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第6話 リストバンド中崎の宝物
はかい荘へ帰る
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~~~ロマンス~~~
※リストバンド中崎・魂のポエムその6
デパートの屋上で社会人の男があそんでる
スーツ着て パンダののりものに乗ってる
「ママ~ 写真撮ってよ~」とごきげんな様子
ママは買ったばかりのすごい画素数のデジカメ構えた
「コウジちゃん わらって~ わらって~」
そこに口裂け女 登場
そこに口裂け女 登場
全国人助けの旅してる口裂け女
カコクな旅にかなり疲れた様子
人生についていろいろ考えてるみたい
ついに貯金がなくなったと言ってる ヒサンだね~ ヒサンだね~
マザコンで何がいけないのサ
それがコウジちゃんの口グセ かなしい口グセ
本当は名探偵になりたかった
今年はついに花粉症になった口裂け女
マスクを大量に購入
最近は名探偵に憧れている
デパートの屋上で小さな恋がめばえたらしい
ある春の一日
スギ花粉大量に舞う 春の一日のできごと
※ ※ ※
痛かった。今回は本当に痛かった。
朝になる頃、オレはトボトボと警察署から出てきた。受付にいる警官にヘコへコ頭を下げる。
道を行くにも足をヒョコヒョコ引きずって、かなり挙動不審気味だったと思う。
さすがに留置場は生まれて初めての経験だった。心細くて一睡もできなかった。
自信が崩壊し、通勤途中のサラリーマンにまで反射的に頭をさげて道を譲る。
手足がガクガク震えていた。
「寒ぃ……」
警察権力の前に、オレは文字通り丸裸にされたのだ。
取調べの間中、頭の中には中崎が作った『ロマンス』の歌詞が回っていた。
「笑って~笑って~…… 本当は名探偵になりたかった~」
いや、オレはヘビメタだろ。
そう思い直す。
この体験を、へヴィーに楽曲作りに生かしてやろうじゃねぇの!
マルチーが摘発されてオレも事情聴取されたものの、アホな被害者として一晩で解放された。
オレとユミさんには捜索願が出ていたらしい。
良かった。完全にのめりこんで、身も心も持ってかれる前につかまって本当に良かった。
借金の書類がいいかげんなものだったから助かったものの、サラ金に借金されられてたら大変なことになってたぞ。
うまい話はないんだ。簡単に判子を押すな、サインをするなと警官にひどく怒られた。
トボトボと、電車四駅分を歩く。
他に帰る場所はない。
二時間後、オレははかい荘前に立っていた。
ここに帰ってくるのは四日……いや、五日ぶりだ。
今日はクリスマスか……。
そんなことを考えながら歩いたせいで、廊下の破れに初めて足を突っ込んだ。
デンと転んで、ズボンが破れた。
「ダメージが深刻だ。特に精神の……」
オズオズと一番奥の扉を開ける。
鍵はかかっていなかった。
このゴミ溜め──ああ、たまらなく懐かしい。
「た、ただいま……」
「おかえりー」
狭い部屋の中では中崎がキノコ食ってた。
顔色がいい。どうやらゲロ事件からは立ち直ったようだ。
久々に帰ってきたオレを咎める様子もない。
「た、ただいま帰りました。寒くないですか」
壁を向いて座っているボンジュールちゃんにも話しかけてみるが、こちらからは反応がなかった。
チラッと見ると、やはりまだ生気のない目をしている。
「駄目だよ、シン。ボンジュールちゃんにゲロの話なんかしたら」
「え? オレ何も」
「あー、ダメダメ。ゲロは禁句だって」
ボンジュールちゃん、両手でこめかみを押さえて「アー!」とわめき出した。
それ見てヤツはケラケラ笑ってる。
「オマエ、ワザと……!」
あんまりだ。自分だって、つい数日前までは同じような状態だったくせに。
しかし、今は別に言うことがある。
ボンジュールちゃんの叫びが収まるのを待って、オレはゴミの中に土下座した。
「連絡もなしに出てって悪かった。オレ、どうかしてたんだ。ヘンなクスリ打たれて、暴力団に売られて、ネズミ講にハマって、警察につかまった」
「この数日の間にそんなに面白い事が……!」
不謹慎な言葉を呟いてからキノコを食って、それから中崎は首を振った。
「モガ……どうせお母さんが、お前がバカだって見抜いて変な事企んだんだろ。モグ……こっちこそ悪かったよ」
そのユミさんは今、完全に行方不明らしい。
「モグ。そのうちまた帰ってくるよ。モグモグ。いつもの事だし、慣れてる。警察に届けさえ出しとけば、何かあった時はわりとすぐに身元判明できるし、今回だって騙された被害者で通せただろ」
「やっぱりオマエが捜索届出してくれたんだな」
ああ、疑ったりもしたけど、やっぱり中崎は天才だ!
