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ー辺境の花嫁ー        ❉

イグニスの末裔。

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「して、その方の名は? 」
威厳を持って皇帝は、謁見の間に呆然と待たされていたイグニス国の辺境伯の隣りにいる者に声をかけた。

今は威厳を持って話しているが、先程まで玉座に正座し宰相にしがみついて懇願していたのは二人の目に焼き付いている。

だが見事皇帝は、宰相に考える事を考えさせ辞めさせたのである。

勝者皇帝。

敗者、根負けした宰相。

応援は元帥閣下。

「軍の食糧事情を変えたのだから、護衛騎士団の食糧事情考えましょう。」
そう言って来るのは明らかだったので、心の中では護衛騎士達も皇帝を応援していた。

考えるのを考えさせて、白紙に戻した皇帝陛下の人気はこの謁見の間ではうなぎ登りである。

得意げに、機嫌よく、皇帝は謁見の間に待たせていた約2名に声をかけた。

「して、その方の名は? 」

フードの被りを取ってから直ぐに捨て置かれたイグニス国王家の正統なる血統の者は、はっと気づいたように頭をさげた。

「私は、アンジー・フォン・シトニス。」 
ローブの片方を左手で持ち右手を胸にあてて礼をとり応える、しかし一度首を振り

「いえ、アンジュ・フォン・イグニスです。」
青色の瞳を煌めかせながら、アンジュは皇帝を見上げた。白銀の髪がサラリと流れた。

「ほう…… イグニスの末裔か。」
「はい、六十年ほど前に事故で王太子アレクサンドルは私の高祖父になります。」
アンジュは真剣な目で真実を告げる。

「王太子は生きていたか。」
皇帝はアンジュの横にいるグリストに目を向ける。

「我が曽祖父が王太子殿下を救い、シトニス辺境の地に匿ったのです。」
「何故、直ぐに名乗り出なかった。」
グリストに元帥が問いかけた。

「曽祖父達は、現王家の後ろ盾のニスラス国に対抗できる程の力を持っておりませんでした。匿うのが、せいぜい…… 」
「叔父上さま…… 」
グリストは悔しそうに俯いた。アンジュも叔父を見て静かに俯いた。

「それで、名乗り出たのは何故か? 」
「我が帝国に後ろ盾となって、王座を奪い取りたいと言うことか? 」
皇帝に続いて元帥も低い声で二人に問いかける。
 
「いいえ…… 」
アンジュは静かに首を振った。

「カサンドラ様にお会いしたいのです。」
アンジュは懇願するように皇帝達を見つめた。

「高祖父の最後の言葉を、伝えたいのです。力及ばず、助けられなかった事を後悔しておられたそうです。」
アンジュは右手を握りしめ、その手を左手でおさえた。祈るような形で、煌めく青い瞳を皇帝達に向ける。

「『姉上、お許しください』と、この言葉を遺言として残され伝えられてきました。」
「我が伯爵家も、陰ながら支援はできましたが会うことは叶わず。カサンドラ様には、弟君が生きながらえていた事すら伝えられずにいたのです。」
グリストは下ろした両腕の拳を握り締めた。悔しそうに話をする。

「ですが、今。カサンドラ様は、あの牢獄修道院を出て帝国に入られたと情報を手に入れ…… なんの前触れもなく訪れた事をお許し頂きたい。」
「叔父上さま……」
グリストは深く深く頭を下げた。

「お願いします。どうか、どうか、高祖父の最後の言葉を届ける事ができるようお許しください。」
アンジュも深く深く頭を下げた。

アンジュにとって、両親を病気で亡くし片親の親戚筋である高祖伯母こうそはくぼに会いたかったのもあった。

「王家奪還は望まぬ、と。」
皇帝の言葉に、アンジュは首を振るう。

「その悲願はあります。」
アンジュは強い目をして応えた。

「しかし今は、カサンドラ様にお会いする事が願いです。」
凛と立ち、目を向けるアンジュには王家の血を引く者としての威厳を備えていた。それは目を引くほどの美しさである。

「ふむ…… そなた美しいな。」
皇帝は、考えるようにアンジュを見据えた。








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