【R18】悪役令嬢は婚約者に囲われる。 (婚約者×悪役令嬢 R18短編集)

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【第三章】アラン×ブランシュ編

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『ブランシュ、君をエスコートさせてほしい』


アランから微笑み混じりにエスコートの申し出をされ、ブランシュは拙い笑みで返した。学園で行われるパーティーは出席者のほとんどが学生とはいえ、数年後には爵位を継ぎ貴族社会を支える子爵令嬢ばかりだ。
その場でエスコートをするということはつまり、自分の生涯のパートナーを周りに知らしめるということ。


月光を抱いた大理石の回廊を進むたび、ブランシュ・ベルフェゴールの靴音が静かな緊張を刻む。
腕を取るアラン・アヴェリルの歩幅は揺らがず、ブランシュに合わせた小さな歩幅で会場へと歩みを進めた。

ー…扉が開く。

シャンデリアの光が降り注ぎ、夜会のざわめきが一瞬で収束する。
かつて彼女を嘲笑で迎えた視線が、今宵は驚きと称賛に染まり、空気がやわらかく波打った。

「……あれがベルフェゴール令嬢?」
「なんて綺麗なの、まるで別人みたい」
「いや、違うわ。前から綺麗だったのよ。気づかなかっただけ」

囁きは毒を含まず、軽やかな音楽のように舞う。
ブランシュは胸奥がざわりと揺れるのを感じながら、深呼吸して微笑んだ。紫水晶色のドレスは侍女たちが総がかりで仕立てたもので、ハイウエストの切り替えが柔らかに身体の線を拾い、そこへアランが選んだ一輪の白い藤のブローチが映える。

そこへ、柔らかな香水の香りとともに現れたのは、ルビーの瞳が印象的なスカーレット・レヴィアタンとだった。
彼女は少しも躊躇せず、ブランシュの前に歩み寄ると、にっこりと笑った。

「ブランシュ。ようこそ、今夜の夜会へ。……本当に、お美しいわ」

ブランシュは目を瞬かせる。
勅命婚約によって″婚約者に愛されてはいけない″と枷を付けられた私たち、それでも変わらず強く美しいスカーレットにずっと憧れていた。そんな彼女に真っ直ぐな賞賛の言葉をかけられブランシュの瞳に涙が滲む。

「スカーレット様……ありがとうございます。お招きいただけて光栄です」
「私が招いたような言い方はやめてちょうだい。本当によく頑張ったわね。ねえ、皆さんもそう思いませんこと?」

周囲の令嬢たちが、先を争うように頷き、賛辞を添えた。
「ほんとうに素敵」
「あのドレス、どこの仕立てかしら」
声はどれも柔らかく、まるで春風のよう。

アランは敢えて半歩下がり、彼女に視線の中心を譲る。
それでも会場の熱は彼の存在を無視できず、侍女が運ぶ銀盆の上で杯が微かに震えた。
「アヴェリル侯爵家の御曹司と並ぶと完璧ね」
「お似合い……」
肯定の囁きの裏で、昔の嘲弄を覚えている者ほど目を伏せ、肩をすぼめた。



会場に緩やかなワルツの音が流れ始める。

「…ブランシュ、一曲踊らないかい?」
「わ、私…踊れません…」
「構わない。私がリードするから委ねてくれないかな」

ブランシュは僅かな逡巡の後、その手を取った。
社交場で踊るのは何年振りのことだろう。まだ何も知らない幼い少女だったとき以来だ。
旋回するたびスカートが波を描き、彼女の頬には淡い紅が差す。
円を描くたび、令嬢たちの羨望は熱を帯び、紳士たちは敬意を帯びた視線を投げた。

視界の端でスカーレットがクリスとワルツを踊っていることに気がつくと、同じ舞台に立てた喜びにブランシュの心は震えた。


最後の音が止む。
ぱん、と澄んだ拍手が広がり、ブランシュは気づく。
もう、嘲笑は聞こえない。



少し震える手をアランが包む。それは誇らしげでありながら、どこか切実に彼女を確かめる温度だった。


「…大丈夫かい?」
「…はい。ただ、驚いていました…、世界がこんなにも優しく見える夜があるなんて」


 アランは小さく息をつき、低い声で囁く。
「君の努力の賜物だよ。よく頑張ったね。」


ブランシュの胸に、かすかな痛みと温もりが同時に灯る。
歓談の輪へ誘われる彼女の背を、アランは静かに支えた。
今宵だけは、過去の冷笑も噂も遠く、演奏の音と笑みが彼女を祝福していた。









