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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

2.追放令嬢とフレポジ男

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 丁度、姉のアネスも準備を終わらせて玄関前に出てきたようだ。
姉の方も髪をとかして服の上から魔術師のローブを羽織っただけである。
きっと、ローブの下はとんでもない格好になっているが、これが魔術師であるアネスの正装だ。

26歳のケヴィンの一つ年上、婚約者もいる身なのだからもっとちゃんとしてほしい…
これが相手の都合により婚約から3年待たされて完全に行き遅れ状態になっている女の姿だ。
ここ数日、依頼されたという錬金素材の精製を行っていたらしいが…
邪魔をされてちょっと不機嫌そうにしているアネスは持っている魔導士の杖をカンと鳴らしながらメガネを直し愚痴る。

「随分遅れたうえに、先触れもなしにご登場?ほんとに大丈夫なの…?」

 それを「さあ…?」と肩をすくませつつ流し、さっそく玄関から出て出迎えをする。
とは言っても馬車はとっくに到着をしており、既に玄関前に横付けされていた。
フレポジェルヌ邸には獣除けの柵がある程度なので当然ではある。

王国ではレンガ造りが多いと聞くがフレポジェルヌ邸は5年前に新築したばかりの木造建築。
背後には森、周りには畑、北西に見えるは雄大にそびえ立つロアヌ山脈。
周囲を見渡すと360°全てが自然に囲まれたThe・田舎と言わんばかりの佇まいである。

 侯爵令嬢様はどうやら馬車の中で待機しているご様子。
騎士らしき男が御者を務め、侍女らしき女が馬車の前に立っていた。
それにしてもおかしいのが、馬車が一台だけで護衛の兵が全くいないという事だろう。
辺りを見回しても気配を探っても全くいない。
いよいよもって詐欺である可能性が濃厚になってきた…

 こちらが出てきたことを確認すると、侍女らしき女が御者に目線を送る。
すると、御者席に不機嫌そうに座っている騎士風の男がダン!と箱馬車の壁を叩いた。
その音の大きさにケヴィン達はギョッとした。
明らかに御令嬢を呼び出すための音量ではなく、まるで囚人を叩きだすかのような音だったのだ。
眉をひそめたが抗議の声を上げるのは控えた。
もしかしたら喧騒にあふれた王都ではこのように合図をするのが作法なのかもしれないから…(ねーよ)

 合図からしばらく間を置くと…
ん~?
侍女が扉を開けるべきなんじゃなくて?
わからん…王都人わからん。
田舎では人手がないから自分で開けるが、流石に正式な場所ではちゃんとやるぞ?

 この様子から不穏なものを感じ、最早ケヴィンは何の期待も持たないことにした。
きっと、とんでもない女が中から出てくるのだと。
せめて許容できる範囲であることを女神に祈るだけであった。
頭に浮かんできたのは婚約してから手切れ金を渡して縁切りした娼婦の姉ちゃんだったわけだが…
あの子に手切れ金渡したのよく考えたら3回目だったっけ。
またおめおめと戻るのは嫌だなぁ~とか考えていると馬車の中から自分で扉を開けて人が出てきた。

………その姿に息をのんだ。

 ローブを着込んでフードを被ってはいるが、それでもわかる静かで洗練された動き。
ただ単に女性が馬車から降車した…それだけなのに、ケヴィンは今までの一連の無礼を忘れて魅了されていた。

「到着が遅れたうえに先触れを出さずに押しかけてしまった無礼、謝罪いたします。
サレツィホール侯爵家、長女エルシャルフィール・フェルエール・フォン・サレツィホールと申します。
…以後よろしくお願いいたします」

 そう言って流れるようなカーテシーで挨拶をするエルシャ。
ケヴィンには一連の詐欺疑惑などもってのほか、この女性が上流貴族であることが疑いようがないように思えた。
なんなら、無礼を働いた瞬間首を落とされるのではないかという考えが頭をよぎったほどだ。
その所作にポーっと飲まれていたケヴィンは自分が挨拶を返さなければならない立場であることを思い出し焦った。

「…あ、はい、私がフィレポジェルヌ子爵家嫡男、ケヴィン・フィレポジェルヌです。
そしてこちらが姉のアネス」

 アネスもエルシャの所作のみでこれはヤバいのが来たという事が分かったのであろうか、姿勢を正し挨拶をする。
それが終わるとケヴィンが続ける。

「父のフィレポジェルヌ子爵は今は運悪く隣領の結婚式に参席するためこの地を離れております。
申し訳ありませんがご挨拶は帰ってきてからとなります。
遠路はるばるこのような辺境の地までお越しいただき感謝の極み、心より歓迎いたします」

