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旅の終わり
期待と恐怖と
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「高村さんは初めて僕の家に来た時、沢山の食べ物を持ってきてた。気が付けば発情期は終わってて彼はもう居なくなってた。食べ終わった容器と残りカスがたくさん部屋に残ってるだけだった。ゴミの量は一人で食べるには多すぎて、半端に食べ散らかしたものもあって、無理に食べた感じもあった。ゴミ箱を開けると割り箸がもう一本捨ててあって、あれ、って思ったんだ。高村さんは僕にも用意してたのかな、って。じゃあ何で隠すように捨てたんだろう。
高村さんは最初は徹底して僕を玩具扱いする気みたいだった。卑猥な言葉を言わされたり僕が想像した事もないポーズを取らされたりした。でもそれは最初だけで、そのうち何も変なことは強要されなくなった。
皆が高村さんは女の子のお尻を追っかける最低野郎とかいい加減野郎とか言ってたけど、だんだん僕にはそこまで酷い人じゃなさそうに思えてきた。彼が僕に暴力を振るった事は一度もなかった。傷は自分で作ったものだし、むしろ僕が傷を作らないよう手を抑えてた。
だけど、誰もそれに気付いてない。僕が自分で体を引っ掻いて傷だらけになったのに、全部高村さんのせいにされてた。自分でやったって言っても周りはそうは取ってくれなかったし、高村さんも誤解を解こうとはしなかった。まるで、他人にも高村さん自身にも悪ぶってみせてるみたい……そう、悪い自分を演じてるみたいだった。
どうして?
ふと、もしかして高村さんは僕じゃなくΩという存在を憎んでるんじゃないかって思った。昔Ωと何かがあり、傷ついた事があるんじゃないかって。だからΩに復讐する気持ちで最初のころ僕を必要以上に手酷く扱ったんじゃないかな、と。
そのことに気付いたのが僕一人なら、高村さんの傷を塞ぐのは僕にしか出来ないだろう。あの時僕は高村さんの《運命の番》で、彼に一番近いΩだったのだから。僕を見て酷いことするって言う皆の誤解を解けるのも僕しかいなかったんだ。でも僕は自分の苦しみで精一杯だった。
もし高村さんを救いたいなら、僕の全てを明け渡さなければならない。半端な気持ちじゃ傷に触れちゃいけないと思ったんだ。でも僕はどうしても先輩への思いを手放せなくて、高村さんと向き合えなかった。
なのに体は高村さんを欲しがるんだ。僕は醜かった。高村さんを救えないのに自分ばかり満足させてもらいたがった。体はもっともっとって欲しがった。項を噛んでって懇願する癖に、噛まれない事にホッとした。
体と心がバラバラだった。全てが醜い自分が嫌で、こんな汚い自分は消えてしまえばいいのにって体を引っ掻いた。本当なら先輩を諦めて、全てを明け渡して彼を」
「もういい!言わないで!」
先輩が大声で僕の懺悔を遮った。
「これ以上聞けない……」
僕を見ていた目線を切り、苦しそうな声を絞り出した。
「これじゃあ、まるで、君が……。僕が君たちを……」
「え、」
僕が、何?先輩が僕たちを?
続く台詞は何だ?
(……カレヲスキデ、ヒキサイタミタイダ)
ブワッと総毛立った。血の気がザッと引いた。
「違う!違う!違うよ!!」
僕はりぃに力いっぱいしがみついて至近距離で訴えた。
「違う!誤解しないで!嫌だ、誤解しちゃ嫌だ!」
頭がグワングワンして涙がいっぺんに溢れて流れ落ちた。
「りぃだけだ!りぃだけが好きだったんだ!誤解しちゃ嫌だあ!!嫌いにならないでっ、」
気持ちを疑われるのはこんなに怖いことだったんだ。
怖い!怖いっ!りぃに嫌われたくない、嫌だ、僕を、疑わないで!
