明日の「具」足

社 光

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11話

11話「妬きソバ名人」【2/3】

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 9時を過ぎ、最初の買い物に訪れたのは家電量販店。駅前に立つ大きめのビルの地下1階から地上6階までの広大なフロアの中で私達が用があるのはここ、3階の生活家電コーナーだ。冷蔵庫と電子レンジ、我が家での永住権を持っている白物家電がこの2台のみという現状は、1人暮らしならともかく2人ではどうしようもない。せめて炊飯器だけでも大家から毎回借りている現状から抜け出そうという榊さんからの提案に乗っからせてもらった形になる。

「おぉー……」

 そしてエスカレーターでフロアに上がってくると、その瞬間に圧倒されるほどの近代感。何年かぶりに訪れた家電売り場の中を軽く見まわしてみると視界に入った掃除機や暖房器具だけでも私の知識の中にあるフォルムには似ても似つかないような進化を遂げていた。ホースが無い!デカくない!ダサくない!まるでインテリの家のインテリアとして置いておくだけでも値段相応の存在感を放ちそうなシャープなフォルムの商品達は、私に対して社会から隔絶されてきた年月を語り聞かせてくるよう。なんだ?あのエイみたいな掃除機。

「あっ、色々あるよ哀留!」
「うわホントだ」

 原始人の如く、立ち並ぶ近代化電に狼狽しながらも、榊さんに付いてなんとかキッチン家電のエリアにまで足を踏み入れた。そこにあったのは先程とは一転して良く見慣れたシルエット達。レンジやオーブン、炊飯器は私がそれそのものだと認識できるようなデザインのものがほとんどで、ほっと胸を撫で下ろした。傍に寄ってみれば慣れ親しんだプラスチックの質感が出迎えてくれるみたい、蓋を開けて早速中の具合を確認してみよう。そう、これだよこれ───

「って、アレ?」

 だけど興味本位で並んでいたサンプルの炊飯器の蓋を開けようとしたとき違和感を覚えた。ボタンを押しても”ムッ”っとしながらなかなか開くことが無い蓋。まるでピッチングマシーンの投げる前だ。

「真空圧力炊きかぁ、ちょっと大きいんじゃない?」
「えっえっ、っパガ!?」

 なんですかその竜巻旋風客みたいな文字列?そして何もかも知っていそうな榊さんの言葉に戸惑う私の顎をようやく開いた炊飯器の蓋が勢い良く打ち付けた。

「あっ!大丈夫?!」
「へ、へんじょうぶです」

 痛みも衝撃もほとんど無い代わりに大事な何かを打ち砕かれた感じ。聞いてみるとお釜の中を真空にして美味しく炊き上げるという仕組みらしく、今の高めな炊飯器はこの仕組みが多いらしい。元営業職の分かりやすい商品説明をありがたく拝聴しながらウチにも置けそうなほどほどのサイズ感の物を探した。どうせ込み入った機能なんて使えやしないけど、炊飯と保温ができればパックのご飯で夕食を作るなんて情けない状況から脱却できるし、もし、もしも、多少なりとも美味しいご飯と一緒に食べてもらいたいからと……そんな事まで思い至りそうになる。

「これくらいので、どうでしょうか?」
「うん、そうね、良いと思う!」

 選んだのは税込みで8000円くらいの3合炊き。色は掃除も録にしてないキッチンの着色具合から浮き上がるのが怖かったのでほんのりと薄灰色。典型的な1人暮らし向けのモデルだったけど、使うかどうかの確証すらない身には充分過ぎる品だ。新品の箱は片手の脇に抱きかかえられるくらいの大きさだったので、見本の棚の下に並んでいたソレを持って2人でレジに直行する。

「「いい(です)から」」

 だけどレジの前では他のお客もいないのに支払いの渋滞が発生することに、要するに「どちらが払うか問題」の浮上だ。私としては自分の部屋に、自分の都合で置く家電である以上自分が払うのが当然の筋だと、そう言ってみたものの榊さんは頑として首を縦に振ってくれない。

「貴方に買う理由を作らせたのは私なんだから私が払うわ!これでも稼ぎは人よりあるつもりだし、何より年上だもの」

 周りからの視線を全く気にせずに榊さんはそう言い放ちながら私の小脇にある箱をむんずと掴み去ろうとする。マズイ、無意味な気の使い合いに突入しかけている。だけど流石に此処は譲るわけにはいかない!年上だとかお金がどうとかの問題じゃなく「私が使う」のだから私が払わなきゃいけないんだ!

