おとぎ話の結末

咲房

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訪問者

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 時は少し遡る。
 これは、日野晶馬が運命の波に翻弄されていた頃の話である──



〈SIDE藤代 訪問者・1〉

 俺は浪川なみかわ涼平りょうへい、一般人の代表とも言える平凡なβベータだ。俺には平泉ひらいずみ綾音あやねという、一般人とは少し違うΩオメガの幼なじみがいる。
 世間一般のΩの印象?それはあまり良いものではないな。
 発情すると家から出れないので仕事に影響するし、発情した時にαアルファがいればフェロモンに狂わされて性的事件になることもある。βに陰でαの性道具などと言われることもあるが、 まあそれはαの子供を産みたくても産めないβのやっかみだな。そんなんで会社や社会では嫌われたり差別されたりするが、小柄で力の弱い者が多いから碌な反論も出来ない。そんなんで今でもΩは社会的弱者の立場なのだ。
 だが綾音は違う。優秀なαが代々当主を務めてきた名門平泉家の嫡男で、系譜だと綾音自身も優秀なαを産む確率が非常に高い。そのため名立たる名家が彼を欲しがり、綾音もいずれ嫁ぐであろう名家に相応しくあるべく大事に育てられてきた。いわゆる深窓の令嬢、男だから深窓のご子息というわけだ。
 本来なら平凡なβの俺なんかとは接点がなさそうなものだが、子供には大人の事情なんて何も関係ない。近所の子としてぐいぐい引っ張って遊び回り、気付いた時には、か弱い幼なじみのボディガードみたいなもんになっていた。綾音も俺を頼り切ってるし、俺もポヤポヤしてるこいつが気になって放っとけない。
 そうやって一緒に育ってそのまま綾乃と同じ大学に進学すると、そこには稀少種が在籍していた。
 稀少種とはαの上位種だ。こんな市井しせいで学生生活をしているなんて珍しい。何故なら彼らの知能はずば抜けて高く、高度な教育を国の最高機関で短期間で済ませてすぐに世界で活躍する人物になるからだ。
 だがそれは綾音の傍で育ってきた俺だから知っている事で、一般には知られていない。学生たちは稀少種に畏敬と尊敬の眼差しを向けているものの、一学生として一緒にキャンパスライフを送っていた。

 優しくて明るい稀少種、藤代李玖。
 全てを包み込むような、穏やかな雰囲気オーラまとう彼に誰もが惹かれ、彼の周りはいつも人で溢れていた。綾音がすぐに心奪われ心酔したのも道理である。
 藤代さんの周りにいる人間は、大半が彼に心酔する綾音みたいなΩだが、ほかにも優秀なαのご学友や彼らをつがいにしようと狙うΩ、集ったΩをナンパしてイケナイ事をしようとする高村という人達みたいなチャラいαなど様々だ。

 そんな中綾音あやねは育ちの良さと家柄、そしてΩの中でも特に際立った美しさから藤代さんのつがいの最有力候補と言われている。今のところ綾音と張り合えるのは、化粧品と美容器具、健康食品等を全国に卸している天沼商会の一人息子、天沼あまぬま淳也じゅんやくらいだ。
 こちらは優秀なαを輩出してきた平泉家とは対照的に代々αを迎え入れて栄えてきた家系で、婿養子がヘボかった代は倒産寸前まで追い込まれている。つまりこの家の繁栄はどれだけ優秀なαを手に入れられるかに懸かっているのだ。なので淳也は自分の美貌を最大限に利用する、良く言えばアクティブ、悪く言えば肉食系のΩであった。おっとりとした綾音とは何もかもが対極の人間だ。



 ある日、淳也じゅんや綾音あやねに話しかけてきた。

「ねえ綾音さん、○○市の山の上の方、湖や美術館があるリゾート地帯になってるじゃない。あそこに平泉家の所有している別荘ありません?招待して頂きたいんですけど」
「えっ、○○市の山ですか?あそこは親戚が所有していますが、ほかのリゾート地ではいけませんか?長野の沢でしたらもっとお楽しみ頂けると思うのですけど……」
「ううん、○○市じゃないと駄目なの。あの山から市街地に下った辺りに藤代さんが住んでるマンションがあるんだ。だからみんなで別荘に行き、帰る時に立ち寄らせてもらおうよ」
「まあ!藤代さまそんな所にお住まいでしたの!でもご迷惑じゃないかしら。急に行っても入れていただけるかどうか……」
「入れてもらえなかったら諦めるよ。僕たちは別荘に遊びに行ったついでに少し寄らせてもらうだけだもの。そうでしょ?綾音さんは藤代さんの部屋、見たくない?」
「見たい!見たいです!ああ!藤代さまどんな暮らしをされてるのかしら!」
「でしょう?じゃあ別荘の件お願いするね。僕は他の子に声を掛けてみるよ」
「はいっ」

 淳也はそう言って颯爽と歩いていった。

(淳也の奴、綾音を利用しやがって……)

「涼平くん、藤代さまのお住まいを見れるかもしれないって!凄い!凄ーい!」
「……よかったな」

 俺は立ち去った淳也を忌々しい思いで見ていたが、純粋に喜ぶ綾音の様子に苦笑いになった。
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