29 / 123
1章:オラガ村にやってきた侯爵令嬢
27.追放令嬢と釣り
しおりを挟む
エルシャが空想を巡らせながらも湖を眺めていると、突然ケヴィンが秘密の話をしてきた。
「これはあまり人には言っていない話なんだが…」
明らかな嘘である…
だが、エルシャはその嘘を見破ろうとは思わなかった。
理由は秘密なので言えない。
神妙な面持ちでその話を迎え受けるエルシャ。
「実はな…この湖にはヌシがいるんだ」
「ヌシ…ですか?」
「昔釣り損ねた事のある魚なんだがな…そりゃ~もう大きかったんだ」
エルシャは手を広げその大きさを聞いてみる。
「大きいというのはこのくらいでしょうか?」
「いやそんなもんじゃない!こーんな大きい魚だったんだぞ!」
キチャーーーなどという叫び声は勿論上げない。
だが、何だろう…この胸の奥から漏れ出すような感情は…
「そう…なんですか…」と呟きつつケヴィンと一緒に湖面を眺める。
チラリとケヴィンの顔を覗くとそこにはいつものすっとぼけた顔も、エルシャを見つめる鼻の下が伸びた顔もなかった。
あるのはロマンを求める男の子の眼差し…
ふと思うのだ…妻として夫のこの眼差しに何か手伝えることはないだろうか?
この夫のロマンを守る…それは妻としてなすべき使命なのではないか…と。
…スイッと女神像の方を覗き込む。
そこにはイタズラ好きの少女が顔を覗かせる。
そしてエルシャは天啓を得た…
― やれ ―
エルシャはスッと息を吸い込み、小さく祈りを捧げる…
そして、思いっきりケヴィンの服を掴み叫んだ。
「ケヴィン様、あそこ!!」
「え?なんだいきなり」
「あそこです、今あそこに…大きな魚影が!」
「な!!どこだ!!」
エルシャは自分の声の大きさに驚くもそうは言っていられない。
今は全力で夫のロマンを応援しなければならない時なのである。
ケヴィンが焦った様子でエルシャの目線に合わせて湖の方を睨みつける。
「ああ、見えなくなってしまいました。とても大きい影だったのですが…」
エルシャのその言葉を聞くとケヴィンはこうしちゃいられんと走り出した。
何事かと驚いていたら、釣竿を持ってきてしまった。
そして、慣れた手つきで釣竿をセットし湖に投げ込む。
「あのあたりか?」
「…いえ、もうちょっと左だったでしょうか」
「こっちか?」
「あーもっと手前ですかね…あ、そのあたりです!」
エルシャは釣竿をセットし終わったケヴィンの顔を覗き込む。
そこには"今日はなんだか行けそうな気がする!"という希望に満ちた顔が広がっていた。
エルシャが必死に漏れ出しそうな何かを我慢していると「そうだ!」とケヴィンが何かを思いついたようだ。
そして、釣竿をエルシャに握らせると走っていったしまう。
初めて握った釣竿に慌てていると、ケヴィンがもう一本釣竿を持ってきてそれも湖に投げ込む。
どうやら一本をエルシャに持たせて二本体制でヌシを釣り上げようというのだろう。
これで釣り上げる確率は二倍になったわけだ。
二人はそのまま草むらに座り込みしばし釣りを楽しむことになった。
エルシャとしても釣りは初めてで戸惑ってしまうが、要は待っていればいいのだろう。
小魚でも釣れたらうれしいなぁ…などと思っているとケヴィンが突然変な事を言いだした。
「俺が湖のヌシを釣り上げるかエルシャが俺に惚れるか…どっちが先か競争だな」
………
(それは確実に私がケヴィン様に恋をする方が先になるでしょうね…)
そう心の中で呟くが…
無性にそれがおかしくなってきて…
「ぶぅわハハハハハ!!!!」
ついに、思わず草むらの上で笑い転げてしまったのだった。
何がそんなにおかしいのかって?
