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第6話 リストバンド中崎の宝物
あっ、この子ハダシだ!
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「さすがにこの赤いキノコは無理っぽいけど。でも茶色なら問題ないだろ。現にボクは元気だし」
「いや、でも……。うん、茶色なら普通かなぁ?」
オレもテレビの後ろに手を突っ込んだ時だ。
「さすがにヤメとけ」
ボンジュールちゃんがムクリと起き上がった。
「どうかしている。ソウジする。この部屋、息つまる!」
すごいマトモな意見を吐いて、窓を思い切り開け放った。
冷たいビル風が顔面を打ち、オレは我に返った。
そうだ、この部屋はどう考えてもおかしい。
「窓を開けて風を入れて、部屋も心もソウジする!」
ボンジュールちゃんの格言に、しかし中崎は怒りを爆発させた。
「窓はいつも開けてる! 空気が動くから掃除は完了なんだ!」
かなり理不尽なことを言ってから、ヤツはキノコを飲み込むと、その場に仁王立ちする。
「掃除はともかく、整理はしなきゃな。さすがに寒いもん。ボク、靴下見つけなきゃ」
「あっ、この子ハダシだ!」
ボンジュールちゃんが声をあげた。ホントだ。ヤツはハダシだ。
「年明け、すぐ修学旅行なんだ」
中崎は今まで見たこともない笑顔をみせた。
「初めての旅行だよ。小中学校の頃は金がなくて行けなかったから。今回は、郵便受けに二万円入ってたんだ。多分お母さんが入れてくれたんだと思う。お前をヤクザに売った金の一部だろうな」
ありがたやー、と中崎は言った。オレはすごい複雑な気分になった。
「修学旅行の思い出をもとに傑作ポエムを書いてやるさ」
聞くと、行き先は長野だと言う。スキーか。
「オレは中学ん時スキーに行ったぜ。高校ん時は九州一周だったな」
「へぇ……」
中崎が複雑に表情を歪めた。
それでも生まれて初めての旅行だ。すぐに気持ちは高揚していく。
「それでセーターと靴下が必要なんだな」
うん、とヤツはかわいらしく頷いた。
あるのは確かなんだ。でも……、と首を振る。
なるほど、どこに埋まってるのか分からないってことだな。
この部屋は本当にヒドイ。ゴミ溜めのような四畳半。
ワイドショーなどで時々やってるゴミ屋敷というほどじゃない。
ただ、色々役に立ちそうなもの──サランラップの芯とか箱とか紙とか袋とか空き缶とかが捨てられないだけだ。
ユミさんがそうだし、そのユミさんに教育された中崎はそれが自然だと思っている。
普通のゴミが部屋中にうず高く積み上がっており、ズッポズッポ腿まで埋もれさせながら移動するのだ。
テレビの前だけちょっとゴミがはけてある。
更に窓の桟から柱にヒモが渡してあって、
そこに洗濯物や得体のしれない何かヒラッとしたものもぶら下がっている。
そのへんがどうしようもない感じでリアルでイヤだ。
「掃除しなきゃな。靴下をはきたい」
ヤツがその気になった今が唯一のチャンスだ。
この機会をのがすと、この家は永遠にこのままだ。
「掃除を決意したならオマエ、今モグモグ食べてるそれ、キノコは廃棄だぞ!」
「これは食料だろ。ボクはセーターと靴下を問題にしているだけで、キノコは関係ない……」
ブツブツ言うのを無視して、オレはいつになく強気だ。
せめてタタミの見える部屋にする、と宣言した。
ボンジュールちゃんが嬉々としてゴミ袋を持ってきた。
彼女もこのゴミ溜めには、さすがにうんざりしていたのだろう。
「畳が見たいんだな? 後悔するぞ」
おどろおどろしく中崎が言った。含み笑いが不気味だ。
いや、どうせヤツ一流のハッタリに決まってる。
オレが怯えるのを見て楽しんでるだけだ。
「畳の上にはダニがウジャウジャいるぞ。数年前まではウヨウヨ歩いてんのが見えてたんだけど、今は物がいっぱい置いてあるから畳自体が見えないんだ。多分、中の方で大量に繁殖してるんだろうな」
「うっ……」
オレとボンジュールちゃんが同時に呻いた。
「ダニってやつは通常六月頃から現れて、オスメス二匹そろって行動するんだ。だから一匹見付けたら、必ず傍にもう一匹いるんだよ。もっとも、真夏になったらどれがツガイか分からないほどにウジャウジャ繁殖してるんだけど」
コイツ、冗談で言ってるのか?