「りぃ!嫌だっんっ、んぐっ、」
りぃが噛み付くように僕の唇を奪った。息も出来ないほど激しく、深く貪られる。
「ん……んん……ぅ……」
僕もりぃに舌を絡めて必死でついていく。
「んん、は、……んんっ、ぁ………」
りぃは顎を掴んで僕の顔を固定し、ぼくはりぃの背中にしがみつき、少しの隙間も作るものかとピタリと体を重ねて長い口付けをした。角度を変える隙間の一瞬に息継ぎを挟みながらのキスは頭をくらくらさせた。いつもは甘いキスが涙でしょっぱい。
「りぃ、りぃ……違うよ、ひくっ。りぃだけだよ……信じて……」
「大丈夫、疑ったりしないよ」
「ほんと……?」
「うん」
僕はりぃの瞳の奥を覗き込んで真実を探した。
「……グスッ、グスッ」
涙をタオルで拭いてもらった時には、りぃの瞳から激情は引き、凪いでいた。
「晶馬くんが優しいのは知ってる。困ってる人や悩んでる人がいれば放っておけないのも知ってる」
そう言うのに、ずっと苦しそうな顔は変わらない。
「呪いは本当に強力なんだ。抗おうとしても心も体も快楽に飲み込まれて流されていく。晶馬くんは最後まで僕への気持ちを手放さないでいてくれた。もがいて抵抗して、心と体がバラバラで苦しかったよね。でも諦めなかったから僕が割り込めたんだ」
どうしてそんな苦しそうなの?僕がりぃを苦しめてるの?
「だけど、今僕は猛烈に嫉妬してる。可愛い恋人が、むかし関係のあった男を褒めて悪い奴じゃないって必死に庇ってるんだ。嫉妬するよね。今カレの僕としては、アイツは酷いやつだった、僕でサイコーに幸せ!って言って欲しいんだよ」
僕は目をぱちくりさせた。
嫉妬?
りぃが高村さんに嫉妬?
全てに恵まれてる稀少種のりぃが、ただのαの高村さんに?
僕が高村さんを庇ったから、だからそんなに苦しそうな顔をしてたの?
「……っ、」
怯えて冷たく凍っていた胸にボッと火が灯り、一瞬で熱くなった。そこから熱が頬に上ってくる。
そんな僕をチラと見て、バツが悪そうな顔をした。
「それにこの場所で気持ちをどう疑えと言うんだ」
この場所?そう言われて改めて周りを見ると、驚いたことに先輩の服や毛布が散乱してた。
ベッドの上には先輩の小物雑貨がゴロゴロ置かれてる。
なにこれ……
そうだ、僕は昨日不安で仕方がなかったんだ。先輩の痕跡を求めて部屋を渡り歩き、安心出来るものをかき集めていた。それをいつの間にか全部ここに持ち込んでたんだ。
これが噂に聞くΩの巣作りってやつか。まさか自分が作るなんて思わなかった。小動物みたいで恥ずかしい……
「ここはこんなに僕への愛で溢れてる」
先輩は愛おしげに毛布に刺さったギターを撫でてくれた。
目に見えないものを見せるのは難しい。でもこれは目に見える愛の形だ。
僕、Ωでよかった。心からそう思う。
「僕の愛の巣へようこそ」
涙のなごりが残るまま、にこやかに笑って両手を広げてウェルカムポーズを取ると、先輩は軽く目を見張った。
それから複雑な顔をした。照れてるけどちょっと怒ったような、なんとも言えない顔。口を尖らせてるから拗ねてるようにも見えなくない。
初めて見せてくれたその表情が可愛くて愛しい……って言ったらおこがましいかな?
引き寄せられて、腕の中に収まった。
「晶馬くんは僕を惚れさせる天才だよね。計算じゃないのに僕は翻弄されっぱなしで、ズブズブと底なし沼に嵌ってる」
そんなことないと思う。翻弄?何もしてないですよ?