それはソレを思ってしまった事に対してだ…
ソレは0%か1%かの違いだけなのかもしれない…
だが例えそれが1%の可能性だったとしてもこの先の未来、エルシャがケヴィンに恋をする可能性を認めてしまったのだ。
貴族として、王太子の婚約者として、自分が恋をするなどという事を考えたことが無かったエルシャ。
そんなエルシャに突然捏造された1%の可能性が何故だか無性におかしい…
十八年間という人生で築き上げてきたダムが一気に崩壊しとめどなく溢れる笑いにどうしようもなく制御が効かなくなったエルシャ。
戸惑うケヴィンも…
自分が釣れるはずもないヌシ釣りに付き合っている事も…
自分が恋をする未来を考える事も…
そして自分が腹を抱えて笑ってしまっている事すらも…
何もかもが可笑しくて笑いが止まらなかった。
この世界の何もかもが可笑しい。
土の匂いも、草の冷たさも、湖の美しさも、空の青さも、そこに飛んでいる鳥すらも…
何もかもがだ…
呼吸が苦しくて涙が出て腹が痛い。
しかし止める事の出来ない笑い…
そしてそんなエルシャを現実へと引き戻したのはケヴィンの声だった。
「おいッ!」
ケヴィンの焦った声にそちらを向く。
現実に引き戻された先はエルシャの今までの現実とは似ても似つかぬ場所…
「引いてるぞ!」
「へ?」とおかしな声を出しつつも慌てて釣竿を握りしめる。
どうすればいいのか分からず焦るだけのエルシャにケヴィンが体を支えながらも教えて来る。
「焦らずゆっくり…糸を張ったままにして相手が疲れるのを待つんだ」
「は、はい」
「だけど張り詰めすぎると糸が切れる、その時は少し緩めてやれ」
「む、難しいんですね」
「女心よりかは簡単だ」
「ケヴィン様のようになったら引っ張ればいいんですね?」
「…もう達人の域だな…魚が疲れてきたらこちら側に徐々に近づけてやれ」
「はい」
………
突然の魚とのバトル…だがエルシャの中にとある不安が渦巻いていた。
もしや湖のヌシ?もし釣り上げてしまったら先程の競争は終わってしまうのでは?
…そんな不安である。
そして、もう一つの感情…それはここで一緒にヌシを釣り上げたらケヴィンは一体どんな表情をするだろうという興味。
目の前にぶら下がる二つの可能性にエルシャは戸惑ってしまう。
段々と近づいてくる魚に思わず緊張するエルシャ。
そして遂にその時が来る。
「えいっ!」と釣竿を引っ張った瞬間、水面から魚が飛び出して来た。
そして、釣竿に向かって魚が空中を飛んでくる…
マズい!…そう思った時にはエルシャはケヴィンの腕の中にいた。
横を魚が通り過ぎて草の上に落ちる。
ぴちぴちと飛び跳ねる魚は昨日食べた物よりも大物であった。
「えと…ヌシ?」
エルシャが呆然としつつ思わず呟いてしまうが…
「い~や、こんなのまだまだ小物だ。湖のヌシはこーんなでっかいんだからな!」
そう言ってケヴィンは否定しつつもエルシャを包み込んでいた腕を大きく広げた。
なんだかさっきより大きい気がしたが…
それは自分を釣り上げようと必死になっている姿…
どんな手段を用いても自分を口説き落とそうと必死になっているように見えてエルシャまた笑うのだった…
何となく予想が出来てしまった…
この人は例え湖のヌシを釣り上げたとしても、新たな釣り針をエルシャの前に落とすだろう。
そして釣り上げるまで何度だって口説こうとするのだ。
そこに大物がいるのだと信じて何度でも…
だからだろうか…エルシャの口から自然とこんな言葉が出てきていたのだった。
「ケヴィン様…絶対に二人で湖のヌシを釣り上げましょうね」
「ああ、約束だ」
………
……
…
釣りの後は湖の傍で焚火を用意しエルシャが釣り上げた二匹の魚を焼く。
ついでに村人たちから貰った野菜を適当に選び串焼きにしていく。
そして、ケヴィンが家から用意して来ていたおにぎりも加え…
青空の下だというのに中々に豪勢な昼食となった。
慣れない米も自分で釣った魚と共に食べると不思議ととても美味しく感じる。
そして湖の魚はエルシャの好物に追加されたのだった…
―――――――――――――――――――――――
帰宅時にはケヴィンに馬車の操車を習いながらエルシャが手綱を握りながら帰る事になった。
初めての馬車の操車にドキドキなエルシャ、そんなエルシャを傍でピッタリくっつき指導するケヴィン。
少々、近づきすぎな気もするが何も知らないエルシャに手取り足取り教えてくれるケヴィンはとても紳士に見える。
しかし、さすがに過保護すぎやしないか?と思い聞いてみるも…
「昼間のうちは手を出さないから安心していい…」
「???…ああ、日が陰ると危険になりますものね」
手を添えているだけだというケヴィンの言葉…若干よくわからない事もあるが、きっと自分の事を思ってやってくれているのだろうと解釈し甘える事にしたのだった。
………
……
…
そして、フレポジェルヌ子爵邸に着くと玄関前で何やら揉めている一団の姿…
エルシャをここまで連れて来た護衛の騎士と侍女であった…
二人はこちらに気が付くと騎士が怒鳴り散らしてきたのだった。
「いつまで待たせるつもりだ!」
「「………あ、忘れてた」」
「これはあまり人には言っていない話なんだが…」
明らかな嘘である…
だが、エルシャはその嘘を見破ろうとは思わなかった。
理由は秘密なので言えない。
神妙な面持ちでその話を迎え受けるエルシャ。
「実はな…この湖にはヌシがいるんだ」
「ヌシ…ですか?」
「昔釣り損ねた事のある魚なんだがな…そりゃ~もう大きかったんだ」
エルシャは手を広げその大きさを聞いてみる。
「大きいというのはこのくらいでしょうか?」
「いやそんなもんじゃない!こーんな大きい魚だったんだぞ!」
キチャーーーなどという叫び声は勿論上げない。
だが、何だろう…この胸の奥から漏れ出すような感情は…
「そう…なんですか…」と呟きつつケヴィンと一緒に湖面を眺める。
チラリとケヴィンの顔を覗くとそこにはいつものすっとぼけた顔も、エルシャを見つめる鼻の下が伸びた顔もなかった。
あるのはロマンを求める男の子の眼差し…
ふと思うのだ…妻として夫のこの眼差しに何か手伝えることはないだろうか?
