対米戦、準備せよ!

湖灯

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★10年前の日本へ★

【二・二六事件②】

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「全員守ると言っても、相手は1500人よ。警察に協力してもらったとしても、殺気立った完全武装の兵士にピストルで戦うことは無駄に死傷者が増えるだけで、それこそ元あった事件以上の被害が出るのは目に見えていると思うのだけど」結城薫が心配して言った。



 私は薫さんの心配を払拭するように明るく言葉を返した。

「考えがある。ついて来てくれる?」と。

「……いいわ」

 薫さんの言う通り、力で対抗するのは無理。

 むしろ力で対抗しようものなら、首都は戦場と化すかもしれない。

 クーデターの主要メンバーは分かっているが、まだ犯行前なので捕らえることはできないし、事件は有耶無耶に処理されていて黒幕が分かっていない以上彼らを何らかの理由で拘束したとしても奴らはすぐに代わりを用意するだろう。

 血気盛んな若者は盲目で利用しやすいうえ、この時代にはそういう若者は余るほど居る。



 柏原総一郎と結城薫はすぐに大本営を飛び出し、芝公園にある立憲政友会本部に向かった。

 (※立憲政友会=1900年(明治33年)に伊藤博文を初代総裁として結党。原敬、高橋是清、犬養毅など明治から昭和の戦前にかけて多くの総理大臣を輩出している)

 立憲政友会で鈴木喜三郎総裁に面会を求めたところ、病気療養中につき面会は叶わなかったが目的の人物である総理経験者で現大蔵大臣の高橋是清がたまたま居合わせるという幸運に巡り合い、彼に事の詳細を告げると「それは面白い!わたしがやろう‼」と同意してもらった。



 次に立憲民政党本部に出向き面会の趣旨と、既に政友会からは賛同を得ている旨を伝えると総理経験者であり民政党総裁の若槻礼次郎が興味を示し参加してくれる事になった。



 一応参加表明をしてくれた高橋と若槻の2人には、できるだけ警護はするが相手が相手だけに命の保証は出来かねる旨は伝えておいたが、2人とも「命を惜しんでいては政治などできない」と言ってくれた。

 2人の同意を得たうえで、予備役ながら海軍の代表として左近司中将にも会って話をして同意を得ることに成功した。



 3人の同意を取った上で、私はすぐに企画書を作成して日本放送協会に行き打ち合わせを行った。

 打ち合わせの内容は、ラジオによる政治討論会。

 お題は『今、国防と国民生活に必要な物はなにか』

 既に出演予定者とは交渉済みとあって、担当者も非常に高い関心を示してくれて直ぐに上層部に企画を通してくれた。



 企画は通り、後は日程調整の他に、放送協会から安全面の確保を懸念された。

「今回いただいた企画は国民の関心事にズバリと当てはまり、大いに盛り上がるでしょう。それにラジオ討論会と言う企画も目新しい。しかし討論の内容によっては軍部、特に今回は陸軍から演者が出ていませんので放送中に何かあっては困ります。問題はそこだけなのですが……」

 これに対して私は、大本営から30名の部隊を出すことを約束すると、先方も安心してすぐに日程調整に入ることを伝えてくれた。



「なんで討論会なの? 逆効果にならない??」

 放送協会からの帰りに腹が減ったので2人で寿司屋に寄ると、それまで黙って協力してくれていた薫さんが私に聞いてきた。

 たしかに二・二六事件を止めるのと、ラジオ討論会は全く関係ないばかりか、討論の内容次第ではそのテロリストたちを逆に煽る結果になりかねない。

 特に政友会の高橋是清は、陸海軍部の強硬派から目の敵にされている人物。

 私は薫さんに、正直に伝えた。

「逆効果を狙っている」と。

「逆効果⁉ それではテロリストたちが怒って、決行の時期を早めてしまうんじゃないの?」

「1回目の放送では、すぐにそうならないと思う」

「1回目の放送ってことはもう一回するってこと……でも2回目は、放送自体を潰しに掛かって来るわよ」

「2回目の放送も行われると思うよ」

「どうして?」

「1回目の放送に、陸軍から誰も呼んでいないから」

「どういうこと⁉」

 私は理由を話した。



 1回目の放送に不可欠だったのは、大蔵大臣として軍部の拡大要求を退けている高橋是清。

 彼は日銀総裁経験もある金融業界のプロで、犬養首相時代に4度目の蔵相を務めた際、世界恐慌によるデフレから日本を世界最速で脱出させた腕の持ち主で、昨今の軍備拡大がもたらす国民生活への影響を最も危惧している識者のひとり。

 しかも81歳とメンバーのうち最長老でもあり、討論会は彼のペースで進む。



 民政党総裁の若槻禮次郎もまた高橋是清と同じく蔵相と総理経験者で、おまけに日銀総裁経験者でもある。

 また第2次若槻内閣(昭和6年4月14日~同年12月13日)の際に領土不拡大方針を唱え、終戦工作にも大きく関わった人物。



 海軍予備役の左近司中将はロンドン軍縮条約締結に多大なる貢献をしたが、そのこと当時から今に至るまで海軍の強硬派と言われる『艦隊派』から疎んじられ予備役に落とされた経緯をもつが、彼もまた平和的終戦へと導くべく奔走した人物のひとりである。



 つまり、この3人による『今、国防と国民生活に必要な物はなにか』というお題の討論会では、軍備不拡大による国民生活と国力の向上という結論に達し、一般市民が多く聴くこの放送は大変な好評になることは間違いない。



 そして世間が軍拡から離れることを危惧した、特に陸軍は第1回の放送に陸軍関係者が参加していなかった事を理由に第2回の開催を迫って来るだろう。
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