おとぎ話の結末

咲房

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りぃ

Shutting from the Sky into Claustro phobia

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「もう独りじゃないよ。おいで」

 りぃはベッドの四隅の柱の紐を解き、周りをぐるっと柔らかな布で囲った。

「これでふたりぼっちだ。僕たちの他は何もない。怖いものは……ほら、もうない」

 りぃが隙間をピタリと閉じて世界を変えた。
 どうしてりぃは知ってたんだろ。
 世界はさっきまで怖いことばかりだった。そこでぼくはひとり震えてた。
 今、世界は薄い空色だ。ほおをなでる柔らかなそよ風がレースのようにそよいでいく。空には宝石みたいな色とりどりの星がたくさんキラキラ。下を見ていくとだんだん草の色になり、パステルカラーのタマゴ色やオレンジ色の花が風にそよいでいる。優しい風が吹く草原にりぃと二人きり。空に吸い込まれそう。

 この世界には雷も激しい雨もない。
 周りにあるのはぼくの宝物、ぼくの大好きな人。
 りぃと世界にふたりぼっち。
 怖いものはもうどこにもない。
僕は、りぃの腕の中で丸くなって美しい世界に溶けていった。




 ピーチチチチ……チュンチュン……ピルルルルルー
 森の中は大小さまざまな鳥たちの囀りで覆われていた。
 ここは鳥の楽園だ。どの鳥も美しい声で囀り、色とりどりの羽を広げて木々のあいだを飛び回っていた。太陽は明るく、気候も暖かく穏やかだ。
 その中で僕はガリガリで羽の色もくすんだ地味な鳥だった。

 光溢れる森に突如、天空からの影が落ちる。あれは鳳凰だ。
 いつも地上の鳥たちを高みから見守っている彼が、遥か彼方の空を広い翼で悠々と渡っていく。たなびく尾はまるで彗星だ。彼を見つけた僕らは自慢の羽を広げ、一斉に鳴いて我らが王を讃えた。

 ピルールルルルルル……
 チィーチーチィーチー
 デデポーポー、デデポーポー
 ピルルルーピルルルルー、
 ピルルーピルルー

 僕も小さな羽をバサバサして懸命に鳴く。
 リィ、リィ。リィ、リィ。
 チビのぼくは皆みたいに上手には鳴けない。

 ふと王の視線を感じた。王が下界をご覧になられているようだ。
(あ、金色)
 太陽を背にして遠く離れているのに何故か分かる。すると遥か上空の彼がスイッ……と降りてきた。どんどん大きくなる影。

 ピーッ!
 キエー!
 ピピー!
 ギャアギャア、ギャアギャア

 鳥たちは今度はみな恐慌をきたし、甲高い悲鳴のような声をあげて四方八方散り散りに飛び去ってしまった。
 王が醸し出すオーラが畏ろしかったのだ。彼には地上の者ならぬ圧倒的存在感があり、触れられれば存在が消し飛びそうな気さえする。鳥たちは生き物としての本能で怯え、逃げ出したのだ。
 ぼくもガタガタと震えて逃げようとした。でも彼の瞳がぼくを捉えて離さず、飛ぶどころか羽一本動かすことすらも出来なかった。
 王はぼくしかいなくなった森へと降りてきた。ぼくらが鳳凰だと思っていた姿は、形がはっきりとするごとに異様さを増していき、降り立った時には見たこともない化け物になった。
 少し離れたところにべチャリと水音をたてて着地した彼は、水蛇の尾を引きずり、粘液の跡を残しながら水かきのついた足で近づいてきた。
 翼には蝙蝠こうもりのように膜とかぎ爪があった。長い体はふさふさしたけものの毛皮に覆われ、顔には始祖鳥と同じく歯が並んだくちばしがある。頭の先から流れる髪かたてがみか分からない長い毛は上半身まで伸び、隙間から覗く頬には鱗が生えていた。毛が顔を覆い、表情は伺えない。
 キメラ。
 たくさんの生物が混在したようなこの生き物を、人はそう呼ぶだろう。

「リ……」

 ぼくは怯えて声にもならない音を出した。すると、異形の生き物がぼくに聞いた。

「私が恐ろしいか」

 ぼくはまだガタガタ震えていた。怖い。怖いけど……
 たてがみのあいだから覗く金の瞳が瞬きもせずにぼくを見ている。全てを見透かすようなその目を見ていると、心がぎゅうぅと絞られるような気がする。

「リ……」

 ぼくは知っている。彼が歩いた跡に残っている粘つく体液は傷の治りを早める効果がある。

「リィ……リィ……」

 コウモリは超音波が出せる。獣は素早く行動出来る。馬は早く走れる、魚は水の中をすいすい泳げる。それらの特性を持つ彼の体は万能だ。

(どうしておばあさんの口はそんなに大きいの?)
(それはお前を食べてしまう為さ)

 狼は「獣の姿は赤ずきんを食べるため」だと言った。でも彼のキメラの姿は僕を助けるため、僕との約束を守るためにある。

「リィリィ、リィリィ」

 怖くない、ぼく怖くないよ。
 羽をバサバサと振り、彼の周りをちょこちょこと跳ね回る。羽ばたいて毛に覆われた体に留まり、くちばしで毛繕いする。肩に乗ってたてがみも啄む。すると肩が小刻みに揺れて彼が笑ってる気配がした。

「くすぐったいよ、晶馬くん」

 いつのまにか彼は李玖りく先輩になっていた。ふと気付くと僕にも人間の手足が生えていた。

「りぃ」

 向かい合って抱きしめて名前を呼んだ。僕がついばんでいたたてがみは先輩の髪の毛に変わり、啄みはそのままキスになった。柔らかな髪を指で梳く。
 ほらね。怖くなんかない。

 だってあなたは僕の魔法使いだもの。



 おぼろげになった夢の名残を追いながら、僕は温もりに包まれてゆっくりと目を覚ました。
 あたたかい……。ああ、そうだった、先輩が帰ってきたんだ。大きな体が後ろから僕を抱きしめている。

「李玖せ、ゴホッゴホッ」

 呼び掛けたらひび割れた声が出てせた。のどが枯れてひりひりと痛む。そういえば目も腫れぼったくて重いし、まるで泣き叫んだあとみたいだ。

「痛……」

 先輩は僕の首にキスをしていた。キス?違う、これは舐めてるんだ。舌が肌を辿るたびにピリピリとした痛みが走る。

「起きた?おはよう」
「せんぱ……」

 パタパタと涙が零れた。
 僕は今、何故か悲しい気持ちになっている。それに僕の体を強く抱きしめて手首を掴んでいるこの状態はまるで拘束みたいだ。
 いったい何が……。

「大丈夫、怖い夢をみただけだよ」

 混乱する僕に、先輩がごめんね……と小さく呟いた。
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