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1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢

4.追放令嬢と温泉

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 アネスは屋敷には入らずフラッとどっかへ行ってしまった。
ケヴィンも用意をするためにエルシャの事をケイトに任せるとそのまま用意をするために自室に行ってしまう。

 エルシャが屋敷に入って目に入ったのは家族の肖像画であった。
ケヴィンとアネスがまだ少年少女と言える時期に描いたものだろう。
生意気そうな仏頂面で剣を腰に帯びている少年と早く終わってほしいと退屈そうに本を抱いている少女。

 そして両親と思われる男女を確認する。
子爵夫婦のはずだが、記憶を辿ってももちろん面識はない。
子爵の方は温和そうでどこにでもいそうな普通のお父さんといった感じだろうか。
妻の方はとても奇麗な女性であり幸せそうな微笑みを浮かべていた。
なるほど、少なくともアネスの方は母親似だろう。
メガネに隠れて分かりづらいがとても奇麗な顔立ちだったはずだ。

「まずはお風呂にご案内しますねぇ~」

 ケイトが温泉への案内を始めたので慌ててついて行くエルシャ。
侯爵令嬢に対して気楽に声をかけるケイトに少し驚いてしまう。
だが、ここ数か月は常に高圧的に接してくるか無視してくる相手ばかりだったので少しほっとした。
平民である使用人が馴れ馴れしいとは思うがこれがこの家の家風なのだろう。
地方貴族の家など初めて訪れるが、話では使用人たちとの距離が近い家もあるとは聞いたことがあったため文句を言うべきではない。
ケイトの嫌みのない言動はむしろ心地よいとさえ思えた。

しばらくついて行くと風呂場の更衣室に通された。

「ここでお召し物を脱いでくださいね~着替えは用意ますんで~」

言われたエルシャは「そう」と了承し、両腕を横に広げた。

…?

ケイトは一瞬何をしているのかが分からなかったが…

「…?…あー!はいはい。私が脱がせるってことですね!
ふぁー、まるでお姫様みたいです!」

…馬鹿にされているのか?と思ってしまう言動であったが、どうやら本人はその気はないようだ。
まるでもなにも…自分は侯爵家の姫なのだが?

 ケイトは目をキラキラさせながら服を脱がせてくる。
脱がせているときにふと目が合った。
…なんだ?
ケイトが何か驚いたような目でエルシャを見てくるが…

「どうかした?」

エルシャが聞くとケイトは慌てて取り繕う。

「あ~、いえいえ、なんでもないです。
あ、そうだ!体洗うのとかはやっぱり手伝った方がいい感じですか~?
お姫様だったら当然ですよね~!!」

 これにはもちろんと肯定したエルシャだったが、聞くとどうやらこの家では入浴を手伝わせることはないとのこと。
それならばエルシャもその家のやり方に従うつもりであったが、ケイトから風呂の使いかたを覚えるまでは手伝うと言ってきたので頼むことにした。

風呂場に入ってまず驚いたのが…天井がない事だろうか。

「露天風呂ですよ~広いし解放的だから天気がいいときはやっぱこっちですよね~
状態異常回復機能付きですし!」

 解放的って…外じゃないか………状態異常?
仕切りがありその向こうには林が広がっているようだが、紛れもなく外であるため躊躇する。
しかし、ケイトがあまりにも当然のように入るように促してくるのでその通りにすることにした。

「じゃあ、体を隅々まで奇麗にしていきますね~」

 言って、ケイトが手をワキワキしながらエルシャの体を洗っていく。
驚いたのが使っている石鹸がかなり上質なものであったことだ。
エルシャはもちろん侯爵家御用達の石鹸を使っていたのだが、それに負けるとも劣らない泡立ちと匂い。
埃まみれだった髪もしっかり洗われ手入れされていく。

 驚いたことにケイトは手際も腕も素晴らしい。
もし今も侯爵家にいたのであれば引き抜きたいと申し出ていたかもしれない。
…礼儀作法については再教育が必要ではあるが。

 そんなケイトだが、エルシャの顔や体を隅々まで確認すると、
「坊ちゃんたら引きはだけは本当にいいんですけどね~。勝負運がないから…」
などとわけのわからない事をつぶやいていた。

 洗い終わるとケイトは「着替えとベルは用意しておくので、湯あたりに気を付けてくださいね~」
と言って引っ込んでいった。

 エルシャは広い湯舟に浸かる。
王都でも侯爵領でも毎日入っていたとはいえ湯を用意するのはそれなりに大変なのだ。
この温泉のように絶え間なく湯が沸き出てくるなどまるで夢のような光景だ…
湯舟も石造りの不思議な作りだった。
普通なら石を切り出して奇麗にそろえた作りにするべきだろうが。
石を持ってきてそのままつなぎ合わせたような作りで、天井が青空という状況も相まってまるで自然の中にいるような雰囲気になっている。

(よく考えたらこの家の周り自然しかなかった)

エルシャは湯舟に体を預け力を抜くと、スッと体が動かなくなるような感覚に陥る。

(あー疲れていたのか…)

 そういえばこの数か月というもの気を抜いた時間などなかったのだ。
その疲れがドッとでて体を動かすのが辛い状態になってしまった。
仕方がないので体を伸ばしお湯に浮かべ、ボーっと空を見上げることにした。

 青い空に白い雲が流れていく。
こんなにゆったりした時間は…ああ、初めてかもしれないと思い返した。
お湯に浮かんでいるはずなのにその浮遊感からか自身が飛んでいるかのような感覚。
一匹の鳥が空を横切っていく。
幼いころ、自分が鳥になれたらどんなにすばらしいかと想像したことがあった。
もちろん自分に課せられた重責を自覚するようになってからはそんな空想は捨ててしまったが。
それがいつの頃だったかなどとうに思い出せないほど昔の事だ。

………

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