おとぎ話の結末

咲房

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アラビアンナイト

Reborn

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 朝日が眩しいです。
 おはよう、世界。やっと戻ってきましたよ。
 長かった発情期ヒートがようやく終わりました。

 一週間とは到底思えない濃密な時間でした。頭はずっとふわふわしてるし部屋は外国みたいだし、何より最後の行為が現実離れし過ぎてて長い夢を見ていた気分。だけど、今僕に掛かってる腕の重みがあの時間が夢じゃなかったと告げている。

 今朝、僕は安心する匂いと温もりに包まれて目覚めた。先輩の胸元にすっぽりと納まってて、頭を上げると麗しいお顔がドアップに。
 うわぁ……先輩の寝顔、超レア。綺麗。
 見つめられてる時は吸い込まれそうな気がするアーモンドアイ。それを縁取るまつ毛はとても長く、きめ細やかな肌には鼻筋の通った高い鼻梁びりょうが乗っている。笑みを絶やさない唇は少し大きめで口角がはっきりしていて、絹糸のように柔らかな前髪は光を弾き、周りの空気が輝いている。
 はぁぁ。ただ寝ているだけなのに宗教画のように神々しい。
 こんな綺麗な人にヨダレ鼻水垂らした酷い顔を見せて、ドロドロカピカピのばっちい体を世話させていたかと思うと……うう、穴があったら入って消えて無くなりたい!隠れてドロンが無理なら、先輩が寝てるあいだにとりあえず顔洗って髪だけでも整えたい。なのに先輩の腕が僕をガッチリ抱えててベッドから出られない。
 内心で冷や汗をかいてると、僕を抱く手に力が篭った。

「おはよ、晶馬くん」
「あ、お、はようございます」

 どもりながら挨拶を返したら先輩が僕をニコニコ見ていた。ぱっちり開いたおめめ。もしかして寝たふりしてました?
 チュッと唇におはようの挨拶が落ちた。

発情期ヒート楽しかったね。一週間ってあっという間だ」

 え、あっという間?最後が強烈で長く感じたけど……そうなの?でも、うん。楽しかった。ずっと幸せだった。気持ち……よかった。

「最後の晶馬くん、特に可愛かったし」

 ギョッ

 ほっこりしてたら爆弾発言を落とされた。
 さらした痴態ちたいが蘇る。未知の行為に怯え、泣き喚き、最後はがり狂った。
 ヒート中に理性がぶっ飛ぶのはお互い様だ。本能に突き動かされるアレやコレやも、まあ、世間一般、仕方ないと言われてる。
 でも昨晩の行為は二人とも理性を取り戻していて、合意で行った恋人同士の営みだ。頭は正常に戻っていたから恥ずかしい痴態も泣き喚いたのも全てが素の自分。ヒート中の体だから可能だった行為だろうけど、思い出すと恥ずかしくて身悶えする。
 先輩は”最低で最高な姿を見せて”って言ってたけど、確かに最低な痴態を晒した。それなのに。

「最高に可愛かったぁ」

 いやあ~~~~~
 言わないでぇぇぇ

「……先輩は最低でした。エッチで、ドSで、絶倫で」

 うんうん。それでそれで?
 にこにこ聞いてくるのが腹立たしい。

「ヘンタイだし、強引だし、ダメって言っても聞いてくれないし、無理って泣いても逆に喜んで大きくしてるし、もう、もう、ホント最低」
「あはは。頑張った甲斐があった。気に入ってもらえてよかった」
「そんな事ひと言も言ってません!」

 先輩は思い出して真っ赤になっていった僕を抱きしめてかわいい、かわいいって上半身をぶんぶん振った。
 もう~この人どうにかして。
 されるがままになってたら、パジャマから赤く腫れている素肌が見えた。あれ、なにこれ。傷?
 え、まさか

「ちょっと先輩よく見せて」

 ボタンを外して上半身を見せてもらうと、背中にあちこち引っ掻き傷があった。背中側の僧帽筋から肩甲骨にかけて、背骨を挟んで左右に。ミミズ腫れだったり、三日月形にえぐれていたり。酷いものは出血して赤い線が残り、盛り上がっている。
 だけど一番痛そうなのは背中の引っ掻き傷じゃない、歯形だ。鎖骨の上、首筋と肩のあいだに強く噛まれた痕がくっきりと残っている。
 これ、僕だ!

