣れたものだ。
だからどこか安心もする。いつもの表情だから。
「笑ってる方が、オレは好きなんだよねえ。笑ってるとさ、大体ヤなことあってもなんとかなりそうじゃん」
「そう、かな?」
「紬のやつはさ、笑ってたって伝わらない時は伝わらないっていうし、オレもちゃんとそういう時は怖い顔とかしてると思うんだけどさー」
へらっとまた紡が笑う。
花梨が、その笑顔で話してくれる姿から好きになったのだと言っていたのを思い出す。
紡と何度も話をしたとも言っていた。
いつだって自分が不安で、紡から絶対的な安心をもらいたかったのだ、と花梨が言っていたことを思い出して雫はまたぎゅっと鞄の紐を握った。
「花梨、不安がってた?」
「えっ」
「……あいつ、短大に進学するんだってさ」
「う、うん」
「雫ちゃんは?」
「わ……わたしは……」
紡が、立ち止まる。
つられて雫も立ち止まった。
道路をびゅんびゅんと車が行き交い、立ち止まった彼らの脇を行き交う人々がすり抜けていく。
顔を上げた雫の目の前に、笑みを消した紡の姿があった。
「紬は専門行くし、オレも服飾系の大学に進みたい。みんな、バラバラだ」
「……」
「でも、行く先が違うからって、一緒にいられないわけじゃないってオレは思う。花梨は違うって言う」
「……」
「上手くいかないよね」
へら、とまた紡が、笑った。
ぷぁーん、という音がして、バスが止まる。
乗り込んだ紡がゆるく手を振った。
「また明日ね、雫ちゃん」
「あ、あ……うん、また明日!」
プシュー、と閉まる音がして、紡がまた手を振った。
それに手を振り返して雫はようやくそこがバス停だったのだと理解して、でもそれよりもずっと、あの笑顔の消えた、寂し気な紡の表情が胸を締め付けた。
(紡くんは、ちゃんと花梨のことが好き。だけど、花梨は好きだから不安になる)
見えない未来。
見える未来っていうものは、よくわからない。
好きっていう気持ちは、どう変わっていくのだろう。
変わらずにいられるのかもしれない、それこそ紡が言っていたように、道が変わったところで離れるわけじゃないのかもしれない。
だけれど、花梨が言うように、違った道の先で他に好きな人が現れるかもしれないというのはずっとずっと、付きまとう不安に違いなかった。
(……明日は、ちゃんと笑えるのかな)
紡も、花梨も、そして自分も。
雫は何度目かもうわからなかったが、鞄の紐をぎゅっと握りしめた。
(わたしも、ちゃんと、言わなくちゃ)
恋は、苦しいものだろうか。
恋は、温かいものだろうか。
恋は、どんなものだろうか。
頭の中を、ぐるぐる巡るそれには答えがどうやっても出そうになかった。
学校から出た後も、花梨はみっともない顔のまま歩きたくないと言い募ったのでカラオケボックスに行って、二人でとりあえず何かを吹っ切るために、歌い続けてきた。
制服姿のままでもあったし、会話もなく歌い続けてどこか互いに居心地悪さも感じていた。だから二時間ほど歌って、じゃあ帰ろうかとお互いに気まずいまま、別れた。
「ありがと、……ごめん」
「また、明日ね」
極力、普通の挨拶を交わした。
なんだか触れるには、少しだけ複雑な思いが互いにあったような気がしたから。
雫は、花梨と別れた後もぼんやりと恋について考えていた。
(……恋は、やっぱり、甘くない)
それでも求めてしまうのは、何故だろう。
自分にはないものを求めているのか。それならばどうしてすぐに割り切れないのか、奇妙なまでに気持ちに振り回されてしまうのか。
自分自身のことなのに、まるで自由が利かないのはどうしてなのか。
答えが、どうして見つけられないのか。
(……わかんない……)
そんな中、コンビニから出てきた紡の姿に、思わず足を止める。
小さく漏れ出た声に、気が付かれるはずもないのに紡が振り向いた。
「あれ、雫ちゃん」
「紡くん……あ、えっと。バイト、の、帰り?」
「うん。オレここのコンビニでバイトしてっから。雫ちゃんこんな時間に珍しいね、制服だし。……花梨とどっか行った?」
「えっ」
「だってバイトとかしてないって言ってたし、部活はもうこの時期オレらないしさ。委員会だってこんな遅くならないだろ? そんなに驚かなくてもいいと思う」
「そ、そうだね……」
紡の言う通りだと雫は思ったが、曖昧に笑って俯いた。
普段なら、驚くことでもない。
雫と花梨が友達だ、と紹介されているのだから彼女たちが連れだって放課後に出かけることは、なんら不自然ではないのだから。
