悪役令嬢の弟。

❄️冬は つとめて

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オースト国の死神。

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その日、オースト国の王都は騒然とした。
砦を護る四人の馬に股がる将軍達の姿は、まるで今から戦に出る格好 鎧を纏っていた。
『漆黒の獅子』の名の如く、漆黒の鎧を。そして、彼の引き連れる馬に股がる兵士達もやはり鎧を纏っていた。
メラルド伯爵は深緑の鎧。
ファイア伯爵は紺碧の鎧。
メシスト伯爵は黒紫の鎧。
そして、引き連れる兵士達も所属の鎧を着ていた。

その勇姿に、王都の聴衆は興奮した。普段蔑んでいる豪の者だと言うのを、忘れたように。

「これは、いったい何事だ。」
客人である他国の王子を送るために、城門まで出張っていた王は軍事総長のレイズに話を振った。
「ランドール公爵、これはどう言う事だ? 」
レイズは城門の扉の前で、階段下に馬から降り控えるセラムに問うた。セラムは静かに顔を上げた。
「我ら是より砦まで帰るにあたり、客人を国境まで送り届けんと参上致しました。」
仰々しく応える。
英雄の名を持つ者を階段上から見下ろす王達三公は、優越感に慕っていた。
送り帰す客人の他国の王子達の驚愕の顔も、王達三公親子共々愉快でならなかった。
「これは凄いな。四人の死神が見られるとは。」
一人、驚く事もなく声を上げるアメリゴ帝国第二皇子リオル。
「あまりの迫力に、恐縮してしまいそうだ。」
一人、笑う。
「兄上。」
第三皇子のカバードは、既に恐縮していた。
だが、一番恐縮していたのはチャイニ国の第二王子のポカリスであった。
問題のあった侯爵ドービルは既に国に返し、今は一人。一身に四人の将軍の眼光が、自分に注がれているように感じていた。

「ポカリス・フット・チャイニ王子殿。このセラム国境の砦まで、王子殿をお送り致したく馳せ参じました。」
その眼光は鋭く、怖い。
「アイアン王よ、どうか王子殿をお送りする任を与え下さい。」
セラムは深々と頭を下げた。王は頷いた。
「良かろう。」
「ありがたき、幸せ。」

「いや、お待ち下さい。それは、余りにも厚遇。お断り致したく 」
「ポカリス王子殿。」
セラムはニカッと、笑った。
「失礼ながら、これは砦に戻るついで。ご遠慮なさらぬように。」
セラムの目が細まる。
「それとも、我に送られるのを拒む理由がお有りか? 」
「いや、それは。」
ポカリスは、目を反らした。
「ご遠慮なさらぬよう、なんなら王都までお送りすることもやぶさかで無い。」
後に三小隊程を引き連れたセラムが、恐ろしいことを言う。
ここ十年小競り合いも無いが、その軍功は恐ろし程轟いている。
戦場にて少人数で、数多の敵を屠ってきたか。自国では英雄と呼ばれ、他国では死神と呼ばれる面々が、その殺意を隠すことなくチャイニ国王子に注いでいた。
「いや、国境まででけっこう。」
ポカリス王子は、顔を引き攣らせて言う。
もしも、王都までついてきて鬨の声でも上げられたら。チャイニの王都に住む豪の者はどうなるか、考えるだけに怖ろしい。
「それは残念。チャイニ国に住む、我が同胞に会いたかったのだかな。」
セラムは笑いながら言った。
「まことに残念。」
「我らも方向さえ同じなら、チャイニ国の王子殿を国境までお送りできたのに。」
「ここは、セラム殿にお任せするしか御座らんな。」
後に控える、三将軍は声を上げた。
「いつか必ず。」
「近いうちにも。」
「我ら同胞に、会いたいものですね。」
そう言って、将軍達は笑い合った。



チャイニ国は、オースト国の西に位置する。王都から近い、馬車で半日の位置にセラムの護る砦がある。その砦の少し放れたところに関所がある。事が起これば直ぐ駆け付けられる距離だ。国境を別ける防壁は、北の亀裂から、南の岩山まで続いている。距離としては短いが、王都に近いため十五年前はよく小競り合いが続いていた。それをセラムの隊は、完膚無きほどにたたき返していた。
東のアメリゴ帝国の国境の防壁は、北の亀裂から海まで続き。その広い範囲を三つの砦が各位置で護っている。同じく、近くに関所が配置されている。その砦を、三人の将軍。三伯爵と呼ばれる豪の者が護っていた。アメリゴ帝国は軍事国家であるため、その攻撃は強く攻められる場所に防壁の上の道を通り駆け付け、三人の将軍が連携して護っていた。時にはセラムの一小隊が王都を横切り駆け付け、力を振るっていた。



絢爛豪華な馬車が、行く。
お付きの従者達と、その周りを囲うように黒い鎧を纏った兵士達を引き連れて。
どれ程の高貴な人が乗っているのかと、擦れ違う人々は羨望の眼差しでその一行を見ていた。
だが乗っているポカリス王子は、堪ったものではなかった。まるで針のむしろ、護送馬車に乗っているようだった。
「おのれ、あの馬鹿侯爵め。よくも私に、恥を掻かせて。」
恐怖と怒りと恥ずかしさが、ごっちゃになって王子はまだ見ぬ侯爵に、恨みつらみを重ねるのであった。


「女神と天使は、喜んでくれるだろうか。」
雄々しく馬に股がるセラムは、ボルトに問いかけた。
「ああ、堂に入ったものだった。」
ボルトは素直に称賛した。
「俺は、やれば出来る男だからな。」
セラムは笑った。
「だが、鎧が重いぞ。」
「諦めろ、俺だって重い。」
セラムとボルトは、溜息を付いた。
「こんな重い物を着て、動くのは辛いぞ。」
「仕方ないだろ、格好つけだ。」
セラムも他の兵士達も、鎧を脱ぎたかった。
彼等は戦の時には鎧を着ない、重くて動きが鈍るからだ。鎖かたびらを着て、胸当てくらいで戦に望む。俊敏性で敵を討つのが、豪の者の戦い方であった。
「セルビィも『格好いい。』と、褒めてくれただろ。」
「天使が褒めてくれたのだ、頑張るか。」
セラムは溜息を付く。
「チャイニ国に、圧力を掛けるためだ。頑張るれ。」
ボルトは、セラムの背を叩いた。
「関所で待つチャイニ国の迎えに、お前の勇姿を見せ付けてやれ。」

『そして、びびらせて下さい。』
セルビィが、微笑む。
『豪の者が、どれ程怒りを感じていることを。』
手を合わせて目を閉じる。
『直ぐにでも、豪の者を手放したくなる程に。』
セルビィの言葉を思い出す。

「目で射殺せ、セラム。」
「任しておけ。」
セラムは、声を上げて笑った。その声に、チャイニ国の者は生きた心地がしなかった。ただ早く、国境に関所に付くことを心から祈っていた。
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