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10:渉と離ればなれ!?

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ある日の午後。
見覚えのある部屋で、ずっと、大人しく正座なんてしちゃってるあたし。
今日は、学校はお休み。
だから、また約束して渉の部屋に遊びに来た。

…それなのに。

「あ、ねぇ渉くーん。前にあたしが作った曲弾いてよー」
「何の曲?」
「あれだよ。ジャッジャカジャ!ジャ!ってはじまるヤツ!」
「あー、あれね」

…いったい、誰がこのコを呼んだ?
ってか、何で二人で盛り上がってるわけ?
今日は何故か、渉の部屋にはあの汐里さんまで来てるのだ。

…あれ?おかしいな。
あたしは今日も、渉と二人きりだって喜んでたのに。
それなのに汐里さんがここにいて、まるであたしなんていないかのように楽しんでいる。
さっきから、二人の話題についていけないし…。

「あ、あのさぁ…」
「あー!そうじゃなくて渉くん、違う方!」
「え?」
「…」

しかも、あたしが二人の間に割って入ろうとしても、わざとなのか必ず汐里さんに遮られる。
…ムカつく。
そう思ってあたしが不機嫌でいると、渉が見ていない間に汐里さんがクルリとあたしの方を向いて、憎たらしく、勝ち誇るように笑った。

「!!…~っ、」

やっぱ、絶対性格悪い、このコ。
汐里さんもきっと、渉の事が好きなんだと見た。
…両想いかよ。いい加減にしろ。
あたしはそう思いながら、やがて自分の鞄を持って二人に言った。

「…帰る」
「え、」

…きっと、この二人にしたらあたしは邪魔者だろうし。
このままここにいたら、あたしが不快な思いをするだけに決まってる。

だから、

しかしあたしが立ち上がると、そんなあたしに渉が言った。

「あ、待って!」
「…?」
「美希に、聴かせたい歌があるから聴いてよ」
「…」

そう言って、「座って」と促される。
その横で、汐里さんは面白くなさそうな顔。
…おまけに、物凄い勢いで睨まれた。こわい。
だけど渉にそう言われたら断れなくて、不機嫌ながらも、またちょこんと座る。

「菅谷さんが帰っちゃったら楽しくないよ~」
「…」

そして汐里さんは笑顔であたしにそう言って良いコを演じてるけど、なんかもう目が笑ってない。
その言葉にあたしは苦笑いで対応して、すぐに渉の方を向いた。

「なーに?新曲?」
「うん、デビュー出来るから、いっぱい作っときたいじゃん」

あたしが渉にそう問いかけると、渉は部屋にある椅子に座ってやがて弾き始めた。

…………

渉が歌い終えると、汐里さんが拍手をして言った。

「すごーい!やっぱデビューできるだけあってなんか違うね!変わった!」
「そう?」
「うん!まぁ、昨日“デビューする”って連絡きた時は正直心配だったけどねー」

汐里さんはそう言うと、少しからかうように、渉の頭を撫でる。
その光景に、またムッとするあたし。

…でも…昨日?

その汐里さんの何気ない言葉が、あたしの中で引っかかる。
…意外と、汐里さんに連絡したの…遅いな。
なかなか言えなかったんだろうか。都合が合わなかったりとかで。
あたしがそう疑問に思っていると、渉がその場から立ち上がって言った。

「…あ、二人とも喉渇いてない?今なんか持ってくるよ」

その渉の言葉に、汐里さんが「オレンジジュースがいい」って言って、「美希は?」って聞かれたけど汐里さんに合わせといた。
…オレンジジュースあるのかわからないけど。

そして、渉が部屋を後にして、急に汐里さんと二人きりになる。

「…、」

流れる沈黙。なんか、何も話せなくて。
でも、何を言われるのか、と身構えていたら、ふいに汐里さんがため息を吐いて、言った。

「はぁー」
「!」
「なんか最っ悪。今日は渉くんと二人だけかと思ってたのに、あんたまで来てるなんて」
「…」

いやいや、それこっちのセリフだし。
ってか、何。

「渉くんは皆に優しいから仕方ないけどー、正直、がっかり?みたいな。楽しい時間が台無しー」

そう言って、「なんか疲れたー」とまたため息を吐く。
…このセリフ、ほんと渉に聞かせてやりたい。
ってか、渉の前の話だと、汐里さんって良い人っぽかったのに。
良い人に聞こえたのは、汐里さんが渉の前で猫被ってたせいか。