「こっ、これで!榊さんに美味しいご飯を作りたいんです!だからっ……その覚悟として私に払わせてください!」
「!?」

 情に訴えかけるような言い方になってしまったのは不本意だった。だけどいつの間にか後ろに伸びてきた列が長く尾を引き始め、並び直すのも待たせ続けるのも避けたかったから致し方ない。一時の恥を忍んで榊さんにパフォーマンスじみた本心の打ち明け方をして彼女が戸惑っている隙にパパっと会計を済ませると、これ以上の好奇の視線を浴びる前に彼女をエレベーターに押し込むような形で家電売り場から退散した。

「すいませんつい……」

 我ながらその場凌ぎの言葉だけはつらつらと出てくる。ましてや人の心に漬け込むような言い方をして、自腹を切る方便としてもやりすぎだ。

「ううん、大丈夫。でもじゃあ、楽しみにしてもいいの?」

 そんなメンタルに無自覚に追い打ちをかけるかのように、榊さんは純粋な視線を炊飯器の袋を下げる私に向ける。昨日の惨事を経てなおそんな期待をしてくれているなんてことは素直には信じられないけど、ともあれこれで後には引けない状況になったのは間違いなさそうだ。

「えっへへ」

 できもしない約束というありふれた行為すらする度胸も無いままエレベーターの中で2人きり、私のどちらとも言わない笑顔でこの話題は打ち切られることとなり、2人はその足で次の目的地、洋服屋に向かった。2件隣に立つ大型ビルの7階、エスカレーターで上がった先にフロア丸々を使ったアパレルゾーンが広がっていて、またしても日頃行き慣れない光景に私は息がつまる。こういう身につける物というのはそれぞれ育ってきた環境や価値観の違いが如実に表れるからだ。

「榊さんはどういう物を買われるんですか?」
「まぁ適当にって感じかな?私、仕事着以外はそこまで頓着しないし、部屋着は持ってきた物があるから───」

 ……まただ。

「じゃあ私、この辺りで待ってますから」
「え!?なんで?いいじゃない、せっかくだし一緒に見ていきましょうよ、家電で払って貰っちゃったしせめてこっちは私が出すから!」
「と、特に必要なものは無いので……」

 頭の中の雑音が大きくなる。この口がまた余計なことを彼女に問いただしたりしないか不安になり、そんな思考を消化させるためにしばらく1人になりたくて榊さんに対して子供じみた態度を取ってしまい、そのことにさらに自己嫌悪が高まる。

「ホントに?なんでも大丈夫よ、アウターや靴みたいなのもあるみたいだし」
「大丈夫です、から」

 彼女の日常、外での振舞い方や生活の仕組みについて知れば知る程、私にはに対する興味や拒否感が泉のように胸の内に湧き出で続ける。これが厚かましいことだって、下世話で恥知らずな好奇心だって言うことは分かっているのに、外での彼女が楽し気に何かを選んだり興味を抱いたものを見せるたびに、私のこの瞳に映る景色が私だけのモノじゃなかったという事実が不必要なほどに私の脳裏に深く刻み付けられていく。それを自覚したのは公園からこの辺りまでの道中だったけど、感じ始めたのは多分もう少し前で、私は目の前の彼女の事すら素直に見つめ返せないでいた。だから一緒にはいきたくない、今だけは。

「じゃあすぐ買って戻ってくるよ、ちょっと待ってて」
「はい、お気を付けて……」

 そう言い残し洋服の列の中に消えていく背中を見送り、私は炊飯器の箱の入った袋を抱きかかえながらベンチでうずくまって自分の頭の中をびっしりと埋め尽くそうとしている不快さを締め出そうと必死になった。思考の弁を閉じ、耳を塞いで目を伏せて、ただ榊さん、榊 奈央とのこれからだけを考えて───

「違うだろ……」

 心が口を開く。不誠実な私の塞いだ耳をこじ開けてその言葉は心臓に届く。そうだ、避けられはしない。お前がいくら視線を逸らそうとしてもその影は消えはしない。一度自覚してしまえばもう忘れる事なんてできないのだから。

「お待たせ!」
「あ───」

 目を耳と頭をこれほど疑ったことは無い。エスカレーター前の時計はやってきてからきっちりと20分の時を刻み終え、私に眼前には息を切らしながら買い物袋を左手に下げて膝に手を着く榊さんがいたのだ。

「はぁ、ふぅ……、哀留?」
「あっいや、お疲れ様です……」
「えっとぉ、はいっ!これ!」

 彼女が袋から取り出して見せたのは一対の靴下と手袋、そして毛糸づくりのマフラーだった。

「これは?」
「一応、クリスマスプレゼント……って感じ、かな。遅くなっちゃたしそこまで張る物じゃないんだけど……ごめんね」
「あっ!ありがとう、ございます」

 座ったまま受け取ったそれらは持った瞬間に私の両手に柔らかく覆いかぶさり、接した部分を暖めてくれる。確かに外出用の上着1着以外の防寒は全て暖房で賄ってきた私はこういった冬の小物は持っていなかったので、ただただ純粋な感謝の気持ちを榊さんに伝える。

「あっ、でも私……榊さんに何も───」
「何言ってるの、これから作ってくれるんでしょ?」
「あっ……!」
「これは安いけど前払いってところかな?」

 両手に持った彼女からの真心を見つめる私の心の中はその瞬間にようやく静まり始めた。不審の鼓動が鳴りを潜め始め、根拠の無い不安感は取り敢えず映る込まなくなり、吐き気と寒気が体から引いていくのが分かる。

「頑張りますね、私」
「あっはは、ありがと!でも取り敢えず、そろそろお昼かな?」

 立った時間ばかりが目に入って今が何時なのかを気にしていなかった。もう1度時計を見てみると時刻は11時40分辺り、以前であればともかく規則正しく7時に食べた今日の朝食は緊張と疲労ですっかり消耗されきっている。

「駅ビルの方に行ってみない?そろそろ向かえば並ばなくて済むかもしれないしさ」
「ハイ!」

 

 

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