この夫のロマンを守る…それは妻としてなすべき使命なのではないか…と。
…スイッと女神像の方を覗き込む。
そこにはイタズラ好きの少女が顔を覗かせる。
そしてエルシャは天啓を得た…
― やれ ―
エルシャはスッと息を吸い込み、小さく祈りを捧げる…
そして、思いっきりケヴィンの服を掴み叫んだ。
「ケヴィン様、あそこ!!」
「え?なんだいきなり」
「あそこです、今あそこに…大きな魚影が!」
「な!!どこだ!!」
エルシャは自分の声の大きさに驚くもそうは言っていられない。
今は全力で夫のロマンを応援しなければならない時なのである。
ケヴィンが焦った様子でエルシャの目線に合わせて湖の方を睨みつける。
「ああ、見えなくなってしまいました。とても大きい影だったのですが…」
エルシャのその言葉を聞くとケヴィンはこうしちゃいられんと走り出した。
何事かと驚いていたら、釣竿を持ってきてしまった。
そして、慣れた手つきで釣竿をセットし湖に投げ込む。
「あのあたりか?」
「…いえ、もうちょっと左だったでしょうか」
「こっちか?」
「あーもっと手前ですかね…あ、そのあたりです!」
エルシャは釣竿をセットし終わったケヴィンの顔を覗き込む。
そこには"今日はなんだか行けそうな気がする!"という希望に満ちた顔が広がっていた。
エルシャが必死に漏れ出しそうな何かを我慢していると「そうだ!」とケヴィンが何かを思いついたようだ。
そして、釣竿をエルシャに握らせると走っていったしまう。
初めて握った釣竿に慌てていると、ケヴィンがもう一本釣竿を持ってきてそれも湖に投げ込む。
どうやら一本をエルシャに持たせて二本体制でヌシを釣り上げようというのだろう。
これで釣り上げる確率は二倍になったわけだ。
二人はそのまま草むらに座り込みしばし釣りを楽しむことになった。
エルシャとしても釣りは初めてで戸惑ってしまうが、要は待っていればいいのだろう。
小魚でも釣れたらうれしいなぁ…などと思っているとケヴィンが突然変な事を言いだした。
「俺が湖のヌシを釣り上げるかエルシャが俺に惚れるか…どっちが先か競争だな」
………
(それは確実に私がケヴィン様に恋をする方が先になるでしょうね…)
そう心の中で呟くが…
無性にそれがおかしくなってきて…
「ぶぅわハハハハハ!!!!」
ついに、思わず草むらの上で笑い転げてしまったのだった。
何がそんなにおかしいのかって?