あたしはそう思いつつ、

「ご、ごめんね」
「…」

とりあえず謝ってみると、そんなあたしに更に不機嫌そうに汐里さんが言う。

「ねぇ、」
「?」
「バカにしてない?」
「…え、」

そう言って、ずっと座っていた椅子から立ち上がり、すたすたとあたしの方に向かって歩いてくる。

ちょ、待て待て!
足!
普通に歩いてるけど、確か、汐里さんって歩けないんじゃ…!

あたしがそう思って、「え、足…!?」ってビックリしていると、そんなあたしを見て汐里さんが鼻で笑って言う。

「情けない顔」
「!」
「そんなのが生徒会長?笑わせないで」

汐里さんはそう言うと、明らかに元気な足で、あたしの足を踏む。

痛っ…!

「…っ、」

…けど、その言動にもうキレたあたしは、

「…ふざけんな、」

低い声でそう呟いて、汐里さんの襟元を両手で掴んだ。

「なに…!?」
「…っ…」

一方、あたしに反撃された汐里さんは、あたしの言葉と行動に、ビックリして目を見開く。
勢いよくつっかかると、その反動で汐里さんが床に倒れ込んで…

「きゃああああ!!」
「!」

だけど突如、汐里さんが大きな声で叫びだして、渉が部屋に戻ってきてしまった…。

「っ、どうしたの!?」
「…あ、」

…………

「何で、一生歩けないなんて嘘つくの」
「…ごめんなさい」

その後、驚かせた上に心配をかけてしまった渉に、事情を全て説明した。
一生歩けなかったはずの汐里さんが、実は簡単に歩けている、と聞いて、渉が不機嫌そうな顔で、汐里さんを見る。

…こんなに怒ってる渉の顔、初めて見た。
すると、そんな渉に、汐里さんが泣きそうな顔で話し始める。

「だってあたし…ずっと前から渉くんのこと凄く好きなんだもん」
「!」
「でも渉はどうなのかわからないし、その時事故にあって…でも、しばらく歩けなくなったのは本当だよ!凄い落ち込んだ!
…けど、不自由な足を、利用したら…渉くんは心配してくれるかなぁって」
「…」
「ダメもとで、あの時頼んでみたの。あたしの代わりに歌手になってって!」

汐里さんはそう言うと、ごめんねって渉に向かって頭を下げる。
…じゃあ、渉が今まで頑張ってきたのって、いったい何だったの?
渉はずっと、汐里さんのために頑張ってきて…

そう思いながら、あたしはチラリと渉に目を遣るけど…
一方の渉は、下を向いたまま、動かない。何も言葉を発しない。

「…渉くん…?」

あたしは…頑張ってる渉を、全てではないけどそれなりに見て来たし、デビューも、凄く喜んでいたのを知ってる。
そして、ふと蘇る。
前に言われた、渉の言葉が。

“もしかして、持田くん…その汐里さんのこと、好きなの?”
“はい、好きですよ”
“もう五年くらい片想いしてます。じゃなきゃ俺、今頃ミュージシャンなんて目指してません”
“俺、決めてるんです。汐里には、ちゃんとミュージシャンになって有名になれた時に告白しようって”
“なので、今は無理です。どちらも中途半端にはしたくないので”

…その言葉を思い出して、あたしは下唇を噛む。
渉は今、どんな気持ちでいるんだろう。
せっかく、ここまで来れたのに…。
あたしがそう思って黙っていると、そのうち渉がようやく口を開いて言った。