それとも……。いや、そんな事態になってたら、いくら中崎でもさすがに掃除するだろ。
でも……分からん。ヤツは分からん。
「オイ、コラ! コレ見ろ!」
ボンジュールちゃんがジャージの上着をまくって、いきなり腹を出した。
「痒くてたまらヌ!」
下っ腹が真っ赤だ。よく見たらびっしりブツブツができてる。
「うわ、キモッ!」
中崎が叫ぶと、さすがのボンジュールちゃんも傷ついたようにうつむいてジャージを下ろした。
「ボ、ボンジュールちゃん、オレもです! ココ! ココ、見てくださいよ」
オレはオレでジャージのズボンの裾をまくった。
ふくらはぎが真っ赤でブツブツが。
ボンジュールちゃんの腹とまったく同じ状態だ。
いや、ここ数日家を出ていたオレの方がブツブツの密度が幾分マシか?
「間違いない! ダニっスよ」
オレたちは頷きあう。中崎一人が首をかしげていた。
「お前ら、ヤバイんじゃねぇの? ずっと住んでるけど、ボクは何ともないよ」
わざわざジャージをまくって腹や腕、足を見せてくれる。
確かにヤツには虫刺されひとつない。
「ムカツクくらいスベスベした肌だナ、コラ!」
「まぁね」
若さかな、なんて言ってボンジュールちゃんを挑発している。
「オマエが異常なんだよ!」
オレは叫んだ。
この際、何が何でもソウジしてやる!
ボンジュールちゃんが「イェッサー!」と敬礼した。
「いや、でも……。うん、茶色なら普通かなぁ?」
オレもテレビの後ろに手を突っ込んだ時だ。
「さすがにヤメとけ」
ボンジュールちゃんがムクリと起き上がった。
「どうかしている。ソウジする。この部屋、息つまる!」
すごいマトモな意見を吐いて、窓を思い切り開け放った。
冷たいビル風が顔面を打ち、オレは我に返った。
そうだ、この部屋はどう考えてもおかしい。
「窓を開けて風を入れて、部屋も心もソウジする!」
ボンジュールちゃんの格言に、しかし中崎は怒りを爆発させた。
「窓はいつも開けてる! 空気が動くから掃除は完了なんだ!」
かなり理不尽なことを言ってから、ヤツはキノコを飲み込むと、その場に仁王立ちする。
「掃除はともかく、整理はしなきゃな。さすがに寒いもん。ボク、靴下見つけなきゃ」
「あっ、この子ハダシだ!」
ボンジュールちゃんが声をあげた。ホントだ。ヤツはハダシだ。
「年明け、すぐ修学旅行なんだ」
中崎は今まで見たこともない笑顔をみせた。
「初めての旅行だよ。小中学校の頃は金がなくて行けなかったから。今回は、郵便受けに二万円入ってたんだ。多分お母さんが入れてくれたんだと思う。お前をヤクザに売った金の一部だろうな」
ありがたやー、と中崎は言った。オレはすごい複雑な気分になった。
「修学旅行の思い出をもとに傑作ポエムを書いてやるさ」
聞くと、行き先は長野だと言う。スキーか。
「オレは中学ん時スキーに行ったぜ。高校ん時は九州一周だったな」
「へぇ……」
中崎が複雑に表情を歪めた。
それでも生まれて初めての旅行だ。すぐに気持ちは高揚していく。
「それでセーターと靴下が必要なんだな」
うん、とヤツはかわいらしく頷いた。
あるのは確かなんだ。でも……、と首を振る。
なるほど、どこに埋まってるのか分からないってことだな。
この部屋は本当にヒドイ。ゴミ溜めのような四畳半。
ワイドショーなどで時々やってるゴミ屋敷というほどじゃない。
ただ、色々役に立ちそうなもの──サランラップの芯とか箱とか紙とか袋とか空き缶とかが捨てられないだけだ。