「お揃いだね。僕もつがいにしてもらっちゃった」
「……そこはうなじじゃありません」

 先輩はおどけてるけど歯形は赤く腫れててとても痛そうだ。
 なんてことをしてしまったんだ……僕は申し訳ない思いでいっぱいになった。

「そんな顔しないでよ。僕は嬉しかったんだから。気持ち良くて我慢できなかったんだよね。遠慮しないでってお願いしたのは僕だし、おかげで飾らない晶馬くんが見れた。やっぱり僕は晶馬くんのどんな姿も可愛くて堪らない」

 あの鼻水もヨダレも垂らしてばっちい顔でひんひん言ってた姿が?目がおかしいのでは。
 先輩は愛おしそうに歯形を撫でた。

「晶馬くんがつけてくれたこの印、一生残ればいいのに」
「いやいや自分で唾つけてサクッと治してください」

 白磁の如く透き通った生肌に痕が残るなんて、ブルッ、とんでもない!

「えーじゃあ晶馬くんが舐めて」
「それ意味ないから!」

 ずびっ。力を込めた拍子に涙まじりの鼻水が垂れた。ズズッと啜ったら先輩がティッシュで拭ってくれて、そのまま口の中を舌で柔らかく慰められた。

「本当に気にしないで。晶馬くんだけじゃなくて僕もタガが外れたでしょ。あれはα‬とΩが背負う野生の本能だから、あの行為に抵抗できる人なんて誰もいない。人間の理性でどうにか出来るものじゃないんだよ」

 本能?あれが自然現象だっていうの?

「いったい僕たちに何が起こったんですか」

 先輩の息子さんは巨大化してどんどん伸びていった。僕の体はその息子さんを難なく飲み込み、うねって子宮の場所へと導いた。子宮に入り込んだ息子さんは、根元が体内でこぶのように膨らんで抜けなくなり、僕は長時間浴び続ける射精に耐えられず、先輩の体に傷を付けてしまった。
 いくら発情期ヒートでも男性器が伸びたり瘤ができたりなんて聞いたことない。それどころか子宮まで届いて内部に出されただなんて、ホントの事だけど言っても誰も信じないだろう。

「晶馬君は亀頭球きとうきゅうって知ってる?」
「いいえ」
「亀頭球っていうのはね、犬や狼などイヌ科の動物のペニスの根元にあるこぶだよ。普段はしぼんでるけど、交尾の時にメスの膣内で膨らんでペニスが外れないようにロックする機能があるんだ。
 ところでΩは巣作りをするよね。それはΩの持つ本能で、α‬も同じように動物的な本能を持っている。
 そのαの上位種である稀少種も色々な動物の特徴や本能を持っていて、とりわけ狼の本能が強いんだ。その本能が群れを守る意識となって人類を護りたいという想いに繋がってるんだけど、それだけじゃなく発情期ヒートにも影響を与えてる。ペニスが膨らんで伸び、根元には亀頭球ができる」
「じゃあ根元の瘤は狼……イヌ科の特徴と一緒?」
「うん。ミニチュアダックスのペニスなんて、えげつないからね。メスの長い胴体に入るために可愛らしい外見からは想像もつかないくらい長くて極太の槍になるんだよ」

 力説するけど先輩の息子さんも麗しいお顔に似合わず十分ゲフンゲフン

「うん?なにか言った?」
「いえなんにも」

 目線をそらしてあさっての方を向いた。

「晶馬くんの体に起こった胎内なかがうねる現象はΩの生殖本能だ。子供を産むように作られているΩの体は、発情期ヒート中、α‬の精子を待ち望んでいる。それが唯一無二の相手であるつがいのものなら子宮は何としてでも欲しい。うなじを噛むのはつがいしかいないから、うなじを嚙まれると体は自ずと開き、深くまで来て欲しいと骨盤がゆるむ。ペニスが子宮の近くまで来ようもんなら中で直接出させようとぐいぐい引っ張り、ここだと教えてぎゅうぎゅう絞って熱烈に歓迎してくれる」