「なにその顔。余裕だね」
え、何が?ぼく分からない。
嘘です。さっきからニヤニヤが止まらない。
だって先輩が照れて怒ってる。可愛い。
嫉妬したんだって。
今カレなんだって。
嬉しい。すっごく嬉しい!
開き直って素直に先輩へと全開の笑顔を見せた。ら、
「……すっごいエッチしてやる」
えっ
今なんて?空耳かな?
「次の発情期、これまでの事が全部吹っ飛ぶ凄いエッチするから。期待してて」
先輩がニンマリ笑った。
ひっ
「いやいやいいです、今も充分満足してます、これ以上なんて無理……」
高速で手を振って丁寧にお断りしたのに、先輩は壮絶に色っぽい顔をした。
「晶馬、発情期楽しみだね」
僕を見下ろしながらの舌なめずり。
ひやああぁ……
ゴックン。
音をたてて唾を飲みこんだけど、決して期待したんじゃないから!
高村さんは最初は徹底して僕を玩具扱いする気みたいだった。卑猥な言葉を言わされたり僕が想像した事もないポーズを取らされたりした。でもそれは最初だけで、そのうち何も変なことは強要されなくなった。
皆が高村さんは女の子のお尻を追っかける最低野郎とかいい加減野郎とか言ってたけど、だんだん僕にはそこまで酷い人じゃなさそうに思えてきた。彼が僕に暴力を振るった事は一度もなかった。傷は自分で作ったものだし、むしろ僕が傷を作らないよう手を抑えてた。
だけど、誰もそれに気付いてない。僕が自分で体を引っ掻いて傷だらけになったのに、全部高村さんのせいにされてた。自分でやったって言っても周りはそうは取ってくれなかったし、高村さんも誤解を解こうとはしなかった。まるで、他人にも高村さん自身にも悪ぶってみせてるみたい……そう、悪い自分を演じてるみたいだった。
どうして?
ふと、もしかして高村さんは僕じゃなくΩという存在を憎んでるんじゃないかって思った。昔Ωと何かがあり、傷ついた事があるんじゃないかって。だからΩに復讐する気持ちで最初のころ僕を必要以上に手酷く扱ったんじゃないかな、と。
そのことに気付いたのが僕一人なら、高村さんの傷を塞ぐのは僕にしか出来ないだろう。あの時僕は高村さんの《運命の番》で、彼に一番近いΩだったのだから。僕を見て酷いことするって言う皆の誤解を解けるのも僕しかいなかったんだ。でも僕は自分の苦しみで精一杯だった。
もし高村さんを救いたいなら、僕の全てを明け渡さなければならない。半端な気持ちじゃ傷に触れちゃいけないと思ったんだ。でも僕はどうしても先輩への思いを手放せなくて、高村さんと向き合えなかった。
なのに体は高村さんを欲しがるんだ。僕は醜かった。高村さんを救えないのに自分ばかり満足させてもらいたがった。体はもっともっとって欲しがった。項を噛んでって懇願する癖に、噛まれない事にホッとした。
体と心がバラバラだった。全てが醜い自分が嫌で、こんな汚い自分は消えてしまえばいいのにって体を引っ掻いた。本当なら先輩を諦めて、全てを明け渡して彼を」
「もういい!言わないで!」
先輩が大声で僕の懺悔を遮った。
「これ以上聞けない……」
僕を見ていた目線を切り、苦しそうな声を絞り出した。
「これじゃあ、まるで、君が……。僕が君たちを……」
「え、」
僕が、何?先輩が僕たちを?
続く台詞は何だ?
(……カレヲスキデ、ヒキサイタミタイダ)
ブワッと総毛立った。血の気がザッと引いた。
「違う!違う!違うよ!!」
僕はりぃに力いっぱいしがみついて至近距離で訴えた。
「違う!誤解しないで!嫌だ、誤解しちゃ嫌だ!」
頭がグワングワンして涙がいっぺんに溢れて流れ落ちた。
「りぃだけだ!りぃだけが好きだったんだ!誤解しちゃ嫌だあ!!嫌いにならないでっ、」
気持ちを疑われるのはこんなに怖いことだったんだ。
怖い!怖いっ!りぃに嫌われたくない、嫌だ、僕を、疑わないで!
