おとぎ話の結末

咲房

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京都にて〈 side.藤代 〉

京都の夜・3

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「教授は我々稀少種をどのような存在だと捉えておいでですか?」
「稀少種を?そうですね……α‬の最上種であって、全ての性種の中で頭脳も肉体も桁違いに優れた人種で、言うなれば神に近い存在ですかね。人々も特効薬をあなた方が作ったと言えばやはりそうかとすんなりと受け入れます」
「その認識は正しい。だからこそ我々からは出せなかった。もし我々が出せば人々は労せずして薬を手に入れる事になります。稀少種だから簡単に出来たと考え、薬を作った過程や労力をさほど気にしないでしょう。神からのギフトのように甘んじて受け取り、それを当たり前と感じる。だがそうすると次に人類の壁となる問題が発生した時にも同じように稀少種に期待しませんか?自分たちで解決する努力をはなから放棄する可能性はありませんか?」
「それは……確かに期待するかもしれません。でも稀少種も人間です。同じ人類が解決するのだから誰がしても構わないのでは」
「我々を同じように人として捉えるならその通りです。ですが、我々の存在は異質なのです。我々は人の腹から生まれる人の子でありながら、人を凌ぐ知能と身体能力、そして人の持ち得ない獣の如き異能を所持しています。これらを備えた我々の存在は、稀《まれ》で、歪《いびつ》」

 わたしは教授を見据える金の瞳に力を込めた。
 途端に彼の顔からは血の気が引き、額に玉の汗が浮かんだ。蛇に睨まれたカエルのように体が硬直して震えている。

「お分かりですか?今、あなたの本能が私の異質を嗅ぎ取りましたね。人として神と感じたか、生き物として未知の化け物と捉えたかは分かりませんが、そう、我々の存在は異端イレギュラー。更に世界の総人口が数十億だというのに、たった一握りという少なさ。異端で絶滅危惧種レッドアニマル並みにまれな我々は、いつ自然の摂理に淘汰されてもおかしくはない存在なのです。そんな我々に依存する世の中を作るわけにはいきません。
 我々は自分たちを世界の観察者オブザーバーと位置づけます。世界の行く末を見守り、人類の発展に影から貢献することはやぶさかではありませんが、人類の支配も表立った介入もするつもりはないのです。
 人々には自分達で問題と向き合い、己の力だけで解決した歴史を重ね、発展していって欲しいと願っています」
「稀少種……あなた方は、なんという……」

 教授は初めて知る稀少種の実態に言葉がないようだった。私はそのまま話を続けた。

「教授、貴方はβベータだ。高い知能と身体能力を持つα‬アルファではなく、子を産む機能を体に割り振られたΩオメガでもない。人口の大多数を占め、全ての能力の平均値であるβである。しかし貴方はα‬が表舞台に多いこの社会で第一線で活躍を続けられてきました。その影には人一倍の努力があった筈です」
「そりゃあ、能力に差があっても努力で補えるならいくらでもする」
「その一般的なβでありながら努力でα‬と肩を並べている貴方が、α‬でさえ長年作れなかった難病の特効薬を開発出来たなら、それは己の能力に限界を感じているβやΩの希望になり、目標になります。貴方は我々の望む理想的な人物でした」
「そんな大層なもんじゃありませんよ。だいいちβの俺が教授になれたのは、あの大学がα‬やβ、Ωの区別をしないからです。努力した結果を重視してくれる実力主義の所だから」
「ええ、性種で差別することなく個々の能力を伸ばそうとする良い学校ですね」
「私は他の大学で准教授の助手をしていた時に、今の大学の創立者である学長に引き抜かれました。あのままそこにいたら助手で一生を終わったと思います。今の俺があるのはその学長のお陰です。今は亡きその学長にいくら感謝しても、し足りません」
「なるほど。では、その学長の親友で、大学の設立にも携わった稀少種をご存知ですか」
「ええ、その方なら直接お会いした事はありませんが、学長から仲の良さそうな様子をよく聞いてました。それが何か?……稀少種って、まさか」
「彼です。奥様のために薬の開発を始めたのも、そして貴方を指名したのも」
「その人が!?え、俺を指名!?」
「はい。この薬を託すには貴方が最も相応しいと。あの大学は二人の理想の元に設立されました。努力、平等、博愛。その信念に基づき、学長は貴方を他所から引き抜いて大学の教授に選任し、二人で我が子とも言える大学の行く末を見守ってきたのです。貴方の努力と実力もずっと見てきました。そして今回の研究に貴方を指名した。貴方は期待に見事に応え、特効薬を作り上げて世に出すに至った。私は無駄な候補を一つ取り除きはしましたが、実験自体には何も手を貸しませんでした。貴方と貴方の研究チームだけで新薬の開発にこぎつけたのです。
 教授、自分を誇りなさい。誰が最初に作ったかなどは関係ない。貴方は難病と向き合い、己と信頼する仲間の力のみで特効薬を開発した。これだけが事実です。貴方は私の行動に不信を持ちながらも途中放棄せず、研究を重ねて見事に特効薬を作りあげました。我々は貴方に感謝と尊敬の念を禁じえません」
「感謝だなんて……俺はずっと見守られてきたんだ……俺こそ学長とあなた方に何とお礼を言えばいいのか」