「……帰って」
「え、」
「もう…お前の顔、見たくない」

渉は汐里さんにそう言うと、冷たい眼差しを向ける。
その言葉と視線に、その場が一瞬にして凍りつく。
でも、汐里さんはその言葉に固まったままで…
座って動かないでいると、渉がもう一度、今度は少し強い口調で言った。

「帰って」
「!」

渉がそう言うのを聞くと、やがて汐里さんは怯えたような顔をして、その場を後にした…。

…………

「ごめんね」
「!」

あれから汐里さんが部屋を後にして、渉がそう言ったのはほんの数分後のことだった。
しばらくは少しの間沈黙が流れていたけれど、それを渉が破った。
だけどその言葉にあたしは何て言っていいのかわからなくて黙ったままでいると、また渉が言う。

「汐里のことで、迷惑かけてごめん。俺も、汐里があんなヤツだったなんて思わなくてさ」
「……」
「ほんと、ごめん」

その言葉に、あたしはゆっくり顔を上げて渉を見る。
渉…あたしのことなんていいのに。
渉の言葉を聞いても、あたしは渉自身のことが心配で。
気がつけば、何を言っていいかわからなかったはずが、いつの間にか口を開いて問いかけていた。

「渉は…」
「?」
「…平気?」
「…」

…あ、違う。そうじゃなくて、

「…な、なわけないよね!うん!汐里さんに嘘吐かれてたのに、平気でいられる方がおかしいもんね!」
「…」
「あたしが渉の立場だったら…そう!もう怒りで汐里さんを殴っちゃってるかも!ふざけんなーって!
だって、せっかくミュージシャン目指して頑張ってきたのに、その努力を全部潰されちゃったんだもん!」

「…」
「……」

あたしは半ば慌てて渉を励ますようにそう言うけれど、一方の渉はあたしの言葉が聞こえているのかいないのか、何も言葉を発しない。
ずっとあたしを見ずに、沈んだ顔でぼーっとしてて…その顔は、泣いていないのにまるで泣いてるみたい。
だからあたしは、少しだけ黙ったあと、渉の向かいに座って、言った。

「…あたしは、渉に何があっても、渉のこと応援してるよ」
「…?」
「渉がもしもミュージシャンのやる気をなくしたとしても、あたしは渉の歌が大好きだから、ずっと近くで聞いていたいの」
「…」
「ほら、何回も言ってるけど、あたしは渉のファンだから。だからずっと味方でいるよ。
汐里さんに裏切られちゃったんなら、今度はあたしのためにミュージシャンになってよ」

あたしは渉にそう言うと、わかってほしくて真剣に渉の目を見つめる。
最後の一言は少し照れくさかったけれど、あたしが渉の言葉を待っていたら…

次の瞬間、

「っ…!?」

ふいに突然、真正面から渉に抱きしめられた。
その瞬間、少しドキドキしていた心臓が、急に大きく高鳴りだす。
最初の一瞬は何をされてるのかがよくわからなかったけれど、理解するのにそう時間はかからなくて。

顔が、熱くなる。

「わ、渉…?」

それでもあたしは声を振り絞るようにそう言うと、ゆっくり、両腕を渉の背中に回した。
するとその時、あたしを抱きしめながら渉が言う。

「…ありがと」
「…」
「でも俺、美希には言わなかったけど…デビューの話、本当は…嬉しい“フリ”してた」
「…え」
「表じゃミュージシャンになるためにいろいろ努力はしてたし…まぁ嬉しい気持ちは少しはあったけど……デビューの話は複雑だったんだよ」

渉はそこまで言うと、あたしを抱きしめる両腕をゆっくり話して…あたしと目を合わせる。
だけど一方のあたしは、自分の顔が赤くなっていることがわかっているから、まともに渉の目を見れない。

しかもあたしがそうしていたら…その時、渉が言葉を続けて言った。

「でも今、美希の言葉で気持ち変わった。俺、頑張るよ」
「!」
「美希のためにも、頑張る」

渉はそう言うと、あたしに向かって力強く微笑んで見せる。
その言葉と笑顔に、あたしは安心して…

…よかった…。

しかしそう思ったのも束の間。
そんなあたしに、また渉が言った。

「だから……もうこうやって、逢えなくなるかも」
「…え?」
「…、」

…え、何?
何て、言ったの?
“逢えなくなる”?
…って、どういうこと?

