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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

3.追放令嬢と命令書

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「失礼ですが少しよろしいでしょうか?」

 突然のこの失礼な割り込みに思わずムッとするエルシャ。
たしか、この侍女とて男爵令嬢ではあるが侯爵令嬢たるエルシャの会話に割り込むなど何様だという話だ。
しかし、続けた話は無視できるものではなかった。

「王太子殿下から命令書を預かっております。到着後に渡すよう言付かっておりますのでご覧ください」

王太子殿下の命令書…エルシャは硬直した。

あの時の光景を思い出してしまったのだ…

殿下のあの無慈悲な命令を…


エルシャは絞り出すように声を出した。

「…見せなさい」

 受け取り目を通すとエルシャは思わず下唇をかんだ。
御者を務めていた騎士がニヤニヤとエルシャの方を見ていた。

(やられた…)

なんなのだと訝しげに見てくるケヴィン達に内容を伝える。

「婚姻の儀は五の月中に終わらせろ…と」

 つまり、期限は今日中だ…
ご丁寧に逆らえば反逆罪として処分するとまで書いてある。
この付き人たちは命令内容を知っていたのだろう。
わざと旅程を遅らせることでまともな式の準備ができないよう嫌がらせをしてきた…そういうことだ。

(本当にどうしてこんな…?)

忌々しいのはこんな状態になるまで王太子殿下に対して何も出来なかった自分であろうか…

「それではさっそく婚礼の儀を執り行ってください。これは王太子殿下よりの命令でございます」
「………はぁ?王太子殿下ってどういうことだ??
これは家同士の婚約だ、王太子だか知らんが口を出されるいわれはない」

はぁ…とため息をつきながら語った。

「どうやら、あなたもこの女に騙されたようですね。
まあ、大方持参金に目がくらんでの事でしょうから自業自得ですが」

そして、女は口元に笑みを浮かべながら語る。

「この女は王太子殿下の"元"婚約者でありますが、数々の悪逆と不貞行為を繰り返した罪により婚約を破棄されました。
そして、二度と王太子殿下に近づかぬようこのような辺境の子爵家に嫁ぐことになった…そういう事です。
ちなみに到着が遅くなったのは慣れない獣道を進むお嬢様を配慮しての事ですので」

と嫌がらせをした自分たちには非がない事を付け加える。
獣道じゃねーよ、普通の道だよと言いたくもあったがそれどころじゃない。

アネスは頭を抱え、ケヴィンは天を仰いだ。

…やっぱり厄介事じゃねーか。


「ちょっと待て、いくら何でも急ぎすぎだろう。今両親である子爵夫妻も外出中だ、せめて戻ってくるのを待ってほしい。
そもそもこんな小さな村で司祭が簡単にいると思っているのか?
今隣の領で結婚式を挙げているから伝令を出してそのまま来てもらう…それでいいだろ?」

 どうしたものかと思うがまずは時間を稼がなくてはならない。
ケヴィンとしてはまずは歓待し本人の意思確認。
その後、相手の御両親に挨拶に行きそののちに親族を呼び晴れて結婚式という考えだったのだ。
会った直後に結婚など予定外だ…

「大した罰もなく貴族家に嫁ぐことが許されたのは温情といえましょう、ですがこれ以上王太子殿下に纏わり付けないよう結婚は期限をつけるのです。
それに逃げ出さぬよう、その日のうちに婚姻の儀を執り行えるよう配慮してあげたのです。
このような寒村でも修道士程度ならいるでしょう?
王太子殿下はそれでかまわないとおっしゃっておいでです」
「なっ!」

 これにはエルシャも侍女の言葉に信じられずに反応した。
仮にも侯爵家の御令嬢の婚姻を修道士が執り行え、などと正気とは思えない。
これには流石にケヴィンもカチンときた。

