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第16話 超絶不毛美青年登場!

でも頭がすごく残念なかんじ

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「桃太郎のアホーッ!」

「オォーーーーーッ!」

 アタシの叫びに答えるように、連夜のごとく響く奇声があがった。
 近所の不審者が何か言っているのだろう。

 いやいや、夜更けにアパートの庭でこんな大声出したらアカンん、アタシ。
 ご近所迷惑ってものを考えなアカン。

 ともかくこの興奮を鎮めないと……。
 いや、沈めるには勿体ないエネルギーやという思いも。
 何かに利用せんと。しかし何に?

 町に走り出て踊りまくるくらいしかすることないで?
 アカンアカン。もう二度と警察沙汰はゴメンやわ。

 1人でアパートの庭にうずくまって、アタシはグルグルといろいろなことを考えていた。

 我に返って思う。
 別に本気になって桃太郎に出て行けって言ったワケ違(ちゃ)う。

「でも、だからってアタシが出て行くことないやん!」

 1人ツッコミが悲しくなる。
 すっかり家出グセが身に染み付いてるみたいで、我ながら嫌になる。
 でも、今更奴のいる家には戻れんしなぁ。

 行く当てもなくアタシはオールド・ストーリーJ館の建物脇をトボトボ歩いていた。
 庭とも言えない空間には、お姉の部屋の物干し台が置かれている。
 手入れは行き届いている筈もなく、雑草がチョロチョロと生えていた。

 そんな庭を奥の方へと向かう。
 アタシの部屋(今はもう桃太郎の部屋か)と反対側──4号室のあたりまで来ると、景色は一変した。

 目の前には竹やぶ。
 サワサワと風に葉が揺れる。
 このマイナスイオン……ああ、心が癒されるようだ。
 狭い敷地だけど、裏の方に来たのはこれが初めてだ。

 空には満月──鏡のように澄んでいてきれいな光だ。

 急に自分がちっぽけな存在になったような気がした。
 今までモヤモヤ渦巻いていた色んな嫌なことが、心から散っていくようだ。

 アタシが和んでいたところに、突如ガサガサ──竹やぶがさざめいた。

「な、何?」
 周囲も暗いので、さすがに恐怖が先立つ。
「誰かいるんか?」

 まるで返事をするように竹林が、割れた。
 ガチャガチャ金属音を鳴らして一人の人物が飛び出してくる。

「ヒィーッ!」

 アタシが叫んだのは、その人物のパッと見の異様さに肝を冷やしたから、という訳ではない。

「ちょ、超絶美青年や……」

 思わず口元を押さえたのは、鼻血噴くんじゃないかと思ったくらい相手に見とれたから。

 月光の下、白い肌に黒髪がよく似合う……見たことないくらいの美しい男が、そこには居た。

「アノ……アノ……アンタ、いや、アナタは?」

 ボーッとする一瞬の間に、アタシは違和感に気付く。
 せっかくの美貌なのに、彼はKILLって書かれたボロTシャツと、真っ赤な短パンを身に付けていたのだ。
 更に、足は裸足。

 それだけで何とも言えん、残念なかんじや。
 しかも手首足首には太いアンクルが、傍目にもズッシリ重量感たっぷりに巻き付けられている。
 ガシャガシャいってた金属音の正体はコレか。

「テロだーッ!」
 男は叫んだ──月に向かって。
「テロだ。テロだーッ!」

「うわ……」

 アタシは一歩、身を引く。
 顔が強張るのが自分でも分かった。

 その時、はっと気付く。
 この声──夜中になると聞こえてきた奇声や。
 この人の叫び声だったんや。

 ゴゴゴゴ……。
 地鳴りのような音も響く。

「な、何や何や?」

 超攻撃型宇宙人の襲来か?

「アンタ、誰……いや、何なん?」

 日本語(というか人間の言語)が果たして通じるのか疑問を抱きながらも、声をかけてみる。
 男は初めてアタシに気付いたかのようにギロリとこちらを睨んだ。

「ア、アタシは怪しい者違(ちゃ)う。多部リカっていって、ここのアパートの住人で……」

 声が上ずった。
 TシャツのKILLの文字が何とも恐ろしい。

「ワシは戦場のカリスマだ!」

 唐突に、男は言い切った。

「うわぁ……」

 うわぁ、ソレって間違いなく「自称・戦場のカリスマ」やん。
 悲しい自称やわ。

 ここ、ただのボロアパートの庭やもん。
 戦場違うもん。平和な日本やもん。
 それに、ワシって、ワシってアンタ……どう見ても20歳そこそこなのに、よりによってその一人称か。

「な、何してんの?」

「ゲリラ戦の訓練だ」
 想定していた答えが返ってきた。
「ここはスイスアーミーの武装村だ。そしてワシは戦場のカリスマだッ!」

「………………」

 混乱を来しかけた頭を、アタシは必死で整理する。
 この人、戦場のカリスマって2回も自称したで。
 ゲリラ戦? スイスアーミー?