特に、花梨の彼氏という立場である紡からそう言われることは自然だったはずだ。
それでも、雫はあの泣いていた花梨の、苦しいまでに紡に恋して髪を振り乱す姿が目に焼き付いて離れない。
そんなにまで狂わせてしまった人の口から、彼女の名前が出たことについ動揺してしまった。
どうして動揺したのか、よくわからないけれど。
花梨を狂わせたからなのか。
それは、紡のせいじゃないと雫も思うけれど。
あんな彼女を放っておいているからなのか。
花梨が告げてきた不満が、雫の中の紡という人物を形成し始めてしまっているのか。
「そんなびっくりしなくてもいいじゃん。オレだって花梨が最近ちょっとおかしいってことくらい知ってるよ……付き合ってるんだしね」
「あ、……えっと、ごめん」
「謝んなくていーよ。それよりどっち方面行くの。なんなら送るけど」
「あ……あの、わたし、あっちで」
「ああ、じゃあ同じ方向だ。オレもそっち方向でバス乗るから」
「そ、なんだ……」
普段、一緒に話すようになったとはいえ雫としては今、少しばかり複雑だった。
花梨のことは勿論彼女の中で気にかかる部分となってしまっていたし、花梨を通じて知り合った紡とは二人になったことがない。
紬とは同じクラスということもあって、何度も話をしたけれど。顔はそっくりなのに、まるで雰囲気が違う紡に、彼女はどう対応して良いのかわからなくてぎゅっと鞄の紐を握りしめた。
「……紬と仲良くできてる? アイツ、ちょっと言葉が足りないからさー」
「う、うん。紬くんは優しいし、ちょっとぶっきらぼうなだけだから」
「そっか! ありがと」
「……紡くん、は、いつもニコニコ、してる……ね?」
「え? あー、そーかも」
へら、と笑う紡の笑顔は、見慣れたものだ。
だからどこか安心もする。いつもの表情だから。
「笑ってる方が、オレは好きなんだよねえ。笑ってるとさ、大体ヤなことあってもなんとかなりそうじゃん」
「そう、かな?」
「紬のやつはさ、笑ってたって伝わらない時は伝わらないっていうし、オレもちゃんとそういう時は怖い顔とかしてると思うんだけどさー」
へらっとまた紡が笑う。
花梨が、その笑顔で話してくれる姿から好きになったのだと言っていたのを思い出す。
紡と何度も話をしたとも言っていた。
いつだって自分が不安で、紡から絶対的な安心をもらいたかったのだ、と花梨が言っていたことを思い出して雫はまたぎゅっと鞄の紐を握った。
「花梨、不安がってた?」
「えっ」
「……あいつ、短大に進学するんだってさ」
「う、うん」
「雫ちゃんは?」
「わ……わたしは……」
紡が、立ち止まる。
つられて雫も立ち止まった。
道路をびゅんびゅんと車が行き交い、立ち止まった彼らの脇を行き交う人々がすり抜けていく。
顔を上げた雫の目の前に、笑みを消した紡の姿があった。
「紬は専門行くし、オレも服飾系の大学に進みたい。みんな、バラバラだ」
「……」
「でも、行く先が違うからって、一緒にいられないわけじゃないってオレは思う。花梨は違うって言う」
「……」
「上手くいかないよね」
へら、とまた紡が、笑った。
ぷぁーん、という音がして、バスが止まる。
乗り込んだ紡がゆるく手を振った。
「また明日ね、雫ちゃん」
「あ、あ……うん、また明日!」
プシュー、と閉まる音がして、紡がまた手を振った。
それに手を振り返して雫はようやくそこがバス停だったのだと理解して、でもそれよりもずっと、あの笑顔の消えた、寂し気な紡の表情が胸を締め付けた。
(紡くんは、ちゃんと花梨のことが好き。だけど、花梨は好きだから不安になる)
見えない未来。
見える未来っていうものは、よくわからない。
好きっていう気持ちは、どう変わっていくのだろう。
変わらずにいられるのかもしれない、それこそ紡が言っていたように、道が変わったところで離れるわけじゃないのかもしれない。
だけれど、花梨が言うように、違った道の先で他に好きな人が現れるかもしれないというのはずっとずっと、付きまとう不安に違いなかった。
(……明日は、ちゃんと笑えるのかな)
紡も、花梨も、そして自分も。
雫は何度目かもうわからなかったが、鞄の紐をぎゅっと握りしめた。
(わたしも、ちゃんと、言わなくちゃ)
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