夜会の余韻がまだ室内に漂うなか、ブランシュは夜風に当たりたくてバルコニーへ出た。
花々の香りと華やかな演奏の音が遠くで混ざり合い、冷たい空気が彼女の熱を少しずつ落ち着かせていく。

まるで、夢のようだったー…、そう思う。

あれほど怖れていた社交界で、笑みを向けられ、名を呼ばれ、ドレスを褒められた。誰かの陰口に怯えながら隅で身を縮めていた頃には想像もつかなかった夜。
その中心に自分がいたことが、まだ信じられなかった。

けれど、そんな時だった。背後から、落ち着いた足音が近づく。

「……ここにいたんだね」

低く穏やかな声に、ブランシュは肩を揺らし、振り返った。
そこには、アランがいた。白い手袋を外し、手すりに片肘をつけて夜を見つめている。

「舞踏会、お疲れ様。とても綺麗だったよ。君に目を奪われなかった者はいない」

そう言って笑う顔は、どこか安堵を滲ませている。
けれど、ブランシュはその言葉に答えず、小さく息を吐いた。

「……ありがとうございます、アラン様」

その声音には、どこかしら終わりを覚悟したような翳りがあった。

「私、今日……ようやく分かった気がします」

アランが目を細める。

「何を?」

「今の私は、もうかつての私じゃない。……あなたの隣を歩くことを、怖がらずにいられるようになった。人に見られることも、ささやかれることも、きっと少しずつ平気になると思います」

淡い月光の下、ブランシュははっきりとアランを見た。
アランは心の奥が満たされたような瞳をして緩やかに微笑んでいた。努力が身を結ぶことの尊さを彼は誰よりも知っている。世界が手のひらを返して自分を招き入れる瞬間、自分がよく知るそれをブランシュも知ってくれたことが嬉しかった。
そして何より、彼女が自分の横で胸を張って立ってくれたことがアランの心を充足感に満たしあげた。

しかしブランシュの瞳にあるのは、
迷いと、そして微かな決意。




「だから、もう……私との婚約を、解いてください」




その一言に、アランの呼吸が止まった。
夜気までも凍りついたような沈黙が落ちる。

再び吸い込んだ彼の息は、先ほどまでの穏やかな温度を欠いていた。
かすかに瞳孔が収縮し、藤色の虹彩が硬質な光を帯びる。
ブランシュは思わず一歩後退した、
が、手首を包む指が逃がさない。
優しいはずの掌が、今は鋼のごとく冷たい輪を作っている。

「やり直したい、と言うのかい?」
低い声は笑っていた。けれど、その笑みは研ぎ澄まされた硝子の刃。

「い、いえ……やり直しではなく――」

「解く?」
語尾が刃物のように尖った。
会場から漏れる音楽が遠ざかり、風で揺れていたカーテンさえ動きを止める。
彼の影が月光を裂くように伸び、ブランシュの胸を圧迫した。

「僕の世界に、君を失う選択肢はない。最初から、これっぽっちも」

嗤いにも似た息が頬を撫で、背後の庭木がざわりと泣く。
アランの指がさらに力を帯び、ブランシュは思わず小さく喘いだ。
痛みはない。それなのに、狂気に染まるアランの威圧感に身体が硬直して思うように動けない。

「どこへ逃げても同じだよ。僕の目がある限り、君は見つかる」

囁きは甘い。けれどその甘さは虫をおびき寄せる蜜のように暗く濃い。
かつて憧れを抱いた優しい声色と同じはずなのに、別物だ。
鼓動が狂い、脳裏に警鐘が鳴る。

「わ、私は、アラン様の未来を……邪魔したくないだけなんです」

「未来?」
アランは微笑み、彼女の耳許へ顔を寄せた。

「私の婚約者は君だろう?私の未来は君と共にある、…そう約束したはずだ」


思い出せ、と言わんばかりのアランの様子に、ブランシュは言葉をなくした。
王様から課せられた勅命での婚約、政略結婚と何も変わらないはずなのに何故アラン様はこんなに解消を拒むのだろう。
アランの執着はブランシュにとってただただ疑問なだけで、彼が怒る理由さえわからなかった。それでも、確信だけが胸に食い込む。ここからは逃げられない、と。


「さあ戻ろう。曲が変わった。今宵残る時間、すべて私に捧げて」


有無を言わせぬ力で彼女を引き寄せる。
周囲には相変わらず賞賛のざわめきだけが漂い、誰も異変に気づかない。
月光の下、ブランシュの指先から血の気が引いていった。


微笑みの仮面を被った優しい婚約者の手は、どんな柵より固く彼女を拘束していた。





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