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訪問者
訪問者・3
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「淳也君、駄目だよ、藤代さまのプライベートだよ」
「じゃあ見なきゃいいじゃない。大体ロックも掛けないなんて見てくださいって言ってるようなものでしょ。迂闊だな」
「自分の家なんだもの、掛けないよ。急に僕たちが来たからじゃない。駄目だってば!」
化学式に夢中になり、はっと気が付くと淳也と綾音が揉めていた。淳也がパソコンのモニターを覗いていたのだ。
「……やっぱり。ふふ、素敵だ」
意味深な淳也の独り言に画面を見ると、あろうことか履歴を探っていた。
「おい、やめろよ、プライバシーの侵害だぞ」
「あっ」
マウスをクリックする手を払いのけて履歴を止めた。画面は先週流れたニュースの画面で静止した。
「何すんだよ!気取ってるけどアンタたちだって稀少種の実態を探りに来たんじゃないか。折角のチャンスなんだから、稀少種がどれだけ利用できるか調べて帰ったらいいじゃない」
「利用って……僕、そんなつもりで来たんじゃないもん。ただ藤代さまの普段の生活が知りたくて……」
「はっ、綺麗事!お堅いね。そうだね、あんたの所にはこれくらいのこと、すぐ調べてくれる犬が沢山いるもんね。綾音さまはただそうやって綺麗な顔で笑ってればいいんだからいいよな」
「淳也!変な言い方すんな」
「うるさいよ駄犬。あーあ、シラケた。ま、知りたいことは大体分かったからもういいけどね」
俺はマウスを握って画面を閉じようとして、ある違和感に気が付いた。
「え……」
ちょっと待て、これ……おかしくないか……?
「何だよ、怖い顔して。……ああそれ、おととい捕まった議員じゃん。いい人キャラでテレビに出てたから、あんなヤバい奴だとは思わなかったわ……って、あんたこの事件知らなかったの?」
「いや……」
知ってる。今でも昼のワイドショーは賑わっている。しかしそれは……
「へえ。面白い」
ギクリ
いつの間にか藤代さんが入り口のドアに凭れ掛かっていた。
面白い?なにが?
藤代さんは俺を見ていた。俺が分かったことが面白い、だ。
“ 僕のことを知りたがっている者たちが分からなかったのに、興味のない君が分かった事が面白い ”
ゾワッとした。
藤代さんは分かっていたのだ。誰かがパソコンを見るのを。俺たちは見たんじゃない、見せられたんだ。俺たちが気付くかどうか試したんだ。
淳也が見たのは何だったのだろうか。それだってきっと見せられた情報の筈だ。
一体いつから見られていた?
誰が気付くか、気付かないか。気付いた後はどう行動するか。藤代さんは俺たちをずっと試して、観察していたんだ――
「藤代さま。勝手にパソコン見ちゃってごめんなさい……」
「ううん、大したもの入ってないから構わないよ。講義の資料に使いたいなら何か持っていくかい?貸すよ」
「いいえ、お勉強の内容が難しすぎて綾音にはちんぷんかんぷんです」
「そう?」
「あっ、でも涼平君なら分かるんじゃない?涼平君、頭いいもの。何かコピーさせてもらう?」
「いや、俺にも……難しくて……」
「遠慮はいらないよ。レポートにも何にでも好きに使ってどうぞ」
「いえ……」
何も知らない綾音が話を振ってくるが、俺も分からない振りをした。
「持ってっていいのに。僕には専門外の分野だから、その分野の人達に役立てて貰えれば嬉しいな。もし、ここにある資料で世界中の人々を少しでも救えるなら、ぜひ使って欲しい」
「!」
藤代さんのその言葉は、難病の構造式のことを差していて、俺が理解していることを知ってると暗に言っていた。分子式は既に分解され、再構築の過程も理論上導き出されている。特効薬という答えに辿り着いている構造式を、俺の手で世に広めよと言っているのだ。
優しい笑顔にゾクッとする。
本気で言ってんの?それとも俺を試す罠?