するとヤツはすごい真顔でこう言った。
「いいんだよ。ボクが頭がいいのは、もう当然の事実だから」
「う、うん……」
「ボクは……モグ。天才。モグ」
「なぁ、オマエ……」
ここにきて初めて、中崎がモシャモシャキノコ食ってるのが気になった。
「ソレ、どこで調達したやつだ? まさか……」
嫌な予感に背筋がスッと冷たくなる。
「どこって……テレビの裏」
ヤツは平気な顔してそう言った。
「ええ? それはつまり家の中にキノコが生えてたってコトかよ!」
「うん。便利」
「ええ? そんな感想なのかよ!」
ビンボウで頭、おかしくなってる。中崎はオレをにらんだ。
「勝手に取るなよ! 一本百円だからな!」
「……取らねぇよ。えらく高っけぇキノコだな、ソレ」
この際だから、オレは気になっていたことを尋ねてみることにした。
「オマエ、お父さんいんの?」
中崎は頷いた。どこに? と問うとモガモガ喋りだす。
「モグ。出稼ぎ」
「デカセギ? ソレ、いつの時代だよ!」
ブッと吹き出してしまった。中崎はムッとしたのか、ツンとソッポを向く。
事実なのか、中崎自身がユミさんにダマされているのか、微妙なところだ。
お父さんはどんな人で、息子の現在の暮らしぶりを知っているのかどうか聞きたかったのだが、もう答えてはくれないだろう。
オレは仕方なく、今度はボンジュールちゃんに話しかける。
「ボンジュールちゃん、元気出してください」
かわいそうに。
オレがいない間、サディストの中崎に散々いじめられたのだろう。
ゴミの中にうずくまり、膝を抱えて壁をじっと見ている。
オレはボンジュールちゃんを元気付けようと、傍らにしゃがみこんだ。
「オレ、ちょっとシッポ生えてんスよ。尻んとこに小っちゃいのがポコッと飛び出してて。やっぱりサルのシッポの名残なんスかね。ちょっと見ます? さわってもらったら、よく分かると思うんスけど」
え、ちょっと何? 何、後ずさってんスか?
「触って! ちょっとでいいから触ってください。ボンジュールちゃん!」
「タ、タスケテー!」
ボンジュールちゃん、中崎の後ろに隠れてしまった。
中崎は、さもうっとおしそうにオレとボンジュールちゃんを交互に見比べる。
「コイツ、間違いなくヘンタイだぞ、コラ!」
コイツとは、もちろんオレのことだ。勢い良く指さされた。
足の裏がゾクゾクする。罵られてる感じがたまらない。
「そうっス! オレなんてクズみたいなもんスから。ゴミと呼んでください。いや、ホント一言、ゴミと呼んでもらえるだけで……いや、ゲロでいいです。ゲロと!」
「……………………ゲロはイヤだ」
せっかく立ち直りかけたものの、ボンジュールちゃん、悲しい目であらぬ方向を見やった。
ああ、そこは触れちゃいけないとこだったか。
「ナベとかいいよね。モシャモシャ。闇鍋とかしてみたい」
空気を読まない中崎は相変わらずキノコをモグモグ食ってる。
テレビの裏に顔を突っ込んで収穫しているようだ。
そんな所に生えてるキノコをみて、よくナベを連想できんな。
「見ろよ。ビッシリ生えてる。キノコの上に新しいキノコが生えて、キノコの層を作っている。どう? 一本五百円のところを、二本百円にオマケしとくよ」
「しとくよってオマエ……売る気かよ!メチャメチャ暴利だろ。いや、そういう問題じゃなくて」
「暴利って、マルチ商法にハマった人間が言うか?」
「ああ……、そこはキツイ」
オレたちには、それぞれに触れてはならない傷口がある。
※リストバンド中崎・魂のポエムその6
デパートの屋上で社会人の男があそんでる
スーツ着て パンダののりものに乗ってる
「ママ~ 写真撮ってよ~」とごきげんな様子
ママは買ったばかりのすごい画素数のデジカメ構えた
「コウジちゃん わらって~ わらって~」
そこに口裂け女 登場
そこに口裂け女 登場
全国人助けの旅してる口裂け女
カコクな旅にかなり疲れた様子
人生についていろいろ考えてるみたい