 一目顔が見たい…その想いからフードに隠れた部分をジッと凝視してしまうケヴィン。
その視線に気づいたエルシャであったが…

「申し訳ありません…身綺麗にする暇がなく埃にまみれておりまして…
父のサレツィホール侯爵からの書状がこちらにございますので、身の証明はこちらでご容赦くださいませ」

 淑女の顔を覗き込もうとしたケヴィン…これにはアネスも呆れ顔だった。
なにせこんな王国の端っこのド田舎まともに宿などありはしない…
身支度ができる環境がないまま面会する羽目になっているはずなのだ。
もしかしたらフードの中にはとんでもない美女が隠れているかもしれないと言うスケベ心が災いし、うっかり無礼ポイントを稼いでしまうケヴィンであった。

「!…失礼しました。まずは部屋でおくつろぎください。
長旅でお疲れでしょう。細かい話は明日以降にして本日はどうかごゆっくりお休みください」

 謝罪をしながら書状を受け取りその場で検める。
付き人はアレだが、この女性は上流貴族として教育を受けていることは疑いようもない。
そして侯爵閣下の書状も携えている…
どうにか歓迎の意を見せてポイント回復をしたいところだ。

まだ昼を少し過ぎた頃ではあるがなにせこの田舎道。
しかも”王国の爪の先”と言われる王国の最西端に位置するこのフレポジェルヌまでの旅路だ。
女性の身で疲れていないはずがない。
なのでケヴィンもまずはゆっくりと疲れを癒すことを進める。

「温泉もありますからゆっくり浸かって疲れを癒すといいですよ」

 すかさずアネスも歓待の意を示すため援護する。
アネスからもエルシャが侯爵令嬢であることに疑う余地がなく反感を持たれるとマズいように見えたのだ。

「まあ、温泉があるのですか?確か大地から湧き出た湯に浸かるのでしたっけ」

 エルシャも噂には聞いたことがあった。
友人…であった令嬢が旅行で行った先に温泉がありとても気持ちがいいものだった自慢していたのだ。
無論、エルシャの立場ではそうそう旅行など行けるわけがなく自分の人生でそのような経験をすることはないだろうと思っていたのでこれには驚きだ。

 フィレポジェルヌ領といえば、記憶をたどって出てくる情報としてはこの十数年ほどで随分税収があがっている景気がいい領だったはず、とはいっても王国全体の規模で見ればやはり小さな領であったため少し目についたという程度で温泉が出るなど聞いたことはなかった…

 そういえば子爵家の二人だけでなく後ろの使用人も随分清潔感がある身なりをしているなと気が付く。
父親から侯爵家の娘としての責務を果たせと言われ突如決まった婚約で、正直厄介払いであると思っていたのだが…
むしろ、父は相手を選んでこの領へ送ったのかもしれない…そんな前向きな気持ちが沸き上がってきた。

「ええ、昔私の友人と姉が魔法の実験をした時にうっかり掘り当てたものを家まで引いてきているのです」
「そんな昔の話いいでしょ…」

 きっと二人にとっては姉の過去の話をいじって楽しむ笑い話なのだろう…
だがエルシャはこの話を聞いて口元には笑みを浮かべつつもなるほどと思った。
魔術師のローブを着たアネスという長女が魔法の力に開花したのがきっと税収が上がったきっかけではないだろうか。
そう考えればこの領の成長に説明が付く。
…つまりこの領のキーパーソンはこの姉ということだ。
幸い、この姉弟の関係は良好に見える。
そう考え、エルシャは姉の昔話に食いつくことにした。

「面白そうな話ですね、後ほどにでもぜひ聞せて頂きたいです」

 おおよそ修道院で祈りを捧げる人生になるのだろうと思っていたエルシャであったが、自分にもまだ侯爵家の娘としてもしかしたら存在価値があるのかもしれない。
それにはまずこのアネスについての情報が欲しいところ…
汚れた格好のまま話し込むことはできないが話してもらえる確約はとりつけたい。
そう考えながら話をしていると、それに横やりを入れる人物が現れた。

「失礼ですが少しよろしいでしょうか?」
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