「アブナイッ!」

 KILLTシャツが眼前に迫り、アタシは竹やぶに突き飛ばされた。
 尻餅ついた痛みを感じる余裕もなく、目の前の光景に視線が釘付け。

「好きにはさせん! 地球を好きにはさせんぞ!」

 視線の先にあるのは──月だ。
 この人、月に向かって叫んではる?

「目を覚ませ!」
 突然怒鳴られ、肩を揺さぶられた。
「あれは軍事衛星だ。月じゃない! 地球の様子をつぶさに偵察する軍事衛星なのだ!」

「あ、ハイ……」

 頷きながら、アタシは確信した。
 この人、ただの電波(デンパ)サン違(ちゃ)う。
 イカレっぷり半端ない。いわゆるホンモノってやつや。

「そ、その手足のアンクルは?」

 見るからに重そう。
 歩行困難な程の重量のそれを、ヤツは軽く振ってみせた。

「月から強烈な敵が、遂に波状攻撃を掛けてきた時に外すつもりだ」

 強烈な敵って?
 ソレってアンタの敵なん?
 それとも人類の敵なん?

「あと、お風呂に入る時だ!」

「?」

 ……意味分からへん、この人。

   ※  ※  ※

 桃太郎のいる2ー1には帰れないので、結局アタシはお姉の部屋に泊まらせてもらった。
 夜中にアタシが転がり込んだ時、お姉はすでにグーグー寝てた。
 新婚家庭に申し訳ない、そう言うとうらしまはキョトンとする。
 よう分からん夫婦やわ。

 ボーッとしたまま眠りに落ち、目を覚ましたのは翌日の昼前。
 お姉はとっくに起きていてワンちゃんと一緒におやつ食べてるし、うらしまは会社に出かけた後だった。

「……アタシ、ヘンな夢みた」

 ボンヤリした記憶を手繰り寄せる。
 たしか月光の下、竹やぶでヘンな美青年と遭遇して……。

「夢、違(ちゃ)うって!」
 アタシは叫んで、飛び起きた。
「お姉ッ! うらの竹やぶに不審な人が……!」

 お姉は食べてたお菓子を慌てて飲み込みむせている。
 この人の焦った姿を見るのは初めてだ。

 アタシは夕べの出来事をできるだけ詳しく、2人に語った。

「ううううらの竹やぶにそんな人が? ちっともししし知りませんでした」

 ワンちゃんが怯える。

「メッチャ格好いいねん! でも言ってること全然分からんの。頭がちょっと残念なかんじでな、そこがスゴイ勿体ないねん。勿体なさすぎるねん…って、お姉、聞いてんの?」

 お姉は窓から竹やぶの方向を見てボーッとしている。
 何となく様子がおかしい。

「……あの方はいいのよ」

 小さな声で呟く。

「あ、あの方? 知ってたん? あの人、ここの住人? 庭に住んでんの? そういや小さい小屋みたいなん建ってたけど。お姉? 顔赤いで?」

 アラ、と言ってお姉は両手をホッペに当てた。

「あの方はかぐや様っていうの。とある星の高級家具店の御曹司なのよ。民の暮らしを知る為、お忍びで地球にいらして……」

 ちょっ、ちょっと待って!
 アタシはお姉を押しとどめた。

「か、かぐや様って……。お姉ともあろう人が……目ぇ覚ましや! あの人、ちょっと脳味噌湧いてんで! 本物やで! ホンモノやで!?」

 かぐや様って……そもそもお姉は相手が誰でも呼び捨て。
 敬称付けてたのはお父さんとお母さんくらいのもんや。
 あとは友だちでも先輩でも先生でも近所の人でも、容赦なく呼び捨て。
 なんでそれが違和感なくまかり通ってたんかは謎で仕方ない。

「どこの御曹司やて? かぐや様っていったってあの人の家、手作り感満載の掘っ立て小屋やん?」

 お姉は「アラ!」と悲鳴をあげた。

「小屋じゃないわ! あなたも見たでしょ。あの家、ちゃんと自らの手で1ヶ月もかけて造られたのよ」

「造ったって……竹でできた小屋やん! しかもアレ造るのに1ヶ月かけてたら、意外と不器用やで。かぐや様! そんなんじゃゲリラ戦は戦えへんで! ……ってお姉、まさか1ヶ月もその様子を見守ってたん? 気持ち悪いで!」

 お姉、珍しく「グッ」と唸る。

「あなた、今日はツッコミが冴えてるわ。どこから反論していいか、一瞬分からなかったもの」

「ア、アリガトウ……」

 一応礼を言ったもののアタシ、すごく複雑な気分や。
 また、一騒動起きるような気がする。



「17.不毛な主義~決してパンツをはかない主義の男」につづく
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