ついに貯金がなくなったと言ってる ヒサンだね~ ヒサンだね~
マザコンで何がいけないのサ
それがコウジちゃんの口グセ かなしい口グセ
本当は名探偵になりたかった
今年はついに花粉症になった口裂け女
マスクを大量に購入
最近は名探偵に憧れている
デパートの屋上で小さな恋がめばえたらしい
ある春の一日
スギ花粉大量に舞う 春の一日のできごと
※ ※ ※
痛かった。今回は本当に痛かった。
朝になる頃、オレはトボトボと警察署から出てきた。受付にいる警官にヘコへコ頭を下げる。
道を行くにも足をヒョコヒョコ引きずって、かなり挙動不審気味だったと思う。
さすがに留置場は生まれて初めての経験だった。心細くて一睡もできなかった。
自信が崩壊し、通勤途中のサラリーマンにまで反射的に頭をさげて道を譲る。
手足がガクガク震えていた。
「寒ぃ……」
警察権力の前に、オレは文字通り丸裸にされたのだ。
取調べの間中、頭の中には中崎が作った『ロマンス』の歌詞が回っていた。
「笑って~笑って~…… 本当は名探偵になりたかった~」
いや、オレはヘビメタだろ。
そう思い直す。
この体験を、へヴィーに楽曲作りに生かしてやろうじゃねぇの!
マルチーが摘発されてオレも事情聴取されたものの、アホな被害者として一晩で解放された。
オレとユミさんには捜索願が出ていたらしい。
良かった。完全にのめりこんで、身も心も持ってかれる前につかまって本当に良かった。
借金の書類がいいかげんなものだったから助かったものの、サラ金に借金されられてたら大変なことになってたぞ。
うまい話はないんだ。簡単に判子を押すな、サインをするなと警官にひどく怒られた。
トボトボと、電車四駅分を歩く。
他に帰る場所はない。
二時間後、オレははかい荘前に立っていた。
ここに帰ってくるのは四日……いや、五日ぶりだ。
今日はクリスマスか……。
そんなことを考えながら歩いたせいで、廊下の破れに初めて足を突っ込んだ。
デンと転んで、ズボンが破れた。
「ダメージが深刻だ。特に精神の……」
オズオズと一番奥の扉を開ける。
鍵はかかっていなかった。
このゴミ溜め──ああ、たまらなく懐かしい。
「た、ただいま……」
「おかえりー」
狭い部屋の中では中崎がキノコ食ってた。
顔色がいい。どうやらゲロ事件からは立ち直ったようだ。
久々に帰ってきたオレを咎める様子もない。
「た、ただいま帰りました。寒くないですか」
壁を向いて座っているボンジュールちゃんにも話しかけてみるが、こちらからは反応がなかった。
チラッと見ると、やはりまだ生気のない目をしている。
「駄目だよ、シン。ボンジュールちゃんにゲロの話なんかしたら」
「え? オレ何も」
「あー、ダメダメ。ゲロは禁句だって」
ボンジュールちゃん、両手でこめかみを押さえて「アー!」とわめき出した。
それ見てヤツはケラケラ笑ってる。
「オマエ、ワザと……!」
あんまりだ。自分だって、つい数日前までは同じような状態だったくせに。
しかし、今は別に言うことがある。
ボンジュールちゃんの叫びが収まるのを待って、オレはゴミの中に土下座した。
「連絡もなしに出てって悪かった。オレ、どうかしてたんだ。ヘンなクスリ打たれて、暴力団に売られて、ネズミ講にハマって、警察につかまった」
「この数日の間にそんなに面白い事が……!」
不謹慎な言葉を呟いてからキノコを食って、それから中崎は首を振った。
「モガ……どうせお母さんが、お前がバカだって見抜いて変な事企んだんだろ。モグ……こっちこそ悪かったよ」
そのユミさんは今、完全に行方不明らしい。
「モグ。そのうちまた帰ってくるよ。モグモグ。いつもの事だし、慣れてる。警察に届けさえ出しとけば、何かあった時はわりとすぐに身元判明できるし、今回だって騙された被害者で通せただろ」
「やっぱりオマエが捜索届出してくれたんだな」
ああ、疑ったりもしたけど、やっぱり中崎は天才だ!
するとヤツはすごい真顔でこう言った。
「いいんだよ。ボクが頭がいいのは、もう当然の事実だから」
「う、うん……」
「ボクは……モグ。天才。モグ」
「なぁ、オマエ……」
ここにきて初めて、中崎がモシャモシャキノコ食ってるのが気になった。
「ソレ、どこで調達したやつだ? まさか……」
嫌な予感に背筋がスッと冷たくなる。
「どこって……テレビの裏」
ヤツは平気な顔してそう言った。
「ええ? それはつまり家の中にキノコが生えてたってコトかよ!」
「うん。便利」
「ええ? そんな感想なのかよ!」
ビンボウで頭、おかしくなってる。中崎はオレをにらんだ。
「勝手に取るなよ! 一本百円だからな!」
「……取らねぇよ。えらく高っけぇキノコだな、ソレ」
この際だから、オレは気になっていたことを尋ねてみることにした。
「オマエ、お父さんいんの?」
中崎は頷いた。どこに? と問うとモガモガ喋りだす。
「モグ。出稼ぎ」
「デカセギ? ソレ、いつの時代だよ!」
ブッと吹き出してしまった。中崎はムッとしたのか、ツンとソッポを向く。
事実なのか、中崎自身がユミさんにダマされているのか、微妙なところだ。
お父さんはどんな人で、息子の現在の暮らしぶりを知っているのかどうか聞きたかったのだが、もう答えてはくれないだろう。
オレは仕方なく、今度はボンジュールちゃんに話しかける。
「ボンジュールちゃん、元気出してください」
かわいそうに。
オレがいない間、サディストの中崎に散々いじめられたのだろう。
ゴミの中にうずくまり、膝を抱えて壁をじっと見ている。
オレはボンジュールちゃんを元気付けようと、傍らにしゃがみこんだ。
「オレ、ちょっとシッポ生えてんスよ。尻んとこに小っちゃいのがポコッと飛び出してて。やっぱりサルのシッポの名残なんスかね。ちょっと見ます? さわってもらったら、よく分かると思うんスけど」
え、ちょっと何? 何、後ずさってんスか?
「触って! ちょっとでいいから触ってください。ボンジュールちゃん!」
「タ、タスケテー!」
ボンジュールちゃん、中崎の後ろに隠れてしまった。
中崎は、さもうっとおしそうにオレとボンジュールちゃんを交互に見比べる。
「コイツ、間違いなくヘンタイだぞ、コラ!」
コイツとは、もちろんオレのことだ。勢い良く指さされた。
足の裏がゾクゾクする。罵られてる感じがたまらない。
「そうっス! オレなんてクズみたいなもんスから。ゴミと呼んでください。いや、ホント一言、ゴミと呼んでもらえるだけで……いや、ゲロでいいです。ゲロと!」
「……………………ゲロはイヤだ」
せっかく立ち直りかけたものの、ボンジュールちゃん、悲しい目であらぬ方向を見やった。
ああ、そこは触れちゃいけないとこだったか。
「ナベとかいいよね。モシャモシャ。闇鍋とかしてみたい」
空気を読まない中崎は相変わらずキノコをモグモグ食ってる。
テレビの裏に顔を突っ込んで収穫しているようだ。
そんな所に生えてるキノコをみて、よくナベを連想できんな。
「見ろよ。ビッシリ生えてる。キノコの上に新しいキノコが生えて、キノコの層を作っている。どう? 一本五百円のところを、二本百円にオマケしとくよ」
「しとくよってオマエ……売る気かよ!メチャメチャ暴利だろ。いや、そういう問題じゃなくて」
「暴利って、マルチ商法にハマった人間が言うか?」
「ああ……、そこはキツイ」
オレたちには、それぞれに触れてはならない傷口がある。
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