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bad end1.間違えた愛し他人
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しおりを挟むぶちぶちと、
内臓が潰され、死が近づく感覚に、どうしてか既視感を覚えた。
昨日までは、普通の馬だった。
人懐っこい子で、私が厩舎に入ると掃除の最中なのに『撫でて』とばかりに鼻で擦り寄ってくる。
飼い葉をよく食べるかわいい馬だったのに、それが突然人を襲う″魔獣″に変貌した。
魔獣が動物の突然変異体だという知識はあった。
それでもこんな突然当たり前の日々がなくなる実感なんて持ってなかった少女は今日もいつものように厩舎の扉を開け、
見慣れた姿の2倍3倍はある巨大な体躯が目に入った瞬間に声も忘れて腰を抜かし、自分に迫る絶望をただ噛み締めることしかできなかった。
ブロンドの毛は宵闇で染めたように真っ黒に逆立ち、
理性を無くした真っ赤な目が此方を見る。
それが″魔獣″であり、昨日まで自分が世話していた可愛い馬だと理解するとほぼ同時に、いつもは″撫でて″とかわいく擦り寄ってきていた馬がいななきを上げ巨大な体躯で猛進してきた。
ダンプカーに撥ねられたような衝撃が身を包んで、少女の小さな身体は扉を押し除け外まで放り出された。
そして自分の身に何が起きてるか知覚もしないまま、
少女″リセ″の理不尽な運命は終わりを告げた。
***
【実績解除】
『初めての死』の実績を解除しました。
これにより新たなステータスと、ストーリーが解放されます。
あなたの役割は″主人公″です。
″主人公″は自身の死を契機に過去へ戻り、人生をやり直すことが可能です。
あなたの目的が達成されお好みの″エンディング″を迎えられるまで、あなたは何度でもやり直すことができます。
***
死の間際、妙な文章が目の前に浮かび上がった。
文字が浮かぶなんて非現実的な現象だ。
書かれている内容も浮世離れしていて、
幻覚にしても支離滅裂としている。
だくだくと血が流れて、意識が朦朧としているのに。
やり直せるなら、やり直したいよ。
でも、なんでだろう。私、
前にもこんなふうに跳ね飛ばされて死んだ気がする。
『過去へ戻ります。心の準備はよろしいですか?』と誰かの声が聞こえた気がするけれど、少女は応答することもなく。
ただ、痛みから逃れるように意識を手放した。
『3』
『2』
『1』
•
•
•
「ギャオオオオオオッッッ‼︎‼︎」
いつも通り厩舎の扉を開けようとした手は、何故か強張って扉を開けなかった。その瞬間に厩舎の中からいつもの馬の声とは明らかに違う悍ましいいななきが聞こえて、リセは先程の光景を思い出した。
反射的に扉から手を離し、中から聞こえる足踏み音から逃げるように踵を返し走り出す。この扉の先に″何が居る″のかは、何故か見てもいないのに知っている確信があった。
(思い、出した。)
私、以前にもこんな風に死んだんだ。
あの時は車に撥ねられて、真っ赤なブレーキランプがあの馬の目の色によく似ていた。
なにこれ、なにこれ!? 異世界転生ってやつ?
今の私は前の自分じゃない
この牧歌的な世界に車なんて存在しないし、識字能力さえマトモにない貴族に仕える一端の厩舎員だ。
自分が死んだら過去に戻るなんて、
前世で好きだったネット小説の覚悟ガンギマリ主人公を思い出すけど、生憎私にそんな覚悟はない。
主人公ってなにそれ、
昨今はむしろアンチ主人公というか、悪役ものの方が定番だし。
ていうか死に戻るならせめてさあ!
今日の朝とかさ、ここに来る前まで巻き戻ってよ!!
こんなとこで″リスタート″されても、どこに逃げろっつーのよ!!!
心の中で誰に向けてか分からない罵倒を叫びながら、脳はアドレナリンを放出し痛みも忘れるほど必死に走った。
なのにバタンッと大きな衝撃音が背後から聞こえて、振り返ると巨大な体躯をした馬らしき魔獣が目を血走らせ此方を見ていた。
離れた山まで聞こえそうないななきをあげ、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。
死に戻っても結局これなら、何度も死を体感するだけの地獄じゃん。なんで、私、なんか悪いことしたっけ?
アドレナリンが大量に放出された頭は妙に冴え渡っていた。
巨大な体躯の魔獣、これほどの大きさなら一般の人間の手には負えないだろう。周りに人の気配はないし、
もしかして、みんな私を置いて逃げた…?