 熱烈歓迎……してましたね、僕の体。うう、恥ずかしい。

「α‬とΩのフェロモンは互いを惹き付け合う魅惑の香りだけど、本来の目的は生殖活動の誘発だ。だから生殖器官である精子や子宮はフェロモンの塊と言っても過言じゃない。直接子宮にフェロモンである精子を撒かれたら、そりゃ狂うよね」

 狂った。あんなの初めてだった。
 運命の番とのヒートは凄いと言われてて、高村さんとの時はねっとりと甘い毒のような蜜だと思った。あれも凄かったけどそんなの比較にならない。
 どうすればいいのか分からなかった。空中に放り投げられてるようで、暴れても、泣き喚いても根こそぎ吸い取られていく感覚。なのに体の中心、おへその奥あたりにトロリと融解した金がどんどん流れ込んできて、僕を新しく作り替えて満たしていくようで。
 熱くて、よくって、よくって、体すべてが性感帯で、触れるすべてに感じた。のたうって必死にしがみつき、掻き毟って噛み付いた。
 そうして出来た噛み跡と背中の傷だ。それを喜ばれると、嬉しくて申し訳なくて恥ずかしい。

「ところで、発情期ヒートじゃなければ古くなった子宮の体液は腸へと流れ、体外に排出される。だけど腸への道をペニスで塞がれ、子宮の中もペニスと射精されたもので占領されれば、体液はどこに押し出されると思う?」
「えっ、どこだろう」
「尿道だよ。精子やカウパーが尿道を通ってペニスから出るように、子宮の奥も尿道に繋がっててペニスから流れ出る」
「ん?ということは、僕がおしっこと間違えたのはもしかして……」
「そう、子宮を満たしていた体液だ。それは僕たちにとってフェロモンの塊で、晶馬くんの匂いを嗅いだ僕は、その強烈さに当てられた」

 思い出したのか、目を細めて妖艶な顔をした。

「好きな子のフェロモンがあんなに凄いなんて、僕も知らなかったよ」

 あの液体を見た先輩は感極まったように手に取り、妖しい仕草で舐めとっていた。
 その後はお互い興奮してエンドレスに突入。
 中に射精されて子宮が体液を出して、興奮したお互いがまた出して、の無限ループ。止めたくても根っこのこぶが離してくれない。
 凄かった。とにかく凄かった。一生分のエッチをした。

「もうお腹いっぱいです。当分エッチしなくていいや」
「ええー、今すぐにでもまたやりたい」

 ギョッ

 無理!腰は感覚ないし、体は鉛のようだし、もう勘弁!

「晶馬くん、早く慣れてね。そうでないと僕、新しい扉を開いちゃいそう。泣いて悶える姿が可哀想なのに可愛くて……あ、そういうプレイをやってみたいなら大歓迎」
「そういうぷれい」
「ソフトSM?」
「無理!どっちも無理!」

 あんな凄いの慣れる訳がない。SMもお断り!先輩があははって笑った。

「うなじ噛まなきゃいいんですよ」
「それはない」
「慣れたらやみつきになっていつもおねだりしちゃうかも」
「そうなろう」

 ちょっと先輩目がマジじゃないですか、ヤメテ

「僕、普通でいいです。息子さんが伸びるのも瘤が外れなくなるのも稀少種だけですよね。あんな誰も見たこともした事もないようなのしなくていいです」
「え、でもアレの存在はみんな知ってるよ?」

 なんと!有名なプレイでしたか。
 アダルトビデオなんて見たことないもんな、と思ってたらまた笑われた。

「AV業界じゃなくて」
「じゃあどこで」
「行為の中身は知られてないけど、存在自体が有名なんだ。<この世のものとは思えない特別な快楽>、だよ。聞いたことない?」

 それはどこかで……あっ!

