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りぃ
鎖より重い
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つまづいて膝を付きそうになったら、りぃがぼくを掬いあげて受け止めてくれたので勢いのついたまま胸に飛び込む形になった。背広を着た大きなりぃの胸。りぃはすこし汗ばんでいた。途端にぼくを包んだりぃの匂い!
「どうしたの晶馬くん!大丈夫?」
(りぃだ……りぃだ!ほんもののりぃだ!)
「りぃ……りぃ!りぃ!ぅわーん。ぁーん。りぃぃ、あー……」
上から覗き込むこげ茶色の瞳が光を反射して時折金に見える。ぼやける世界でふたつのキラキラが瞬いて踊る。
「ぅあーん、ぅあぁ。りぃ、りぃー。りぃー」
「……」
ふと部屋に顔を向けたりぃがピクリと身じろぎした。
「不安だったんだね……」
「りぃ、りぃ、りぃい……」
「僕を呼んでいるの?」
うんうんと頷く。ずっと呼んでた。叫んでた。心が張り裂けそうだった。
傍にいて。いなくならないで。
いつの間にこんなに好きになってたんだろう。りぃ、僕はもうあなたのいなかった日々には戻れない。
「りぃ」
りぃは両手で僕のあごを掬い、涙をポロポロとこぼす僕の顔をじっと見た。
「りぃぃ」
「……まるで小鳥が鳴いてるみたいだ」
目元と両頬。口の端を伝ってあごへ。流れる涙をそっと吸われ、髪のそこかしこにもキスして宥められ、それでも止まらない涙を親指で拭われる。
「この前、晶馬くんは僕を大きな鳥に例えたね。だったら君は小鳥だ。可愛らしい僕の小鳥、泣かないでおくれよ」
「りぃ、りぃ」
ひっ、ひっと引きつけのようにしゃくりあげながら泣く。あとからあとから涙が溢れて止まらない。
「りぃ……りぃー」
りぃは、しがみつくぼくを抱えてベッドに運んだ。ぼくを張りつかせたままベッドの縁に並んで座る。
「困ったな、どうしたら泣き止んでくれるの?」
どうしたら?
ぼくはどうして涙が止まらないんだろう。りぃが無事に帰って来てくれてホッとして、嬉しくて緊張の糸が切れたから?安心したから涙が止まらないのかな。そうかもしれない。でも同時に気付いたことがある。
僕はこの先もきっと、りぃが離ているあいだに何度も同じ恐怖が訪れる。りぃが急にいなくなるんじゃないかという不安が一生僕に付き纏う。
りぃを好きになり過ぎた。いつの日かも、来るかどうかも分からないのに突然の別れが怖い。
死は生きとし生ける者なら当たり前の宿命。生きてる限り終わりは必ずやってくる。どちらかが取り残される恐怖は皆同じなんだ、我慢できないのはわがままだ。
それなのにぼくは不安に押しつぶされそう。
怖い、怖いよ、りぃ。
りぃを失ってひとりぼっちになりたくない。
「ううーっ、ひっ、ひっく、ひっく。りぃ、りぃ……」
僕はりぃの胸元に顔を埋めていやいやをした。
「晶馬くん……」
りぃは僕の頭を撫で続け、穏やかな声で名前を呼んだ。
「ねえ、僕は君の魔法使いだよ。君の願いを何でも叶えてあげる。僕に願いを言ってごらん」
願い?ぼくの願い?ぼくの願いは……
そんなの無理だよ。未来は誰にも見えっこない。起こってもいないことを止める事は誰にも出来ない。
僕はりぃの胸の中で顔を振った。
「信じられない?僕は晶馬くんが信じれば何でも出来るんだよ。だって君の魔法使いだもの。君は僕に願いを言うだけで何でも叶う。さあ、言ってみて」
あ……このやりとり……前にも……
そうだ、あの時だ。僕がヒートを一人で迎えて苦しんでいた時。りぃは今と同じように僕に願いを口に出させて、僕を助けに来てくれた。
あの時だって無理な筈だった。でもりぃは僕の運命を変えてくれた。
いいの?そんな事出来るの?僕のお願い聞いてくれるの?
「りぃ……」
ひくっ、ひくっ。
「言って。さあ」
僕を促す優しい声。
あの時と同じ、金色の瞳。
「……いなくならないで。置いてっちゃ……やだ。ひとりにしないで」
「いいよ、分かった。約束する、君を置いていかない。一人で急に死んだりしないよ。晶馬くんと離れている時は事故には絶対に遭わない、天災にも巻き込まれない。簡単だよ、警戒のアンテナを少し広げればいいだけだ。行く先の天気を予測し、交通機関の情報を掴み、運転手の健康状態や乗り合わせの客の様子を見て周りの危険も予測する」
言葉足らずで到底分からないだろう願いを、りぃは正確に読み取ってくれた。
「晶馬くんが信じることが出来ればこの魔法は成立する。どう?僕を信じられる?僕にそれが出来ると思うかい?」
僕を覗き込む金色の星が瞬いている。
出来る。知ってる。僕の魔法使いは何でも出来る。誰も出来ないと思っていた僕の運命ですら変えてくれたもん。
でも運命の鎖を切る方がもっと楽だ。だってこの願いはこの先ずっと続いていく。一生りぃに努力を強いる事になる。
そんなのだめ。僕は首を振った。
「お願い、晶馬くん。僕をずっと君の魔法使いでいさせて。君がうんと言わなければ僕は魔法使いになれないよ。君を幸せにしたいんだ」
りぃ。りぃ。
「それが僕の唯一の願いなんだ」
りぃの顔がよく見えない。
あごから涙の雫がぼたぼたと落ち続けるのをそのままに、瞬きもせずに見つめる。
この願いは運命の鎖よりずっと重い。
りぃ。
「……愛してる」
りぃはこれ以上もなく幸せそうな笑顔で僕に契約成立のキスをした。
「どうしたの晶馬くん!大丈夫?」
(りぃだ……りぃだ!ほんもののりぃだ!)