『ギャオオオオオオッッ』
私を追いかけてきた馬がいよいよ目の前に迫り、巨大な蹄が目の前に振りかぶって、少女は、ああ、もう駄目だ。と悟った。
瞬間、
パンッ、と小さな音が鳴って
目の前が真っ白に染まるほどの強烈な閃光が目の前を駆け抜けた。
人間の何倍もある巨体がサラサラと灰になって崩れていき、
その奥に、嘘みたいに綺麗な顔立ちをした青年が立っている。
「大丈夫?お嬢さん」
死に直面し過ぎて、頭が馬鹿になったんだろうか。
第一に思った感想は『顔が良い』だった。
人形が動いているのかと見間違うほど整った顔立ち。
長い深雪のような銀髪が風に靡いて、女性と見間違うほど艶やかな髪をしたその人から発せられた声の低さに驚く。
夕色の瞳に自分が映って、真っ白な手のひらを差し出される。
魔術師のローブを着た男性を見て命が助かったことに安堵すると同時に、何故だかまた強烈な既視感を覚えた。
わたし、この光景を知っている。
知っているのは本来の、血に塗れた魔獣を一瞬で消し炭にしたこの人が、地面に倒れている死体になった私を抱えて墓へ埋めてくれるまでゲームムービーだけど。
この恐ろしいほど美しい容姿をした男を、私は知っている。
そして、同時にこの第二の世界が私が思っていた牧歌的な世界ではなく、恐ろしく残酷で人の命が軽い世界であることも。
(嘘でしょ……?)
ああ、なんてところに生まれ変わってしまったんだろう。
この世界は、前世でプレイしていた乙女ゲーム『魔術物語~運命の相手~』の中だ。
この世界には魔獣と呼ばれる魔力に侵食された元動物が蔓延っていて、魔力がある人間は特に狙われる。
貴族優先の格差社会の闇か、魔獣を誘き寄せるための囮に使われて死んでいくのが当たり前の認識だった。
(なんでよりにもよって、この人に巡り合ってしまったんだろう)
魔術物語の主要の登場人物であり、私の最推しである″フレックス″。
物語よりもいくらか若いように見えるけど、
彼はゲーム本編で誰よりも強くて誰よりも頼り甲斐がある故にどのルートでも確実に死ぬ救いがないキャラだった。
最強の師匠キャラの死は主人公の成長を描く上で外せないんだろう。
攻略キャラによっていくつかのルート分岐があるゲームなのに、何故かこのフレックスだけは攻略ルートが用意されていないし、
ヒロインや攻略キャラに魔術を教える先生ポジションでプレイヤー人気が高いのに彼が助かるルートは追加コンテンツでさえ実装されず、どのルートを選択しても最後にはヒロインを守って死んでしまう悲劇的な運命が待っている。
(確かに彼が死ぬ運命を変えたいとは思ってたよ?思ってたけどさ)
死ねば何度でも過去に戻って運命をやり直すことができる。
それなら彼が知らないifストーリーを見つけ出すことは確かに出来るかもしれない。
でも何度死んでも心が折れないのなんて物語の中だけの話だ。
死を前に無様に腰を抜かして震えることしかできない自分なんかに何が出来る?
そう思うのに、
「立てるか?…うん、お前は強いな。魔獣から逃げてよく頑張った。怖かったろ?」
自分だって何度も危険な目には遭ってる筈なのに、
私の手を取って抱きしめてくれたフレックスを前に迷いが霧散していく気がした。
「胸糞悪ぃな、あいつら魔力がある子を囮にして逃げたのか」
うわ、マジでフレックスが喋ってる。
こんな至近距離で声聞けるとか神かよ。
ていうか魔力があったんだ私。
だからあの子は、魔獣になってすぐ私を追いかけてきたのかな。
「…お嬢さん、嫌じゃなければ俺と来るか?
魔術師の候補生になるが、ここよりはいい暮らしをさせると約束しよう」
嫌なわけなくない~~~???
推しに来いって言われて行かないやつとかいなくない~~~????
魔力があれば、訓練さえしたら魔術師になれるはずだよね。
フレックスの顔はまだ少し幼いし、成人していないように見えるからゲーム本編より時間軸が前なのかもしれない。
それなら、私が彼に並ぶくらい強い魔術師になればゲームのシナリオと違って彼が死ななくていい未来があるかもしれない。
「お嬢さんは随分痩せているし、飯も碌に食えてねぇんだろ?
俺が後継人になっていいなら、君に生きる術を教えてあげるよ。」
あーーー推しに飯の心配されるとか辛すぎるんですけど、
ただの任務中の拾い物の孤児の後継人になるとか優しすぎじゃん???
そんなだから死亡フラグ立てまくって早死にするんだよ~~~!!!
神に誓って無相応な願いなんてしないから、どうか運命を変えさせてほしい。
覚悟ガンギマリ系主人公のことをさっきは馬鹿にしたけど訂正するよ、私も推しのためなら覚悟決めれるかもしれない。
でも出来れば痛い思いはしたくないので、順当に魔術師として強くなって彼を守りたいと思う所存なんだけど。
ヒロインのことを死んでも守りたいと思えるくらい愛する運命にあるなら、ヒロインと彼の間に入ろうなんて考えない。
ただ彼が死ななくていい未来が見たいだけだから。
ヒロインが別の攻略キャラルートに行くにしても先生として生きたまま彼らを見送るフレックスの姿を見たいし
ヒロインとフレックスが結ばれるとしたら、幸せそうなフレックスを見たいと思うのがファン心理だ。
手を引く彼の手を握り返し、少女は答えた。
「一緒にいきます」
その言葉が後の呪いにはなるとは知らずに。
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