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その近さ故に素直になれなかった
しおりを挟む俺はいつからかわからないほど昔から、世奈のことが好きだった。
家庭環境が他より複雑な世奈が、いつも寂しい思いをしていたのを俺は一番近くでずっと見てきた。
父親同士が元々親友だったのもあって、よくお互いの家を行き来していた俺は、家で両親から常に言われていたことがある。
「健。世奈ちゃんのお家は他とはちょっと違うから、なるべくあなたがそばにいてあげるのよ」
「そうだぞ。男は女を守ってあげるものだ。世奈ちゃんが悲しんでいたら、お前がそばにいてやれ」
俺の両親は、物心ついた頃から既に母親がいなかった世奈を、本当に不憫に思っていたようだった。
だから世奈の親父から子守を頼まれても快く受け入れていたし、世奈も交えて家族旅行に行ったりもした。
傍から見れば義理の兄妹のように育ってきたけど、何かあると絶対に俺を頼ってくれる世奈が可愛くて、俺は昔はわりと本気で「将来は世奈ちゃんと結婚するんだ」と、自然とそうなるとすら思っていた。
だから、俺は両親からの言いつけを守って、保育園や小学校低学年くらいまではいじめ等からしっかり世奈のことを守っていたけれど、それが変わってしまったのは、小学校二年生くらいになった頃だった。
「相沢、お前工藤のこと好きなんだろー!」
「え、うん。もちろん」
「ヒュー!ラブラブだぁー!」
「…」
その頃から、俺と世奈は一緒にいる度周りから冷やかされるようになってしまったのだ。
世奈ちゃんのことが好きなんだろと言われればそれは間違っていないし、俺も素直に頷いていたけど。
周りのクラスメイトや、しまいには友達の母親や先生にまで「可愛いカップルね」なんて言われて笑われる始末で、俺はそれまで普通に言えていた「世奈ちゃんのことが好き」という一言を、少しずつ言えなくなっていった。
…だって、世奈は知らないだろうけど、俺は幼かったわりに結構本気で好きだったんだよ。
「好き」という言葉を表にすることを、少しずつ「恥ずかしい」と思うようになっていった。
…そんなある日。
「お前らほんとラブラブだなー」
「もう一回チューしてみろよー!」
「ほら、もっとくっつけ!」
当時、世奈から頬にキスを貰った俺は、なんとそれを同じクラスの友達から見られていた。
そいつらはそう言ってやたら冷やかしてくるし、世奈にも手を出すから「お前ら世奈ちゃんに何するんだよ!」と結構本気で怒ったつもりだったが、俺のその一言も奴らには全く効かない。
それどころか一緒にいた世奈を俺の「お嫁さん」だの「チューしろ」だの「好きなんだろ」だの散々冷やかしてくるから、その空間に耐え切れなくなった俺は、つい世奈に言ってしまった。
「す、好きじゃねーよこんな女!」
「…え、」
「こいつがビービー泣くから一緒にいるだけで、俺はこいつの子守りしてやってるだけだって!」
そう言って、「お前いい加減離れろよ!」なんてつい世奈を突き飛ばしてしまう。
…因みに世奈にこんなに酷いことをしたのは、この瞬間が初めてだった。
世奈にとったら、俺のあの頃の態度は本当にいきなりでビックリさせてしまったかもしれない。
だけど俺はそれまでの小さな積み重ねにより、「世奈ちゃんを好き」だと表に出していることが実は恥ずかしいことだったんだ、と思ってしまった…。
その日から、俺は人が変わったように世奈に冷たくなった。
学校や街で声をかけられてもスルーして、自分から声をかけることなんてほとんどしない。
本当は大好きでそばにいたかったけど、それが「かっこ悪いこと」だと思っていたから、世奈が俺のせいで目の前で泣いてしまっても、昔のように優しく宥めるなんてことはしなくなった。
「ちょっと健!あんた今日また世奈ちゃん泣かしたんだって!?何やってんの!」
「…別に」
「まぁまぁ、よくある子供の喧嘩だろ?」
「でも…!」
「…」
そして世奈を泣かせる度、俺はたいてい家に帰ると母親にそう言って怒られていた。
