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第22話 不毛恋バナ

甘酸っぱく始まったものの、苦々しく終了する

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「カカカカメさんは恋人っているんでしょうかね」

 不意に背後から生温かい息が。
 アタシは問題集を取り落とした。

「うわ、ビックリした。ワンちゃん、いつの間に入ってきたん?」

「カカカカメさんの恋人って男でしょうかね、女でしょうかね」

 メガネが爛々と光っている。
 アタシは引いた。

「さ、さぁ? アタシは聞いたことないけどな。けどまぁ、カメさんのことやし、何かスゴイ……イタリアのセレブとか、元CIAのスパイとか、いやいや日本の彫師の姉(アネ)さんとか……とにかくそういうイメージやで?」

 どういうイメージやねん、アタシも。

 ワンちゃんはアタシの話を聞いてはいない。
 ハァハァ言いながら妄想を膨らませてた。

「カカカカメさんの恋バナ……聞きたいですよね」

 そう言えば……と思い出した。
 実はアタシはカメさんと話す機会が意外と多い。

「カメさんの好きなタイプなら知ってんで。一緒に掃除してる時、聞いたもん」

「え、どんな?」
「詳しく聞かせなさいよ」

 ワンちゃんはもちろん、お姉ですらも色めき立つ。
 やっぱりみんな女子なんや。
 こんなメンバーでも、このテの話は大好きなんやな。

「カメさんの好きなタイプはな、体長は小さくて、目が大きくて、声にものすごく特徴あって、元気だけどおっちょこちょいな食いしん坊らしいで」

「ななな何ですか、そんな昔のアイドルみたいな設定は。やけに細かいですし。体長って……?」

「そうやろ。アタシもそう言ったらカメさん、広告の裏に絵描きだしてな」

 慣れた風にサラサラ描きあがったのはこんなものだった。

1.茶色と白のハムスター
2.リボン巻いた白いアヒル
3.白いこねこ(帽子付き)

 それらは、どれもどこかで見たことのあるキャラクターばかりだった。
 子供向けアニメのキャラクターや、どこぞのゆるキャラやな。
 自分で描いたそれを見てカメさんは「あぁぁ、かわいいぃぃ!」と押し殺した声で叫んで、全身プルプルさせる。

 アレにはビックリしたわ。
 やっぱりカメさん、変な人やで。

 お姉とワンちゃんの興味もサッと離れていくのが分かった。

「それはそうとお姉。ずっと聞こうと思っててん。何であのうらしまと結婚したん? 早いとこ手打たな、生涯の過ちになんで」

 人が心底心配して言ってるのに、姉はケラケラ笑っている。

「そもそもお姉の好みのタイプってどんな?」

 そうねぇ……、と姉はニンマリ笑みを浮かべた。

「かぐや様は別格として……。人生の最初の一段をつまづいて、少しずつ転がり落ちていく。駄目でボロボロになっていく少年(10代)を見るのがいいわね。たまらないわ。掻き立てられるもの」

 お姉、うっとり目を閉じた。

「………………そうなんや」

 どっちにしろ、うらしまとは違う。

「じゃ、じゃあ、ワンちゃんは?」

 言ってからシマッタと思った。
 ワンちゃんが顔を真っ赤にしたからだ。

「あああののぅ、メガネとスーツが……。スーツとメガネが。あと一人称に特徴があって……そんな感じの人が好きです。ヤだぁ、リカさんっ!」

 突然、顔面張られた。
 バシーンとすごい音がする。

「あ痛っ……」

「ううううちのアパートが、まるで少女マンガに出てくるセレブのアパートみたいだったらいいですよね」

 またワンちゃん、妙なこと言い出したで。
 そもそもセレブはアパート住まんやろ?

「住んでる男子は、みんなイケメンでセレブなんですぅ! 恋愛模様、渦巻いてるんですぅ」

 好き勝手なこと言ってる。

「少女マンガは無理やで。アタシら、どう頑張っても痛い系のギャグマンガや。アタシもそのへんの分は弁えてるつもりやで」

 大体うちのアパートの住民、みんなハズレの部類や。
 ドMと乙女、ノーパンの変態に、電波サン。
 それから何と言っても桃太郎と小人!

 あとは引きこもりばっかりや。
 まぁアタシら女も、人のことは言えんけどな。

「しゃあないやん。来世に期待し? アタシな、生まれ変わったらまつ毛になりたいねん」

「は、まつ毛ですか?」

 パチクリ自分の目元を指差すワンちゃん。

「体中の毛で一番のセレブはまつ毛やろ。だって同じ毛でも、足とか脇に生えたら憎まれた上、問答無用で剃られるやん。その点、まつ毛は違うで。より長く、より多く見えるようにあらゆる手を尽くしてもらえる。きれいなキラキラつけたり、オシャレしてもらえるし。毛のセレブは断然まつ毛やって!」

「はぁ、そう言われてみれば……」

「あるいは中年男性の頭髪(特に頭頂部)ね」

 お姉の意見もまた絶妙な所ついてるな!

 アタシらは大声で笑いあう。

 そこへ風呂屋根の修理が終わったと、うらしまがやって来た。
 アタシらの話の輪に入りたくてウズウズしている感じだったが、気味悪いので自然に無視する。

「僕は……僕は毛に生まれ変わるなら、やっぱりヘソから出ているアレになりたい! え? みんなヘソにあるだろ、毛が。僕にはあるよ。ホラ!」

「えっと……うらしま、修理早かったな。もう1週間はかかると思ってたわ。アタシは今日も銭湯行く心積もりやったで。お姉、よかったな。お風呂好きやもんな」

「どうせ修理するなら、思い切って改装したら良かったかしら。ジャグジーなんていいわね」

 財力も考えず、お姉がポツリと呟いた。
 そこにうらしまが食いつく。

「ジャグジー? それなら僕がストローを5、6本くわえて潜りましょうか? 湯船の中でブクブクします」

「そうねぇ」
 お姉、ニヤリと笑う。
「60分間安定した泡の威力をキープできるなら任命してあげてもいいわよ」

 もちろん息継ぎなしでね、と付け加えたお姉はとても楽しそうだった。

「く、苦しくなりますっ。あふんっ!」

 例の叫びを発して、うらしまは身をくねらせる。

「でも嫌だわ。あなたの息が混ざったお湯なんて……汚くて」

「あっふん……! もっと!」

 お姉はオホホと笑った。

「ほらリカ、あなたも何か言っておやりなさい。面白いわよ」

「い、イヤや……」

 めくるめく変態ワールドに妹(アタシ)を巻き込まんといて。

 て言うかアタシ、勉強しに来てんけどな。



「23.みんなでおでかけ~サイクリング・不毛・ヤッホー!」につづく
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