「りぃ!嫌だっんっ、んぐっ、」
りぃが噛み付くように僕の唇を奪った。息も出来ないほど激しく、深く貪られる。
「ん……んん……ぅ……」
僕もりぃに舌を絡めて必死でついていく。
「んん、は、……んんっ、ぁ………」
りぃは顎を掴んで僕の顔を固定し、ぼくはりぃの背中にしがみつき、少しの隙間も作るものかとピタリと体を重ねて長い口付けをした。角度を変える隙間の一瞬に息継ぎを挟みながらのキスは頭をくらくらさせた。いつもは甘いキスが涙でしょっぱい。
「りぃ、りぃ……違うよ、ひくっ。りぃだけだよ……信じて……」
「大丈夫、疑ったりしないよ」
「ほんと……?」
「うん」
僕はりぃの瞳の奥を覗き込んで真実を探した。
「……グスッ、グスッ」
涙をタオルで拭いてもらった時には、りぃの瞳から激情は引き、凪いでいた。
「晶馬くんが優しいのは知ってる。困ってる人や悩んでる人がいれば放っておけないのも知ってる」
そう言うのに、ずっと苦しそうな顔は変わらない。
「呪いは本当に強力なんだ。抗おうとしても心も体も快楽に飲み込まれて流されていく。晶馬くんは最後まで僕への気持ちを手放さないでいてくれた。もがいて抵抗して、心と体がバラバラで苦しかったよね。でも諦めなかったから僕が割り込めたんだ」
どうしてそんな苦しそうなの?僕がりぃを苦しめてるの?
「だけど、今僕は猛烈に嫉妬してる。可愛い恋人が、むかし関係のあった男を褒めて悪い奴じゃないって必死に庇ってるんだ。嫉妬するよね。今カレの僕としては、アイツは酷いやつだった、僕でサイコーに幸せ!って言って欲しいんだよ」
僕は目をぱちくりさせた。
嫉妬?
りぃが高村さんに嫉妬?
全てに恵まれてる稀少種のりぃが、ただのαの高村さんに?
僕が高村さんを庇ったから、だからそんなに苦しそうな顔をしてたの?
「……っ、」
怯えて冷たく凍っていた胸にボッと火が灯り、一瞬で熱くなった。そこから熱が頬に上ってくる。
そんな僕をチラと見て、バツが悪そうな顔をした。
「それにこの場所で気持ちをどう疑えと言うんだ」
この場所?そう言われて改めて周りを見ると、驚いたことに先輩の服や毛布が散乱してた。
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そうだ、僕は昨日不安で仕方がなかったんだ。先輩の痕跡を求めて部屋を渡り歩き、安心出来るものをかき集めていた。それをいつの間にか全部ここに持ち込んでたんだ。
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僕、Ωでよかった。心からそう思う。
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「晶馬くんは僕を惚れさせる天才だよね。計算じゃないのに僕は翻弄されっぱなしで、ズブズブと底なし沼に嵌ってる」
そんなことないと思う。翻弄?何もしてないですよ?
「なにその顔。余裕だね」
え、何が?ぼく分からない。
嘘です。さっきからニヤニヤが止まらない。
だって先輩が照れて怒ってる。可愛い。
嫉妬したんだって。
今カレなんだって。
嬉しい。すっごく嬉しい!
開き直って素直に先輩へと全開の笑顔を見せた。ら、
「……すっごいエッチしてやる」
えっ
今なんて?空耳かな?
「次の発情期、これまでの事が全部吹っ飛ぶ凄いエッチするから。期待してて」
先輩がニンマリ笑った。
ひっ
「いやいやいいです、今も充分満足してます、これ以上なんて無理……」
高速で手を振って丁寧にお断りしたのに、先輩は壮絶に色っぽい顔をした。
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