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しおりを挟む「…今、何と」
アルヴィンは傍らに座る少女の言葉が飲み込めなかった。
言葉が喉から戻り半睡するような気持ちの悪い感覚を覚え、理解しようとする頭に反して衝動的な吐き気を感じた。
「ですから、私、あのお話受けようと思うんです。」
聞き返してもなお、彼女は凛とした声で同じ言葉を言い切った。
——おかしい、なぜそうなる?
先日のこと、女癖の悪い貴族にミルティ嬢が目をつけられた。
自分の愛人になれば生涯研究費を出してやるという交換条件で、届いた手紙も婚約を前提にした見合い話ではなくあくまで彼女を自分の何人目かの女として手に入れないという劣悪なもの。
若さと身体にしか興味がない、彼女の才能の性格も未来も顧みない男の言動、行動に普段孤独を好む魔術師連中でさえ怒り狂い誰もが″何て馬鹿な話だと″憤った。
無論、俺も。
なのになぜ、踏み躙られたと怒るはずの当の本人だけが肯定的でいられる?
「お前は、何を言っているのか分かっているのか?」
——駄目だ、冷静になれ。
彼女は歳は成人しているが魔術ばかりに目をやって、常識や恋愛の類は赤子より未発達な所がある。
大人の俺が諭さなくては、一生後悔させるわけにはいかない。
ミルティは気迫に押されごくりと固唾を飲み込んだが、いつもアルヴィンに告白するときのような明るさはなく真剣な声で話しを切り出した。
「——あの、魔術塔のみんなには言わないでくださいね」
すぅ、小さく息を吸う。
「みんなが心配してくれたり怒ってくれるのは、嬉しいんですけど。……やっぱり私、どこまでいっても″魔術狂い″らしくて」
「大体、この歳でろくな婚約話もなかったし。両親もそろそろいい歳ですけど子供を見せるなんて夢のまた夢だし」
「正直愛されるとか大事にされるとか、どうでもいいんです。」
「身体ひらいて一生の魔術人生が得られるなら、私にとって悪くない交換条件なんですよ。」
「……なんて、そんなに悪い考えでしょうか。」
……なに、馬鹿なことを言っているんだ?この娘は。
脳の奥が熱で沸かしたように熱く煮えたぎるのを感じた。
視界がぐらりと歪み、真っ直ぐに見えていた彼女の性根が歪に歪んで腐ったものに唐突に見え出す。
愛されることがどうでもいい?
あれほど、顔を合わせるたびに俺に愛を語ってきた口でそれを言うのか。
女性として大事にされることも、幸せも、彼女にとっては魔術よりも軽くどうでもいいものらしい。
———なぜ、
毎日のように顔を合わせ。
その度子犬のようにこちらへ駆け寄ってきて幼児のように拙く愛を語る健気な姿に、いつからか加護欲が芽生えた。
男も恋愛も何も知らないこの呑気な娘が、悪い男に引っかからないなら自分に惚れているのも都合がいいかもしれない。
十以上も離れた歳の差だ。本気になんてならないが、彼女のことを本気で大切にしてくれる男がきて、彼女も心から共にいることを望んだなら迷いなく背中を押してやろう。そう思って過ごしてきた。
なのに、なぜ、
この娘は、魔術のためなら自らを平気で売り飛ばせるのか。
「———そうか、確かに君は、そういう奴だったな。」
そうだ。ミルティ・メイカージという人間は、どこまでも魔術に対しては愚かで。
命を失いかねない禁術の解説に名乗りを上げ、誰もが避ける研究に好んで手を出す。自分が興味があるもののためなら代償の大きさなど気に留めず突き進む。″魔術狂い″だ。
けれど、
成果を褒められ素直に照れる姿が、瞼の裏から離れない。
俺が魔術塔に赴くと手を止め真っ先にこちらへ駆け寄ってきた、褒めて褒めてと言わんばかりに研究の話しをして、よく懐く子犬のように思いつつも、彼女の素直さが俺には眩しかった。
彼女の幸せを願っていた。
歳の離れた俺では相手にならないとたかを括った。
彼女の愛を断り、それでも側で見守った。
いつか、彼女の背を見送る日が来ると信じていた。
「ミルティ嬢」
「ん、はい?」
魔術塔の誰にも話すつもりがない本音を、彼女は話してくれた。それだけ信用しているのだろう、俺のことを。
「俺は、賛同できない」
「…まあ、分かってました」
少し悲しそうに彼女が目を伏せる。
ふざけるなよ。君が進んで身を売るのを歓迎する男だと思っていたのか?
「しかし君が″そういう人間″だということは、理解しているつもりだ」
にこり、出来る限り温和を笑ったつもりだ。警戒されないように。
彼女は叱られた後の子犬のようにパッと顔を明るくして、俺が自分を認めてくれたと勘違いした顔をしている。
「だから、やり方を変えよう。」
「やり方?」
「ああ。
君は俺のことを愛していて、
魔術も愛しているんだろう?
なら別の男のものになるより、
俺が資金を用意して君を買う方がいいと思わないか。」
「———ぇ」
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