それはソレを思ってしまった事に対してだ…
ソレは0%か1%かの違いだけなのかもしれない…
だが例えそれが1%の可能性だったとしてもこの先の未来、エルシャがケヴィンに恋をする可能性を認めてしまったのだ。
貴族として、王太子の婚約者として、自分が恋をするなどという事を考えたことが無かったエルシャ。
そんなエルシャに突然捏造された1%の可能性が何故だか無性におかしい…
十八年間という人生で築き上げてきたダムが一気に崩壊しとめどなく溢れる笑いにどうしようもなく制御が効かなくなったエルシャ。
戸惑うケヴィンも…
自分が釣れるはずもないヌシ釣りに付き合っている事も…
自分が恋をする未来を考える事も…
そして自分が腹を抱えて笑ってしまっている事すらも…
何もかもが可笑しくて笑いが止まらなかった。
この世界の何もかもが可笑しい。
土の匂いも、草の冷たさも、湖の美しさも、空の青さも、そこに飛んでいる鳥すらも…
何もかもがだ…
呼吸が苦しくて涙が出て腹が痛い。
しかし止める事の出来ない笑い…
そしてそんなエルシャを現実へと引き戻したのはケヴィンの声だった。
「おいッ!」
ケヴィンの焦った声にそちらを向く。
現実に引き戻された先はエルシャの今までの現実とは似ても似つかぬ場所…
「引いてるぞ!」
「へ?」とおかしな声を出しつつも慌てて釣竿を握りしめる。
どうすればいいのか分からず焦るだけのエルシャにケヴィンが体を支えながらも教えて来る。
「焦らずゆっくり…糸を張ったままにして相手が疲れるのを待つんだ」
「は、はい」
「だけど張り詰めすぎると糸が切れる、その時は少し緩めてやれ」
「む、難しいんですね」
「女心よりかは簡単だ」
「ケヴィン様のようになったら引っ張ればいいんですね?」
「…もう達人の域だな…魚が疲れてきたらこちら側に徐々に近づけてやれ」
「はい」
………
突然の魚とのバトル…だがエルシャの中にとある不安が渦巻いていた。
もしや湖のヌシ?もし釣り上げてしまったら先程の競争は終わってしまうのでは?
…そんな不安である。
そして、もう一つの感情…それはここで一緒にヌシを釣り上げたらケヴィンは一体どんな表情をするだろうという興味。
目の前にぶら下がる二つの可能性にエルシャは戸惑ってしまう。
段々と近づいてくる魚に思わず緊張するエルシャ。
そして遂にその時が来る。
「えいっ!」と釣竿を引っ張った瞬間、水面から魚が飛び出して来た。
そして、釣竿に向かって魚が空中を飛んでくる…
マズい!…そう思った時にはエルシャはケヴィンの腕の中にいた。
横を魚が通り過ぎて草の上に落ちる。
ぴちぴちと飛び跳ねる魚は昨日食べた物よりも大物であった。
「えと…ヌシ?」
エルシャが呆然としつつ思わず呟いてしまうが…
「い~や、こんなのまだまだ小物だ。湖のヌシはこーんなでっかいんだからな!」
そう言ってケヴィンは否定しつつもエルシャを包み込んでいた腕を大きく広げた。
なんだかさっきより大きい気がしたが…
それは自分を釣り上げようと必死になっている姿…
どんな手段を用いても自分を口説き落とそうと必死になっているように見えてエルシャまた笑うのだった…
何となく予想が出来てしまった…
この人は例え湖のヌシを釣り上げたとしても、新たな釣り針をエルシャの前に落とすだろう。
そして釣り上げるまで何度だって口説こうとするのだ。
そこに大物がいるのだと信じて何度でも…
だからだろうか…エルシャの口から自然とこんな言葉が出てきていたのだった。
「ケヴィン様…絶対に二人で湖のヌシを釣り上げましょうね」
「ああ、約束だ」
………
……
…
釣りの後は湖の傍で焚火を用意しエルシャが釣り上げた二匹の魚を焼く。
ついでに村人たちから貰った野菜を適当に選び串焼きにしていく。
そして、ケヴィンが家から用意して来ていたおにぎりも加え…
青空の下だというのに中々に豪勢な昼食となった。
慣れない米も自分で釣った魚と共に食べると不思議ととても美味しく感じる。
そして湖の魚はエルシャの好物に追加されたのだった…
―――――――――――――――――――――――
帰宅時にはケヴィンに馬車の操車を習いながらエルシャが手綱を握りながら帰る事になった。
初めての馬車の操車にドキドキなエルシャ、そんなエルシャを傍でピッタリくっつき指導するケヴィン。
少々、近づきすぎな気もするが何も知らないエルシャに手取り足取り教えてくれるケヴィンはとても紳士に見える。
しかし、さすがに過保護すぎやしないか?と思い聞いてみるも…
「昼間のうちは手を出さないから安心していい…」
「???…ああ、日が陰ると危険になりますものね」
手を添えているだけだというケヴィンの言葉…若干よくわからない事もあるが、きっと自分の事を思ってやってくれているのだろうと解釈し甘える事にしたのだった。
………
……
…
そして、フレポジェルヌ子爵邸に着くと玄関前で何やら揉めている一団の姿…
エルシャをここまで連れて来た護衛の騎士と侍女であった…
二人はこちらに気が付くと騎士が怒鳴り散らしてきたのだった。
「いつまで待たせるつもりだ!」
「「………あ、忘れてた」」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
50
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる