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★コミンテルンとの闘い★
【思わぬ来客②】
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大本営に着くと、連絡を受けた永野が玄関の戸を開けて外に出て待っていた。
その表情はニコニコとして明るい。
「京子、わざわざすまんな」
永野が婦人に声をかける。
“なるほど、この婦人は、永野の娘さんなのか!”
「すみません、遅くなってしまって。柏原さんと薫さんに案内してもらいましたわ。柏原さんには荷物まで持っていただいて有難うございます」
婦人は丁寧に頭を下げてから「アナタからも、お礼を言って下さいまし」と言った。
「アナタ!?」
その言葉に、私と薫さんはお互いの顔を見合わせたあと、婦人の方を向いた。
婦人はまた丁寧に頭を下げ「永野がいつもお世話になっております」と言った。
“この美人で上品な婦人が、永野局長の奥さん!?”
薫さんも同じことを思ったのか、再び私たちはお互いの顔を見合わせてた。
永野局長は過去4人の妻を娶っている。
京子夫人はその4人目の妻で、前の3人はいずれも病死している。
京子夫人も、前の夫とは死別していて再婚となるわけだが、それにしても若い奥さんをもらったものだ。
京子夫人が持ってきたものは、なんと大本営用の制服で、デザインも婦人によるもの。
濃いネービーブルーの開襟ジャケットは陸軍や海軍の制服とは違い、かなり洒落たデザイン。
私たち3人の制服は軍から支給されている物の寸法を参考にして既に出来上がった状態で渡されたが、薫さんの制服だけがまだ仮縫いの部分があり、これから本人に合わせて仕上げると言う事だったので私たちは一旦部屋から出された。
しばらく待たされたあと中から「入って来てもいいよ!」と、薫さんの元気な声がして我々は中に入ると、身なりを整えるふりをしたあと似合わない敬礼をして薫さんが言った。
「結城薫、本日より正式に大本営情報部中尉として着任します」と。
阿南が拍手をしたので、私も慌てて手を叩く。
手を叩きながら阿南が「よくお似合いです」と薫さんを褒めた。
白いワイシャツにジャケットと同色の濃紺のネクタイを締めた薫さんは、背の高さもあってまるで欧米の女優さんの様だった。
まだ制服を着ていなかった阿南さんがボソリと永野に呟く。
「結城中尉と柏原少佐は似合うとしても、我々にそれが似合いますか?」
「俺もそう思った」と永野も正直に言うと京子夫人は笑って言った。
「永野に陸軍の服を着ろと言っても屹度同じことを言うだろうし、阿南さんも海軍の制服を着るのは、お嫌でしょう」と。
阿南はさすがに海軍の軍服を着るのは抵抗がありますと、正直に答えた。
京子夫人の言葉に、永野は普段よりもご機嫌そうに笑いながら「俺も同じだ」と言ってジャケットを羽織ると、阿南も同じ様に服に袖を通した。
2人はお互いの姿を見ながら
「阿南君、なかなか似合うぞ」
「永野さんも」と言って笑った。
京子夫人は家から持ってきた「おはぎ」を置いて、「お国の未来をお願いします」と丁寧に頭を下げて帰り支度を始めたので私は折角来たのだからゆっくりしていって下さいと引き留めると京子夫人はニッコリと微笑んで私に言った。
「ありがとうございます。貴方たちに国を守るという使命があるように、私にも使命があります」と。
「貴女にも、使命?」
「そう。私の使命は、家庭を守ると言う事です」
“さすが永野さんの奥さん!”
いや、結婚して家庭を持つ主婦は誰しもそう思っているに違いない。
4人で「おはぎ」を食べながら、私は永野の顔を見た。
いままで見たこともないくらい、ご機嫌そうな顔。
永野の年齢から言えば、この4日間は相当体に堪えているはずなのに、そう言った感じがまるで見えない。
きっと京子夫人が来た事で、目には見えない特別な力を得た野田だろう。
家族とは、そういった他人にはない不思議な力を持っている。
永野の笑顔を見てあらためて思った。
重大な任務のために中国へ向かった兵士たちを、無事に家族のもとへ帰すことが我々の本当の使命なのだと。
「貰い!」
そのように考え事をしているとき薫さんの元気な声が耳に届きハッと我に返ると、京子夫人が持ってきたお重の中に沢山あった「おはぎ」は、いつの間にか最後の1個になっていた。
「あっ、それ!」
時すでに遅く、最後の1個は薫さんの箸に摘ままれ、彼女の口の中に。
「まだ私は2個しか食べていないんだぞ!」
「食べ物も戦力も、数ではなくて時間の使い方よ! いかにして、短時間に効率よく使うかが勝負の分かれ目。そうでしょう阿南副局長」
急に振られた阿南がニコニコしながら「いかにも!」と、そこだけ真面目に言った。
永野さんも笑いながら、結城中尉の言う通りだと言った。
……ってか、永野さん本当に薫さんを中尉に任命したのか!?
あらためて薫さんの制服を見ると、確かに彼女のジャケットに付いている肩章には星が二つ付いていた。
***あとがき***
作中に出て来る永野局長の奥様「永野京子」さまは、実在の人物で、終戦後戦犯として肺炎にかかり収容所の中で亡くなった夫「永野修身」の無念を悔いていらっしゃいました。
しかし夫の死後、同じ年に夫を追うように彼女もまた病に倒れて亡くられました。
その後、お二人の間に生まれた長女(夫の永野にしてみれば四女)の永野美紗子さんが、ご両親の無念と思い出を書いた小説「海よ永遠に : 元帥海軍大将永野修身の記録」を1994年に発行されました。
私は、この小説をまだ読んだことが無いのですが(手に入らない!)一度、読んでみたいと思います。
最後に永野京子さんが夫の無念を語ったとされる文章を掲載しておきます。
「あの常に悟り切っておる主人のこととてこれも国の為とあきらめるかもしれませんが、
終始一貫私心なく国家のために精忠を尽くした人がこれも国の為とはいえ、
あんなあわれなままで世を終わった事は余りにも気の毒で堪りません。
切角今迄辯護士さん達の事等にも種々御尽力頂きましたのにもうすべて空しくなりました。
またブラノンさんも国境を越えての情熱で一生懸命努力して下され、
奥山様と共に折角御熱心に遊ばして下さって居りましたのに まことにまことに残念です。
本当のことをわかって居てくださる方もありましょうが、真相を知らない多くの人々に誤解されたままでは何としても残念で気の毒でございます。
陸軍の様なやり方をして居ては、先にアメリカと戦争しなくてはならぬ様になると、
常に心痛しあれ程戦争を避け様避け様と努力していた主人が、
その陸軍と共にみなされて戦犯等といまわしい汚名を着て裁かれるとは
主人の言の如く かかる陸軍と共に同じ時代に一緒に仕事をしなければならなかったのは自分の不運と申しておりましたが本当に可哀相で御座います。
いつかは必ず本当の永野というふ人の偉大さがわかり此の精忠の顕はるる時のある様にと祈ります。
日本が亡びぬ限り必ずそういふ時のある事を堅く堅く信じて居ます」
たしかに京子さんの言う通りで、陸軍は勝手に満州国を作り、盧溝橋事件では本土の陸軍参謀本部から「不拡大」との命令を無視して牟田口大佐が師団を侵攻させたことで日中戦争は泥沼と化して行く。
それでも政府はどうにか中国との和解を試みるて使者を送ろうとするが、それさえも陸軍の盗聴により察知され阻まれてしまいました。
中国との戦争は、蒋介石を支援する米国との戦いでもあり、米国は次第に政治および経済的に圧力を強めます。
これ以上の経済的圧力には耐えられないと日本が悟ったとき、必ず負ける状況になる前、つまり少しでも勝ち、その成果をもって和平に持ちこむべく海軍は動いたに過ぎなかった。
もちろん海軍部内に於いても、対米強硬派は居ましたが、米内、永野、山本、井上は終始戦争を避けるべく活動しました。
京子夫人の文章には書かれていませんが、私はこのような責任を海軍が取らざるを得ないのであれば、ロンドン軍縮条約などに反対していた前任の伏見宮博恭王が責任を取るべきだったのではないかと思います。
こうして戦争は、終わっても、罪の所在も深く追求することなく、処罰を目的とした一方的な裁判が行われたことに失意を禁じ得ません。
その表情はニコニコとして明るい。
「京子、わざわざすまんな」
永野が婦人に声をかける。
“なるほど、この婦人は、永野の娘さんなのか!”
「すみません、遅くなってしまって。柏原さんと薫さんに案内してもらいましたわ。柏原さんには荷物まで持っていただいて有難うございます」
婦人は丁寧に頭を下げてから「アナタからも、お礼を言って下さいまし」と言った。
「アナタ!?」
その言葉に、私と薫さんはお互いの顔を見合わせたあと、婦人の方を向いた。
婦人はまた丁寧に頭を下げ「永野がいつもお世話になっております」と言った。
“この美人で上品な婦人が、永野局長の奥さん!?”
薫さんも同じことを思ったのか、再び私たちはお互いの顔を見合わせてた。
永野局長は過去4人の妻を娶っている。
京子夫人はその4人目の妻で、前の3人はいずれも病死している。
京子夫人も、前の夫とは死別していて再婚となるわけだが、それにしても若い奥さんをもらったものだ。
京子夫人が持ってきたものは、なんと大本営用の制服で、デザインも婦人によるもの。
濃いネービーブルーの開襟ジャケットは陸軍や海軍の制服とは違い、かなり洒落たデザイン。
私たち3人の制服は軍から支給されている物の寸法を参考にして既に出来上がった状態で渡されたが、薫さんの制服だけがまだ仮縫いの部分があり、これから本人に合わせて仕上げると言う事だったので私たちは一旦部屋から出された。
しばらく待たされたあと中から「入って来てもいいよ!」と、薫さんの元気な声がして我々は中に入ると、身なりを整えるふりをしたあと似合わない敬礼をして薫さんが言った。
「結城薫、本日より正式に大本営情報部中尉として着任します」と。
阿南が拍手をしたので、私も慌てて手を叩く。
手を叩きながら阿南が「よくお似合いです」と薫さんを褒めた。
白いワイシャツにジャケットと同色の濃紺のネクタイを締めた薫さんは、背の高さもあってまるで欧米の女優さんの様だった。
まだ制服を着ていなかった阿南さんがボソリと永野に呟く。
「結城中尉と柏原少佐は似合うとしても、我々にそれが似合いますか?」
「俺もそう思った」と永野も正直に言うと京子夫人は笑って言った。
「永野に陸軍の服を着ろと言っても屹度同じことを言うだろうし、阿南さんも海軍の制服を着るのは、お嫌でしょう」と。
阿南はさすがに海軍の軍服を着るのは抵抗がありますと、正直に答えた。
京子夫人の言葉に、永野は普段よりもご機嫌そうに笑いながら「俺も同じだ」と言ってジャケットを羽織ると、阿南も同じ様に服に袖を通した。
2人はお互いの姿を見ながら
「阿南君、なかなか似合うぞ」
「永野さんも」と言って笑った。
京子夫人は家から持ってきた「おはぎ」を置いて、「お国の未来をお願いします」と丁寧に頭を下げて帰り支度を始めたので私は折角来たのだからゆっくりしていって下さいと引き留めると京子夫人はニッコリと微笑んで私に言った。
「ありがとうございます。貴方たちに国を守るという使命があるように、私にも使命があります」と。
「貴女にも、使命?」
「そう。私の使命は、家庭を守ると言う事です」
“さすが永野さんの奥さん!”