ユミさんがそうだし、そのユミさんに教育された中崎はそれが自然だと思っている。
普通のゴミが部屋中にうず高く積み上がっており、ズッポズッポ腿まで埋もれさせながら移動するのだ。
テレビの前だけちょっとゴミがはけてある。
更に窓の桟から柱にヒモが渡してあって、
そこに洗濯物や得体のしれない何かヒラッとしたものもぶら下がっている。
そのへんがどうしようもない感じでリアルでイヤだ。
「掃除しなきゃな。靴下をはきたい」
ヤツがその気になった今が唯一のチャンスだ。
この機会をのがすと、この家は永遠にこのままだ。
「掃除を決意したならオマエ、今モグモグ食べてるそれ、キノコは廃棄だぞ!」
「これは食料だろ。ボクはセーターと靴下を問題にしているだけで、キノコは関係ない……」
ブツブツ言うのを無視して、オレはいつになく強気だ。
せめてタタミの見える部屋にする、と宣言した。
ボンジュールちゃんが嬉々としてゴミ袋を持ってきた。
彼女もこのゴミ溜めには、さすがにうんざりしていたのだろう。
「畳が見たいんだな? 後悔するぞ」
おどろおどろしく中崎が言った。含み笑いが不気味だ。
いや、どうせヤツ一流のハッタリに決まってる。
オレが怯えるのを見て楽しんでるだけだ。
「畳の上にはダニがウジャウジャいるぞ。数年前まではウヨウヨ歩いてんのが見えてたんだけど、今は物がいっぱい置いてあるから畳自体が見えないんだ。多分、中の方で大量に繁殖してるんだろうな」
「うっ……」
オレとボンジュールちゃんが同時に呻いた。
「ダニってやつは通常六月頃から現れて、オスメス二匹そろって行動するんだ。だから一匹見付けたら、必ず傍にもう一匹いるんだよ。もっとも、真夏になったらどれがツガイか分からないほどにウジャウジャ繁殖してるんだけど」
コイツ、冗談で言ってるのか?
それとも……。いや、そんな事態になってたら、いくら中崎でもさすがに掃除するだろ。
でも……分からん。ヤツは分からん。
「オイ、コラ! コレ見ろ!」
ボンジュールちゃんがジャージの上着をまくって、いきなり腹を出した。
「痒くてたまらヌ!」
下っ腹が真っ赤だ。よく見たらびっしりブツブツができてる。
「うわ、キモッ!」
中崎が叫ぶと、さすがのボンジュールちゃんも傷ついたようにうつむいてジャージを下ろした。
「ボ、ボンジュールちゃん、オレもです! ココ! ココ、見てくださいよ」
オレはオレでジャージのズボンの裾をまくった。
ふくらはぎが真っ赤でブツブツが。
ボンジュールちゃんの腹とまったく同じ状態だ。
いや、ここ数日家を出ていたオレの方がブツブツの密度が幾分マシか?
「間違いない! ダニっスよ」
オレたちは頷きあう。中崎一人が首をかしげていた。
「お前ら、ヤバイんじゃねぇの? ずっと住んでるけど、ボクは何ともないよ」
わざわざジャージをまくって腹や腕、足を見せてくれる。
確かにヤツには虫刺されひとつない。
「ムカツクくらいスベスベした肌だナ、コラ!」
「まぁね」
若さかな、なんて言ってボンジュールちゃんを挑発している。
「オマエが異常なんだよ!」
オレは叫んだ。
この際、何が何でもソウジしてやる!
ボンジュールちゃんが「イェッサー!」と敬礼した。
応援ありがとうございます!
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