「サレツィホール侯爵家の御令嬢の婚姻を修道士に執り行わせるなんて、そんな失礼な真似できるわけがないだろ!」

このケヴィンの怒りに淡々と答える侍女と騎士。

「もう一度言います。これは殿下よりの命令であり、反論は受け付けません」
「結婚できるだけましだろう。本来なら処刑されているところだ」

 エルシャの罪状についての真偽はケヴィンにはわからない。
少なくともエルシャがこの事に反論しないという事は、一定の罪を認めていることに他ならないのだ。
なので、そこはいい。
だが、この二人の態度は気にくわない。
完全にこちらを田舎貴族だと馬鹿にしているのだ。
なので、ケヴィンとしてはこの命令に従うつもりはなかった…
この手の相手をわからせるための最善の手を思い付いてケヴィンは腰のそれに手をかけようとした。
…が、それに待ったをかけた人物がいた。

「ケヴィン様、申し訳ありませんが命令の通り本日中に婚姻を…こちらへの配慮は十分受け取りましたので」

 そう言ってケヴィンに近づき手で制止するエルシャ。
ちなみにケヴィンは現在帯剣などしておらず丸腰である。
エルシャは短剣でも抜こうとしているのかと勘違いしたが、ケヴィンが抜こうとしたのは自分の財布である。
この下種どもを財布の中の金貨で頬を叩いてやろうかと考えていた…

 …が、エルシャがそっと手を静止した時、ふとなにかが香った。
そういえばまともに風呂にも入れなかったんだっけ。
香水の匂いとは違う香りが漂って来て思わず硬直するケヴィン。

(…人間の体臭ってこんないい匂いするのか?)

と別の事に気を取られエルシャに対して説明する機を逸してしまった。

「そのように男を誑かしていたのですね。
単に自分が助かりたいだけでしょうに…
悪いことは言いません、この女に騙される前にさっさと婚約は破棄したほうがいいですよ?」

(イラッ!)

「誰が破棄などするものか!!
いいだろう…今日中に立派な結婚式あげてやらぁ!」

突然怒鳴り散らしたケヴィン。
エルシャも侍女もびっくりする。
頭を抱えるアネス。

 ちなみにケヴィンが怒鳴ったのは、思いっきり誑かされていた自分の図星を突かれたことも一因としてあるがもちろんそんな事は言わない。
少々怒気をはらんだ表情で侍女に詰め寄っていくケヴィン。
騎士が剣に手をかけるが気にせず侍女を指さしながら笑みを浮かべ言い放つ。

「いい事を教えてやろう。
最後に笑顔を見せてくれるなら、女に騙されるってのもそれほど悪いもんじゃないんだぜ」

いきなりわけのわからない事を言われ「へ?」と、つい後ずさってしまう。
そして、そのケヴィンの頭を杖でポカリと叩きながらアネスがぼやく。

「そんな調子のいいこと言って、いつも人にヤケ酒つき合わせてるくせ。
アホやってないで早く準備なさい」

「うっ…」といたい所をつかれて気まずい顔をするケヴィン

事態を注視していたアネスは直ぐに気持ちを切り替えた。

「ったくしょうがないな~、私ちょっと行ってだれか司祭様連れてくるから準備よろしく。
…衣装は母様の結婚式の時のが残ってたはずだからそれ使うしかないね」

 アネスがさっさと準備を始める風だったので、ケヴィンも気持ちを切り替えて準備を始めることにした。
エルシャはアネスの言葉に疑問を覚えるが、何か質問する前にフレポジェルヌ家の人間が動いてしまったため何も聞けなかった。

「ケイト!エルシャルフィール嬢を部屋に案内してから湯あみと着替え…あと食事もだな、もろもろ準備を頼んだ。俺は式場の準備してくる」

ケヴィンたちが準備を始めようとしていると護衛の騎士が声をかけてきた。

「おい、俺たちが休むところに案内しろ!」

これに、ケヴィンは相手にしてられないと馬小屋を指さしながらサラッと返す。

「部屋を用意する余裕がないから馬小屋を使ってくれ。文句は王太子殿下へ頼む!」

そういうとエルシャを連れてさっさと家の中へ入っていってしまった。
取り残された二人の怒鳴り声が聞こえるが、時間がないのは本当の事なのでしょうがない。
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