「運命のつがい!」
「うん」
「じゃあ、運命の番の快楽ってこの事だったの?」
「そう。もともと稀少種だけに起こる現象だったのを、運命の番にも起こるようにと医者が自分の遺伝子を薬に乗せたんだ」
「なぜそんなことを」
「そうすると<運命の番>のシステムが特別な祝福として認知されるから。この快楽は運命の相手としか得られない。他の誰とも出来ない行為で運命の相手という特別性を持たせられる。快楽の鎖で繋がれれば互いに一生離れられない。深い場所で本能で繋がれば、どんなに嫌な相手でも絆は生まれ、運命を否定する者の抵抗も取り除かれる」

 そうだ、僕と高村さんも互いの相性が悪かった。僕は先輩を諦めきれず、巨乳好きの高村さんは男の僕が相手なのを嫌がった。
 もし彼が理性を失って僕のうなじを噛んでいたら、僕と高村さんもあの行為をしただろう。そうなったら僕は先輩を諦めてしまった筈だ。高村さんとあの場所で繋がり、互いに全てをさらけ出したら、もう先輩に顔向けなんて出来なかった。
 そうなった時にはその先には僕と高村さんの未来があったのだろうか……

「晶馬くん、今なに考えた?」
「えっ」
「油断するとすぐこれだ……。言っとくけど、僕がヤンデレって言われたらそれは晶馬くんのせいだからね」

 えっ、ヤンデレ?一体何のこと?
 キョトンとしたら、先輩はしょうがないなぁって顔で頬にキスをしてギュッと抱きしめてくれた。


「……ねえ、晶馬くん」

 先輩はしばらくそのままで、そのあと僕を抱きしめたまま話し始めた。

「Ωは、誰かに抱かれないといけない宿命を持ってる。それは子供を宿すことを義務付けられたバース性だから。どんなに自分のΩ性を嫌がっても、定期的に来る発情期ヒートを避けることは出来ない。だから、初めて体を繋ぐ事に処女性を求めるのは酷なんだ。もし初めてという言葉を使うなら、それは自ら体を開いて子宮につがいを招き入れた時だと僕は思う」
「!」
「晶馬くんは運命の番と何度か発情期ヒートを過ごしたけど、本当の内側に触れたのは僕だけだ。君の初めては僕がもらったんだ」
「……」
「やった事ないのをするのは怖かったよね。でも、恐れも不安も快楽も、僕と一緒にしたんだよ。初々しくて、とても可愛かった。ありがとう」
「……」

 僕は、肩に先輩の顔を乗せたまま聞いていた。見開いた目に涙が溢れてくる。

「……っく、」

(Ωだからいつかは誰かとそういうことをしなくちゃいけない、でもそれは憧れの先輩じゃない)
 最初から諦めていたことだった。
(高村さんだって望んで僕の相手になったわけじゃない、僕は仕方なく抱いてもらうんだ。一方的に被害者づらなんて出来ない。これは運命だ、これで良かったんだ)
 不安と恐怖を封じ込めた。
(でも。これが先輩だったら。どんなに嬉しかっただろう)

「う、う、うっ」

 いろんな体位で抱かれて、卑猥な言葉を言わされて、それでもねだって、汚い自分に絶望した。だからあの時、綺麗な先輩に触ってもらう資格なんてなかった。なのに、あれからずっと先輩は僕を宝物みたいに大切にしてくれている。
 先輩が大事にしてくれる僕を僕が卑下しちゃいけない。そう思っても悲しみと罪悪感はどこか心の片隅に残ってた。
 なのに僕の魔法使いは、その僕をたった今、まっさらで綺麗なものに作り替えた。

「うーっ」

 抑えてた過去の感情が溢れ出し、ぐちゃぐちゃな気持ちになった。何か言いたかったのに、ありがとうもごめんなさいも違うと思った。
 あごから先輩のパジャマに染みが広がっていく。
 ポンポンと背中が叩かれた。
 先輩が僕を包み、全てを許してくれていた。

 なんて優しい人なんだろう。
 りぃ。
 この人が僕のつがい
 僕はなんて幸せ者なんだ。

 今までの体と心を全部塗り替えられた。
 この先何度発情期ヒートが来ても、もう悪夢は見ない。
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