世紀の発見をこんな一介の学生に寄越すだろうか。俺が真に受けて発表したとして、誰が学生の世紀の大発見を信じるんだ。本当の発見者はすぐに分かるだろう。待つのは栄光か?いや、破滅だ。もしばれなかったとしても、一時の栄光を手に入れたその後は、ずっと藤代さんの影に怯えなくてはならない。良心の呵責と身の破滅の恐怖。どんなに甘い誘惑でもこれに手を出せる訳がない。
だが、これが俺じゃなくて例えば生体科学の研究者だったなら。例えば難病患者を抱える大学病院のドクターだったなら。破滅すると分かっていても手を出してしまうかもしれない。それどころか、目の前の栄光に目が眩んで辿り着く地獄さえ見えないかもしれない。
なのに、藤代さんはいつもと同じ優しい顔をして、何事もなさげに勧めるのだ。
きっと皆に見せる優しい顔は仮面なのだ。その下の顔は──
途端に藤代さんが得体のしれない存在に思えた。怖気が足元から這い上がり、それを振り払うように勢いよく立ち上がった。
「綾音、帰るぞ。藤代さん、用事を思い出したんで帰らせてもらいます」
「えっ?涼平君、急にどうしたの」
「あれ、そうなの?残念だな。じゃあ玄関まで見送りするよ」
「綾音さんさようなら。次は大学のカフェテリアで会いしましょうね」
「あ、はい、淳也さま。お先に失礼します。新学期にお会いしましょう」
綾音の手を引いて玄関に来て、靴を履き荷物を手に取った。綾音は藤代さんに挨拶をしている。
「藤代さま、訪問させていただき、ありがとうございました。藤代さまを身近に感じられて嬉しかったです」
「こっちこそお土産ありがとう。気を付けてお帰り」
「はい、失礼します」
「あ、そうだ。綾音さん待って、これ……」
「え……」
「綾音、行くぞー」
「あ、はーい。では藤代さま、淳也くん、お先に失礼させて頂きます」
俺たちは藤代さんのマンションを後にした。
「じゃあ見なきゃいいじゃない。大体ロックも掛けないなんて見てくださいって言ってるようなものでしょ。迂闊だな」
「自分の家なんだもの、掛けないよ。急に僕たちが来たからじゃない。駄目だってば!」
化学式に夢中になり、はっと気が付くと淳也と綾音が揉めていた。淳也がパソコンのモニターを覗いていたのだ。
「……やっぱり。ふふ、素敵だ」
意味深な淳也の独り言に画面を見ると、あろうことか履歴を探っていた。
「おい、やめろよ、プライバシーの侵害だぞ」
「あっ」
マウスをクリックする手を払いのけて履歴を止めた。画面は先週流れたニュースの画面で静止した。
「何すんだよ!気取ってるけどアンタたちだって稀少種の実態を探りに来たんじゃないか。折角のチャンスなんだから、稀少種がどれだけ利用できるか調べて帰ったらいいじゃない」
「利用って……僕、そんなつもりで来たんじゃないもん。ただ藤代さまの普段の生活が知りたくて……」
「はっ、綺麗事!お堅いね。そうだね、あんたの所にはこれくらいのこと、すぐ調べてくれる犬が沢山いるもんね。綾音さまはただそうやって綺麗な顔で笑ってればいいんだからいいよな」
「淳也!変な言い方すんな」
「うるさいよ駄犬。あーあ、シラケた。ま、知りたいことは大体分かったからもういいけどね」
俺はマウスを握って画面を閉じようとして、ある違和感に気が付いた。
「え……」
ちょっと待て、これ……おかしくないか……?
「何だよ、怖い顔して。……ああそれ、おととい捕まった議員じゃん。いい人キャラでテレビに出てたから、あんなヤバい奴だとは思わなかったわ……って、あんたこの事件知らなかったの?」
「いや……」
知ってる。今でも昼のワイドショーは賑わっている。しかしそれは……
「へえ。面白い」
ギクリ
いつの間にか藤代さんが入り口のドアに凭れ掛かっていた。
面白い?なにが?
