すきま時間にShort Love Storyを。

辻堂安古市

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カラー写真よりも鮮やかなセピア色の記憶

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 彼と別れたのは、もうどれくらい前だろう?



 もう10年……20……おっと、歳がバレるわね。高校を卒業した後になんとなく距離が遠くなって別れてしまったんだけど、別れた後も彼からは毎年「ハッピーバースデイ」のメールが届いていた。「おめでとう」と、簡単な近況報告。ただそれだけのもの。


 そのメールが、今年はこなかった。


 年に1回のメッセージのやり取り。彼の誕生日には私から送ってたから2回か?毎年来るのが当たり前。内容も別に大した事でもないし、量だってほんの少し。特に自分にとって重要とも思っていなかった。なのに、なんなの?この落ち着かない気持ちは?

 自分から「どうしたの?」とメッセージを送るのは癪に障るので送っていない。

 お互い年齢を重ね、それぞれパートナーを持っている。だから、こんなやり取りもいつかは消えてしまうのだろうとも思っていた。けど正直なところ、いつまでも続くだろうと思っていたのは、私のわがままだったのだろうか。このままフェードアウトしていくことなんて、結構あることだ。だけど、たった数言、たった年1回のメッセージが自分の心をこんなに左右するなんて、思ってもみなかった。

 そんな時に、ポストに私宛の手紙が届いた。今時珍しく封蝋がされていたそれを開けると、中には1枚のカードが入っていた。



 
『あなたの記憶、買い取らせていただきます』




 記憶を買い取る?不思議なことが書いてあるものだ。何かの悪戯だと最初は思ったのだが、何か妙にひっかかるものがあった。「記憶を売る」────そうね。これを機に、もう何もかも忘れてしまうのもいいかもしれない。いつまでも昔の思い出に浸っているのも、違うわよね。そう思って、私はカードに書いてあった電話番号に連絡をしてみた。電話に出たのは、男性の声。なんだか不思議な響きがあって、最初は疑って聞いていたのに、いつの間にかその内容を信頼してしまい、「数日後に直接伺わせていただきます」という言葉に「お願いします」とまで言ってしまった。私は詐欺に遭いやすい方なのかもしれない。





 約束の日が来た。

 今日でこの記憶ともお別れかと思うと、少し……いや、正直に言えば結構迷いがある。けど、もう決めたことだもの。それに忘れてしまえば、今のような気持になることももうないだろう。


「こんにちは~」

「あらずいぶん若いお嬢さま達なのね?電話口では男性の声だったんだけど?」

「申し訳ありません。サンジェル様……店主より代理として派遣されてきました助手のマホロです!」

「私はミサトと申します。よろしくお願いいたします」

「すみません、本当であれば店主が直接うかがう予定だったのですが、突然『残念ですが急用が入りました。こちらを持って先方に伺ってください』と言われまして。もし私達でご心配であれば、お詫びの品をお渡しするだけでも、と思ってお伺いしました」

「ふふふ……わざわざちょっと似てる風に言わなくてもいいわよ?大丈夫。今日はお話を聞いてもらうだけにしようと思ってたから、ちょうどいいわ。さ、そんなところにいつまでも立ってないでお入りなさい」

「すみません、それでは失礼します」
「失礼しま~す!」

 こんな時は、同性のほうがよかったのかもしれないわね。ちょっとした「女子会」?と思って、最後に不満をぶちまけちゃおうかしら。





◆◆◆

「─────それがきっかけでね、彼との『パンプキンパイ争奪戦』が始まったの。彼の悔しそうな顔を見るのは、楽しかったなぁ」

「アハハハ!でもいいなぁ。私もそんな青春、送ってみたかったなぁ」
「私もですよ。楽しそうですね」

「あらあら?あなた達もまだ若いんだから、これから幾らでも色んな経験できるわよ?」

「いやぁ~でも、実際現実ではメンドクサイって思っちゃって……良いことばっかじゃないし」
「そうそう。小説とかマンガみたいな展開なんて、そうそうある訳ないって思っちゃいますよね」

「そうねぇ。でもね、そんなこともいつかは『思い出』として変わっていったりするのよ。細部は忘れちゃうけど、ね。そうやって思い出って美化されていっちゃうのかしらね」

「美化……素敵じゃないですか。そういうの」


……素敵?そうなのかな。

 でも、本当は未練がないように、彼への文句とか、あまり良いとは言えない記憶を話そうと思ってたのに、いつの間にかそういったものも含めて笑い話にしてしまっていた。あの時もこんな風に笑い話にできていたら、彼と別れることもなかったかもしれない。そう思うと、わざわざこの記憶を失うことの意味がないように思えて……


「……ありがとう。あなた達と話せて良かった。迷っていたけど、やっぱり私、この記憶と一緒にいることにするわ。わざわざ来てくれたのに、ごめんなさいね」

「いいえ、とんでもございません。店主にはそのように伝えておきます。どうか、その記憶をお大事になさってください」
「またいつか、お話聞かせてくださいね」


 そうよね。この記憶は、私の一部だ。色褪せてしまってセピア色になってしまったとしても、それでも時々はっきりと胸に蘇るあの頃の、大切な1枚の写真だ。この記憶は、私の胸の内に大事にしまっておくことにしておこう。






 
 数日後、ふと見ると彼からメールが届いていた。怖さ半分、嬉しさ半分。少しドキドキしながら開いてみる。「メール」にここまでドキドキするのは、なんだか久しぶりだ。



 『ゴメン、インフルエンザに罹って寝込んでた。来年からちゃんと予防接種します(;´д`)』



 思わずクスリと笑ってしまった。
 あーあ。本当に何やってんだか。
 私も、彼も。
 
 それにしても、私をこんな気持にさせるになんて。
 ちょっと許せないわよね。
 さーてっと。
 どうしてくれようかしら。

 少しだけ弾むような気持ちを感じながら、私はスマホを操作し始めた。
 まずは一言、言ってやらなきゃね。



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