【完結】婚約破棄されかけた令嬢は、走る。

❄️冬は つとめて

文字の大きさ
13 / 18

王妃様が、走る。

しおりを挟む
「お待ち下さい、フィーリア様!! 」
侍女が先を走る令嬢に声をかける。柔らかな白銀髪を靡かせ、紫色の瞳を後を追ってくる侍女に令嬢は顔を向ける。

「御髪が、御髪が、乱れてしまいます!! 」
「ドレスが、ドレスが、めちゃくちゃに!! 」
「汗をかけば、化粧が崩れてしまいます!! 」
フィーリアの後を追う、侍女達は必死に走る彼女に自重を促す。

「でも、サイオン様が待っておられますわ。急がなくては。」
「それでもです!! 」
「もう少し、速さを押さえて下さいませ!! 」
「乱れた姿をサイオン様に見られたいのですか!? 」
気持ちが急くフィーリアを、抑えるように乙女心に訴える。乙女心に訴えられたフィーリアは、少し足を遅めた。

「でも、サイオン様が…… 」
まさかフィーリアはサイオン殿下の婚約者に選ばれるとは思っていなかった、他国の侯爵令嬢である自分が。留学生としてこの国に来て、サイオン殿下と少し話が合っただけ。

大勢る令嬢の一人にすぎないし、数人の婚約者候補に選ばれただけに過ぎないとフィーリアは思っていた。

(サイオン様はとても素敵な方。)
自分より美しい令嬢も地位の高い令嬢もいる中、自分が選ばれるとは夢にも思わなかった。

(一番の後押しは、ダンサン様が何故か私を『ねぇ上』と呼ばれるのよね。きっと、王家に関係ない令嬢を『ねぇ上』と呼ばれるのは困るから私が選ばれたのね。それだけでは無く、私の国との繋がりにも丁度良いと思われたに違いないわ。)
決して自分はサイオン殿下に好かれているのではなく。

(これはあくまで、政略結婚よ。淡い期待なんかしちゃ駄目。私の片思いなんだから。) 
フィーリアは悲しそうに顔を伏せた。

(でもせめて、サイオン様の足手まといにはなりたくない。)
そう思うと、フィーリアの足はまた急いて動くのであった。

「「「フィーリア、お待ち下さい!! 」」」
侍女達との距離が離れていく。
護衛騎士二人を横につけ、フィーリアは走る。

「みっともなくってよ、フィーリア孃。」
髪を乱しながら走るフィーリアに叱咤の声があがった。

横の廊下から、現れた女性にフィーリアは挨拶をしようと止まろうとした。

「止まらなくても宜しくてよ、急いでいるのだから。」
「王妃様…… 」
王妃は貫禄ある専属の侍女を連れて、滑るように現れた。

不思議なことに、護衛騎士は走っているのに王妃と貫禄ある侍女三人は滑るように同じ速さでフィーリアの傍までやって来た。

髪もましてや、ドレスも乱れてはいない。

「フィーリア孃。いつ何時、わたくし達は何処からか見られるかわからないのですわ。」
王妃はきつく苦言を申す。

「わたくし達はいつ何時も、淑女でなくてはなりません。」
同じ速さで走る王妃は、ちらりとフィーリアを見る。乱れている髪やドレスを。

「わたくし達は優雅で、かつ華麗でなくてはなりません。」
滑るように横に並ぶ王妃は乱れているものはなにもない。

アップした髪は、優雅に揺れ、華麗なドレスは滑るように廊下を流れていた。それは貫禄ある王妃つきの侍女達も同じであった。

「わたくし達は水面に浮かぶ水鳥のようでなければなりません。例へ水の中では足をバタつかせていてもそれを人に見せてはならないのです。」
そう、王妃達はドレスのスカートに当たらないようその中で細かく足を動かし走っていたのだ。

「申し訳ございません、王妃様。」
「フィーリア孃も直ぐに出来るようになるわ。カーテシーの時のように、上半身を動かさず下半身だけを動かせばいいのだから。」
簡単に言ってのける王妃。

