あなたと、恋がしたいです。

玉響なつめ

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十四:紡と紬

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「よっ、紬。お前の紡クンが一日の労働を終えて帰って来たぞ~」

 ベッドの上でごろりと横たわった紡の笑顔に、紬が目を細めた。
 そろそろ帰ってくる頃合いだとは思っていたが何故だかハイテンションな紡に、若干の不安が過るがあえて何も聞かない。
 聞いて欲しいという雰囲気でないことは、紬にわかる。

 だからこそ、紬もいつも通りに紡の行動に応えた。

「うぜぇ」

「即答酷くね!?」

「ま、おつかれ。メシ食ったのか?」

「おう、お前が風呂入ってる間に食った」

「じゃあお前もとっとと風呂入れよ。どうせ課題とかやってねぇんだろ」

「明日誰かの写すから大丈夫!」

 へら、と笑って手を振る紡に紬は呆れた顔をして首にかけていたタオルで濡れた髪を拭く。十分に拭えていなかったからか、ぽたりと垂れてくる雫が首を濡らして鬱陶しかった。

「それ大丈夫じゃねーから」

「とりあえずもうちょい横にならせろよ、疲れてんだ」

「……ならてめぇのベッド行けよ、上だろうが」

 二人が使うのは、幼い頃から愛用している二段ベッドだ。
 ある程度成長してもまだ使えるほどにしっかりとした造りと大きさを兼ね備えたもので、二人にそれぞれの部屋を与えることは無理だと判断した両親によって買い与えられたものだった。

「ちょっとだけの休憩なんだからいいじゃねえかーケチ」

「しょうがねえなあ、だからお前が下にしとけっつったんだ」

「それで喧嘩もしたっけな」

「……ガキの頃の話だろ」

 下の段が紬、上の段が紡。
 それは買った当初に二人が決めてから、ずっと変わらない。

 最初は二人とも上が良いと言い争って、最終的には母親に叱られてじゃんけんで決めたのは今では懐かしい。
 そう思った紬と、同じように思ったらしい紡が柔らかく笑った。

「懐かしいよな」

「なんだよ、気色わりぃ」

「戻りたいって思った事、あるか?」

「あ?」

「ガキの頃にさ」

 唐突な質問。
 それに紬は一瞬、声が出なかった。

 紡の表情は、あまりにもすとんと何かが抜け落ちたようなものだった。
 それが妙に胸騒ぎを覚えるようなもので、紬はわざとらしいと思いながらも視線を逸らしたが、紡がそれに対して何かを言うこともなかった。

「……まあ、進路で悩んだりする時は思うかも、な」

「……そっか」

「そうだろ。お前はどうなんだよ?」

「オレは、最近よく思ってる。男とか女とか、大人になるとか、そんなの何も考えねーでお前とバカやって母さんに叱られて泣いてた頃が楽だったなって思う」

「……紡?」

 幼い、それは本当に幼い頃のことを指しているのだろう。
 どうしてそこまで幼い頃に戻りたいのか、紬はわからない。

 勿論、紡が言うような成長に伴う煩わしさは彼も体験していることであって同じように思わなかったかと問われれば思ったこともある、程度には共感できる。
 だが、それと同時に将来に対して絶望しているわけでもなく、なんとなくではあるけれどなりたいものややりたいことを見つけている自分たちからすれば、未来は目を背けるようなものじゃなかったはずなのだ。

「花梨がさ」

「……」

「将来の事なんてわかんなくて、みんなバラバラになったら今みたいにはいられない……って良く言うんだよ」

「……そうかよ」

 それは、学校でも花梨が言っていた内容そのものだ。
 何度となく紡と彼女が言い合っていたのはきっとそれだったんだろうと紬はそっと目を伏せる。

「でもさ、オレはガキの頃からだいぶ変わったはずだけど、何も変わってねぇと思うんだよ。いんや、まぁ、変わっちゃいるんだろうけど」

「……」

「そんで言われるんだ。へらへら笑ってばっかじゃなくて、もっと真剣に考えてくれって。おかしい話だよな。オレの笑顔が好きだって言ってくれたのにさ」

「紡……?」

「笑ってればみんな安心したじゃん。笑ってれば、心配しないだろ? ……紬みたいに、オレが向き合いきれなくて逃げてるんだって言われたらそれまでなんだけどさ」

 よく笑う、愛想の良い紡。
 でもそれは裏を返せば、誰にでも笑顔で内心がわからない。

 あまり笑わない無愛想な紬。
 でもそれは裏を返せば、なんにでも本音でぶつかるということ。

 それはどちらも一長一短で、良い面もあれば悪い面もあって、個性であって、誰が何を言うにもそれが彼らとしか言いようがなかった。
 たまたま双子であるということから、余計にその対比が目立ったというだけの話。
 そう紬は今では思っている、比べられたことが何度となくあるからこそ、今の紡の言葉は聞き捨てならなかった。

「そんなことねえだろ!」

「……紬」

「お前は笑って、我慢した。いつだって他のヤツのためだったじゃねえか。それはちゃんとお前なりの向き合い方だっただろ」

 笑顔で、嫌なことも頷いた。
 笑顔で、許した。
 それは、紡の優しさで、甘さだった。

 紬はそれを、知っている。

「……」

「……」

 仏頂面で本音を言った。
 笑えなかったわけじゃない、ただ素直だっただけだ。
 それは紬の正直さで、弱さだった。

 紡もそれを、知っている。

「オレたちどうしてこんなに違うんだろーな、顔はそっくりなのにさ」

「さァな。……俺とお前が違う人間だからだろ」

「わーぉ、紬クンったらクールなんだから」

「……大丈夫かよ」

 紬の問いかけに、紡が体を起こした。
 ゆるく身体を左右に振ってへらりと笑った顔は、どことなく疲れていた。

「ん、まぁなんとかなるっしょ。……花梨が迷惑かけたんじゃねーの?」

「元々俺のダチなんだからお前が気にする事でもねーよ。とっとと風呂入ってそのシケたツラ綺麗にしてこい」

 見ていられなくて、また目を背ける。
 ああ、なんてままならない。

 紬にとって大切な人たちが、お互いを傷つけあっている。それは望んでの姿じゃないことを知っているのに何もできない。何もできない上に、そうして拗れることに僅かに喜びを覚える自分が嫌だった。
 紡を傷つけて欲しくないのに、その相手は花梨で。
 その花梨だって紡を傷つけたかったわけじゃない。
 それでも、そうやって苦しめばいいとどこかで思う。

 実らなかった恋心が、腐って落ちて嗤うのだ。

 それを知らない紡がまた笑った。そして立ち上がり、いつものように紬の肩を軽く叩いて部屋を出ていく。

「そうするわ、ほんじゃぁ先寝てていいぜ。あ、電気はつけとけよ」

「へいへい、わかったわかった」

 軽く答えたものの、言葉とは裏腹に紬の心がずしりと痛みで重みを覚えたのだった。
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