「りぃ……りぃ!りぃ!ぅわーん。ぁーん。りぃぃ、あー……」
上から覗き込むこげ茶色の瞳が光を反射して時折金に見える。ぼやける世界でふたつのキラキラが瞬いて踊る。
「ぅあーん、ぅあぁ。りぃ、りぃー。りぃー」
「……」
ふと部屋に顔を向けたりぃがピクリと身じろぎした。
「不安だったんだね……」
「りぃ、りぃ、りぃい……」
「僕を呼んでいるの?」
うんうんと頷く。ずっと呼んでた。叫んでた。心が張り裂けそうだった。
傍にいて。いなくならないで。
いつの間にこんなに好きになってたんだろう。りぃ、僕はもうあなたのいなかった日々には戻れない。
「りぃ」
りぃは両手で僕のあごを掬い、涙をポロポロとこぼす僕の顔をじっと見た。
「りぃぃ」
「……まるで小鳥が鳴いてるみたいだ」
目元と両頬。口の端を伝ってあごへ。流れる涙をそっと吸われ、髪のそこかしこにもキスして宥められ、それでも止まらない涙を親指で拭われる。
「この前、晶馬くんは僕を大きな鳥に例えたね。だったら君は小鳥だ。可愛らしい僕の小鳥、泣かないでおくれよ」
「りぃ、りぃ」
ひっ、ひっと引きつけのようにしゃくりあげながら泣く。あとからあとから涙が溢れて止まらない。
「りぃ……りぃー」
りぃは、しがみつくぼくを抱えてベッドに運んだ。ぼくを張りつかせたままベッドの縁に並んで座る。
「困ったな、どうしたら泣き止んでくれるの?」
どうしたら?
ぼくはどうして涙が止まらないんだろう。りぃが無事に帰って来てくれてホッとして、嬉しくて緊張の糸が切れたから?安心したから涙が止まらないのかな。そうかもしれない。でも同時に気付いたことがある。
僕はこの先もきっと、りぃが離ているあいだに何度も同じ恐怖が訪れる。りぃが急にいなくなるんじゃないかという不安が一生僕に付き纏う。
りぃを好きになり過ぎた。いつの日かも、来るかどうかも分からないのに突然の別れが怖い。
死は生きとし生ける者なら当たり前の宿命。生きてる限り終わりは必ずやってくる。どちらかが取り残される恐怖は皆同じなんだ、我慢できないのはわがままだ。
それなのにぼくは不安に押しつぶされそう。
怖い、怖いよ、りぃ。
りぃを失ってひとりぼっちになりたくない。
「ううーっ、ひっ、ひっく、ひっく。りぃ、りぃ……」
僕はりぃの胸元に顔を埋めていやいやをした。
「晶馬くん……」
りぃは僕の頭を撫で続け、穏やかな声で名前を呼んだ。
「ねえ、僕は君の魔法使いだよ。君の願いを何でも叶えてあげる。僕に願いを言ってごらん」
願い?ぼくの願い?ぼくの願いは……
そんなの無理だよ。未来は誰にも見えっこない。起こってもいないことを止める事は誰にも出来ない。
僕はりぃの胸の中で顔を振った。
「信じられない?僕は晶馬くんが信じれば何でも出来るんだよ。だって君の魔法使いだもの。君は僕に願いを言うだけで何でも叶う。さあ、言ってみて」
あ……このやりとり……前にも……
そうだ、あの時だ。僕がヒートを一人で迎えて苦しんでいた時。りぃは今と同じように僕に願いを口に出させて、僕を助けに来てくれた。
あの時だって無理な筈だった。でもりぃは僕の運命を変えてくれた。
いいの?そんな事出来るの?僕のお願い聞いてくれるの?
「りぃ……」
ひくっ、ひくっ。
「言って。さあ」
僕を促す優しい声。
あの時と同じ、金色の瞳。
「……いなくならないで。置いてっちゃ……やだ。ひとりにしないで」
「いいよ、分かった。約束する、君を置いていかない。一人で急に死んだりしないよ。晶馬くんと離れている時は事故には絶対に遭わない、天災にも巻き込まれない。簡単だよ、警戒のアンテナを少し広げればいいだけだ。行く先の天気を予測し、交通機関の情報を掴み、運転手の健康状態や乗り合わせの客の様子を見て周りの危険も予測する」
言葉足らずで到底分からないだろう願いを、りぃは正確に読み取ってくれた。
「晶馬くんが信じることが出来ればこの魔法は成立する。どう?僕を信じられる?僕にそれが出来ると思うかい?」
僕を覗き込む金色の星が瞬いている。
出来る。知ってる。僕の魔法使いは何でも出来る。誰も出来ないと思っていた僕の運命ですら変えてくれたもん。
でも運命の鎖を切る方がもっと楽だ。だってこの願いはこの先ずっと続いていく。一生りぃに努力を強いる事になる。
そんなのだめ。僕は首を振った。
「お願い、晶馬くん。僕をずっと君の魔法使いでいさせて。君がうんと言わなければ僕は魔法使いになれないよ。君を幸せにしたいんだ」
りぃ。りぃ。
「それが僕の唯一の願いなんだ」
りぃの顔がよく見えない。
あごから涙の雫がぼたぼたと落ち続けるのをそのままに、瞬きもせずに見つめる。
この願いは運命の鎖よりずっと重い。
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「……愛してる」
りぃはこれ以上もなく幸せそうな笑顔で僕に契約成立のキスをした。
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