 教授は前の大学でα‬の准教授の助手だったが、嘘のつけない真っ直ぐな心根が災いして不遇な対応を受けてきたのだ。
 教授は初めて明かされる真実に驚きと感動で震え、感極まって潤んだ目をきつく閉じて口元を手で覆った。

「種明かしはこれで全てです。貴方の疑問は全て解けましたね。どうぞ明日の舞台は胸を張ってフラッシュと喝采を浴びて下さい」
「ありがとうございます。藤代さん……」

 僕は新しいお茶を淹れようとして目の前の二つの湯呑みを持って腰を上げた。すると彼が慌ててその手を止めようとした。

「それは俺が」
「いえ教授、これは僕が。稀少種としてのわたし・・・からの話はさっきのでお終いなので、ここからはいままで通り一人の大学生として僕に接して下さい」
「しかし」
「先程教授と相対したのは僕の稀少種としての部分です。でも僕は同時にあなたが教授をする大学の学生でもあります。学校生活を楽しみながらたくさんの事を学んでいる最中で、何よりまだ社会を知りません。教授よりずっと若造の、お尻の青いひよっ子なんですよ。教授はふんぞり返って僕をこき使うくらいで丁度いいんです」
「……流石にそれはもう無理だ」
「あはは」

 二つの湯呑みにお代わりのお茶を入れ、片方を教授の前に差し出した。

「ありがとう。じゃあ今までどおり藤代くんと呼ばせてもらうよ」

 教授の順応力の高さに僕は心のうちでそっと感謝した。

「じゃあ藤代くん、お願いがあるんだ。その学長の友達と合わせて欲しい。直接会って礼が言いたい。奥様の遺影にも手を合わせてご挨拶をさせて頂きたい」
「それはもちろん。喜ばれますよ。今、牧之原さんは稀少種の任務を退任されて僕のマンションの管理人をされてます。是非会いに来られて下さい」
「稀少種が管理人……」
「正式に言うとコンシェルジュですね。晶馬くんがそう言ってるから僕もつい言ってしまった。一時期は酷く沈んでましたけど、今は毎日楽しそうですよ。僕も晶馬くんもお世話になってます」
「晶馬くん?」
「はい、僕の大切な人です。大学の後輩の日野晶馬くん。彼に番になってもらいました」
「ええっ、キミに番が出来たのか?うちの大学の子だって?大ニュースだ、君を狙ってるΩの子達はショックだろうな」
「まだあまり知られていないので内緒にしてて下さいね」
「分かった。しかしそうか、とうとう藤代くんに番が。水くさいな、早く教えてくれよ」
「牧之原さんにも同じことを言われました。お二人は気が合いそうですね。嫌だな、あなた方は僕の恋バナを酒の肴にして盛り上がりそうだ」
「そうなのか。牧之原さんとはいい酒が飲めそうだ。そういえばしばらく飲んでなかったな。安心したら飲みたくなってきた」
「二日酔いでステージに出るのは勘弁してくださいよ」
「分かってるって。今晩は君が見張り役だから深酒はしない。そのかわり軽い晩酌に付き合ってくれよ」
「ええ。喜んでお相手させていただきます」



 その夜、僕と教授は予約していた老舗の店で創作和食に舌鼓を打った。教授も北陸の銘酒にほろ酔いで上機嫌だ。部屋の窓から見える川の水面が月明かりに照らされて輝いている。

(そのうち晶馬くんともこんな風に旅行がしたいな)

 美味しい和食と綺麗な川面、そして静かなせせらぎの音。君が今ここにいたならどんな可愛い表情をしてくれたんだろう。先ほど電話をしたらレポートも順調に進んでるようだった。根を詰め過ぎてないといいけど。
 何をしても君を思い出す。美味しい食べ物も綺麗な景色も、君が喜ぶものは何でもあげたい。

(早く帰りたい)

 今朝別れたばかりなのにもう会いたいだなんて、自分の考えに苦笑いが出る。
 だけど誰かを想って胸が熱くなることも、会いたくて焦れることも初めてなのだ。
 心の中に彼の存在が根付いているのが分かる。晶馬くんの事を考えると自然と笑顔になる。

(会いたいな……)

 おやすみ、晶馬くん。
 京都の夜は彼を想いながら穏やかに更けていった。
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