いや、結婚して家庭を持つ主婦は誰しもそう思っているに違いない。
4人で「おはぎ」を食べながら、私は永野の顔を見た。
いままで見たこともないくらい、ご機嫌そうな顔。
永野の年齢から言えば、この4日間は相当体に堪えているはずなのに、そう言った感じがまるで見えない。
きっと京子夫人が来た事で、目には見えない特別な力を得た野田だろう。
家族とは、そういった他人にはない不思議な力を持っている。
永野の笑顔を見てあらためて思った。
重大な任務のために中国へ向かった兵士たちを、無事に家族のもとへ帰すことが我々の本当の使命なのだと。
「貰い!」
そのように考え事をしているとき薫さんの元気な声が耳に届きハッと我に返ると、京子夫人が持ってきたお重の中に沢山あった「おはぎ」は、いつの間にか最後の1個になっていた。
「あっ、それ!」
時すでに遅く、最後の1個は薫さんの箸に摘ままれ、彼女の口の中に。
「まだ私は2個しか食べていないんだぞ!」
「食べ物も戦力も、数ではなくて時間の使い方よ! いかにして、短時間に効率よく使うかが勝負の分かれ目。そうでしょう阿南副局長」
急に振られた阿南がニコニコしながら「いかにも!」と、そこだけ真面目に言った。
永野さんも笑いながら、結城中尉の言う通りだと言った。
……ってか、永野さん本当に薫さんを中尉に任命したのか!?
あらためて薫さんの制服を見ると、確かに彼女のジャケットに付いている肩章には星が二つ付いていた。
***あとがき***
作中に出て来る永野局長の奥様「永野京子」さまは、実在の人物で、終戦後戦犯として肺炎にかかり収容所の中で亡くなった夫「永野修身」の無念を悔いていらっしゃいました。
しかし夫の死後、同じ年に夫を追うように彼女もまた病に倒れて亡くられました。
その後、お二人の間に生まれた長女(夫の永野にしてみれば四女)の永野美紗子さんが、ご両親の無念と思い出を書いた小説「海よ永遠に : 元帥海軍大将永野修身の記録」を1994年に発行されました。
私は、この小説をまだ読んだことが無いのですが(手に入らない!)一度、読んでみたいと思います。
最後に永野京子さんが夫の無念を語ったとされる文章を掲載しておきます。
「あの常に悟り切っておる主人のこととてこれも国の為とあきらめるかもしれませんが、
終始一貫私心なく国家のために精忠を尽くした人がこれも国の為とはいえ、
あんなあわれなままで世を終わった事は余りにも気の毒で堪りません。
切角今迄辯護士さん達の事等にも種々御尽力頂きましたのにもうすべて空しくなりました。
またブラノンさんも国境を越えての情熱で一生懸命努力して下され、
奥山様と共に折角御熱心に遊ばして下さって居りましたのに まことにまことに残念です。
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日本が亡びぬ限り必ずそういふ時のある事を堅く堅く信じて居ます」
たしかに京子さんの言う通りで、陸軍は勝手に満州国を作り、盧溝橋事件では本土の陸軍参謀本部から「不拡大」との命令を無視して牟田口大佐が師団を侵攻させたことで日中戦争は泥沼と化して行く。
それでも政府はどうにか中国との和解を試みるて使者を送ろうとするが、それさえも陸軍の盗聴により察知され阻まれてしまいました。
中国との戦争は、蒋介石を支援する米国との戦いでもあり、米国は次第に政治および経済的に圧力を強めます。
これ以上の経済的圧力には耐えられないと日本が悟ったとき、必ず負ける状況になる前、つまり少しでも勝ち、その成果をもって和平に持ちこむべく海軍は動いたに過ぎなかった。
もちろん海軍部内に於いても、対米強硬派は居ましたが、米内、永野、山本、井上は終始戦争を避けるべく活動しました。
京子夫人の文章には書かれていませんが、私はこのような責任を海軍が取らざるを得ないのであれば、ロンドン軍縮条約などに反対していた前任の伏見宮博恭王が責任を取るべきだったのではないかと思います。
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