藤代さんは俺を見ていた。俺が分かったことが面白い、だ。
“ 僕のことを知りたがっている者たちが分からなかったのに、興味のない君が分かった事が面白い ”
ゾワッとした。
藤代さんは分かっていたのだ。誰かがパソコンを見るのを。俺たちは見たんじゃない、見せられたんだ。俺たちが気付くかどうか試したんだ。
淳也が見たのは何だったのだろうか。それだってきっと見せられた情報の筈だ。
一体いつから見られていた?
誰が気付くか、気付かないか。気付いた後はどう行動するか。藤代さんは俺たちをずっと試して、観察していたんだ――
「藤代さま。勝手にパソコン見ちゃってごめんなさい……」
「ううん、大したもの入ってないから構わないよ。講義の資料に使いたいなら何か持っていくかい?貸すよ」
「いいえ、お勉強の内容が難しすぎて綾音にはちんぷんかんぷんです」
「そう?」
「あっ、でも涼平君なら分かるんじゃない?涼平君、頭いいもの。何かコピーさせてもらう?」
「いや、俺にも……難しくて……」
「遠慮はいらないよ。レポートにも何にでも好きに使ってどうぞ」
「いえ……」
何も知らない綾音が話を振ってくるが、俺も分からない振りをした。
「持ってっていいのに。僕には専門外の分野だから、その分野の人達に役立てて貰えれば嬉しいな。もし、ここにある資料で世界中の人々を少しでも救えるなら、ぜひ使って欲しい」
「!」
藤代さんのその言葉は、難病の構造式のことを差していて、俺が理解していることを知ってると暗に言っていた。分子式は既に分解され、再構築の過程も理論上導き出されている。特効薬という答えに辿り着いている構造式を、俺の手で世に広めよと言っているのだ。
優しい笑顔にゾクッとする。
本気で言ってんの?それとも俺を試す罠?
世紀の発見をこんな一介の学生に寄越すだろうか。俺が真に受けて発表したとして、誰が学生の世紀の大発見を信じるんだ。本当の発見者はすぐに分かるだろう。待つのは栄光か?いや、破滅だ。もしばれなかったとしても、一時の栄光を手に入れたその後は、ずっと藤代さんの影に怯えなくてはならない。良心の呵責と身の破滅の恐怖。どんなに甘い誘惑でもこれに手を出せる訳がない。
だが、これが俺じゃなくて例えば生体科学の研究者だったなら。例えば難病患者を抱える大学病院のドクターだったなら。破滅すると分かっていても手を出してしまうかもしれない。それどころか、目の前の栄光に目が眩んで辿り着く地獄さえ見えないかもしれない。
なのに、藤代さんはいつもと同じ優しい顔をして、何事もなさげに勧めるのだ。
きっと皆に見せる優しい顔は仮面なのだ。その下の顔は──
途端に藤代さんが得体のしれない存在に思えた。怖気が足元から這い上がり、それを振り払うように勢いよく立ち上がった。
「綾音、帰るぞ。藤代さん、用事を思い出したんで帰らせてもらいます」
「えっ?涼平君、急にどうしたの」
「あれ、そうなの?残念だな。じゃあ玄関まで見送りするよ」
「綾音さんさようなら。次は大学のカフェテリアで会いしましょうね」
「あ、はい、淳也さま。お先に失礼します。新学期にお会いしましょう」
綾音の手を引いて玄関に来て、靴を履き荷物を手に取った。綾音は藤代さんに挨拶をしている。
「藤代さま、訪問させていただき、ありがとうございました。藤代さまを身近に感じられて嬉しかったです」
「こっちこそお土産ありがとう。気を付けてお帰り」
「はい、失礼します」
「あ、そうだ。綾音さん待って、これ……」
「え……」
「綾音、行くぞー」
「あ、はーい。では藤代さま、淳也くん、お先に失礼させて頂きます」
俺たちは藤代さんのマンションを後にした。
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