「…なに…?」
「スカウトしてくれた、事務所に言われたんだ。デビューに向けてのレッスンに専念してほしいって」
「!」
「だから俺、実は……学校も、辞めることになった」
「!!」

渉のいきなりのその言葉に、一方のあたしは頭の中が真っ白になる。

やめるって。
急にそんなこと、言われたって。
…そりゃあ、確かにあたしは…

渉の言葉が衝撃的すぎて、そのあとの渉の言葉がほとんど入ってこない。

「…」
「ま、まぁほら、デビュー出来るんだから、言われてみればそれは仕方ないかなぁっていうか…」
「…」
「それが複雑でデビューはあんまり嬉しくなかったんだけど、今美希に言われて決心がついて……って、聞いてる?」
「…」
「…」

……嬉しいはずなのに、全然嬉しくない。
あたしがいつまでも黙ったままでいると、渉があたしの顔を覗き込んで来た。

「みーきー?」
「!」

…行かないで、って言いたいけれど、ミュージシャンになってって言ったのはあたし。
あたしを見る渉は、心配そうな顔をしてる…。
だから…

「…ご、ごめん。ちょっとビックリしちゃっただけ」

あたしはそう言うと、誤魔化すように笑った。
そして傍に置いてある鞄を手に取ると、渉に言う。

「…じゃあ、そろそろ帰るね」
「え、もう?」
「うん。…用事、あるから」
「…、」

そう言って、「ばいばい」って部屋を出ようとする。
でもそれは、すぐに渉に留められて。

「あ、待って!」
「!」

その言葉に、なに?って振り向いたら、渉が言った。

「あ、えっと…」
「?」
「……お、送ってくよ」

そう言って、先に部屋を出る。

「…?」

…それだけ?
何か他にも、言いかけたように見えたけどな…。
だけどその日はもう何も聞くこともなく、あたしは渉に家まで送って貰った。

……………

渉と別れた後は、薄暗い部屋であたしは独りぼーっと考えた。
座っているのは、リビングの新しいソファー。
最近は、家具を少しずつ揃えてだいぶ落ち着いて来た。

…それは、良かったのに。
さっき言われた、渉の言葉が脳裏をぐるぐる巡る。

“美希のためにも、頑張る”
“だから……もうこうやって、逢えなくなるかも”
“スカウトしてくれた、事務所に言われたんだ。デビューに向けてのレッスンに専念してほしいって”
“だから俺、実は学校も……辞めることになった”

「…っ…はぁ…」

その言葉を思い返した瞬間、自然と大きなため息が出た。
あれから、帰り道にそのことを改めて聞いたけれど、辞めるのは今から二週間後らしい。
それも学校側には伝え済みだと。
…それは、いいんだけどさ。
仕方ないって、わかってるのに。
もう会えなくなるかもしれないって思うと、寂しい。寂しすぎる。

あたしはそう思うと、もう一度、大きなため息を吐いた。

…────どうしようか。
ただでさえあたしは今、両親の仕事の事で悩んでいるんだ。
あたしもそこに就職すればお父さんやお母さんに逢えるけれど、渉には絶対に逢えない。
けど、だからといって断る?

あたしは独りだ。

正直、ずっとずっとずーっと、お父さんやお母さんと一緒に働ける日でも来れば、と願ってた。
それを断ってしまえば…。

「…~っ、」

でも、いろいろ考えるけれど、どうしたらいいのかわからなくて、ぼふ、とソファーに横たわる。
時計の針の音だけが、耳に入ってくる。
そして…その時突如やってきた、お父さんからの連絡。

「…もしもし」

どこかやるせない声でそれに出れば、そこからお父さんの声が聞こえてきた。

…あたしの答えは…





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