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戦うとみぃ

58話。アイリスのおねだり

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 アイリスの勝鬨に反応して、わぁっと周りから大きな歓声が聞こえてきたことでようやくハッとする。
 完全に見蕩れていたようだ。

「トミー! 倒しましたわ!」

 アイリスが剣を鞘に収め、俺へと向かって駆けてくる。

「凄かった。完勝だったね」

 これ、間違いなく俺より強いよね?
 最後の一撃とか俺がなんとか倒した伯爵級の悪魔ですら一刀両断しそうだもの。

「ご褒美が欲しいんですの!」
「ご褒美か、戦いの前に言ってたヤツだね。どうしたらいいの?」

 果たして何を要求されるのだろうか。
 俺に出来ることならいいのだけど……

「あのぅ……」
「ん?」

 是と答えると、急にアイリスは下を向いてモジモジし始めた。

 なんだろう、ついさっきまではまさに「戦乙女」といった感じであれだけ凛々しかったのに、今は庇護欲が誘われる雰囲気だ。

「そのぅ……」
「なに? どうしたの?」

 とんでもなく可愛いとは思うのだが、先程までの凛々しさとは真逆であり、とんでもない落差である。

「ギュッてしてくださいまし」
「え? なんて?」

 声が小さすぎてうまく聞き取れなかったんだと思う。
 だってアイリスが「ギュッてして」なんて言うはずがないんだもの。

「ハグを! ハグを所望しますわ!」
「ええ!?」

 顔を真っ赤に染めながらキッと俺を睨みつけるような目をして、アイリスはとてつもない爆弾を放り込んできた。
 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

「え? え?」
「トミー、約束しましたわよね?」
「約束はしたけど……」

 いいの?
 そんなのアイリスのご褒美というよりある意味何もしてない俺へのご褒美になっちゃうよ?

「早く!」

 さぁ! と言わんばかりにアイリスは両手を広げてハグを要求してくる。

 これ……やっちゃっていいんですかね?
 青少年健全育成条例とかに引っかかりませんよね?
 例によって内容は知らんけど。

「……訴えたりしない?」

 セクハラとかで。
 魔物との戦いにはそれなりに自信を持てるようになってきたけど、法廷での戦いは俺には無理だよ?

「しませんわ!」

 良かった。安心した。
 まぁこれまでにもお姫様抱っこやおんぶしてきた手前、今更ではあるんだけど確認は大切だよね。

「あー……うん、それがお望みなら構わないけど……」
「でしたら!」
「ここで?」

 悪魔討伐で大盛り上がりなこの場所で?
 討伐した本人であるアイリスって今絶賛注目の的だけど?

「むしろ今こそですわ!」
「なにがむしろなのかわからないけど……わかったよ」

 アイリスが望むのなら是非もない。
 俺は一歩踏み出してアイリスの目の前に立ってから、そっと抱き締めた。

「……硬い」
「鎧を脱ぐのを忘れていましたわ……」

 俺の作業服は不思議作業服なので、戦闘中はアイリスの鎧よりも高い防御性能を誇る。
 しかし平時には普通の作業服でしかないのだ。

 つまり何が言いたいのかというと、アイリスの鎧が硬くて痛い。
 飾りなのかなんなのかわからない突起が刺さって痛いのだ。

 まぁ逆にそれが有難いと思わなくもないわけで……

「トミー臭いですわ」

 アイリスは俺の胸元に顔を押付けながら以前鎧の調整を行っていたときと同じ言葉を呟いた。

 失礼な、ハグすると決まってすぐに魔力を流して新品に戻したから俺の臭いはしないはずです!

「前もそれ言ってたな……嫌ならもう離れるか?」
「前も言いましたが嫌ではありませんわ。もう少しこのままで。トミーの匂いは落ち着きますの」
「そ、そうなんだ……」

 良かった、パパ臭いって娘に言われる父親の気持ちを味わうことになるのかと戦々恐々としていたけど、どうやら杞憂のようだ。

 しかし俺の匂いで落ち着くのか……
 俺は逆にアイリスの髪の匂いでドキドキしてるんだけど……バレないかな?

「トミー、もっと強く」
「はいよ」

 さすがに今このタイミングで声が震えたりしたら格好悪いどころの騒ぎでは無い。
 気合いで震えそうになる声を押さえ付け、腕に込める力を増していく。

「ん?」

 俺が力を込めると、アイリスからも俺の背に腕を回してギュッと抱き着いてきた。

 あかん。これはあかんやつ。

 脳が沸騰してニヤケそうになるのを舌を思い切り噛んで我慢する。

「おい、あれ……」「使徒様と戦乙女様が抱き合ってるぞ!」「あの二人、もしかして……」「くぅぅ……なら俺はティファリーゼ様を!」「やめとけ死ぬぞ」

 ザワザワと周りの兵士や冒険者たちの騒ぐ声が聞こえてしまい、さらに顔が熱くなる。
 舌を噛む力を強めてなんとか耐えようとしたのだが、ちょっと血が出てきた。痛い……

 しかしこの距離で会話を拾えてしまうなんて、この世界に来て強化された聴覚が恐ろしい。
 あと、ティファリーゼはちゃんと元の状態で返してくれるのなら持って帰ってもいいよ。

「ん。もういいですわ」

 兵士や冒険者たちの会話がアイリスにも聞こえたのか、すごい速さで俺の腕の中から逃げてしまった。

 少し残念……いや俺何言ってるんだ。

「顔が赤いですわよ?」
「アイリスこそ真っ赤だよ」

 アイリスに顔が赤いことを指摘されてしまったが、アイリスも真っ赤である。
 アイリスにだけは言われたくない。

「城に戻ろう。討伐の報告もしないとだし」
「そう……ですわね」

 俺たちがレトフへと足を向けると、周りの兵士や冒険者たちも続いて歩き始める。

「やったじゃない」
「べ……別にわたくしは!」
「はいはい、お姉さんはわかってるからね」

 いつの間にか俺の背後に立っていたティファリーゼは俺たちが歩き始めると同時にアイリスを捕獲、俺から少し距離を取って何やら話し始めた。

 これは聞かない方がいいやつかな?

 俺は意識して二人の会話を聞かないようにしながら、振り返らずにレトフへと向けて歩くのだった。
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