だけど父親だけはそういう俺の心情をなんとなくわかってくれていたようで、いつも仲裁に入ってくれていた。
その頃の俺は、世奈にとっては悪魔だったと思う。
まともに会話をしないし、返事もしない、いじめられていても助けない、世奈が独りぼっちでいても知らんぷり。
俺がそんなだから、世奈はやがて俺を嫌うようになり、頼るのも俺じゃなくて勇斗くんになっていった。
しかし、そんな状態が長らく続いたある日。
俺は世奈のまさかの近況を人づてで聞かされることになる。
「なー、工藤さんて可愛くね?」
「それ俺も思ってた!」
「けどさ、工藤さんて今彼氏いるらしいよ」
「!?」
世奈は、しばらく顔も合わせないうちにいつの間にか俺ではない他の男の彼女になっていた。
「は…マジ?」
そしてその友達のまさかの情報に、思わず俺はそう呟く。
聞けば相手は世奈と同じクラスの男で、普段他の女子からも少しモテていて、世奈はそいつに告白されて付き合い始めたらしい。
…自分から世奈に冷たくしていたけど、世奈の隣にいるのは結局は俺だと思っていたのに。
だけどその男を筆頭に、世奈はその後相手をとっかえひっかえしては遊ぶようになってしまった。
「あっ。ねぇ工藤さん!工藤さんて、誰とでもデートしてくれるってマジ?」
世奈が彼氏をとっかえひっかえするようになってから、ほんの一年後。
とある日の校内の廊下で友達と屯っていると、そこへたまたま通りかかった世奈に俺の友達がそう声をかけた。
その当時俺の友達は、俺と世奈が幼馴染だということを知らず、だからまさか世奈に声をかけるとは思ってもみなかった俺は、内心少し焦ってしまう。
しかもその瞬間世奈となんとなく気まずく目が合って、だけど俺はすぐに逸らした。
この頃の世奈はさすが男をとっかえひっかえしているだけあって、随分可愛くなっていた。
昔から可愛くはあったけど、もうまともに目すら合わせられないくらい。
そして最近は学校でメイクをしているのか、余計に魅力的になっていた。
「工藤さんさぁ、放課後予定ある?サッカー部の部室に遊びにおいでよ」
「…っ」
「そうそう。俺たち部員みんな優しいからさ」
「みんなで、手取り足取り教えてあげるよ」
そしてそいつはそう言うと、馴れ馴れしく世奈の肩に腕を回す。
その光景を見て、内心俺は「触るんじゃねぇよ」と思っていた。
もちろん面白くはなかった。なかったけど、それを止める勇気の方が皆無だった俺は、周りの友達に合わせるように笑って言った。
「いやエッロ。もう既に触ってんじゃん」
そう言って、世奈の気持ちを考えないで仲間たちと笑い合う。
…しかし、笑い合っていたその時。
不意に世奈がゆっくりと俺の方を振り向いて、何を思ったのか俺の方に歩み寄って来た。
「…?」
そしてそのまま俺の目の前まで来ると、少し赤くなった目で俺のことを見上げる。
見れば世奈の目にはいつのまにか涙が滲んでいて、俺はそんな世奈を見た瞬間ちょっとビックリして固まった。
また世奈を泣かせてしまった。
しかし、そんなことを思う隙も無く…
「っ…!?」
突如、次の瞬間俺の頬に世奈の張り手が飛んで来る。
そしてその直後、世奈は涙声で俺に言った。
「あんた…最っ低…!」
そんな世奈の言動に俺たちがビックリしている間に、世奈はさっさとその場を後にした…。
…………
その後。あれから数年が経過して、高校二年生になった現在。
今、俺と世奈は恋人同士になって3か月が経とうとしている。
世奈は今、俺の部屋のベッドで特に危機感も無くスヤスヤと眠っていて、その姿が何とも愛おしい。
「…ごめんね。辛い思いばっかさせて」
俺はそんな世奈にそう呟くと、そのままそいつに優しいキスを落とした。
…俺は今まであんなに最低だったのに、どうして世奈は俺を選んでくれたのかな。
いつか、世奈の口からその理由を聞いてみたい…。
END
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