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第8話 不毛な見栄

それが女心というやつなの?(2)

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 アパートへと向かう細い道。
 歩道と車道を隔てる柵に、チャラチャラした若者がもたれている。

 脇をすり抜けようとしたアタシの前に、若者が突然足をニュッと伸ばした。
 そいつの靴が足首にガンッと激突する。

 アタシはバランスを崩し、見事に転んだ。
 地面に顎を強打し、すごい音した。
 通行人がみんなこっちを見る。

「どこ見とんじゃあ、ワレ! その足は何や!」

 アタシは久々にキレた。
 立ち上がって男に詰め寄る。

「その足は何やねん、オラァ!」

「チョー怖ぇオンナー」

 若者はアタシを見て笑う。
 赤い髪をした、品のない男だ。
 だらしない格好(ナリ)をしている。

「謝れや! まず謝れや! アタシ、間違ったことは言ってへん。トーキョーって周り見えてへん奴、多すぎやねん。当たり前のことができてへん! だいたいなぁ」

 言いかけたアタシの背後で、何やら異質のざわめきがおこった……嫌な予感がする。

「その方ら、控えぃ!」

「勝訴」の旗を背に、「日本一」のハチマキをしたチョンマゲ・メガネ──見覚えのあるおかしな姿が、硬直したアタシの前に現れたのだ。

 言わずと知れた桃太郎だ。
 アタシは再びヘナヘナと地面に座り込む。

 既に見慣れた感はあったのだが、あらためて外で見るとコイツ、凄まじいものがある。

 通行人はササッと道の端に避け、アタシらの周りにはおかしな空間がポッカリ空く。

「ももも桃さま……」

 ワンちゃんがポツリと呟いた。

「桃さまァ?」

 桃太郎は勝訴の旗を外してワンちゃんに手渡す。

「これで腹を隠せばよい」

「ははーっ、桃さまぁ」

 ワンちゃん、腹どころかパンツまで全開だ。
 勝訴の旗を恭しく受け取り、言われた通りグルリとお腹を巻いた。

「リカ殿。ほれ、手を」

 桃太郎はアタシの腕をつかんで引っ張り上げた。

「ギャッ! 肩外れるって。痛い! いただぃ! 外れたことあるねんってば!」

「ほれほれ」

 一回やったことのある右肩がゴリリと嫌な音を立てる。

 アタシは何とか立ち上がった。

「ああぁばッ?」

 おかしな悲鳴をあげて若者が、さすがに目を見開いて桃太郎を凝視している事に気付く。

 アカン。
 売れてない芸人と思われたらいいが、ヘタすりゃ警察呼ばれる。

「ス、スイマセン。気にせんといて。ほら、いくで。桃太郎」

「リカ殿? その方、顎から赤い滝のように流血しておるぞ」

「赤い滝って……。恐ろしい表現せんといて! ほら、早く行くで」

 何でアタシがこんなに気を遣わんといかんねん。
 警察呼ばれても、それはそれで別に構わないはずだ。
 いきなり部屋に居座られて、迷惑してんのはこっちなのに。

「何こいつら? かなりスゴめ。かなり濃いキャラ……」

 若者がアタシと桃太郎を見比べて──さすがにパンツ丸出しのワンちゃんを凝視することはしないけど──もじもじする。
 携帯を出して、写真を撮るかどうか迷っている風だった。

「クッ!」

 痛いのと悔しいので、アタシはギリギリと奥歯を噛む。
 若者は肩を竦めて背中を向けた。
 立ち去る直前、こちらを振り返る。

「ゴメンね。顎に使って」

 手にしていたのは小さなタオル。
 アタシは反射的にそれを受け取っていた。

「ア、アリガト……」

 礼を告げる間もなく、男は人ごみの中に消えてしまう。
 タオルを握り締めながらアタシはその方向を見つめていた。

「リカ殿、赤い滝が? ム、顔も赤いぞよ?」

「しっ! もも桃さま、いいいけません。おお女心です」

「大女ごころ?」



「9.不毛なまでに、乙女 ~8人殺ったマフィアはりりしくてピンクの割烹着」につづく
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