だがその後ろの貫禄ある侍女達も同じように動いているのだ。

「それに、わたくしの事はお母様と呼んでもいいのよ。」
「そんな…… 私は。」
目を反らすフィーリアに、王妃は強く言い放つ。

「自信をお持ちなさい、あなたはサイオンにのだから。」
「……私は、殿に選ばれただけで、サイオン様には…… 」
「まあ、おほほほほほっ!! 」
王妃はフィーリアの言葉に高笑いをした、走りながら。

「ダンサンはですが、サイオンが大好きですのよ。」
「そんな…… 阿呆の子だなんて。」
「サイオンの大好きな人を嗅ぎ分けて、ダイサンはを『ねぇ上』と呼んだのよ。」
「えっ。」
フィーリアは王妃の言葉に驚きを隠せなかった。

「サイオン様が、私を…… 」
「そうよ、自信をお持ちなさい。」
王妃は優しく微笑んだ。
その顔は、フィーリアの大好きなサイオンに似ていた。

「でも、サイオンも駄目ね。女性には言葉で伝えないといけないと教えなくては。」
そう言うと、王妃はフィーリアより早くその場を離れて行った。

同じように滑るように進む貫禄ある侍女を連れ、その横にで走る護衛騎士がいた。

「いつかは私もお義母様のように…… 」
フィーリア達も、急いで舞踏会会場へと走るのであった。



しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

[異世界恋愛短編集]お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?

石河 翠
恋愛
公爵令嬢レイラは、王太子の婚約者である。しかし王太子は男爵令嬢にうつつをぬかして、彼女のことを「悪役令嬢」と敵視する。さらに妃教育という名目で離宮に幽閉されてしまった。 面倒な仕事を王太子から押し付けられたレイラは、やがて王族をはじめとする国の要人たちから誰にも言えない愚痴や秘密を打ち明けられるようになる。 そんなレイラの唯一の楽しみは、離宮の庭にある東屋でお茶をすること。ある時からお茶の時間に雨が降ると、顔馴染みの文官が雨宿りにやってくるようになって……。 どんな理不尽にも静かに耐えていたヒロインと、そんなヒロインの笑顔を見るためならどんな努力も惜しまないヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 「お望み通り、悪役令嬢とやらになりましたわ。ご満足いただけたかしら?」、その他5篇の異世界恋愛短編集です。 この作品は、他サイトにも投稿しております。表紙は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:32749945)をおかりしております。

さよなら初恋。私をふったあなたが、後悔するまで

ミカン♬
恋愛
2025.10.11ホットランキング1位になりました。夢のようでとても嬉しいです! 読んでくださって、本当にありがとうございました😊 前世の記憶を持つオーレリアは可愛いものが大好き。 婚約者(内定)のメルキオは子供の頃結婚を約束した相手。彼は可愛い男の子でオーレリアの初恋の人だった。 一方メルキオの初恋の相手はオーレリアの従姉妹であるティオラ。ずっとオーレリアを悩ませる種だったのだが1年前に侯爵家の令息と婚約を果たし、オーレリアは安心していたのだが…… ティオラは婚約を解消されて、再びオーレリア達の仲に割り込んできた。 ★補足:ティオラは王都の学園に通うため、祖父が預かっている孫。養子ではありません。 ★補足:全ての嫡出子が爵位を受け継ぎ、次男でも爵位を名乗れる、緩い世界です。 2万字程度。なろう様にも投稿しています。 オーレリア・マイケント 伯爵令嬢(ヒロイン) レイン・ダーナン 男爵令嬢(親友) ティオラ (ヒロインの従姉妹) メルキオ・サーカズ 伯爵令息(ヒロインの恋人) マーキス・ガルシオ 侯爵令息(ティオラの元婚約者) ジークス・ガルシオ 侯爵令息(マーキスの兄)

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

処理中です...